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「なるぼと、その、サリタってのが、あんたに魔法掛けたのね」

 ダイヤモンドは、暖炉の前で、ジオラルドと一緒に、毛布に包まったまま横になって話を聞いていた。朝は冷える。

「そうなんだ。でも、サリタは僕の友人なんだ。きっと、理由があるんだ。それで僕をここに……ところでここどこだい? しばらく雪を見てない」

「ジェムナスティよ。絶望の森っていう、未踏地域。断崖がぐるっとあるっていう地理的な問題と、今は別の鉱山がアツいから、今はほっといてんの。魔法使いたちは、魔法的な問題で干渉しにくいとか言ってるわね。今は、激アツ鉱山の開発で、魔法使いたちも駆り出されてるからこっちがわには手が回んない。隣国との和平条約も結んでるし、こっちから進軍してくるのは考えられないから手つかずにしてる。トードリアからはだーいぶ遠いわよ。ジオラルド・クイスナ・トードリア三世陛下」

 名を呼ばれ、ジオラルドは榛色の目を瞬いた。

「どうして僕の名を全て知っているんですか?」

「そりゃあ大騒ぎだったもの。今もそうと言ってもいいわね。二年前に突如として失踪。正当な第一後継者としての王子様の失踪は大事件。今は、リブロ・ゼロネームが、若いのにめちゃくちゃ有能だっていう評判よ。でも、リブロ・ゼロネームについては、後継として押し出すには、まだ体裁が悪いからだろうけど、外交にも社交の場にも出てこないから、あんまり情報がないなあ」

 話をするダイヤモンドを、ジオラルドは見つめる。

「姫、時事に詳しいんですね」

 ダイヤモンドは、思わず鼻で笑う。

「ヒマだったもん」

「でも、知らない人は知らないじゃないですか」

「あたしだってあんまり詳しくないよ。知ってることだけしか知らないの。じゃあ、ごはん食べて支度したら、行こっか」

 ジオラルドは、その言葉に、微笑んだまま目を丸くした。

「ん?」

「ん?」

「姫、今何て?」

 ダイヤモンドは毛布からするりと抜けて、ジオラルドの前にあぐらをかいて座り、言った。

 朝日が入ってきて、ダイヤモンドを照らす。

「や、その魔法使いにもっかい獣にしてもらうでしょ。一回できたんだからまたできるでしょ?」

「ん?」

「なんだろ、あたし変なこと言ってないよね? 一回できたことは、また出来るよね?」

「ええと、そうだね?」

「だからそのサリタっていう魔法使いに、会いに行こうよ。トードリアにまだいるかなあ。なんにしろ一回トードリアは行くか。タロットワーク一族の誰かが獣になる魔法掛けられるかもしれないし、様子見て親に挨拶とかすれば」

「ええと、それは、僕に、もう一回獣になれと? いう? こと? です? か?」

「そりゃそうよ。あたしずっと同じこと言ってるよねぇ。なんかおかしい?」

「んー?」

「イヤ? あんなにかわいくてかっこよくて最高にイケてんのに?」

 ジオラルドは考えた。

 ダイヤモンドは待った。

 待ちきれなくて言った。

「尻尾。おひげ。お耳。フワフワ。肉球。あたしの理想……(熱い溜息)……パパから獣のとこ行けとか言われたとき、うれしくてちょっと泣いちゃったけど、いやー、ジオあんた最高なんだもん。サイコーサイコー。マジでマジで。ちょー理想。あたし初恋の人も尻尾フサフサだからさぁ、ぜったい、同じタイプの人好きになるってきめてたんだよね! 理想を、夢を追うって、すごく大事だよね!! 諦めないこころ!! ウフー!! もりあがってきたァ!! あたし朝ごはん作るねぇ!! ちょっと豆とってくるゥ!!」

「待って下さい姫」

 ジオラルドはダイヤモンドの服の裾を掴んだ。

「ギャ」

 ダイヤモンドは毛布の上に転んだ。

「あっ大変だ怪我してないですか」

「あんたねぇ」

「あっ無事そうよかった。待って下さい、あの今ですね。姫は聞き捨てならないことをいいましたよ」

「なーによう。もーやだ朝のレンズ豆はアンタ取ってきてよね」

「そりゃかまいませんよ。朝は豆と干し肉ときのこと葉っぱのスープにしましょう」

「えっ、ジオ作ってくれんの やった うれし」

「作るのは初めてですけど、あれでしょう、鍋に水と食べるもの入れて煮たらいいんでしょう。姫の失敗したところも見てますから、多分出来ますよ」

「あーね!! あたしも料理とかはじめてだったもんなあー!! それが今やでかいシカまで捌けるようになって成長したなー!!」

「シカ美味しいですもんね。干し肉は持っていきましょうね」

「そうだよ、ここ抜けて、人里に出て、馬を買ってー。ロバでもいいけどね。交通網どうなってるかなあ。売れそうなものは持っていこうね。アッでも荷物多いとアレだなあ……ねーヤバい、人のいるところ戻ったらさ、もしかしてパンとか食べられると思うよ!! すごくない!? ねぇ、パン!! あとケーキ!! あーッ紅茶!! キャァー!!」

「待って、待って姫、待って下さい」

 ダイヤモンドは毛布に抱きついて転がりながらジオラルドを見た。

「なによーお。パンだよパン!! あっねー牛のシチュー食べたいなあー!! そんでバターをさあ。パンにいーっぱい塗っちゃってェ、お塩つけてェ、ジオが岩塩見つけてくれてマジ助かった。ここの川魚も、お肉もおいしかったなー!! ねぇお腹空いてきた、ジオ、早くごはんつくって」

 毛布に抱きついて見上げてくるダイヤモンドの衝撃的なかわいさに、ジオラルドは何かこみ上げてくるものを感じたが、なんとか振り払って言った。

「尻尾のある初恋の人ってなんですか」

 訊かれて、ダイヤモンドはにこっと笑って言った。

「そのうち、会うこともあるかもね」

 ジオラルドの頭の中は何か、知らない気持ちで一杯になった。

 尻尾のある初恋の人。

 この短い文章の中で、いろいろな疑問と感情が湧く。

 尻尾のある人? そんなのいるのか? 姫は尻尾がないとだめなのか? 今の僕には尻尾がない、ということは、姫にとって恋の対象ではないということなのか? 僕は愛を誓ったのに? 誓ったんだから、今こうやって揺らいでいる僕の気持ちがなさけない、のか? パンは僕も食べたい。肉ばっかり食べてた。問題は初恋の人ということだ、初恋ということは、展開があったのだろうか、僕は姫が初恋なのに!! あっこのレンズ豆黒くなってる。食べられないやつだ、こっちのは大丈夫。

「できました!!」 

「ありがとう!!」

 二人で初めて一緒に食事をした。


 ダイヤモンドは、

「少ししょっぱいねぇ。今日は動くから丁度いいねぇ」

 と、言いながら、綺麗にスープを食べ終えた。


 



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