18 いちど、しちど

「だがを立証するには──立証でなくとも良い、秀頼ぎみがそうと認めるものが──」

 何か材料が無いかと悩む忠栄。

 もう一度、すべての書状を読み直し始め、完子には最近大坂からふみはどうだと聞く。

「いえ」

 あれから、秀頼へふみを書いては出すを繰り返す完子だが、いっかな返事は来なかった。

 茶々や千姫に対しても同じことをしているが、時候の挨拶やばかり。

 もっとも、間者や盗み見する輩ことを考えると、それぐらいしかできないが。

修理しゅり(大野治長)も片桐さまと共に駿府に出向いているゆえ、何も聞けませぬ」

「修理か……」

 たとえ大坂にいたとして、あの無表情な白面郎に、どこまで聞くことができるだろうか。

 小野お通邸での会談では役に立ってくれたが、あの何を考えているかわからない無表情な白皙の顔に、知れることは無いだろううなと思う。

 が。

「待てよ」

 忠栄は、はたと思いつくことがあった。

「そういえば……片桐且元、大野治長の大坂の『宰相』ふたりが出て行って、今、大坂を仕切っているのは、たれじゃ?」

「ああ、それなら……」

 大蔵卿局おおくらきょうのつぼねという女がいて、彼女は茶々の乳母めのと――つまり、大野治長の母だった。

 その大蔵卿局が、茶々の身の回りの世話をしていたが、やがて治長が「表」の茶々の秘書であるならば、大蔵卿局は「裏」の秘書として動くようになった。

「大蔵卿局は、今、何をしている? 局とふみのやり取りはできるか?」

「……できます」

 何しろ完子は茶々の養女である。

 そのため、茶々の乳母であった大蔵卿局とのつながりはあった。

「では、ご子息修理のいない今、そのとして、何ぞ打掛なり小袖なりを贈って差し上げて……」

「あいわかりました……そうですね、局はかんざしに目が無いので、それを」



 こうして完子は大蔵卿局に「お忙しい中ですが、これで気を紛らせて欲しい」と簪を贈った。

 すぐに返礼の書が届き、それにはこう記されていた。

「息子がおりませんが、この局がおりますれば、大坂は大事ありません。ただ、息子に頼まれた、秀頼ぎみの御佩刀の新調に難儀しています」

 文面から直接は読めないが、秀頼はその「新調」に大いに期待しており、大蔵卿局に「まだか」と言って来てしょうがないという。

「局は、一度……七度? 字が踊ってますね。それぐらい、局のところに、四六時中、秀頼ぎみがやって来ているみたいですね」



「四六時中……」

 つまり、秀頼はほど、大蔵卿局のところへ来ている。

「そうか、秀頼ぎみが気になるほどの名刀なのだな。それゆえ、乱行しないでまで、待っている。それゆえ、修理は駿府へと行けて……」

 「斬る」ということに特徴を持つ、秀頼の乱行。

 であれば、その「斬る」ための道具を、より良いものにするとすれば、秀頼は気になって仕方ないだろう。

 忠栄がそのようなことを言うと、完子は怪訝な表情を示した。

「そうでしょうか」

「いや、男子というものはそういうもので、道具というか玩具を……」

「いえ」

 完子はその犀利な目を光らせて、忠栄に異を唱えた。

「男子云々は置いておいて、いかにお気に入りの名刀が手に入るとはいえ、目の前の人斬りから離れましょうか。それなら、その名刀にふさわしい技倆うでまえをと、なおさら乱行を……」

 完子の発言はもっともだった。

 いけない。

 徳川家と豊臣家の「対決」を避けるための時日が足りないせいか、つい簡単に話を片付けそうになってしまった。

「もう一度、見直してみるか、大蔵卿局のふみを」

 完子は「ええ」と言って、ふたたび大蔵卿局の書状を開いた。

 この時代の女性らしく、平仮名を使った、しかし癖のある字体の書状だった。

「……おや」

 完子の横から見ていた忠栄は、違和感を感じた。

「さっきの『一度、七度』と完子が読んだ箇所だが」

「はい」

「これはもしや……『いちどしちど』ではなく『いちどしちど』ではないか?」

「えっ」

 完子が書状をる。

 筆が走ったせいかと思っていた「その箇所」が、書状の他の部分の「う」と合致する。

「で、でも、忠栄さま、ここが『いちどうしちど』だとして、どんな意味が……」

「有る」

 忠栄はうめいた。

 いちどうしちど。

 漢字にすると、一胴七度。

 それは──刀工・村正による打刀で、刀の「一の胴」の部分で、「七度」も、人を一刀両断することができたため、その名がつけられた名刀である。

 そしてその刀の持ち主は──

「豊臣……秀次……」

 忠栄は矢も盾もたまらず、大坂城へと、急ぎ向かった。

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