アムアと届かぬ独り言
小深みのる
まだ見ぬ星を
砂埃が舞う。
カラダにそれらが当たるとコツコツと音が鳴った。
静かに降りたはずなのにこの体のせいで早くも見つかってしまった。
眼下には何やら慌ただしく僕とは違う形をしたおそらく生物であろう物が見開いた眼をこちらに向けている。そして口を大きく開け何かを訴えているようだった。怒っているような恐怖しているような顔だった。
辺りを見た感じ朴以外には何もいないようだし、その言葉は多分僕に向けたものだろう。
怖がらせるつもりは全くないのだけれど申し訳ないな。何を言っているのだろうか。今の耳じゃ彼らの言語を全て聞き取れなかった。
「デ¬――ケ」
でけ?
はて、耳をいじれば聞こえるだろうか。
僕は左の眼球を押して鼓膜を調整する。三回、四回かな。
「デ――イケ」
少しいじるとまた言葉が聞こえてきた。ただまだ正確には聞き取れない。
五回、六回、七回。
「デテイケ」
おお! きたきた!
この周波がここの言語みたいだ。「デテイケ」と復唱してみる。
これは参った。全く歓迎されていないみたいだ。
聞き取るために鼓膜を変えなければよかったと後悔だ。
「バケモノメ!」
声をがならせ激しく問い詰めてくるそれらに嫌悪感が体を走る。
「どっちがバケモノだ!」と僕は言った。
すると【ガラス】と呼ばれる物質によく似た体を持ち、手が六本、そして足は一本のへんてこな生き物が「ガンセキナンテ、ケガラワシイカラダヲモツオマエニナド、イワレトウナイワ!」とまた声を荒げる。
【ガンセキ】と言われても僕にはその【ガンセキ】が食べ物なのか物質なのかはたまた心なのか全く見当もつかなかった。
だが、なんとなくヤツの顔から嫌悪感なるものを感じたので早急にこの場所を離れたい気持ちになった。
せっかくの旅路がまた邪魔されてしまった。僕はふわりと腰を上げると上を見上げ、歩き出す。
「ニドト――」
遠くの方から何か訴える声が聞こえた気がしたけど嫌な気持ちになる言葉は入れたくないとまた鼓膜をいじる。
「言葉って難しいよ」一人呟いてみる。寂しさはない。
僕は気を取りなおして歩みを進める。
青い星と聞いてみたのはいいけど、どうやらこの星じゃなかったみたいだ。
彼が言っていたのはもっと緑があって海があってなんか小さい生物がいると言っていた。知的生命体ならいいな。
次の星を目指してみよう。いつか彼が言っていた景色を求めて。
『左に二メートル修正しろ! 早く!』
「了解!」
『そうそのままだ! 脳天一発だ』
自分の鼓動が大きく聞こえる。ドゴンと音が鳴る。
そうなったらあとは意識が切れていくのが分かる。
「ご苦労だった。次の作戦まで待機だ」
目覚めるとすぐに次の行動が決められる。それが辛いのかと聞かれると今は分からないというのが今の気持ちだ。でも思うことがある。
「こんな所もう嫌だ。何のために生まれてきたのか意味が分からない」
ずっと心に思っていることがあった。
一日の始まりは飛び込む場所を決められること。その次に自分の順番を待って時間が来たらただただ無心で落ちる。核を傷つけにように中心に移動させて死なないように。
そこに私情なんてものはいらない。感情もいらない。
いきつく先は激痛と衝撃。最後には粉々になる自分を思い返しながらまた再生する。核さえ壊されなければ生きているらしい身体。生まれたときにそう言われた。
家族なんていない。強いて言うなら我が軍が家族といえるかもしれない。最近そう思うことにした。
いつ死ぬかも決められていないから永遠ともいえる時間を過ごすことになるんだろうかともう数えきれないくらいに考えてはかき消した。
なんのために戦っているのかは僕には関係なことだから、誰と戦っているのかも知らない。知ろうとも思ったことがない。そんな毎日だ。
「おい! 貴様! 今なんて言うことを口にしたんだ」
その言葉にはっと息をのむと同時に早急に訂正する。心の中で思っていた言葉が漏れてしまっていたみたいだ。ま、まずい……。
否定は禁止されているのに。処罰対象なのだ。
「ち、違います。今の発言は寝ぼけて出た言葉でして決して我が軍の批判なのではありません!」
怒鳴り声が落ちる。いつものように罵倒され、人格を否定される。
この組織では兵器としての僕は無価値でただの道具となり、それらの行動を決定づける上官とは格差を意識させられて上官が右を向けというならば眠たい目をこすりながらでも従う必要がある。
上官とはそういうものなのだ。
だから身構えて顔を見ずに視界を閉じ俯くと相手は全く違う反応して見せた。
「おいおい、よく見ろ! 俺だよ、コロットだ。そんなに驚くな」
その声にソロっと見上げると口角を意地悪く片方あげて笑っている悪人面がよく似合う同時期製造のコロットがいた。
「なんだよ、君か。頼むから驚かさないでくれよ。核に悪いよ」
僕はあからさまに声色のトーンを落とし落胆したという表情を顔いっぱいに作る。
息を漏らさずそりゃもう腹が立ちそうな顔で。
僕のその様子にコロットは楽しそうだ。
コロットと言っても彼の名前はコロットではない。つい昨日から気づいたら自分のことをそう呼ぶようになっていた。気にはなるが本人がそういう気分なのか、何か思惑があるのかは知る必要もない。
