3

 少しして、ダイヤモンドがもう一度同じことを言おうとしたとき、対岸の枝の葉が揺れた。斜めに太く張り出した幹の枝葉の陰に、榛色の目が、オレンジの光に照らされて見える。


「かえれ」


 不明瞭だったが、人の言葉だ。

 ダイヤモンドは、思わず息を呑んで、立ちすくんだ。

 必死で叫んだ。


「私はダイヤモンドと申します! あなたのものになりに参りました!」

「いらぬ」

「お気に召しませんか!?」

「ちがう。いらぬ。かえれ」

「帰りませぬ!!」


 ゴオオオオオ、と獣が吠えた。


 鳥と虫が全て飛び立って、森が震え輪郭を危うくする。

 獣たちが駆け出して、地響きがした。這う虫、蛇や蜥蜴が一斉に断崖を這い下りる。

 絶望の森が形を変えて広がる。

 ダイヤモンドは枝を握りしめたが、断崖を越えて獣の声は届いたので、ダイヤモンドのいる側の森でも同様の現象は起こった。


 蛇がまとまってダイヤモンドの足下を抜けて断崖に這う。その動きに脚を取られて、ダイヤモンドは断崖に、うつ伏せに滑り落ちた。


「!!」


 悲鳴もあげられず、ただ断崖に落ちていく。

 永遠にも感じられた瞬間、何かに落ちた。反射的に捕まる。


 赤銅色の獣。


 その背中に自分は乗っている。

 一日の最後の光が、二人を照らす。

 獣は断崖に出ている木の根や、岩を足がかりにして、森に戻る。

 そのまま森の中を駆けていく。


「夜、に、なる、お前、かえれ、ない」


「――ダイヤモンド! ダイヤモンドと申します! あなたは? あなたの名前を教えて下さい!」

 

 獣は走りながら、しばらくして言った。


「ジオ」

「……ジオ! わたし、私は、あなたのものです……!」


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