第39話 エンドコンテンツへ挑む者

 10層へ帰還する為の階段は、そこまで遠くなかった。

 幸いと言っていいのか、障害は伝説ステージが一つだけで、残りは通常ステージだった。


 11層だと珍しいが、神話ステージなんかが挟まったらボクもお手上げだったからな。


 ……というわけで、順調だと思っていたんだが。


「偵察に行ったって……あんたねえ」

「逃げ足には自信があったんだ」


 洞窟に戻ってから仮眠を取って数時間、寝心地が悪い所為か起きてしまうと同時に羽澤も起きた。


 撃破したことは伝えなかったが、彼女の就寝後に少し偵察したことを言った。


 彼女が眠っている間に始末したから、ボクの言い分を信じるしかない。

 踏破報酬はMVPの1名にしか貰えないし、寝ていればアナウンスは聴こえないのだ。


 加えて羽澤はウンディーネの姿を確認する前に撤退したからな、いくらでも誤魔化しようがあった。


「というか、モンスターがいなかったんだったら、起こしなさいよ」

「ぐっすりだった癖に、よく言うよ」

「……それは、仕方ないじゃない」


 よく眠れてネガティブだった気が晴れたのか、羽澤は言い返してこない。


「それじゃ、待つのも退屈だし、階段が近くにないか、能動的に行動してみるか?」

「当然でしょ」


 相変わらず、怖いもの知らずな奴だ。

 ヒロインらしい逞しさ、と思える日がいつか来るのだろうか。


 そんな訳で出発した訳だが……。

 冥界蜃気楼の跡地を歩きながら先を進む中、羽澤が妙な質問を寄越した。


「ねえ、あんたさ……強いの?」

「……なんだ、その質問は」


 大丈夫だ。ボクがウンディーネを撃破したと勘繰られている訳ではないはず。

 ソロを目指しているなら、一人で何とかなる相手ではないことを知っているだろうし。


「だっておかしいじゃない? あたし達1組はみんな、代表さん……君塚さんの強さを知ってる。それなのに、あんたときたら……」


 なるほど、疑問はそちらか。

 確かに10層で彼女が仕掛けてきたことには、ボクも驚いたからな。


 あの時、英雄ハクアの不意打ちを避けたことに違和感を持たれたか或いは、そのことに対する君塚の言動で偶然でないと悟られたか。


「君塚に目を付けられてるのは、初日の件だ。ボクだってサッパリ――」

「あたしがおかしいって言ってるのは、代表さんの態度なんかじゃない……あんたなのよ」

「…………」


 これはボクの油断だったかもしれない。

 羽澤美憂は、怖いもの知らずで感情的な女子生徒。

 ただし、この世界のヒロインなのだ。


 意外と察しが良いらしい。


「なんだ? ボクが強かったら、困るのか?」

「もしそうなら、気に喰わないのよ! ただそれだけ!」


 急に声を荒げる羽澤。

 いつもなら自分の方が強いと、強気な態度を取ったはずの彼女が、どんな心境の変化かと思えば――少し現実的な考えをしただけのようだ。


 こんな環境だからこそ、自分の弱さに向き合ったのかもしれない。

 主人公もヒロインも最初から強い訳じゃない。

 強敵と戦って強くなるものだろうし、現実的に考えれば、最大の敵は自分自身になるだろう。


 その点、これはちょっとしたメインヒロインの成長なのかもしれない。


「気に喰わないなら、お前がもっと強くなるしかないな」

「は? 『もしそうなら』の話で、あんたが強いだなんて、あたし認めてないんだけど! ……けど、そうね。びくびく怯えるままはイヤだし、強くなるわっ!」


 昨日とは別人のようにポジティブな考え方だ。


「……お前、思ったよりソロも向いているのかもしれないな」

「なによ急に……気持ち悪いですけど」


 未熟で危うい部分もあるけど、羽澤の才能は、適応の速さにある。

 ……その武器は、あらゆる困難に打ち勝つ力になる。


 ボクの魔剣とはまた違う、不可能にだって挑み、打ち勝てるかもしれない、限界を超えた力。


 『サモテン』に置いてきた、ボクの弟子も、彼女のように負けず嫌いで、だからこそ強かった。


「――この辺はもう、誰かが討伐した後だったみたいだな」


 冥界蜃気楼を抜けた先の通常ステージは、モンスターのいない静かな空間になっていた。


 撃破したモンスターは消失し、一定時間の後にリスポーンする。

 ただその一定時間もまたランダムであり、今回は遅いパターンなのだと、そう思ってもらうしかない。

 そう思っていたが――


「なんだ、昨日は怯えて損したー」

「命がけなんだ。臆病になることは損じゃない」

「うるさいわっ!」


 ……まだ青い。

 楽観的になるハードルが低すぎる。


