『狂った俺達の上でお前は暮らす』

小田舵木

『狂った俺達の上でお前は暮らす』

 見渡す限り。赤い大地が広がっている。

 俺は。この火星の。ユートピア平原に降り立った訳だが―

「なんじゃ、この不毛の大地はっ」そう叫ばずには居られなかった。

 かつては。この火星にも。大気があり、海があった…と考えられている。

 だが今は。宇宙に大気は逃げて行き、不毛の大地が広がるだけである。

「ここを開拓しろたあ、無茶言うぜ」俺は宇宙服の中でボヤく。

「とは言え。それが貴方の仕事ですから…借金、しこたまありますよね?」応えるのは宇宙服の中に仕込まれたアシストシステムのAI。

「…パチンコ、競馬、競艇、宝くじ―ありとあるゆるギャンブルに負けたからなあ」

「ま、せっせと働くことです」

「まさか。地球のタコ部屋ではなく、火星に飛ばされるハメになろうとはな」

 

                  ◆

 

 地球に居た頃の俺は。ウルフルズの『借金大王』をテーマソングとする男であった。

 要するに。借金大王だった訳である。

 毎日、シケた仕事で稼いだカネを全額ギャンブルに突っ込んで。

 まあ。みるみる内に借金塗れになった。

 俺にカネを貸す消費者金融はあっという間になくなり、怪しい個人金融からカネを引っ張り、ギャンブルに勤しんでいた訳だが―

 ま。何時かは首が回らなくなるんだな、コレが。

 俺はありとあるゆる方法でカネを工面しようとした。

 臓器を売る以外は何でもやったと言っても良い。

 

 しかし。軍資金は幾らあっても足りない。

 俺は競馬場の馬券売り場で、100円握りしめて絶望していた。

 ああ、勝てば。借金なんて一発で返せるのに…

 

「よう。若人。百円握りしめてどうした?」妙に身なりのいい男が俺に話かけてくる。

「賭けるカネがねえ。あと一回こっきりの勝負だ。それで…借金を返さんといけん」

「どうやら。君は苦労してるみたいだねえ」

「まあな。で?おっさん、何の用だ?カネなら当然ないぜ」

「ん?私はねえ…君のような若人を探していたんだよ」

「あん?」いやあ。流石に怪しさ満点である。

「良い稼ぎ場があるんだよ」

「おいおいおい。怪しさ満点の勧誘文句じゃねえか」

「んまあね。怪しくない訳じゃない。だが。君には大金が必要だ…」

「それはそうだ」俺は喉から手が出るほどにカネが欲しい。その心境はおっさんにも伝わったらしく。

「なれば。私に着いてきなさいな。カネなら稼げる…身の保証はしないがね」

「…」俺は生唾を飲み込む。うん。こんな場所で勧誘してくるリクルーター、怪し過ぎて笑えてくるのだが。カネ…カネが。俺には要るのだ。さっさと返済しないと、何処ぞに埋められちまう。

「さ、こっちだ」おっさんは。俺が着いてくるの前提で歩き出す。

「だー。分かった!着いていくぜ。どうせ、勝負したって負けるからな」

 

 かくして俺とおっさんは競馬場を後にした。

 そして。おっさんは俺を車の後部座席に押し込む―

 と同時に。俺は。後部座席の後ろに潜んでいたヤツに殴られ。気を失う…

 

