二人語り

ゆっくり

短編

 深い闇が外を覆い、その黒色に点々と光を写す時分、三日月が雲に隠れている。電車の中、たった二人の男が丁度向かい合うようにそこにいる。この二人の男は互いに顔も知れぬ関係で、普段ならば互いに意識し合うこともないであろう。

 一人の男は、眼鏡をかけていて、手元には一つ、黒皮の手帳を持って前を見ている。もう一人の男は黒色に銀の装飾が映える、少し軽めの外套を着ている。その男は、外套のポケットから手を出して、おちゃらけた態度を仄めかす様に姿勢を変えた。

 「なぁ、アンタ、奇遇だね、こんな時間にこんな場所で、偶々同じ電車の車両に向かい合わせとは、早々あるもんじゃない。」

相手の男からの返答は無いが、男は続けた。

「アンタを見れば何があったかは分かり易いな、まぁ、そういう意味では俺もか、、、俺はな、この電車に乗るとはほんの少しも思っちゃいなかった。それに、自分がこういうモノに乗る時は、もっと人が多いもんかと思ってたぜ。その確認という意味でも、他の車両を見に行ったりしてみテェが、生憎、それも叶わねぇ。」

もう一人の男はそれを聞き、俯くだけである。

「アンタはさ、ここに来たくて来たのか?」

その問いに対して、男は黒ネクタイを首元へキュッと絞り直し、黒皮の手帳を開いて、金の筋が入った黒いペンで文字を書き男に見せた。そこには、『私もここに来るつもりで来たわけでは無い』と書いてあった。

「そうか、やっぱそういう共通点なのかもな、まさかその時のまま乗せられるとも、思わなかった。」

ガタンゴトンと揺れる電車の中で、当面の沈黙が続く。二人の男はただ俯いてるいるだけだ。お互いの姿を観て、現状の事実が抗えない現実であることに、一種の寂しさを覚えていた。

外のただどこまでも続く闇の中を走る電車に揺られる。その揺れは、優しさに満ち溢れているが、同時に無感情の様にも思える。こういったものは、眠気を誘いそうでこそあるが、この二人にそれは、ただの皮肉としか言えないであろう。

 「なぁ、きっと、アンタも俺も、起きたらこの電車の中だったんだ。違うか?いや、違わないさ、俺達が何処へ向かっているかは、そんなの言わなくてもわかってる。だけど、駅名は気になるだろう。なんていう場所か、俺は見当がついてる。アンタはどうだ?」

男は、首を横に振る。目を相手に合わせて首を傾げ、ただ聞く態度を取る。

「俺もアンタも、俺らが乗って来たであろう駅の名前は知ってる。如月駅だ。なら次は、簡単だろ?」

男は、ただじっと目を見つめて応える。

「そうだよな、やっぱ、そうなんだよな。」

男は、また外套のポケットに手を入れる。

「俺はな、人殺しなんだ。多分、アンタも」

男は、その問いに対して何の反応も示さなかった。

「俺はこの先、きっと、アンタを忘れない。アンタに感謝してるからだ。七三に眼鏡、黒スーツに身を包み、だけれども鼻下から先が抉れているアンタを、忘れやしない。恩人の様に思うぜ」

それを聞いて男は、手帳に文字を書いて見せた。『私も、君を忘れない。銀装飾の施された外套に身を包み込み、腰から下が無い君を、私は忘れない。何故なら、私は君に感謝しているからだ。』

それを見て男は笑った。ゲラゲラと笑った。

外は闇が掃けてきた、朝日が少しずつ昇り、空に橙色と白色の筋が入る。

「互いに、向こうでも宜しくやろうぜ。また会えたらな」

車内にアナウンスが鳴る。

「次は、比良坂駅です。お忘れ物なき様、お気をつけください」

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二人語り ゆっくり @yukkuri016

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