満足そうに僕を驚かした彼はにこりと笑う。
コロットは空気をたくさん肺に収めてから僕に言った。
「お前の気持ちもわかるよ。生まれてから仕事しかしてないもん、俺たち兵器作業員はよ」
また彼はにこりと笑う。
その優しい目になんだか高揚感というかそう思うのは僕一人だけじゃないのかと安心感が沸いた。
「そうだよ。毎日毎日落とされては目に映る景色は砂埃だらけ」
「あれ目に入ると嫌だよな、目がちかちかして周りがよく見えねぇ」
ははは、と乾いた笑いが耳に届く。
会話が途切れたところで僕は我慢できずに聞いてみる。
「ところでさ、昨日から思っていたんだけどどうして自分のことコロットって呼んでいるんだい? 君の名前はアルマ零型だろ? それで僕はアルマだ。おかしくないかい?」
僕が変に真面目に聞いたのが可笑しかったのか、それともよくぞ聞いてくれたというものなのかわからないがコロットは先とはまた違う、ははっと高い笑いをあげた。
「いいだろ? 俺たちに逃げ惑う奴らが死に際に言ったんだよ、イシコロノクセニって」
彼は一呼吸おき、空気を吸うとまたさらに続けた。
「何のことかわからないけどさ、なんか響きが耳に残っちまって。コロってなんかいいだろ? だからそれにトを付けてみたんだ。どうだ、なかなかのいいセンスしていると思わないか」
「良いも何も僕には君のセンスは全くと言っていいほどに理解が出来ないな。それだって僕がさっきの一仕事でかたまりだーって言われたのと変わらない気がしなくもないよ、もちろん奴らの言っている意味が分からないけど敵に向かって言うんだきっといい表現ではない気がするけど?」
「どうかねー? お前は悪い方に捉えたみたいだけど、どうやら俺が言われた方は何となくだがお前より可愛げがありそうに思う」
ピクリと目じりを動かすコロットがそういうから本人がいいならいいのかと納得した。逆に僕は表情がうまく動かなかった。
どうせ悪口の類だとモヤモヤしている。やりたくて襲っているわけじゃないのに、悪く言われるのはいつも僕たち兵器作業員だ。
「まあ本人である君が嬉しくて口に出すのはいいよ。でもそれは君と僕、二人だけでいる時にしよう。もし他の人に聞かれてしまったらどんな拷問があるかわからないよ。特に上官には絶対に。聞かれたとしたら上官がなんていうか。君もあの人の面倒くささはよく知っているだろう、僕の何倍もね」
コロットはぎょっとして後ずさりしていく。それは勘弁だというように縮こまっている。彼がこんなにもおびえているのはその上官、が何かとコロットに「こののろまめ」とか「ゴミくず」など暴言をひたすら難癖をつけている。
上官に難癖をつけられることは誰にも相応にあるのだがコロットに対するのは僕よりも客観的にも主観的にも度を越えている気がする。
ストレスのはけ口にされているのはまず間違いない。
本当は助けてやりたいが上官には逆らうことは許されない。上官が右を向けと言ったら右で攻撃をしろというとその通りにするだけだ。
その上官にもボスがいて僕たちがうまく侵略できないと上官がお叱りを受けている。だから僕たちはポンコツなのだ。上官が思い描く未来を再現できないから。
だったら壊してほしいとも思うが死ぬことについてはかすかに恐怖を感じるからできればやめてほしい。一生懸命働くからと常日頃そう思っている。
だって昨日まで隣にいたやつが朝起きたらいないなんてことが普通、もうどんな奴だったのかも名前があったのかも忘れてしまった。そんな世界だ。
我が軍が勝つためならどんな攻撃命令にも我慢できる。でも、少し本音を言ってもいいならこんな生活には飽きてしまった。
知らないところに行って叶うなら旅がしてみたいなんて思う。もっと自由に好きなことができる日常が欲しい。砂埃なんてない日常が。
「そういえばお前は聞いたかあの噂」
縮こまっていたかと思うとまた明るくなったコロットが言う。
「なんの噂だい?」
「なんだよ! お前知らないのかよ、上官が今牢屋に入ってるウワサ!」
「え? 知らない。なんでまたそんなことに? おかしいよ、さっきの爆撃命令は確かに上官のもだったよ、この耳で聞いたんだ」
いつもは僕たちに強く当たる上官、そんな人が牢屋になんて。
牢に入ることがあるとすれば業務がうまく遂行できなかったか、あるいは我が軍に対する反発をしたか、我が軍が敗北するように仕向けたか、それとも一番考えられないが夢を語ったか。
考えてみるもあの上官はそんなことする方じゃない。いつでも敵の戦力を割くために行動しているはずだ。
「実はその命令の後すぐに牢屋に連れていかれたらしいぜ、見たやつに言うにはそりゃもう狂ったように泣いていたって話さ!」
「それ誰が見ていたの?」
「見たやつは知らないけど、言っていた奴ならあのアルマ一型のやつだ。というかさっき聞いたところなんだけどね、そいつに」
その名前を聞いた途端に今の話に全く信憑性無くなった。
コロットがいうそのアルマ一型は言うことが信じられない言わば嘘つきで僕らの間では名が通っているやつだ。