 気がつけば。

 俺は。ビルの一室に連れ込まれており。部屋の真ん中のパイプ椅子に縛り付けられていて。

「で?一体何が始まるんです?」俺は呟く。

「…君は。名誉ある火星開拓使の一員となるのだ」声が部屋のドアの方から聞こえて来る。

「は?」俺は聞き返さずにはいられない。

「だーかーらあ。君は火星開拓使になるのだよ」ドアから入ってくる先程のおっさん。

「火星開拓使だあ?アホ言うな。宇宙に人飛ばすのにどれだけコストかかるか分かって言ってんのか?」

「分かってますとも。そして。コストが掛かるからこそ。リスクのある賭けはしたくないのが、各国の宇宙機関だ」

「とどのつまり?」俺は聞き返す。話が飲み込めないのだ。

「火星。君も知っているはずだ。不毛の大地だと」

「そりゃな。豊かな星ではない」

「そんなトコロの開発に、貴重な宇宙飛行士を派遣したくない訳よ、各国の宇宙機関は」

「で?もしかして。使い捨てのコマとして…俺を火星に飛ばすってか」

「そうです。察しが良いですねえ、借金こさえる割には」

「マジかいな。どうするの訓練とか?」

「そこは。各国の宇宙機関…ウチの国ではJA●Aが何とかしてくれますよ」

「…J●XAが。借金塗れの俺を宇宙に捨てるとでも?」

「いいやあ。この件、表向きは●AXA、ノータッチです」

「で。適当な誰ぞが裏から訳アリ人材をリクルートしてると」

「そそ。死んでも構わない人間、そんな人を探してました」

「…まあ。確かに。俺は借金塗れで。生きるに値しないが」

「うんうん。適材ですな。後は適当に訓練して。火星へレッツラゴー」

「火星で何をせいと?」

「テラフォーミング」

「何年かかるか分かってるか?」

「膨大な時間が必要ですね」

「俺、火星で死ぬのは嫌だよ」

「いいやあ。住めば都かも知れませんし」

「んな訳ねえだろ。水さえ確保出来ねえ」

「水…そう水の確保が貴方の仕事になるでしょう」

「火星って水源あったっけ?」

「両極に氷がありまして。そいつを溶かせば水になりますよ」

「…両極って手軽に言うが。火星って広いよな?」

「まあそこそこ。地球の半分程度の広さはあると思いますよ」

「無理ゲー過ぎんか?」

「だから。アンタみたいなカスで開発するんじゃない」

「こりゃあ。死ねって言われてるようなモノだ」

「しかーし。話に乗ってくれれば。借金は我々が肩代わりします」

「んで。おまけに宇宙訓練まで施してくれると」

「うん。特典モリモリぃ!乗らなきゃ損っ!」

「…どうせ。断る道はないんだろ?」

「ま。この秘密のプロジェクトに触れちゃいましたからね」

「そりゃ秘密にもなるわな。人道から外れてる、無理やり火星を開拓させるなんて」

「カネがないヤツは。金持ちに好きにされるのが運命なんですよ」

「まったくだ」

 

 かくして。

 俺は。火星開拓使に仕立てあげられて。

 火星にふっ飛ばされて来たって訳。

 

                  ◆


 俺は。ユートピア平原で言葉を失っていた訳だが。

 大地の彼方からバギーが走ってくる。

 ああ、アレが俺の同僚になるヤツな訳だ。

 

 バギーは。3分の1の重力の中をひた走ってきて。俺の眼の前で止まる。

 バギーに乗っていたのは。黒人の男だった。

「ヘイメーン…じゃなくて翻訳して…チワっす。新人」

「おう。ヘロー…」俺は貧弱な英語で挨拶するが、ようよう考えたら宇宙服に翻訳システム付いてたわ。

「よう。このクソ星にようこそ!地獄だぜココは」

「随分な挨拶だな」

「そりゃよ。ココには地球のカスしか来ねえからな」

「お前もカスな訳だろ?」

「おう。お前と一緒だぜ!!」妙に元気いいな、こいつ。

「んで?お前は地球で何やらかした訳?」

「あーん?ヤクをちっとな。で、借金塗れ」

「お前もかい」

「どうせ。新人、お前も借金塗れだろ?」

「おう。俺はギャンブルだ」

「オオウ。シッ●。こりゃ愉快な仲間になりそうだぜ!」

「で。お前の名前は?」

「あ?ボブだよ、安易だろ」

「俺は宮内みやうちな。よろしく」

「よろしくな、じゃ、行くか、俺達の●ットな基地に。乗りな」

 

 俺はボブが運転してきたバギーの後部に乗り。

 ユートピア平原を北へとひた走る。

 しかし。この大地の赤さよ。鉄分が豊富なんだろうが―こいつをテラフォーミングするなんて。神の所業に近い。無理がねえか?

