第38話 (九重湯乃視点)

 私は知っている。

 このグループワークで、何か起こることを、だ。なぜ曖昧な表現になってしまうのかというと、私は原作を途中で読むのを止め、具体的な内容を知っている訳ではないから。


 それでも危機を感知しているのは、原作のサブタイトルが『驚異の軍勢』だったから。


 物語の主人公だけでなくこのグループワークを脅かすレベルの何かが起こるはずだった。

 そこで、万が一には公子様が動くかもしれないと考えて、伝えていたのだ。


 昨日急いで用意した魔剣ナントカも、その為の武器。

 公子様は原作を読んでいないと言っていたけど、まるで一度体験したかのように博識だ。

 そこは、もはや気にすることを諦めたけど、だからこそ心配なところがある。


 ……油断。ダンジョン内では、予想外のことなんて幾らでも起こりうる。

 いくら公子様が相手でも、たまに心配してしまうのだ。


「……あの時も」


 あの時、それは君塚澪による奇襲のこと。

 私はずっと公子様の側にいたのに、事前に防ぐことなく、攻撃を許してしまった。


 君塚澪……私は彼女を恨んでいない。

 2層で見捨てられそうになった事件の主犯は一ノ瀬だろうし、こうして今の自分があるきっかけになったことに満足しているから。


 しかし、公子様を攻撃したのは許せないことだ。

 何より自分が情けなくなった。

 ああいった非常事態の為に、私は彼に付いてきたはずなのに。これではただの置物と変わらない。


 ……その結果、公子様は羽澤美憂に巻き込まれて『白い土』によって11層へと落ちてしまった。


 以前より彼から11層以降は相性次第で厳しいことがあると聞いていたから、あの時は本当に焦った。

 そこで、私はもう一度間違えた。


 周囲にアイスウィングの《吹雪》を放った結果、彼のグループメンバーが、姉川琴葉を含めて吹き飛んだ。


 なりふり構っていなかったから、私は意識を飛ばしておらず、『迷彩ローブ』の効果は継続。

 ただし、「何かがいる」と思われたのか、英雄シキミヤによる攻撃を許してしまった。


 足にかすり傷、それだけでも、意識を返すのには充分……恐らく姉川琴葉に姿が見えてしまった。


「夏堀くん……地上に救助隊の要請をお願いしていいかな? 先輩はちょっと本気出さないといけないみたい」

「……わかり、ました」


 姉川琴葉を残し、後退していく他のメンバー達。

 救助隊という話から察するに、もしかしたら公子様を助ける手立てがあるのかと思った。


 そういうことならば、こちらに戦う意思は無くなったけども、喧嘩を売られた向こう側は違いそうだ。


「何者なのかな? モンスターじゃ、ないね」

「…………」


 姉川琴葉とは初対面だから、私の正体を知る術はない。

 なので、対話はしても大丈夫。

 しかし言葉を選ばなければならない。


 下手に停戦交渉をしようものなら、私と公子様の関係を勘付かれる可能性がある。

 さっきも、つい公子様が落ちてしまったことによる動揺で範囲攻撃の命令をモンスターに出してしまったから。


「私はモンスターではありません。なので、対価を支払っていただけるなら、見逃します」


 結果、悪党のような台詞を口に出していた。

 如何にも怪しい風貌だろうし、本当に盗賊のように思われた方がマシなのは確か。


 強気に見せたのも、まだ他に見せていない手札が多くあるように見せるためだ。

 姉川琴葉は強い……レベリングした私なら勝てるかもしれないけど、無傷ではないだろう。

 実際、一撃を既に食らっている。


 倒した後、モンスターにでも出くわしたら生存確率は下がるだろう。


「……参ったね。ライブ配信外じゃ、これでも私は臆病でさ。見逃してくれるなら、ありがたいかな」


 恫喝に効果があったらしく、姉川琴葉はマナ金石を3つ落とした。

 彼女にとっては貴重なのかもしれないけど…………要らない。


「貴重なアイテムを渡して……後に私の正体を炙るという魂胆ですか?」

「……っ、ほんと何処の誰先輩なのかな。それとも研究所の人? まあいいけど、わかったわよ」


 適当に取り換えてもらう為の抗弁だったけれど、まさか本当にそのつもりだったらしい。


 マナ金石だけで言えば、公子様が既に大量交換しているので、探られると不味い。


 結果、適当な消費型アイテムカードを数枚巻き上げた。

 やっていることは、本当にカツアゲに思えてきたけど……公子様を落とした羽澤美憂のメンバーに対する賠償と考えれば、安いかもしれない。


 そんな時――途轍もない爆風音がダンジョン内に響き渡る。


「っ、何!?」


 10層を構成する壁の一部が破壊され、辺りはあっという間に広い空間へと様変わり……崩れた瓦礫と共に、負傷した1年生達の姿が点在していた。


 中には、この世界の主人公である二宮双真の姿まで。

 辛うじて立っている姿を見るに、ここから彼が活躍してくれるのだろうか。


 それなら……と、私はすぐに気配を消したが、無視できない存在……二宮双真の敵は、そこにいた。


「……驚異の軍勢」


 原作で読むのを止めた、グループワークのエピソードに当たるサブタイトル。

 その意味は、目の前の光景そのものだった。


『堅鱗竜★★★★』

『火炎竜★★★★』

『湖水竜★★★★』

『暴風竜★★★★』

『大地竜★★★★』

『雷電竜★★★★』


 属性竜……★5のモンスターである龍シリーズの下位互換という認識が一般常識。

 だが、10層を楽々と歩けるユーザーにとっては違う。

 彼らは本来、10層の中でも出現確率が低いモンスターであり、言うなれば★4.5という認識が強いという。


 それが、6体も……加えて基本6属性が各1体なので、相性による対策が取りづらい。

 なぜモンスターが徒党を組んでいるのか、その理由はわからない。

 ダンジョンでは何が起きても、おかしくないから。


 しかし、こんなものが出てきてしまえば、私にできる選択も逃亡の一択しかない。


 そう思っていたが――――


「救助隊に課せられた要請って、11層に落ちた子の救出じゃなかったっけ? なる早で来たけど、どうしてこうなってるの?」


 そこには公子様の兄……四辻朝日を含む3年生と4年生のグループがやってきた。

 彼らには工房があるから、救助を求めてからすぐに駆け付けたのだろう。


 それが丁度、6体の竜モンスターに鉢合わせることになるとは、彼らも予想外だったかもしれない。

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