博士の発明

「ふん、今回の発明も難なくできたな」

 

 科学部を改造した自前のラボから出てきた少年はつぶやいた。いつものように白衣に手を突っ込んでいるすがたは、妙な貫禄さえあった。

 その背の低さを除けば、間違いなく博士と呼ぶのに抵抗はない。

 普段通り髪はぼさぼさだったけれど、トレードマークの目の下のクマは今や分厚いゴーグルに隠されていた。 


「ヒカゲ博士、できたんですか? ついに博士の欠点を克服すると噂の……なんでしたっけ?」


 博士の同級生にして唯一の話し相手であるサキ。

 彼女もお普段と変わらず、興味はある様な温度で話をしていた。


「僕に欠点などあるものか」

 

 その瞬間、PERFECT‼ と大きな音が響いた。ゴーグルにはきらきらとしたエフェクトの余韻が残っていた。

 背の低い博士が、飛び上がって、サキと同じくらいの目線に重なる。

 着地とともに、すぐに白衣からと手を出しては。ゴーグルの耳のところのつまみをいじる。

 

「くそ、こんな設定を間違えるとはな」


 その言葉にも、また、PERFECT‼と音はなり続けている。

 けれど、少しずつその音は小さくなっていた。音量を調整したのだろう。

 

「そのゴーグルが発明品ですか?」


 サキのその声にも博士は黙ったままだった。


「どうしたんです、完成したのなら、祝わねば損でしょう?」

「……いや、なぜPERFECTだったんだ。わからん。妙だな」[PERFECT‼]


 博士は、自分の発明品に対して、理解できないかのような顔をする。

 すぐにゴーグルを外して、くまなく点検を始めた。


「今回、何を作ったのかやっぱり詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

「ハードウェアに異常はなし、ソフトウェアか?」[PERFECT‼]

「あの、教えてくれませんか」

「ふん、説明が欲しいか。愚民」[PERFECT‼]


 高慢な態度と、PERFECTという音がどこかミスマッチに響いていた。

 それにものともせずに、サキは答える。

 

「ええ。ききたいですね」

「……やはり、おかしい、この僕が何を間違えた?」[PERFECT‼]


 想定と違う動作をしているのだろうか、その装置はエラーのようにPERFECTとしか吐き出さないようだった。

 

「さっきからどうしたんです?」 

「……いや、この装置はコミュニケーション力を測るもの、だったはずだ」[PERFECT‼]

「つまり、博士は、これを完璧なコミュニケーションだと定義づけたんですか?」


 先ほどの高慢な態度をPERFECTと判断するものが果たしてどれほどいるのだろうか。

 

「いや、そんなはずはない。この装置は厳密には周りの「空気」、いうなれば「雰囲気」を測るもの、だったはずだ」

「ほう、そうなんですか?」


 深く集中しているのか、サキの言葉が博士に届いているのかはわからなかった。

 博士は、ぶつぶつとつぶやき続ける。

 

「だが、ここまでperfectが出るはずがない。そもそも、そんなわけがないだろ。僕は僕の行動に絶対の自信を持っている。僕の行いが一般的なものを超越しているがゆえ、周りと乖離しまうことを、僕はしっかりと認識している。自覚ある天才だとも。そうでなくてはならない。僕はそんじょそこらの自称孤高の天才とは一線を画すんだ。だからこそ姿を隠して生きているのだ。そうだろう? だが、どうする? このままの高慢な態度を、不完全なコミュニケーションを続けることでずっと周りから孤立していくのか? サキからもいずれ見放される恐怖におびえて? 冗談じゃない。なればこそするべきことはひとつ……クソッ何を間違えているのか見直すしかあるまい」[PERFECT‼]


 博士は出てきたばかりのラボへとあわただしく引っ込み、ラボの前には一人が残されるのみとなった。


「……私知ってますよ。まちがってるのは、貴方の認識がです」

 

 彼女のつぶやく声は、だれにも聞かれることなく、消えていった。

 

「だいたい、その七面倒なところも好きじゃあなければ。

 ずっと話を聞くわけないじゃないですか。ばーか」

 

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きままな落書き帳 こむぎこ @komugikomugira

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