8(改)
三年前。
「リブロ・ゼロネーム様のご紹介で参りました。サリタ・タロットワークと申します」
北の国、トードリアは、短い夏の盛りだった。
石造りのトードリア城の一室で、ジオラルドは来客を迎えた。
このとき、ジオラルドは十四才である。
「リブロ? 元気かい」
赤銅色の髪を、窓からの強い光に輝かせてジオラルドは言った。
トードリアでは王族は平時でもマント、またはケープを着けるのが慣例である。
濃い藍色の、特別な織り方でなめらかに光る麻のマントを着けたジオラルドは、座っていた椅子から立って来客を迎えた。
「はい。リブロ様は、ご健勝にあらせられます。ジオラルド陛下によろしく伝えるようにとの仰せでした」
「なによりだ。君は、サリタ・タロットワークといったね。タロットワーク一族のものか」
トードリア国にあって、首都リアディの遙か遠く、地図にも載らない白紙地帯に古くから住んでいる、魔法使いの一族はよく知られている。
彼らはあるいは有力者に仕え、あるいは市井で魔法使いとして働き、あるいは山野で研究や修行をしている。
実際は多様な要望をしているが、特に『黒髪の一族』と、呼ばれることが多い。
ジオラルドの目の前にいる少年は、その通り名のとおり、まさしく黒髪だった。頭の形に添って、すっきりと整えられている。
自らの背の高さとほぼ変わらぬ杖を持ち、痩身で、魔法使いの黒いローブを着ている。
ローブは頭巾のついた、身体を大きく包む格好のものだったが、それでも体躯の細さが見て取れる。
肌が白く、目も黒い。
意思の強そうな眉をしている。
「はい。今はゼロネーム家、特にリブロ様にお仕えしております」
「不躾な質問を許してくれるか」
「私に答えられることでしたら」
「ちゃんと食べてるのかい?」
ジオラルドに言われた言葉に、サリタは驚いて目を見開いた。
そうすると目に光が入る。薄い黒が輝く。
「も、もちろん、ゼロネーム家では食事に不足はございません。おそれながら殿下におかれましては、なぜ、その様な」
「いや、あんまり細いから……」
「体質でございます。僕……私は結構食べる方ですし、この杖を自在に操る修行もしております」
「一緒に食事はどう?」
サリタは更に驚いて何度も目を瞬いた。
「これから昼食だろう。君がちゃんと食べるかを確認したくなって」
「嘘など申しません」
「うん、そう思わせたならごめんね。とにかく、お昼は一緒に食べよう。外で食べないか? 裏の丘に小川を切ってあって、木立の影が気持ちいいんだ。簡単なものを食べよう」
サリタとジオと、数人の侍従が裏の丘に到着したら、小川の横に小さなテーブルと二脚の椅子が用意されていた。飲み物、食事、飾り切りをされた夏の果物が乗った盆を持った女官たちもいつの間にかいて、わずかな音だけを立てて、あっという間に会話の場が設えられた。
あっという間に支度が終わると、彼ら彼女らは会話が聞こえないていどの距離で控えた。
「どうぞ」
とジオラルドはサリタに着席を促し、自らも座った。
サリタは緊張しながら座る。
テーブルの横には、魔法使い用の杖立が置いてある。つやのある木で、蛇の透かし彫りで四方を構成され、支える四本の脚は黒い鉄だった。
サリタは杖立に杖を立てる。
ジオラルドは榛色の目を向けて、サリタに、
「おいしいんだよ。炭酸だ。リカラーの葉で香り付けがしてある。どうぞ」
と言うと、おのおのにひとつずつ用意されていた、足つきの細長いガラスのコップに入った飲料を飲んだ。
「それで、君は、どうしてここに来たんだ? リブロはいとこだが、あまり会ったことがない。君の使命はなんだい?」
ジオラルドは穏やかに言い、サリタは、右手で自分の胸を押さえて、軽く頭を下げて言った。
「年も近い、気が合いそうだとのリブロ様の仰せで、お目にかかりに参りました。もしよろしければ、夏の間なりと、話相手にでもと」
「ふぅん。君がいいなら、そうしようか。確かに、僕も同じ年頃の話相手が欲しかったところだ。よろしく、サリタ」
ジオラルドはそう言って、歓迎の意を示して微笑んだ。
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