14 小野お通
小野お通という女がいる。
生年は不詳で、気がついたらこの頃の京の都に
ともあれ、彼女──お通は美女であり才女であると知られ、和歌、琴、書、画に優れ、ことに和歌においては、九条稙通に師事したと伝えられている。
*
「小野お通どの、ですか」
ただし、四辻与津子の件で京から離れられない、困っていると書き添えて。
すると治長から、すぐに返書が来た。
「お会いになりたい旨、茶々さまも同様」
治長は完子の書を見てすぐさま茶々に言上した。
このあたり、幼馴染であり、対外折衝を請け負ってきた治長の、本能のようなものであろう。
完子の書を読んだ茶々もまた、しばらく会っていない
「何とかせよ、修理」
こうなる展開を半ば予想していた治長は、一計を案じた。
それが。
「小野お通、か……」
人選に気が利いている。
茶々に仕えたと知られ、そして九条稙通に歌を習った女。
仮に茶々と完子がお
「大野修理も能書家と聞く。そのあたりのつながりやもしれぬ」
書を
しかも、どちらも茶々に仕えていた。
「……いずれにせよ、これなら秀頼
完子は顔をほころばせたが、忠栄はそれほどでもなかった。
「もしや、逆に秀頼
そこまでの想像は、さすがに飛躍しすぎかと忠栄は反省し、改めて微笑を浮かべた。
*
「……ようこそお越しくださいました」
小野お通は、年齢が不詳だ。
いつ見ても、
完子は九条家当主夫人としての挨拶をすると、お通はくすりと笑って、「さように、堅苦しくなさらず」と足取り軽く、茶室へと招じ入れた。
茶室には、すでに茶々がいた。
「あら」
茶々は存外、このような「お
「このたびは……九条家の奥方におかれましては、わざわざのお運び……」
わざとらしく
「もう、
「お方さま、お
すると茶々は舌を出して、「すまぬ、すまぬ」と詫びた。
それが何とも面白くて、とうとう完子とお通は笑い出してしまった。
茶々の雰囲気作りは図にあたって、完子もお通も、茶を喫しながら和歌について語り出し、やがて最近の小袖の話にとなり、茶々も色や柄に大胆な見解を披露して、話に花が咲いた。
そうこうしているうちに、一刻ほど過ぎると、ごく自然に茶々は居住まいを正した。
「完子」
「はい」
ああ、やはりこの養母にはかなわないな、と思いながら完子は茶のお代わりを所望した。
お通も心得たもので、水を汲みに行ってくると、茶室を辞した。
今、この茶室には、茶々と完子のふたりきりだ。
「さて──」
茶々が嫣然と微笑むと、完子は平伏して応じた。
「こたび、
「はい」
完子は先日、忠栄が四辻与津子と遭遇したことを言い、そしてその遭遇は意図的なものではなく偶然であり、豊臣家に対しても、徳川家に対しても、含むところはないと強調した。
「……別に、
「では」
ここからが本題だ。
完子ではなく、
「
「……聞こう」
真剣さが言外に伝わったらしい。
茶々が居住まいを正した。
完子はひとつ咳払いをして、語った。
「御台所──江戸の母上からですが、こたびの四辻与津子の一件、豊臣家は関与してないかとのことですが」
「論外じゃ」
茶々の回答は、簡にして要を得ていた。
完子としても、そう来るだろうなと思っていた。
思っていたが、ここから先は忠栄にも聞いていいか確認していないことを、言う。
「
「何じゃ」
「
茶々は目を見開いたが、だがそれだけだった。
「……そういうことも、あるかもしれない」
それまでの
なれば……豊臣一族の醜聞など、聞きたくもないであろう。
「……ただ、公には豊臣の子ではないのであろう、その
そこで一拍置く茶々。
二度の落城を経験したものの、『姫』として育てられた彼女にしては、かなりの衝撃だったのかもしれない。
「たとえ……秀頼の兄弟姉妹であったとしても、そのような、帝を
一息にそこまで言ったところで、お通が戻ってきた。
まるで見聞きしていたような折りに現れたが、実際、見聞きしていたのかもしれない。
「……お茶を」
それ以上の話は、おやめなされ。
そう、お通が言っているような、お茶出しだった。
さすがに賢い女だ。
もしかしたら、江戸、あるいはそれに近しい者の意を汲んでいるのやもしれない。
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