この前はコロットが死んだって聞いたから悲しくなって泣いていたのに次の日には何食わぬ顔で僕の前に現れた。死んだんじゃないのかと聞いてみたら「何その話? ただ、爆撃要請が重なっただよ」とさらっと流された。
他には敵軍の偉いやつを自分が倒したからあとは殲滅するだけ、楽だというから行ってみたのに装備万端の敵が出てきたときはさすがに焦ったくらいだ。
だからこの話は信用するに値しない。
「あいつが言う話は信用できないね。あの芯のある上官が泣いていたなんて僕は信じられないな。そもそもあの方が我が軍を貶すのも理解できない。我が軍の夢を体現したような方なんだから」
「お前本当に真面目かよ、クソ真面目。面白くないな、ただのウワサなんだからもう少し乗ってくれないとたのしくないぜ。こんな毎日なんだからちょっとくらいユーモアってもんがいるだろうよ」
「確かにそうかもしれないが人の不幸なうわさで楽しんで笑うのはどうかと思う、そんなこと僕にはできないよ。それにもし上官が本当に悲しいと思っているなら君は可哀想だと思わないのかい?」
あきらかコロットの顔が曇った。
「可哀想? アルマまたお前は何を言い出すかと思えばそんなこと。思うわけないだろう、毎日毎日怒鳴られては貶されて人格を否定されてるいるんだそ。しかもお前らより明らかに俺だけが罵倒されている。だから俺はいい気味だと思うぜ、気が狂ったのならこんな嬉しいことはないな!」
「信じられない……。君はもっと優しく、人のために気持ちを汲み取れるやつだと思ってた。薄情すぎる気がするよ」
「なんだよ、その言い方。お前は俺の何を知っているってんだ、俺がどんな人間かなんて俺が決めることでお前になんか決められたくないな。人のイメージを勝手に決めて理想を押し付けて勝手に非難するなんてお前は何様なんだよ。同じ爆撃作業員なくせによ」
「僕はそんな決めつけで言ったわけじゃない。ただ君らしくないと思っただけだ」
さらに表情を険しくしていくコロットは無言で立ち上がった。
「だからそれが押し付けだろって言ってんだ」
コロットはそのあとは何も言うことなくどこかへ行ってしまった。
後でしっかりと謝らないといけないと思った。でもコロットがなぜあんなに機嫌を損ねたのかわからなかった。
考えていると爆撃要請の合図が辺りに鳴り響いた。
最後に集合したものは一番壊れるのが痛い落とし方をされてしまう。その痛さは何回落とされようが慣れるもんじゃないし、下手をすると核が壊れて死ぬかもしれないのだ。
だからみんな遅れることは避ける。最後にはならないようにと誰かを押しのけようともだ。なので毎回僕も急いで集合する。
僕の爆撃位置はいつもコロットの隣だから少し顔を合わせづらい、また彼の機嫌を損ねてしまうかもしれないから。
そう身構えていたのにその時、いつもと様子が違った。上官とコロットの姿が見当たらなかった。
コロットの言っていた噂という奴は本当のことだったのかと刹那的に脳裏をよぎった。でもそれならコロットがいないのはどうしてなのか分からなかった。
早く来ないとやばいぞ!
いつもなら誰か遅れようものならそいつが来るまで罵声を浴びせられるのだ。それだけは避けたいことだ。
だけど今回はそれがなかった。何事もなく爆撃位置をすぐに伝えられたのだ。
アルマ長直々にだった。
アルマ長は僕たち爆撃作業員のグループ長、つまりは僕とコロットが恐れる上官よりも偉い人ということになる。
そんな方が直々だなんて驚いた。めったにお目にかかれることはない人だ。
僕自身アルマ長を拝見したのは二回目だ。一回目は爆撃に失敗し、核が欠けてしまったことがあった。その時の治療中に歩くところを見た、そして今回が二回目。光栄なことだ。
「よくぞ集まってくれた、我が軍の戦士たち。勝利は近いと私はここに宣言する、この爆撃で敵の戦意をさらに削り取ることを期待している。この後すぐに南西の位置を攻撃対象とする」
素晴らしいお言葉だ。ここは是非とも目立って活躍を残しておきたい。
皆が命令通りに移動を始め、僕も列に並んだところで声がした。
「君がアルマか?」
アルマ長が隣に立っていた。
「……はい、そうであります!」
すぐに声が出なかった。こんなに偉い人が僕に話しかけてくるなんて想像してなかったからだ。しかも僕の名前まで呼んでくださった。
「そうか君が、呼び止めて悪いんだが君には特別な任務に就いてもらおうと思っておる。ついて来い」
「は、はい!」
周りがざわつているのが聞こえた。気持ちはわかる僕だってこの気持ちをどう表現したらいいのか思いつかない。
嬉しいなんて言葉では表せそうにない。
しかし、特別な任務って一体なんだろうか。僕みたいなしがない爆撃作業員が任されるほどの事だ、我が軍の勝利に貢献できることだきっと。
僕はわくわくを感じながらアルマ長の後を追った。
「呼び止めて悪かった。ここでいい、話があるのだ」
「なんでありましょうか」
連れて来られたところは大きな会議室だった。普段の生活では絶対に入ることが出来ない場所、上官以上が立ち入れるところだ。
「実はとある証言があったんだ君が我が軍の危険因子だと」
危険因子? なんのことだ?