 彼女が立派な翼を生やして飛翔するには、まだまだ時間がかかるかもしれないな。


 なんて言っている内に、通常ステージも抜け、10層へと上がる階段を発見した。



【ダンジョン第10層】


 戻った10層には、昨日とは見違える光景が広がっていた。

 壁が崩れ、巨大な空間が広がり――そこには3体の竜がいる。


「何……あれ」

「羽澤、こっちに隠れろ」


 ボク達にも余裕があるわけではない。

 魔剣を使えば、真っ向から複数の竜と戦うこともできるだろう。

 本当の力を隠しながら挑むには、羽澤を保護する余力が足りないのだ。


 見渡せば、所々に一年生が数人。

 一番の衝撃は、大怪我を負った二宮双真の姿と、竜と戦うボクの兄……四辻朝日の姿。


「救助隊は来なかったんじゃない。来れなかったんだな」


 思わぬ足止めを食らっている様子だが、そうだとすると、兄はボクを本気で心配してきてくれたのだろうか。

 彼もグループワークの引率に携わっていたはずだから、かなりの急務だったに違いない。


「……そう、だったのね。あたし、見捨てられた訳じゃなかったんだ……」


 柄にもなく素直だが、その腹のうちをボクは見抜いた。


「良い機会だ。竜が1体まで減ったら、羽澤も攻撃を開始すればいい。目立てるぞ」

「ふうん、止めないんだ」


 羽澤は不敵に笑うと、様子を伺い……駆け出した。


 あと1体まで減ったら……と忠言したつもりだったが、特に心配もしない。


 救助隊による継続的な攻撃が効いていたのか、羽澤が召喚したサンドスライムは、一匹の竜の足を縛り、動作を固定した。

 その隙を縫って、先輩達の召喚したモンスターによる攻撃が直撃し、撃破に成功したようだ。


 残り2体も、時間の問題だろう。


「公子様……ようやく、見つけました」

「ああ、今さっき戻った」


 ボクは正直睡眠不足もあり、疲れていたので、瓦礫の陰に隠れた訳だが、慈雨に見つかってしまった。


「心配したんですよ?」

「悪かった。本当に心配かけた」

「……二度と、やめてください」

「肝に銘じる」


 ローブで上手く顔の見えない慈雨は、怒っているのか、心配しているのか、表情がよく見えなかった。


 ただボクを探すのに苦労したのか、横に座ると、こちらに寄りかかって、彼女は口を閉ざした。


 ……地上に戻ったら、しっかり労ってやらないといけない。

 ボロボロになったコスプレ衣装を見る限り、今度からはちゃんとした服を着るように言いたくなったけど、今は我慢することにした。


「うおぉぉぉ! 竜6体、討ち取ったり!!」


 すると、休む暇もくれないのか、最後の竜を撃破し、男の雄叫びが上がった。


 今は怪我で動けない生徒もいるだろうし、安心させる為にも、大声を出したんだろう。


 ボクの生存は、恐らく羽澤が勝手に報告してくれるだろうと思い、そのまま暫くは慈雨を横に休むことにした。


 ダンジョンは過酷な場所だ。

 いくらレベルを上げて超人になったつもりでも、死の危険は常に身近だ。


 それでも生還すれば……それは勝利と言えるものだと、ボクは思う。

 今回のグループワークも、その点で言えば、成功と言っていいはずだ。


 少し思うことがあるとすれば……救助隊の存在だろう。


 本来の原作シナリオなら、これは二宮双真の2段階目の覚醒イベントになったのかもしれない。

 それは、救助隊のフォローによって、消え去ってしまったように見える。


 ボクと羽澤が11層へ落ちてしまったという偶然のトラブルが、シナリオを変えてしまった。


 これからも『サモテン』では無かった必然の脅威が襲来するかもしれない。

 そこで勝手に太刀打ちしてくれる『物語の主人公』というスケープゴートを脆くしてしまった。


「まあ……問題ないだろう」


 ボクがシナリオを変えてしまったのなら、他の転生者にも、また変えられる。

 慈雨奏は強くなった。

 必要なら、運命を変えられる生徒を増やせばいい。

 原作シナリオなんて関わって寄り道をするのは、もう懲り懲りだというのが本音だ。


 ボクのスタンスは、これからも変わらない。

 誰も知らない、途方のない道のりを、歩く。


 このデスゲームでただ一人ボクは、エンドコンテンツへと挑む者だから。

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デスゲームでエンドコンテンツに挑む者 佳奈星 @natuki_akino

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