22 殺生関白
秀次は狂った。
人を斬り、
「知るか、みんな、知るか。おれは……おれは……」
常軌を逸しながらも、秀次はどこかで正気を保っていた。
そのため、
*
しかし、秀吉は秀吉で、言い分があった。
「秀次めは、なめられている」
天才である秀吉とちがって、秀次は飽くまで凡人。
努力はしたが、どうしても秀吉と比較され、そして実際に戦場にて間違いを犯し、ために秀吉子飼いの臣からも──たとえば福島正則などに──軽蔑されていた。
「このまま、秀次がわしの後を継ぎ、秀次の子がさらにその後を継いだら……どうなる?」
秀次自身については、石田三成や大谷吉継といった能吏や良将を付けておけば、まだ何とかなるかもしれない。
「だが、その次は? その豊臣の子は……どうだ? 大丈夫なのか?」
その自問の答えは、否であった。
天才であり、戦国最大のリアリストである秀吉には、秀次ならまだしも、その子による治世は「無理がある」と判じた。
何しろ潜在敵である徳川家康は、まだ健在だ。
後継ぎの秀忠も同様である。
「…………」
そこで秀吉は考えた。
秀次の子であるなら無理だが、なら、秀吉の子なら、どうか。
「これなら……市松(福島正則)であっても従うじゃろ」
そしてそれは、家康に対しても、抑止力になる。
秀吉は、これしかないと確信した。
「
完子という「豊臣の子」の存在が、力を与えてくれている。
秀吉の策に、力を。
「よし、時は今……」
かつての宿敵の決め台詞を口にして、秀吉は、驚天動地の策を実行に移した。
*
「豊臣秀勝と、江の叔母上で可能ならば」
豊臣秀頼は自らの推理を語り終える時――まるで陶工が
「秀勝の兄――豊臣秀次と、江の姉──茶々で可能ではないか」
狂っている。
九条
秀頼は目で首肯した。
狂人の発想だ。
それも、特大の。
まるで人を――牛か、馬かのように、「こうすれば子ができる」といって、交配させる。
しかも、おのれの妻妾を、おのれの甥にだ。
そのようなこと、思いついたとしても。
「実行できる。それが、秀吉――太閤秀吉という、悪魔」
それがキリスト教によるものか、はたまた仏教における釈迦の誘惑者なのかは判然としない。
だが、これほど、秀吉という存在を当てはめるにふさわしい単語は、無かったであろう。
秀頼は冷めた目をして、手を差し出すと、
「それは、
「……わかりました」
忠栄が刀を差し出すと、秀頼はかたじけない、と答えた。
「秀頼
「何じゃ」
「もう、終わりにしませんか」
「…………」
忠栄は、秀頼が
そして、その乱行の
だから思う。
もう、こんなことは終わりにすべきだと。
「
「駄目じゃ」
秀頼は
底なしのその昏さに、忠栄は気を失いそうになる。
「
秀頼は、一胴七度の柄を、ぐっと握った。
握ったその手が、ぶるぶると震えている。
「義兄上は、この話はこれで終わりとお思いか? それとも、お忘れか? 関白秀次が……どうなったのかを。その妻妾と、子どもが……余の、きょうだいが、どうなったのかを」
「……あッ」
秀次悪逆塚の石櫃。
のちに角倉了以により発見されたそれは、秀次それ自身と、それに連座させられたのか、秀次の妻妾と子どものほとんどを殺し尽くし、その総勢三十九名の首を埋めた塚の上に置かれた石櫃である。
「……一族、皆殺し」
「そうじゃ、義兄上」
秀頼は言う。
それも、秀吉は正しい行いとして、それを行ったと。
「正しい行い」
忠栄が口をぱくぱくとしながら呟く。
何が、正しい行いなのか。
世継ぎを得たから、もう邪魔者は要らぬと排除したことか。
その際、恨みを残さず、仇討ちを防ぐため、妻子をほとんど殺したことか。
それとも……。
「いや」
忠栄の思惟は展開する。
仇討ちを防ぐ。
これはそんな、仇討ちを防ぐとか、甘っちょろいものじゃない。
これは秀次の血を根絶やしにするためのものだ。
それは……。
「そう」
秀頼は、
「そう……豊臣秀次それ自身と、その豊臣秀次の子を、それも、懐妊しているかもしれない妻妾も含めて、根絶やしにする。さすれば、この秀頼に対して、きょうだいとして、取って代わろうとする輩がいなくなるからだ」
「な……」
驚愕と共に、納得があった。
あの太閤秀吉なら、やりかねない。
いや、かならず、やる。
何ごとも徹底的に、完膚なきまでにやる。
それこそが、秀吉が天下を取れた理由なのだから。
*
「……姦通の罪に苦しみ、詫びに来た
「そ、そんな」
無茶苦茶だ。
勝手に茶々を抱かせておいて、姦通の罪を犯させておいて。
「
「…………」
こうして、ついに秀次は、最後の正気すらも捨て去り、完全に狂った。
「なら、要らぬわ」
秀吉はそう簡単に言って、福島正則に始末を命じた。
付け加えて石田三成に妻妾、子どもたちを捕えさせ、やはり、始末させた。
しかもこの始末の前に、秀次の弟の秀保も、すでに始末させてあるという、念の入り様である。
「これでよし。
そうして秀吉はその秀頼を抱きしめ、おうおう
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