 

 バギーを一時間走らせれば。

 俺達のシケた基地はあった。

 まるで。建築現場のコンテナ小屋である。

 救いは。ある程度の面積があること。

 こいつを建造するのに、俺の借金何人分がかかっただろうか。

 

「ヘイメーン。シ●トな新人連れて来たぜ」基地に入り、宇宙服のヘルメットを脱いだボブは言う。

「どうも。宮内です…」なんて言いながら俺は入る。

 

 基地内は。一応、地球と同じ環境を維持している。

 つまり。普通に生活出来る唯一の空間。

 そこは。西部劇映画に出てくる寂れた酒場のような様相を呈している。

 バーカウンターが奥にあり。その前にはテーブルが2、3。

 そこに俺の同僚になる男達が居るのだが。

 いやあ。全員、クズの顔をしてらっしゃる。

 人種、国籍、それぞれバラバラなのだが。皆、絶対に借金を拵えてそうな顔をしているのだ。

 

 その中の白人、恐らくはアメリカ人が話しかけてくる。

「お前が宮内か…ま、死ぬなよ」

「アンタは?」

「俺か。マイケルだよ…出身はアメリカだ」

「で?お前はどんなクズなんだよ?」

「あ?俺はただのプアホワイトさ。気がつきゃ借金塗れで。ココに打ち込まれた」

「それだけかあ〜?」俺はほじくってみる。

「…娼婦にハマり過ぎて。借金塗れだ」

「おうおう。クズクズ。俺はギャンブルな」

「お前よりは俺はマシだな」

「あ?変わらんだろうが」

 

 俺はマイケルが座っていたテーブルに着き。

 腰を落ち着ける。

 周りのカス共は俺にあまり興味がないらしい。

「歓迎されてねーのか?」小声で近くに居たボブに問う。

「…ここに来る奴は。すぐにイカれちまうからな。あまり関わりたくないんだよ、お互い」

「…それこそ気が狂いそうだが」

「いや。案外、モクモクと仕事してる方が狂わない」

「…あーあ。とんでもねえトコロに来ちまったな」

「ま。気楽にやろうぜメーン。マ●ファナ吸うか?」

「お前はステレオタイプな黒人だなあ。ボブ」

「まあな。そういう道化でも演じてねえと…この火星では生きていけねえ」

「らしいが?マイケル。どうなんだ?」

「…大方はボブの言う通りだな。道化でも演じてねえと。この寂しい惑星を噛みしめる事になっちまう」

 

                  ◆

 

 俺とマイケルとボブは。

 マリファナを回し吸いし、酒をかっ喰らう。

 この火星では酒は高級品だが。クズを働かせる施設である、そこはしっかりと確保されているのだ。

 

 俺はすっかり酔っ払って。

 その内眠くなって。テーブルに突っ伏す。

 その上にボブとマイケルが積み重なる。

 こうして。火星一日目は終了した。

 

                  ◆

 

 それからの火星での日々。

 いやあ。クソみたいなもんだった。

 俺の仕事はユートピア平原から北極のボレウム高原を繋ぐパイプラインを埋設まいせつする事…なのだが。いくら作業しようが終わんねえ。マジで火星は広い。地球の半分だから楽とか言ったアホは殺したい。

 

 俺は。プライベートと仕事、どちらもボブとマイケルと組んでいる。

 初日のアレが絆を深めた訳だ。

 ま、ボブは最近狂っちまったけどな。

 なにせ、奴さんは地球からあらゆるヤクを仕入れてキメていたもの。

 最初はアッパー系のヤクをキメていたのだが。そのうち幻覚剤にドハマりしやがり。

 火星に居ながら、地球の方へとトリップしていた。いわく、「宇宙を飛んでいくより早い」だが。そんな幻覚剤漬けの日々がボブを狂わせてしまったのだ。

 

「ヘイメーン。地球の女としっぽりヤりたくねえか?ココに良い女がいるぜ」なんて言いながら、パイプラインの工事現場のいい感じに穴が空いた岩を女のケツに見立てて、腰を振っていた。

 

「マイケル…アイツぁ。駄目だわ」俺は腰を振るボブを見ながら言う。

「しゃあねえ。女日照りの火星だもの」

「しっかし。しっかりしてそうなボブからやられるとは」

「しゃあねえ。何もねえ火星だもの」

「お前はしゃあねえ以外言葉ないんかい」

「しゃあねえ。火星だもの」

「…」ああ。こりゃあ。マイケルも早晩やられる。

 

