6

乾いた、暖かい日和が続いた。

 珍しいことで、絨毯は隅々まで乾いた。

 汚れていた絨毯は本来の美しさを取り戻した。濃い藍色に、木蓮の意匠。

 ダイヤモンドは家具とともに、絨毯を部屋の中に引きずり戻した。

 土や草を払いのけて、部屋の中に敷く。

 家具も元に戻し、丁寧に拭き上げる。


「一時間ほど、一人にしていただけますか」


 ダイヤモンドは奥の部屋に下がり、ジオは森に入った。


 日没が迫る。


 空は、水色と、桃色、薄い白と薄い黒が織りなす天蓋だ。 

 今日も森は鳥や獣の声がして、風に梢は揺れて騒がしい。


 ダイヤモンドは、金の髪を結い、金細工とダイヤモンドのティアラをつけて、白と薄い桃色の、身体に沿うシルクサテンの裾を引くドレス、そして金色の靴と、肘までのレースの白の手袋をして、庭に出た。


 空を見て待っていると、森からジオが戻ってきた。

 ダイヤモンドの姿を見て、固まった。


「――まあ!!」

 ダイヤモンドは、ジオに駆け寄る。

 ジオは口に、野ばらをくわえていた。

「私にですか?」


 ジオは、グゥ、と喉で鳴いた。

「嬉しい!! なんてきれいな花!!」


「あなたも」

「はい」

「あなたも、美しい」


 ダイヤモンドは幸福に瞳を潤ませ、芝に膝をついて、ジオを見上げる。


 夕焼けの光が、金色になる。矢のように鋭くなっていく。

「私、ダイヤモンド・パールコーラル・ジェムナスティは、ジオ様、あなたを愛しています。ジオ様、あなたは如何ですか」

 言ってしまうと、ダイヤモンドはきゅっと唇を引き締め、不安そうにジオを見上げる。

 ジオはひげを前に向けて、いつもよりもたどたどしい発音で言った。


「わ、私も」


 ダイヤモンドは表情を幸福に緩めると、野ばらを握って胸に当てたまま、膝で近づいて、ジオの口元に口づけをした。


 太陽がも一日最後の光を、黄金色の矢を放つ。

 あまりの眩しさに、世界の目が眩む。


 光の中で、奇跡が起こる。

 まばゆすぎて見えない中で、ジオは咆吼をあげ、やがてその声は、人間の青年のものにかわった。


 太陽が沈む。

 空はまだ明るい。

 夕焼けが始まる。


 ジオがいた場所には獣はいなかった。


 いたのは、全裸の青年だ。人間の。

 長い、赤銅色の髪。

 榛色の瞳。

 自分で、自分の身体をペタペタとさわり、両手の平を見て、指を動かしてみる。

「戻った」

 ジオは、信じられないように呟くと、ダイヤモンドを見て言った。


「ダイヤモンド!! 魔法が解けた!! 私は本当は人間で、魔法使いに獣の姿に」


 ダイヤモンドは立ち上がって叫んだ。


「嫌――ッ!! ヤダ――――――!!」

「えっ」

 ダイヤモンドは再びしゃがむと、両手でジオの身体をぺたへたと触った。

「嘘ォ、なんで!? 信じらんない!! ふざけんなよ、なにコレどうしたの!? うっそ、ヤッパ、ない、うそ、うそ、髭は? 毛並みは? 鼻は? 肉球は? 牙は?」

 唇をめくられて言われ、ジオは、

「んあが」

 とマヌケな声を上げた。


「待って待って待って、私、せっかく、理想の獣と愛を確認しあったんだよ!? だよね!? うんそうまちがいない!! それが? なんで? 何でこんなつるんつるんの」

 ダイヤモンドはジオの某所に一度視線を落とした。

「ああうん。一部だけフサフサの生き物、人間? あんた人間なの? 獣は? ジオはどこいっちゃったの? あっだめた、頭ではわかってるわかってるよお、獣がア」


 とダイヤモンドは両手で軽く何かを包む動作をしてそれを横に移した。

 なんとなくジオも同じことをした。


「ね!?」

「あっ、うん」


 両手で顔を覆って、ダイヤモンドはその場に仰向けに倒れ込んで、両足をジタバタさせてごろんごろんした。


「うわああああああああああ、ヤバい~~~ヤバくない~~~マジで~~~~ヤバい~~ナシナシのナシ~~~~」 


 ダイヤモンドのパンプスが飛んできたので、ジオは冷静に受け止めた。


「……日が落ちて寒いから、一回部屋に入らないか」


 ダイヤモンドは身も世もなく肩と腰を落とし、

「うあああああ」

 と子供の様に泣きながら館の中に戻った。


 ジオは、両手にパンプスを持って、ダイヤモンドの後ろに着いていった。




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