5

慣れない森での暮らしに、ダイヤモンドが体調を崩したこともあった。

 ジオは、森から食べ物を捕ってきて、ダイヤモンドのベッドの横にずっとついていた。


 ジオが怪我をしたこともあった。

 ダイヤモンドは、かわいそうに、痛いでしょうにと泣きながら手当をした。


 共に星を見て、朝日を待ち、眠って、目覚めて、視線を交わした。


 一人と一頭は、毎日の小さなことを、大切に育てた。

 お互いだけのやり方を、丁寧に作り上げた。

 衝突もあったが、怒りはそこになく、ただ、どういうつもりでそれをしたかと、どういうつもりだと受け取ったかを、獣の拙い言葉と、ダイヤモンドの時間と体力を使って、確かめ合って、わかりあって、育てていった。


 一人と一頭で、一緒に暮らすにはどうしたらいいか。

 世界の誰も知らないそのやりかたを、一人と一頭で、丁寧に丁寧に育てた。

 

 

湿気のない晴れの日が続いていた。

 好機だと思って、ダイヤモンドは汚れた絨毯を庭に引きずり出す。

 庭と言っても植え込みや薔薇があるわけではなく、ただ、森を遠ざけるために広い空間を作っているだけの場所だ。

 背の低い草が、芝のような顔で生えている。

 大まかな汚れを熊手とほうきで外すと、水と石けんとモップで絨毯を洗う。

 ジオは、水桶を銜えて手伝おうとしたが、ダイヤモンドが止めた。

「ジオ様の口はその様に出来てはおりませんわ。私がやります。ジオ様は狩りに行かれて下さい。乾くのに結構かかりますから、他の寝床を用意しましょう」

 一日掛けて絨毯を洗うと、ダイヤモンドは丸めて上から乗り、水を少しでも絞ろうとする。ジオもそれは手伝えた。二人は同じ作業を協力してやった。

 

 庭に、ダイヤモンドが動かせる程度の家具を並べ、絨毯を置く。

「雨など、降らないと、いいですわね」

「うむ」

「私、ひとつ決めていることがありますの」

「わたしもだ」

「あら」

 ふふ、と笑って、ダイヤモンドは室内に入った。


 もう、夜に近かった。

 服が濡れたので、火を起こし湯を沸かして身体を拭く。

 ダイヤモンドは館にあった男物の服を借りて着ている。大きいので袖も裾もまくりあげている。労働に向かない、シルクとウールの服。

 ジオが中に入ったので、ダイヤモンドは庭への扉を閉める。


「しばらく晴れるといいですわね」

「うん」

 ジオは暖炉から少し離れたところにうずくまった。

 ダイヤモンドは、と、と、と爪先立ちで近づいて、ジオに訊く。

「よろしい、ですか?」

 ジオは少しの間の後で言った。

「うん」

 ダイヤモンドは、ジオと、暖炉の間に、クッションをしいて座った。

 緊張して、嬉しくてただ座っていただけだったが、ジオの尻尾が、ふわりと身体を包み、自分の身体の方に、ダイヤモンドを寄せた。

 ダイヤモンドは、力を抜いて、ジオラルドの身体に寄りかかった。

 毛皮越しに熱が伝わる。

 呼吸している。

 心臓が動いている。


 なんでもいい。何でもよかった。

 だからだ。

 なんでもいいから、カーペットが乾いたら、にしたのだ。

偶然にまかせよう。

 そう思った。




 

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