                  ◆

 

 俺の嫌な予感は当たった。マイケルもやられちまったのだ。この火星に。

 マイケルは。自分のベッドのマットレスを入れ上げていた娼婦に見立てて、一日中ヤりまくっていやがる。仕事にも出ねえ。

 

 ボブは相変わらずのトリッパー。

 仕事をしてくれるのは良いが、狂ったボブの言葉を聞いてると、こっちまでやられそうになる。

「ヘイメーン。火星は巨大な●ッシーだ!!俺達は火星をファ●クしてんだよ!!」

「あのなあ。ボブ。火星は別名マルス。マルスってのは軍神で男性だよ、だから火星は巨大なペ●スと言うべきだ。ちょうど月も2個あるしな。金玉みたいに」

「いいじゃねえか。巨大なペニ●。掘られてぇ」

「なんだあ?お前さん、ホモかよ?」

「宮内、遅れてるな。俺はバイ・セクシャルなんだよ。掘るのも掘られるのも楽しい」

「おいおい。勘弁してくれよ〜俺はノンケだ」

「嫌がるアジア人を掘る…良いじゃない」

「…黙って仕事しような、ボブ」

「釣れねえなあ。宮内」

 

 俺は。狂ったボブとマイケルと仕事をしているが。

 今んところ狂ってない。

 それはギャンブルから離れているせいだろうな。

 なにせ。火星にはパチンコ屋も場外馬券売り場もねえ。その上インターネットの通信速度は最悪。ギャンブルのギャの字もねえ。

 

 基地に帰って酒を飲むのだけが楽しみだ。

 この基地では。ジャパニーズ・ストロング・サケが大人気だ。

 なにせ。甘くて飲みやすい。その上、500ミリでテキーラワンショット分の強さ。

 俺達は。ジャパニーズ・ストロング・サケのジャンキーみたいなもんだ。

 仕事を終えて、自販機に少ない稼ぎを突っ込む。すると。魔法の液体が出てくるのだ。

 

 俺は今日も。ジャパニーズ・ストロング・サケを買う。

 そして。ベッドでヤり疲れて寝ているマイケルに注入する。

「おらあ。起きろやマイケル!何時までも狂ってんじゃねえ」

「オオウ。イエース。効くねえ。ジャパニーズ・ストロング・サケは」

「おらおら。今日のコレも奢りじゃねえ。働けや、チ●カス」

「とは言え。このジェニファーが離してくれなくてね」

「それは幻覚ってヤツだ」

「そんな訳ないだろう?」

「…マジで言ってる?」

「大マジだ」

「ああもう。お前、酒呑んで寝てろ」

 

 

                  ◆

 

 俺は。狂ったマイケルやボブと延々と工事を続ける。

 重力が地球の3分の1なのは有り難い。

 だが。延々と宇宙線を浴びているのは頂けない。

 これじゃあ、寿命がゴリゴリ削れていく。

 

 命がゴリゴリ削れる感覚。

 それは俺を狂わせるには十分なモノだった。

 俺も幻覚剤無しでトリップし始めている…

 この火星にないはずのパチンコ屋が見えたりするのだ、火星の砂塵が競馬の馬のように見えてくるのだ。

 

「おーい、ボブ、仕事上がりに一発打たね?」なんて阿呆な事を言い出すのは時間の問題で。

「一発打つ?ヤクか?そ・れ・と・も…俺のケツに打ちたいのか?」

「…済まん。トリップしてたぜ」

「それで。やっと一人前の火星人だぜ」

「狂ってナンボの世界かよ」

「だろうが。じゃねえと。俺達地球に帰りたくなるじゃねえか」

「そりゃなあ…」地球、パチンコ屋の台のハンドルを握りてえ。

「俺達、何時まで火星に居れば良いんだろうな」

「死ぬまでらしいぜ」

「ヘイメーン。冗談は止せよ」

「なんだあ?リクルーターに聞いてねえのか?」

「…あん時、キメてたからな」

「とことんヤク中だな。ボブ」

「そりゃな。しかし。死ぬまで火星か」

「いいじゃねえか。ココには薬物取締法はない。どうせ。お前が地球に帰っても刑務所か更生施設行きだ」

「…それもそうだな。ブラザー」


                  ◆

 