僕は驚きのあまり何も言えなかった。
「入れ」
アルマ長の言葉と共に入口が開いた。そこにいたのはコロットだった。
「……コロット」
「彼が教えてくれた。君が任務を放棄し、上官を人格否定し、それどころか我が軍が負けているのではないかとも言っていたそうだな」
僕はそんなこと一言も言っていない。そんな話何かのでたらめじゃないか。コロットを見るが下を向いたままこちらを見ようとしない。
「お言葉ですがその藩士は事実とは異なります。私があるのは我が軍あってのことです」
「熱弁ありがたいのだが一度そのようなことを聞いたからには危険な思想を持った者には消えてもらう決まりになっておる」
「わ、私の心は我が軍のものです。ここは一つ弁解の余地を戴きたく思います」
「連れてけ」
次の瞬間、激痛と共に僕の意識は途絶えた。何も聞こえることはなかった。
目が覚めたはずなのに目は光を捉えない。おそらくは目隠しをされている様だった。どこにいるんだろうか、体を動かしたくても動かせない。身をよじるとじゃらりと音がした。どうやら鎖で縛られているみたいだ。
もしかしたら誰かいたりするんだろうか。僕はゆっくりと声を発する。
「だ、誰か、いますか?」
すると右耳からガシャンと音がした。
「その声はお前アルマか、アルマなのか」
聞き覚えのある声だ。いつも僕たちを罵倒し、人格を否定してくる声だった。
「上官、でありますか」
「そうだ、俺だ。お前どうしてこんなところに来たんだ」
その声はいつもより高くどこか焦っているようだった。
「すみません、上官。私はここがどこか分かっておりません。目隠しをされている様でしてどうやら拘束されているようなのです」
「見ればわかる。お前は何をしたんだ? いやしかし、今は話している場合じゃない。お前を逃がす、担ぐぞ」
すると鎖ごと持ち上げられ、腹が圧迫されるのを感じる。少し苦しかった。
「クソッ! そろそろだというのに!」
上官の声は依然として荒く焦りがあった。
「上官、どうされたというのですか」
「静かにしろ! 舌を噛むぞ!」
ビービービー!
どこからともなく聞いたこともない警報音のような音が聞こえた。鼓膜が破れてしまいそうになる爆発音と共に。
「来るぞ! 息を止めろ! 外に出る!」
上官が叫んだと同じくして左耳からまた爆発音が聞こえた。僕は訳も分からず、ただ上官にしがみ付くしかなかった。そうでもしないと体が浮いて離れてしまいそうな感覚が体を襲っていたのだ。
しばらくシュンシュゴ―という音が僕の周りに響いていた。何が僕を襲っているのか、この人は本当に上官なのだろうかと不安になってきた頃、ようやく僕の目は開かれた。
「ここまで来たらもう追手が来ることもないだろう」
ガチャンと聞こえると今まで体にあった鎖の感覚が無くなり、目に感じていた目隠しもほどかれた。
「アルマ、目を開けてみろ」
「はい……」
上官に言われたようにゆっくりと目を開けた。僕の目は何も光を捉えなかった。僕は焦った。
「じょ、上官! 何も見えません!」
「え? あ、お前たちは知らないんだったな。いいか、落ち着いて右の眼球を一回押してみろ、軽くだ」
ものすごく恐怖があったけどもう声を出すのも疲れたので上官の指示通りに動く。
手探りで緩急を触る。するとポチっとへこんだ。
シンクウモード二ヘンコウシマス。
耳の奥で女性の声がしたと思ったら僕の視界は明るくなった。遠くの方で何かが燃えているのが分かった。僕たちが毎日毎日見ていた光景にそっくりだった。
「どうだ、見えたか?」
横を見ると上官が柔らかく笑った。いつもの険しい顔をそこにはなかった。そろりと辺りを見渡してみると暗い空間に強く光っている何かや小さい球体が浮いていた。
いや、動いていると言った方がいいと思う。生きていた。
よくよく自分の足に目をやると僕は何もない空間に浮いているみたいだった。
僕はもう何も考えずに言った。
「上官、私は何が起こっているのか理解できません」
上官はわはははは、と笑った。
「そうだろうな。実は言うと私も実際ここへ来るのは、出てくるのは初めてだ。よく見ろアルマ、そして感じるんだアルマ。ここはウチュウだ」
「ウチュウ、それは何でしょうか?」
「お前は爆撃の時に何度もここに来ていた。ここは私たちにとって大事な家だ、この世界に住む者にとってはな。かりそめの家はあれだ」
上官はさっき見た燃える何かを指さした。黒くて僕の何倍もの大きさがある物が燃えている。
「あれは何でしょうか? 僕には何が何だか、頭が追い付きません」
「そうなるのも無理はない。お前にはすべてを話そう。歩きながら話そうか」
そう言うと上官は燃える物体に背を向け、歩き始めた。歩くと言っても僕には浮いているように見えるのだが、僕もついていく。
「何から話そうか。そうだな、まずはお前が連れて来られた場所は地下牢だった」
地下牢、ほんとにそんな場所があっただなんて……。もし、敵を捕まえたとしても一介の爆撃作業員には何も聞かされることはないからだ。アルマ一型があるらしいなんてことを言っていたから信じていなかったのにあそこがそうだというのか。何も見えなかったが。
「ではその地下牢に私はなぜ連れていかれたのでしょうか」
「なぜってアルマ長に逆らったからじゃなかったのか?」
「何もしてないです。友達に嵌められただけです」
