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ごはん食べて支度したら、とはダイヤモンドは言ったものの、ジオラルドは用意が必要だと言った。

 食事を終えたテーブルで、二人は話す。

「断崖を越えなくてははなりません」

「方法はある?」

「矢を対岸に撃ち込んで、ロープで渡るのがいいと思いますね」

「いける?」

「弓と矢、ロープと、姫を安全に渡すための籠が欲しいところです」

 ダイヤモンドは、どこかウキウキと言うか言うまいか少し迷ったあとに、口を開いた。

「あの、あのね、私、すごい人にお願いが出来るのよ。その人は何だってできるの。だから、ここからだって、パッとトードリアのお城に」

 興奮し、頬を赤らめて言うダイヤモンドに、ジオラルドはあっさり言った。

「それはやめておきましょう」

「どうして!?」

「それがどんなことかも、僕に言わない方がいいです」

「なんで!?」

「それは姫の力で、姫が自分のために使う力です」

「今使ったってそれはそうじゃん」

「違います」

 ジオラルドはあくまで淡々と、力みのない様子で言った。

「ここからトードリアに旅をするのは、僕たちの力でしてみませんか。ほら、それは、ほら、僕たち、その、新婚旅行じゃありませんか」

 ダイヤモンドは、後半若干もじもじしながら言われたジオラルドの顔を見て片眉を寄せる。

「ねぇ、新婚旅行にしては、こう……なんというか……冒険要素が多過ぎるんじゃない?」

「確かに父上と母上の新婚旅行は、そりゃあ大層豪華で安全なものだったそうですが」

「うーん」

 ダイヤモンドは考えて、それから言った。

「じゃ、いっか。それで。ねぇ書くものある?」

「姫の方がご存じでは」

「それもそうだった。あたしの方がここ長いわ。ここ、紙類が全然ないのよね。……ちょっと、食器片付けるね」

「僕もやります」

 二人で食器を片付けて、小さな厨房の流し場に置く。

 ダイヤモンドはテーブルを拭くと、暖炉から冷えた炭のかけらを取って、テーブルに地図を描く。

「ここが絶望の森。断崖が大体こうあって、覚えてる限りの世界地図だと、ジェムナスティがここ、こっちに出るとラボトローム、トードリアに行くんなら、海路もいいかなあ。今の季節だと風向きとかどうなんだろう。詳しい人に聞かないといけないね。あたしたちは世間知らずすぎるよ」

「信頼できる案内人が欲しいところですね。でないと、騙されながら学ばないといけない」

「ううむ、騙してくる相手にとか、あたしの美貌が役に立ったらいいんだけど、美貌過ぎて使えないしな。夜にふらついて人を脅かすぐらいしか思いつかない。だけどそれも、目立つと厄介なのがラボトロームにいるからな……」

「姫、こんなにかわいいのに、人はそんなにビックリするものですか?」

「するするすごいする。ヒーとか言って腰抜かす」

「へえー」

「ジオ、あんたは何か出来る?」

「一応、剣はエースカィルド流の師範です。最少年でした」

「強いんだ? すごいね」

「王子だからだとか言う人もいますよ」

「うわやだそいつキライ。その流儀全体バカにしてくるじゃん。さぞかしお強いんでしょうねェ」

 それを聞いてジオラルドはにこにこした。

「そいつ、僕に試合で負けました」

 ダイヤモンドも笑った。

「やるじゃん」

「僕が王子だから負けてやるしかなかったそうです」

「あー言えばこう言うなぁー その才能キライだわー」

 ジオラルドはそれを聞いてクスクス笑った。

「ふふ、ホントだ、キライだ」

「そいつがぐうの音もでないぐらい強くなっちゃおね。ところでぐうの音ってなあに?」

「あ、知りませんね、そういえば。賢そうな人に訊いてみましょう」

「うん。そうよ、そう、外に出なくちゃ」

「姫は焼いたパンにバターをどっさりつけて食べる」

「ジオは?」

「髪をちゃんと洗いたいですね。サラサラにしたいな。ところどころ汚れで固まってしまって」 

「いいわね、サラサラ最高」

「サリタは髪を適当な石けんで洗ってもサラサラなんですよね。あんまりサラサラなんで不思議に思って訊いたことがあって」

「フーン」

「僕はそうじゃないから、何か合うものが合うといいんだけど。姫は? いつも綺麗ですけど」

「あたしだって、何使ったってサラサラだもん」

 ダイヤモンドはすぐにジオラルドに言った。

「ごめんなんか、意地悪な感じになっちゃった……」

「え? 何がです?」

「あっ、いいの、なんでもない。なんでもない、ええとそしたら、必要なもの作らなくちゃ。弓矢と、ロープ。街に出たらお金も必要だから、売れそうなものは持って出ないとね」

「それなんですけど姫」

「ん?」

「この館、おそらく魔法で出来てるんで、物品持ち出せないんじゃないかなあと」

 ダイヤモンドは、椅子の背もたれに背を預けて、部屋を見回した。

「……あんたの友達は、大した魔法使いね」

「友達」

 ジオラルドが思わず、と言うように口に出す。

「友達、なのかな……」

 ダイヤモンドは天井を見たまま何も言わなかったが、少しして体勢を戻す。

「私が持ち込んだ布と、森で獲った動物の皮や毛皮で、服と靴を作らなくちゃいけないわね。調理用具でなんとかなるかな。加工の事象は流石に残るでしょう。針を持ってきてて良かった」

「えっどうしてですか」

「今着てるその服も館の付属品で、多分魔法で作られてるんでしょ? 魔法の範囲がどこまでかはわかんないけど、まあ……裸だと目立つし……寒いし……」

 ジオラルドは、なんだか少し恥ずかしくなった。

「獣のままだったら恥ずかしくないのにな」

 ダイヤモンドが驚いて言った。

「あっほんとだ 不思議 なんでだろう 格好いいからかな」

 ジオラルドが胸を押さえて、笑えていない半笑いで言った。

「今の、かんじ、だと、格好良く、ない、ですか、ね……」

「獣のあんたサイコーにかっこいいよ 服着なくてもいいしね でもそれはそれで目立つから、今のジオで」

 ダイヤモンドは、少し頬を赤くして、テーブルの上に暖炉の炭で書いた地図を見て言った。

「し、新婚旅行すんでしょ……」

 だがジオラルドはその呟きを聞かず、そうだよな、獣の方がいいよな姫は……、と心に傷を負っていた。




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