 火星に居ると色々困る。

 一番の問題は―女が居ない事である。

 このタコ部屋じみた火星には。女のおの字もない。

 一応、補給船がエロを満載したメディアを定期的に届けてくれるが。

 そんなモノ。焼け石に水なのである。

 だから。定期的に色狂いした阿呆が出る。

 

 今回の阿呆は。

 ベッドのマットレスがジェニファーじゃないと気付いたマイケルであった。

 マイケルは。ある日。ジャパニーズ・ストロング・サケをキメている最中に醒めてしまったのだ。

「オオウ。シット。コイツぁジェニファーじゃねえぜ!!!」そんな叫びが。基地内を木霊した。

 そして―暴れてくれたならナンボかマシだったのだが。

 俺達、基地に居る人員が。皆、ジェニファーに見え始めたらしい。

 かくして。俺達とマイケルの鬼ごっこが始まり。

 最終的に。皆にボコボコにされたマイケルが残った。

 

「あーあ、やっちまったな」俺は言う。

「マイケル…」ボブは心配そうに見ている。

「…ジェニファー、会いてえよお!!」ボコボコにされたマイケルはなお叫んでいる。

「な。マイケル。ココは火星だ。ジェニファーのジの字もない」

「ジェニファー…ジェニファー…」マイケルは起き上がり。股間の一物をしごきながら歩き回る。

「おい。俺に掘れってか?」ボブはここぞとばかりに言う。

「止めとけ止めとけ。後でシバかれるぞ」

「じゃあ。どう止めるよ、宮内」

「放っとくしかなくね?」

「それもそうだな…」

 

                  ◆

 

 俺達が。マイケルを放っておいたのは悪手だった。

 なにせ。マイケルは宇宙服のヘルメットを着けずに―外に出ちまった。

 後は。想像の通りである。

 マイケルはあっさり死んだ。

 俺達は。あちゃーと思ったが。あまり悲しみはない。

 なにせ。もう俺達も狂っちまっているからだ。

 

「宮内…お前は長生きしろよな」マイケルの葬式でボブは言う。

「無理ゲー。お前こそ死ぬなよ、オーバードーズとかすんなよな」

「気を付けるさ。マイケルの分も頑張らなきゃな」

 

 俺達は。ユートピア平原の赤茶けた大地にマイケルを埋める。

 鉄分の多い土の下に。マイケルは永遠に眠る。

 

                  ◆

 

 日々は。ジャパニース・ストロング・サケの酔いと共に消えていく。

 俺達は狂いながらも仕事は続けた。

 地球なら。働く事なんて楽しくもないのだが。

 他にすることがない火星では、ちょっとした娯楽なのである。

 

 ボブは。マイケルの死をきっかけに断ヤクした。

 曰く、「クスリで誤魔化ごまかすのはもう止めだ」

 しかし、火星で正気で居るのは難しい。

 俺達は定期的に狂いながらも、ユートピア平原にパイプラインを埋設する。

 これが死ぬまで続くのだ。いやあ。無期懲役じみたこの状況。

 笑うしかないのである。

 

 俺はパイプラインを埋設しながら空を眺める。

 砂塵で赤茶けた、この大地。

 ここがテラフォーミングされて。人が住むには何世紀かかるだろうか?

 恐らく。俺が死んだ数世代後までは不可能だろう。

 それまでに幾らの死体が転がるか?

 それは未知数で。

 だが。確かに。この大地に俺達は居た。

 それをどうにか記録に残したい。


 

                  ◆


「おい。宮内、パソコンで何してんだよ?地球のポルノ見てんのか?」陽気なボブが背中越しに問う。

「…いんや。火星の開拓記を書いてる…俺達が火星の下に居ることを記録に残したくてな」

「ヘイメーン。そりゃナイスアイデアだ…んで?タイトルは?」

「狂気の火星開拓記」

「硬すぎるぜ。メーン」

「狂った俺達の上でお前は暮らす」

「…いいじゃねえか」

 



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『狂った俺達の上でお前は暮らす』 小田舵木 @odakajiki

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