「嵌められたってお前。あそこに入れられるくらいだ。それすなわち我が軍に対する侮辱をするくらいのことだぞ」
上官は僕の顔を見ずに言った。僕はそんなことした覚えはない。ないんだ。今さらやるせなさが僕を襲う。
「いえ、私は本当に何も言ってません。ただ、上官のウワサを少し耳に入れただけです。その上官が泣いていたと、私はその話を否定しました。任務にも作戦にも忠実な上官に限ってそんなことないと思いたかったからです。その腹いせでしょう。その友達は私が任務を放棄したとアルマ長に告げ口されただけあります。上官にこのようなことを聞くのは大変恐ろしいのですがその、泣いていたというのは本当なのですか?」
数秒の沈黙が流れた。上官が答えるまでその沈黙が異様に長く感じた。無音なはずなのに鼓動のような心音のような音が聞こえる気がする。自分のモノではないのは確かだ。
「そうか。お前にそう思われていたのは少し嬉しい。上官としてきつく当たっていたのに。作戦のためとはいえ常々申し訳なかったと思っている。だがお前の言う私が泣いていたというウワサは本当だ。私はある作戦のためにわざとアルマ長を侮辱し、地下牢に行くための演技をしたのだ」
演技? 上官が何を言っているのか分からなかった。
「おっしゃっている話に全く見当がつかないのですが何の作戦だったのか聞いてもよいですか? 私は上官に担がれた後、爆発音を耳にしました。あれは敵を欺くための作戦とやらの一部だったのですか?」
「そうだな、作戦と言えば作戦だ。あれは私たちが戦っていた者たちと考えたのだ。お前たち、いや……我が軍を壊滅させるための作戦だ。」
壊滅、もう一度上官の言ったことを思い出してもその言葉はうまくのみこめなかった。僕の反応がないと上官はまた話し始めた。
「まず言っておくが私は何も最初から反逆しようとしていたわけではない。私もただ我が軍の勝利のために戦っていた時期があった。お前たち、爆撃作業員は我が軍の歴史を知らないと思う。もう知る必要もないがせっかくだ、我が軍の全てを教えてやろう。お前たち爆撃作業員がなぜ、生まれたのか。なぜ我々が戦う日々だったのかを全てな」
僕はあえて何も言わなかった。上官の背中がどこか辛そうに感じたからだ。
「一つ聞くがお前攻撃の時に(イシコロ)とか(かたまり)と呼ばれたことはあるか」
「あります、攻撃の後でそう言われました。確かに何のことかわからなかったんです。僕たちはヒトなのに」
上官はちらりと僕のことを見て頷いた。
「お前たちはそうだろうな、しかし敵にはお前たちがとてつもなく大きな岩のようにしか見えない。四百メートルもある大きな物が落下してくるように見えているんだ。まるで隕石が落ちてくるように」
「四百メートル……。なんですかそれは、何故なのですか」
「私がそう見えるようにお前たちを作ったからだ、我が軍の強さの威厳のために」
僕たちを作った? 僕たちはこの人たちに使われるために作られたのか。
何か黒くて深い感情が動いた。でもこれをどこにもぶつけられない。ぶつけるところがない。
「威厳ですか。あの私はしがない一般兵なので何もわからないのですが私達、いや我々は何のために、何の目的があってあの戦闘の日々を送っていたのですか」
感情を抑えつつ、上官の言葉を待った。この先の話を聞くのに耳は身震いした。知ってはいけないような知っている方がいいような感覚だ。
「目的はもうないのだ。ただの快楽のためにやっていることだ。自分たちがただ楽しみと殺戮をしたいだけに残虐で卑劣なことをしていた」
僕は上官の言葉を遮るように叫んだ。
「上官! まるで我々が悪みたいな口ぶりではありませんか。我々は戦士です。卑劣なことをするのが仕事です我が軍の勝利のためには必要なことでした」
「悪。まさにそうなのかもしれない。時にお前、もし我々の始まりは犯罪者の集まりだったと言われたらどう思う? そして時が経ちその犯罪者達が巨大な宇宙船、戦争軍ポレモスと名乗っているのだとしたらお前はどう思うか。答えろ」
「まさか、すぐにはそんな話など信じられません。戦いの理由もない、作られた理由もない、犯罪者? 宇宙軍ボレモス? 言葉が見つかりません……。ではあの燃える大きなモノは我々がいた宇宙軍ボレモスでありますか……?」
僕はもう一度振り向いた。
まだ燃えていた。
「そうだ。私たちがいた船。そしてすべて消えた闇の歴史の塊だ。アルマ長に教えられたんだ。アルマ長はその昔、身に覚えのない罪を着せられて星を追われた。あの大きな船と共に、このウチュウに。星流しというそうだ。それから一人で私を作り、私にお前たちを作るように命じた。自分を追い出した星を破壊するためにだ。私は命を与えられたからには使命を全うするべく大量にお前たち爆撃作業員を作った」
じゃあ僕たちはただの復讐のためだけに作られたのか。そのためだけにあんな痛い思いまでしていたの言うのか。僕は泣きそうになった。それを上官には見られまいと黙った。
「破壊はまだ達成されていなかったのでしょうか」
上官の息が漏れるのが分かった。
「果たされたよ、早い段階で。私がお前たちを巨大な物体に見えるようにしたのが最大の功績になった。だから勝利早かった」
「ならどうして戦争は続いていたのですか? まだ残党が残っていたのでしょうか」
