吸血姫は恋を知らない

亜未田久志

第1話 命長くとも恋せよ乙女


 吸血鬼の姫君は世間を知らない。人間はか弱い生き物だと聞かされて生きてきた。城壁の中で蝶よ花よと育てられた彼女はすっかり我が儘なレディになった。

 ある日、姫君はそんなに人間がか弱いというのなら一匹、捕まえて来ようと思った。勝手に城を抜け出し宵闇の森の中を護衛もつけずに一人お忍びで行く。ドレスが汚れるのも気にしないでずかずかと獣道を進む。夜でもその紅い紅い髪の毛と金色の瞳はとてもよく目立った。そこらの男ならば一目で落ちるような美貌、人ならざる吸血鬼としての妖艶さも相まってまさしく絶世と言えた。そんなお姫様は小石に蹴躓く。もともと外を出歩くような靴ではなかったのだ。ふっと、転んで頭から地面に突撃しそうになったのを寸でのところで止められる。

「おっと、大丈夫か」

 人間の男だった。綺麗な金髪をした見たところ剣士であろう青年。青い瞳が姫を見つめる。レディは初めて異性に触れられた。お姫様の事を吸血鬼だと気付いていないらしい。よろけた姫の身体を支え直すとその青年は嘆息を吐く。

「そんな恰好で森の夜道を行こうだなんてどうかしてるぞ」

「なっ――!?」

 従者が仕立てたドレスを指差し青年はそんな事を言う。姫は顔を真っ赤にして怒る。もう全身真っかっかだった。

「ここら辺には吸血鬼の城があるって噂だ。気を付け――」

「訂正してもらおう!」

「は?」

「このドレスを『そんな』呼ばわりしたことを!」

 一瞬、青年は何を言われたのか分からないというような顔をした。その後、首を横に振るとこう言った。

「あー……いやその綺麗なドレスを馬鹿にしたわけじゃない。勘違いさせたのなら謝る。だけど、やっぱり森に出るのなら相応しい恰好をだな……」

「まだ文句があるというのか!」

 青年はどうしたものかと首を捻るばかりである。

「だからドレスは綺麗だと言っている」

「それだけでは足りぬ!」

「えー……俺にどうして欲しいんだ」

「む……それは……」

 どうやら怒りに任せて言葉を紡いでいただけらしく何をどうして欲しいなどという考えを持っていたわけではないらしかった。

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