18 いちど、しちど
「だがそれを立証するには──立証でなくとも良い、秀頼
何か材料が無いかと悩む忠栄。
もう一度、すべての書状を読み直し始め、完子には最近大坂から
「いえ」
あれから、秀頼へ
茶々や千姫に対しても同じことをしているが、時候の挨拶やよしなしごとばかり。
もっとも、間者や盗み見する輩ことを考えると、それぐらいしかできないが。
「
「修理か……」
たとえ大坂にいたとして、あの無表情な白面郎に、どこまで聞くことができるだろうか。
小野お通邸での会談では役に立ってくれたが、あの何を考えているかわからない無表情な白皙の顔に、知れることは無いだろううなと思う。
が。
「待てよ」
忠栄は、はたと思いつくことがあった。
「そういえば……片桐且元、大野治長の大坂の『宰相』ふたりが出て行って、今、大坂を仕切っているのは、
「ああ、それなら……」
その大蔵卿局が、茶々の身の回りの世話をしていたが、やがて治長が「表」の茶々の秘書であるならば、大蔵卿局は「裏」の秘書として動くようになった。
「大蔵卿局は、今、何をしている? 局と
「……できます」
何しろ完子は茶々の養女である。
そのため、茶々の乳母であった大蔵卿局とのつながりはあった。
「では、
「あいわかりました……そうですね、局は
*
こうして完子は大蔵卿局に「お忙しい中ですが、これで気を紛らせて欲しい」と簪を贈った。
すぐに返礼の書が届き、それにはこう記されていた。
「息子がおりませんが、この局がおりますれば、大坂は大事ありません。ただ、息子に頼まれた、秀頼
文面から直接は読めないが、秀頼はその「新調」に大いに期待しており、大蔵卿局に「まだか」と言って来てしょうがないという。
「局は、一度……七度? 字が踊ってますね。それぐらい、局のところに、四六時中、秀頼
*
「四六時中……」
つまり、秀頼は乱行する暇もないほど、大蔵卿局のところへ来ている。
「そうか、秀頼
「斬る」ということに特徴を持つ、秀頼の乱行。
であれば、その「斬る」ための道具を、より良いものにするとすれば、秀頼は気になって仕方ないだろう。
忠栄がそのようなことを言うと、完子は怪訝な表情を示した。
「そうでしょうか」
「いや、男子というものはそういうもので、道具というか玩具を……」
「いえ」
完子はその犀利な目を光らせて、忠栄に異を唱えた。
「男子云々は置いておいて、いかにお気に入りの名刀が手に入るとはいえ、目の前の人斬りから離れましょうか。それなら、その名刀にふさわしい
完子の発言はもっともだった。
いけない。
徳川家と豊臣家の「対決」を避けるための時日が足りないせいか、つい簡単に話を片付けそうになってしまった。
「もう一度、見直してみるか、大蔵卿局の
完子は「ええ」と言って、ふたたび大蔵卿局の書状を開いた。
この時代の女性らしく、平仮名を使った、しかし癖のある字体の書状だった。
「……おや」
完子の横から見ていた忠栄は、違和感を感じた。
「さっきの『一度、七度』と完子が読んだ箇所だが」
「はい」
「これはもしや……『いちどしちど』ではなく『いちどうしちど』ではないか?」
「えっ」
完子が書状を
筆が走ったせいかと思っていた「その箇所」が、書状の他の部分の「う」と合致する。
「で、でも、忠栄さま、ここが『いちどうしちど』だとして、どんな意味が……」
「有る」
忠栄はうめいた。
いちどうしちど。
漢字にすると、一胴七度。
それは──刀工・村正による打刀で、刀の「一の胴」の部分で、「七度」も、人を一刀両断することができたため、その名がつけられた名刀である。
そしてその刀の持ち主は──
「豊臣……秀次……」
忠栄は矢も盾もたまらず、大坂城へと、急ぎ向かった。
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