「いや、根絶やしだ。ボレモスという名はその星の名だったんだ。私も勝利に喜んだ。アルマ長の役に立てたんだからな。でもそれがいけなかった。そこからだ。目的もないのにアルマ長は来る日も来る日も戦争を始めた。だたの快楽のために。実に楽しそうにしていた。お前たちに逃げ惑うモノを見てご満悦だった。何もない所に四百メートルのかたまりがいきなり落ちてくるんだ、恐怖でしかないはずだ」
上官が僕に目を向けると雫が飛んできた。泣いていた。
僕は泣いているヒトを生まれて初めて見た。どう声をかけていいか、喉から声は出なかった。
「そんなある日々の中、一人の男が懇願してきたんだ。会ったこともない奴だったけどその声は私だけに聞こえてきた。もうこんなこと辞めていただきたい、我々に協力するなら私はあなたを自由にすると約束します。そう言われたんだ」
「それがもしかしてさっきの……?」
僕の目をしっかりと見据えた上官はこくりと頷いた。
「もちろん最初は戸惑った。命を吹き込んでくれたアルマ長を裏切ることになるからだ。しかし我が軍が滅びればこの現状が、この退屈な日常が崩れると思ったんだ」
「どうしてそんなことをなさったんですか」
「自由に暮らしたかった。自分の生まれたここを飛び出して自由に旅をしてみたかった。だから誰かも分からない声を信じてみることにした。結果はこの通り、私もお前もここにいる。信じてよかった」
上官はまだ泣いていた。その目には燃えるボレモスが映っている。
僕は何も言わず上官の横に並んだ。
「すまなかったな、私の願望、夢にお前を巻き込んでしまった」
「上官が謝ることないですよ。私だってこうなったから言わせてもらいますけどあの現実には飽き飽きしていました。毎日毎日戦ってばかりのあの日常に」
「お前もそうだったのか」
「ええ、誰だってあんな痛い落とされ方を毎日されたら嫌になりますよ。ずっとどこか遠くに行きたいと思っていましたから。でも私たち、無事に生き残れてよかったですね。私も上官も運がいいです」
上官のすすり泣く声が少し早くなったけど僕にはそれがなぜなのか見当がつかなかった。もう自由に暮らせるというのに。どうしてこんなにも泣いているのだろうか。
少しの間、上官はただ見つめていた。もうボレモスは黒い物体になっていた。
「ああ、そうだな。私はいつかアルマ長が言っていたチキュウという星を観たくてな。旅に出ようかと思っている。アルマ、お前はこれからどう生きていく?」
また上官は僕の目をまっすぐと見たがその目にはもう雫は無かった。僕は数秒考えて言った。
「そうですね。僕もそのチキュウというものを見てみたいので旅に出てみたいです。どんな星なのですか、そのチキュウという星は」
「アルマ長が言っていたのはウミという水分があって、モリという緑が合って、タイヨウという赤い星の周りを回っているそうだ。それに私たちのようなヒトがいるらしいのだ」
僕たちと同じ形の生物。会ってみたいな、どんな生物なんだろうか、話が通じるといいな。
「俄然楽しみになってきました!」
「そうか。じゃあまたどこかで会おう。左目を六に合わすと私だけと話せるからこれで連絡を取り合おう。どこにいたとしてもすぐそばで話しているように聞こえる」
言われたように左目を押してみると上官の口は動いているのに声が聞こえない。今まで知らなかった。本当にこうなって良かった。僕はまた左目を六に合わせてみる。
「どうだ? 私の声は聞こえなかっただろう」
「はい、全くでした。なんとおっしゃっていたのですか?」
「秘密だ。お前に言っても分かるまい。では、しばしの別れだ。それともうひとつ、本当にすまない事をした」
それだけ言うと僕の返事を聞かずに上官は走っていった。すぐに背中は見えなくなってしまった。
上官の謝罪が何に対してなのか、僕の心では感じ取ることが出来なかった。僕は上官とは別の方へ走ってみることにした。
「どうだ? あったか、チキュウは」
上官と別れてから僕は何個かの星に降り立っていた。しかし、その全てが上官の言うチキュウとは程遠い。ウミと言われる水分があったと思って近づいてみると冷たい塊だったりした。触ってみると手が固まってしまうかと思った。
「ないですね。でも私たちのことを知っているモノはいましたよ。初めて出会いました」
「なんだって。それはいつの事だ」
「上官と別れてからさほど間は空いて無い頃だったと思います。白くて毛が体を覆うほど生えている生物でした」
「なぜそれを教えてくれなかった」
「もうボレモスは滅んだのですぐには言わなくていいかと判断しました」
息を吐くのが聞こえる。怒っているのかと思ったが気にしないことにした。
その星は異常なほど寒かった。ヒトもいなくて、とても生物が住めるような星では無さそうだったのに。そこには生き物はいた。
もうその星を出ようとした時、今まで気配なんかなかったのにその者はいた。
白くて前を向いているのか後ろを向いているのか分からないくらいに毛が生えた奴だった。
「その身体。覚えがある、そのような巨大な体は忘れもしない。どうしてこんな辺鄙な星にお前たちボレモスのモノが来たんだ。まさかあの攻撃で生きている者がいるとはな。さすが戦争軍ボレモス、恐れ入るわい。してなんだ、また我の暮らしを邪魔しようというのか」
