7(改)
館の中に入って、ダイヤモンドは暖炉の前にぺたりと座って、まだ泣いていた。
ジオは、草と土まみれのダイヤモンドのドレスをそっとよけて、隣に座る。
「姫、あの」
ダイヤモンドはまた両手でジオの顔たを叩くようにはさみ、ジロジロと顔を見た。
ジオは正直頬が痛かったが我慢した。
「お顔がつるつる!! お耳もつるつる!! お鼻も濡れてな!! おひげもない~~」
ダイヤモンドはまた泣き崩れる。
「姫。僕、近くにいないほうがいいかな。大丈夫ですか?」
がば、とダイヤモンドはまた顔を上げてジオの顔を見る。今度はじっと見た。
「目が」
「目、目?」
「おんなじ」
「おんなじ?」
「眼球の形は違うけど、色も少しちがうけど、おんなじ……」
ダイヤモンドはまた泣き出した。
ジオはおろおろして、両手を、ダイヤモンドの周りでうろうろさせた。
「綺麗な毛並みがなくなっちゃったから寒いでしょ」
「えっはい、正直」
「奥の部屋に、綺麗な服あるから、着てきて……暖炉、つけるから……ちょっと落ち着きたいしさ」
「……わかりました……」
奥の部屋の箪笥の中に、茶色のズボンとブーツ、白のタフタのシャツと、毛織物の濃藍のベスト、ズボンと揃いの上着があった。箪笥の扉の裏には、金の草花飾りの枠のついた鏡があり、その下に、ブラシが何種類か下げられている。
ジオはブラシを取ると、丁寧に自分の髪を梳き、幅広の黒のリボンで後ろでひとつにまとめた。髪が伸びた。腰の上まである。手足の爪はそれなりに短いのと、身体が汚れておらず、髭もないのが不思議だったが、魔法の機微は分からない。
ジオはダイヤモンドのベッドから毛布を取り、暖炉の前のダイヤモンドの背にかけた。
ダイヤモンドは、小さな声でありがとうと言った。
ジオは、厨房で、獲ってあった柑橘の実を軽く潰してカップに入れ、更に蜂蜜を入れて、ダイヤモンドの横に置く。
鍋に水を入れて、暖炉の鈎に掛ける。
「待ってて」
と言って、すぐ近くに咲いていた木の花の枝を折って、虫がいないか、念のため振る。
外は、空にまだ明るさが残っている。明るい星がひとつふたつ見えている。
獣の時とは感覚がまるで違う。
見えるものも、きこえるものも。匂いも、感覚も。
ジオは、戻るとダイヤモンドの側に戻って、盆の上に花を置いた。
「ねぇ」
とダイヤモンドが言う。
ジオが、
「ごめん、もうすこしだけ待ってて」
と答える。
ダイヤモンドと同じものをコップに入れて、干した果物と木の実を別のカップに入れる。ジオは自分もクッションを持って、暖炉の前に座る。
鍋の湯が、揺らいでいるのを見て、レードルを取って、湯を掬う。カップに入れる。スプーンでかき混ぜて、ダイヤモンドに渡した。自分のものも作った。
ダイヤモンドは、居心地悪げにカップを両手で持って言う。
「ありがとう」
「あなたに、いろいろしてあげるのは、とてもうれしいことです。……獣の姿では出来なかったことだから。僕も、まだ落ち着いていないから、待っていてくれて助かりました」
ダイヤモンドは、温かい飲み物を飲む。
「おいしい」
ジオも、自分の飲み物を飲む。
「おいしいです」
しばらく薪の燃える音だけがした。
「僕は、ジオラルドといいます。かわらず、ジオと呼んで下さい」
「ジオ」
「はい。ダイヤモンド。姫」
「そっか」
「はい」
二人は、お互い手が届かないほどの距離を開けて座っていた。
ジオラルドはもう尻尾がないのが不思議だった。少しバランスがとれない気がする。
どうして魔法が解けたのかも不思議だった。
だが、きっと考えても自分には分からない。
――魔法使いでなければ。
振り切るようにジオラルドはダイヤモンドに意識を向ける。
「こうして、ダイヤモンド、と、人間の声で呼べてうれしいです」
ダイヤモンドはうつむいたまま何も言わない。
「ティアラもドレスもよく似合ってて綺麗です。でも、僕はあなたにくつろいで欲しいな。楽な服に着替えて来ませんか?」
ダイヤモンドは、顔を上げないまま頷いた。
カップを絨毯の上に置く。立ち上がる。
「ねぇ」
「はい」
ダイヤモンドは、ドレスの裾を直し、胸を張った。
「私が恐ろしくはないの?」
その姿は確かに、異形だ。髪の乱れさえ、計算され尽くしているように見える。
大きな瞳は緑色に輝き、睫は上下とも扇の様だ。
着飾っているので、その迫力はいや増している。
だが、ジオラルドは、一口飲み物を飲んで口を湿らせてから言った。
「ドレスが似合ってますよ。すごくかわいい。僕のための支度だなんて、信じられないほど嬉しいです」
ダイヤモンドは、しばらくジオラルドの顔を見つめてから、うん、と頷いて、部屋の奥へ消えた。
そのあとにも光が落ちているような気がして、ジオラルドは胸が一杯になる。ジオラルドは上着を脱いで、絨毯の上に寝転がる。ダイヤモンドが洗ってくれたばかりだからいい香りがする。
太陽と石けんと森の風、そして遠い祖国の羊の毛の。
そのまま眠ってしまったようでふと目が覚めたら、土色に染まってはいるが洗濯をしてある服を着て、ダイヤモンドがジオラルドと同じ毛布にくるまって横になっていた。
昨夜まで獣の尻尾でダイヤモンドを包んで眠っていた。
アレがもう出来ないのは、残念だなと思ったが、ダイヤモンドがわざわざ毛布を持ってきてくれて、わざわざ一緒に眠ってくれているのが嬉しくてジオラルドも眠った。
鳥の声がした。
夜明け前だ。
目を覚ましたジオラルドは暖炉の火が弱まっていたので、薪を足し火かき棒でつついて火を起こす。
鍋は、夜中のうちに、ダイヤモンドが下ろしてくれたらしくて無事だった。
「おはようございます、ジオ……」
ダイヤモンドが寝ぼけてそう言ったので、ジオラルドは笑って言った。
「いいですよ、昨日みたいに言ってください。姫」
言われて、ダイヤモンドは笑う。寝起きの掠れた声で言う。
「ねえ、ジオ、尻尾ない」
「髪の毛ならありますよ。ほら」
ダイヤモンドは、差し出されたジオラルドの髪の毛を軽く掴んで言った。
「どうして、獣の姿だったの?」
ジオラルドは、ゆっくり瞬きして言った。
「魔法を掛けられたんです。友人の、魔法使いに」
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