そいつは低い声で僕に威嚇していた。毛を鋭く尖らせて。こいつはなんで僕たちが滅んだことを知っているんだ。僕は早まる鼓動を気づかれないように慎重に言葉を選んだ。
「確かに私はボレモスからやってきました。質問があります。なぜあなたはボレモスが滅んだことを知っているのですか? あなたは何者なのですか?」
僕が口早にした質問にその生物はふん、と鼻を鳴らした。
「なぜ知っているか。それは我がお前たちを襲ったのだ。あの自由を求めていた男に話しかけ、ボレモスを破滅まで追い込んだのは我だ、攻撃が当たる瞬間も全部見ていた」
「あなたが、私たちを。上官が聞いたという声はあなたなのですか。私たち、いや、ボレモスはあなたに一体何をしたんでしょうか。教えてください!」
「お前たちに私の星を破壊された他に何があるというのだ、小僧。だから我はお前たちに死んでもらうためにお前たちの武力にも負けないものを作った。この寒い星は私の作った兵器ばかりさね。お前たちは負けたんだ。お前などもう二度とみたくない。今ここで消してやるぞ」
すると尖っていた毛が僕の頬を掠めた。掠めてから狙われていたことがわかるくらいだった。僕の目には何も見えなかったのだ。
ここにいたら殺されるのは間違いない。僕は何もしてないというのにボレモスというだけでどうして殺されかけているのだろう。すぐにでもここを離れた方がいいのだろうが聞いてみたいことがあった。
「攻撃はしないでください。私は旅をしているだけなのです。チキュウという星に行こうとしているだけです。あなたの言うことを聞いた男は私の上官でした。彼がそこに行きたいと言ったので私もそこを目指しています。何か知りませんか」
僕の問いかけに殺気が無くなったのが分かった。さっきまでとは違い、そのモノは小さく発した。
「本当はあやつ諸共殺すのも良かった。しかし、命を救っているのならまぁ良かった。お前が生きているのもここに来るのも計算外ではあるがの。ソチの言うチキュウはダイチというものがある所じゃ。そこには色んな生き物が生息しているがヒトという生き物は知能が低いがある。話が通じるかどうかはわからんが」
そこまで言うとドシッと冷たい物体の上にそいつは座った。
「何をしておる。早く行かんか、それとも殺されたいのか。我はお前のような中身のないやつなぞ、いつでも殺せることを忘れるな。そしてもう二度とここへは来るでない。会いたくもないからのう」
フサフサと毛を揺らしている。どうやら早く行けと合図しているようだった。
「教えてくれてありがとうございます。ではまたどこかで」
殺されるのは嫌なので僕は足早にその場を後にしたのだった。
「そうか、そうだったのか。あの声はそうか。いつかあってお礼をしたいな、その彼に」
上官は偉く嬉しそうだった。僕が殺されそうになったと言うのに。全くひどい。
「会わない方がいいですよ。中身ないとか言われましたし」
「それは彼がそう言うのも無理はない。それよりかその他はどうなんだ?」
僕の話なんか聞く耳を持たない。僕たちの旅が始まってからというもの上官は人が変わったようになっていた。あの頃には感じなかった優しさまであるのだ。恐ろしい。
僕は今しがた立った星でえらい目にあったというのにこの上官には伝わらないだろう。
「全然です。上官の言う星とはかけ離れています。今いた星には知性はあったものの全く我々と同じようなヒトではありませんでした。ガラスみたいな体で少し恐ろしかったです」
「そうか。私も色んな所に行ったがめぼしい所はなかった。途中で黒くて光が見えない何かに足を取られて大変だった」
「変なものがあるんですね。知らないことが沢山です」
「ああ。お前も気をつけるんだぞ」
「はい。うぉ!」
ベチャリと足を何かに引っ張られる。気持ち悪い感覚が全身を襲った。
足に目をやると黒くて顔のない何かが僕を掴んでいた。その力はまた一段と強くなっていく。
「どうしたんだ。大丈夫――」
上官の声は聞こえなくなった。僕の目に指が当たっていた。どうしたらいい。振り払おうにも全く足がいうことを聞かない。
【こっちへこい。こっちへこい。すぐ楽になる。こっちへこい、こっちへ、こっちへ】
頭の中に野太い音が響く。引っ張られる中、チャンネルを切り替えようと目を押しているのにその音は僕を包んでいた。
頭が割れそうな程に痛い。痛くて痛くて気がおかしくなりそうだった。
周りは既に暗黒で何も見えなかった。前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのかも分からない。僕が誰だったのかも、記憶すらもその黒いものに飲み込まれそうになった。
僕は怖かった。初めて涙が出た。ああ、死ぬかもしれない。落とされ続けた日々がまるで幸せだったと思えるような気持ちだ。あの日々に比べたら今起きていることは測りしてないほど怖かった。痛みがない、それなのにこれほどまでに怖い。
そんな僕の助けなんか誰にも届かない。
今までの日々が頭を流れていくのがわかる。それすらも怖かった。これが死というものなのか。違うものなのかも僕の頭では感じれなかった。
そう思っている間も僕の耳にはあの僕を呼ぶ音が鳴り響いていた。
僕は必死だった。
僕は足を回して無我夢中で走った。なりふり構わずその音が無くなるまでずっと走り続けた。
その音が頭に聞こえなくなったのは落とされる痛さとはまた違う、体が焼けるように感じた時だった。
僕のすぐ側を赤い球体が通っていた。赤くひたすら燃えているようだった。
あまりにも暑いので僕はその場をすぐ離れた。
ここはどこだろうか。今まで行った星の中にあんな暑さを感じる星はなかったし、赤い星なんて見たことがなかった。それにあの黒い塊は何だったんだろう。
「アルマ! 大丈夫か!」
ようやく上官の声が聞こえた。
「すみません。少し変なモノに足を取られただけです。黒い何かに」
「もしや、強い力で引っ張られたのか。お前もあれに遭遇したのか」
「恐らくですが上官が出会ったものと同じものだと思われます。あれは生き物なのでしょうか。とても怖かったです。死を意識しました」
上官の声が僕を落ち着かせていく。遠くにいても繋がるっていうのはこんなにも安心できることなのか。僕はさっきとは違う雫が流れた。
「私ももう二度と感じたくない感情だ。恐怖というより絶望だったぞ。それで今はどうなんだ?もう平気なのか」
僕は上官に気づかれないように雫を拭った。
「はい、もう大丈夫です。今は異常に焼かれそうなほど赤い星の近くを通ったところです」
「おお! なに? 赤いだとっ」
思わずチャンネルを切り替えてしまいそうになるほど大きな声であの怖い上官からは聞いたことのない声だった。上官が飛び跳ねているのが何となく伝わった。
「おい! アルマよく聞け! それはもしかするとタイヨウだ! アルマ長の話しではそのタイヨウの近くに私が見たいチキュウがあるそうなんだ。よく周りを見てはくれないか」
上官のあまりの興奮に僕はチキュウどころではなかった。
人格が今までとまるで違うじゃないか、あんた。
そんな上官は置いておくことにして僕は言われた通り辺りを見渡した。
赤い土だらけの星に輪っかのついた大きな星が見えた先にそれはあった。
僕の目はハッキリとそれを確認した。
目の前には見たこともない丸い球体があった。それに青い。緑もある。
僕はもう少し近づいてみることにした。
すごく綺麗だった。その気持ちを絞り出すのにはすぐだった。でもこの綺麗という気持ちをどう表現すればよいのか分からない。それに前の星でもその前の星でもその星そのものから声がしたのにこの星はそれがない。それどころか何か得体の知れないものに見られている気がする。覗かれているような変な感じだ。
耳もいじってみるけど何も聞こえなかった。
それでもここは上官が言っていた星に一致するし、あのモノが言っていたダイチというものもあると思った。前に降りたところと似ている。おそらくここがチキュウだろう。きっとそうだ。
森があって海がある。大地もある。何より美しかった。
とても美しい。今まで見てきた星が霞むほどだ。
でもこんなにも声がしない星は初めてだ。
よく目を凝らすと僕と同じ形をした生き物が見える。でも僕よりはずっと小さいヒトだった。降りようとも考えたがやめた。あの生物に怖さを感じたからだ。
怖い。あの黒い何かとはまた違う怖さが僕を襲った。それなのにいつまでも眺めていたい。怖さとは別にそう思った。
すぐに上官に報告してやろう。やっと見つけたんだ。僕はそれに背を向け、上官にチャンネルを合わす。
その時だった。聞いたこともない声がしたのは。
『オウ・・・・・ムアムア』
どこからかそう聞こえた。
突如として耳に流れた。あの小さな人が言ったのか。これで間違いないぞ。知能がある。僕は急ぐ。
「私だ。見つけたか、私が見たかった世界を。急に聞こえなくなるから焦った。どうだった、どんな星だった」
「はい。私はこの星をどう表現すればいいのか分かりません。ですがこれだけは言えます。すごく綺麗でした。森があって海があって大地があった。そして僕らのようなヒトも」
「そうか、アルマが言うならいい所だったんだろうな。私もいつか見てみたい」
「上官。一つ訂正させてください。私はもうアルマではありません。彼らが私に名をくれました」
「ほう。彼らと話したのか? 意味はあるのか? その名前に」
「さぁ、彼らの言語はどれだけチャンネルを切り替えても全ては聞き取れませんでした。ですが私はこの言葉を名前にしようと思います」
「おう。話せなかったのは残念だがいいじゃないか。聞かせてもらおうか、お前の新たな名を」
僕は胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「私の名はオウ・ムアムアです」
上官はケラケラと笑った。
「前より長いじゃないか!」
「いいんですよ! 私が気に入ってるんですから」
「そうか。それじゃオウ・ムアムアよ! 次は海しかない星があるらしいんだ」
「え! ここよりもですか! それは是非見てみたいです」
「そう言ってくれると思った! またゆっくり探そう」
僕はその星を早くみたい。この星より美しいのだろうか。どんな旅が待っているだろうか。どんなことが出来るんだろうか。
僕は足を早める。
緑と大地と海に囲まれたこの尊さを放つ星、そして焼けるように光り輝く太陽を背に僕はまた走っていく。
了
アムアと届かぬ独り言 小深みのる @minoru-komiti1104
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