第二問「妻をめとった男は憎しみを燃やした。なぜ?」(中編)

私を乗せた渡し船と、リーシャ先輩を乗せた渡し船は、並走して水路を進んでいく。

さながら流れるプールの如く、あるいは穏やかな流れの川のように、動力もなく船は往く――そして、私たちのあいだに浮かぶのは巨大な水球。


水球の中には二人の影。

結婚式を挙げたばかりの男女――の、姿をした人形だ。



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地方の名士である男は、妻をめとることになった。


都会育ちの妻と暮らしていくうちに、男は憎しみを抱いた。


男はなぜ憎しみを燃やしてしまったのか?

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私は『霞石のコイン』を手に取る。


「リーシャ先輩、一つめの『質問』をします!」


「ほう、早速の『質問』か。いいよ、聞いてみてごらん」


「【男の人は奥さんを愛していますか?】」


これが、最初に思いついた質問だ。

【男の人は奥さんを愛しているか】――この質問の答えによって、想定は次のように分岐するはず。


【答えがYES】の場合

→男の人は奥さんを愛しているにもかかわらず、憎しみを抱いていることになる。もしかしたら、奥さんは旦那さんとは違う人を愛してしまったのかもしれない……つまりは、嫉妬の感情が憎しみの原因である……そう考えられるのかも。


【答えがNO】の場合

→男の人は既に奥さんを愛していない。いや、そもそも結婚する前から愛していなかったのかもしれない。政略結婚か……何かの事情があったのか。そう考えると、憎しみの理由はシンプルになる……愛していない人との結婚、あるいは結婚してから愛が失われたことが憎しみの原因……といった感じ。


「(……これで、選択肢を絞れるはずです!)」


果たして、リーシャ先輩の返答は――


「答えよう。ユーア君の質問は【問題文には関係がない】」


「ええっ!?」


どうしよう、予想外の答えだ。


「【問題文には関係がない】……!?」


「男が妻を愛していたかどうか――愛しているかどうかは、男が憎しみを燃やした原因とは関係がないということさ。さぁ、これでコインが消費されたよ」


宙に浮かぶ亀の図柄のコインが消失した。



『霞石のコイン』…残り四枚



このとき、水球の風景に変化があった。


憎しみに顔を歪ませた男の人――彼は自分の奥さんから目を背ける。

これって……!


「(そっか。私の質問が問題文に隠された真実の一端を明かしたから――水球の風景にも反映されたんだ!)」



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「いいかいユーア君。私が最初に行なった『ウミガメのスープ』の問題を思い出すんだ。あのときは「質問の回答はYESでもNOでもない」こと自体が情報を増やす手がかりになっただろう?」


「水平思考クイズにおける『質問』は手がかりを増やすためにするもの。故に、その目的が果たされていれば質問の甲斐があったというわけだ。理解できたかな?」

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ルール説明の時にも、リーシャ先輩が言っていたじゃないか。


「【YES】でも【NO】でもない返答――【問題文には関係がない】という情報も、決して空振りじゃないのでした。むしろ、いいや、情報量は【YES/NO】よりも多いかもしれないです……!」


あえて情報を伏せられたイジワルな問題――水平思考クイズ。

『霞石のコイン』は、その問題文を覆い隠す霞のようなもやを消し飛ばして、真実へと近づくために必要な文字通りの「布石」ということ!


私は更にコインを手に取る。


「リーシャ先輩、続けて質問です!

 【男の人が憎んでいるのは奥さんである】!」


「【NO】」


「……やっぱり!」


水球の内側に投影されている人形劇に変化があった。


男の人は相変わらず、家具や食器に当たり散らしている――けど、その暴力は奥さんに向けられたものではない。


私は最初に人形たちが演じた光景に先入観を刷り込まれていた。

あの映像を見るかぎりだと、一見して、男の人は結婚した奥さんに不満があって怒りを燃やしたように見える――でも、ホントはそうじゃない。


あれは、あくまでイメージ映像に過ぎないんだ。

信じられるのは問題文と『質問』に対する回答だけ。


「だけど……」


男の人が憎んでいるのは奥さんじゃないことまではわかった。


「(でも、じゃあ、誰を憎んでいるの?)」


その先の発想が思いつかない……!


「残りのコインは三枚……!リーシャ先輩、『質問』です。

 【男の人の憎しみは奥さんが原因である】!」


「それは【YES】だ」


「……ッ!」


私の想定は否定された。

もしかしたら「奥さんは完全なミスリードで、男の人の憎しみとは関係ない」という可能性も考えたんだけど――奥さんは憎しみの原因ではあるらしい。



ここまでの状況を整理してみよう。


【男の人は奥さんを愛していますか?】

→【問題文には関係がない】


【男の人が憎んでいるのは奥さんである】

→【NO】


【男の人の憎しみは奥さんが原因である】

→【YES】


男の人の憎しみは奥さんが原因である――

その憎しみの対象は奥さんではなく――

奥さんを愛しているかどうかは関係ない――


「(ダメです。全然、わけがわかりません!)」


このとき、ふと違和感を感じた。


「あれ……そもそも、問題文の登場人物が男の人と奥さんの二人だけで、奥さんは憎しみの対象ではないというのなら……」


そもそもの話。


「……男の人は、誰を憎んでいるんだろう?」


私は四枚目のコインを手に取った。


「【男の人が憎んでいるのは男の人自身である】――『質問』です」


リーシャ先輩はひらひらと手を振って答える。


「【NO】だ。

 男が憎んでいるのは、


「……っ!やられ、ました……!」


水球で描かれた人形劇と問題文。

これらの要素から、私は知らず知らずのうちにこの物語の登場人物は「男の人と、その奥さん」という前提で考えていた――けど、違う!


 私は『質問』を通して、その人物を特定しないといけなかったんだ……!」



☆☆☆



水路を往く二艘の船を、高見から見物する男がいた。


黒装の創作化身アーヴァタール――タキシードとシルクハットをまとい、目元を歯車で出来たマスクで隠した青年。


堕ちたる創作論イディオット・フェアリーテイル』の幹部であるドロッセルマイヤーは、オペラグラスを片手に水宮殿の展望台で佇んでいた。


「――やはり、この領域効果を防ぐことは難しいですね。本来の水平思考クイズは、無数の質問を繰り出すことによって徐々に問題文の全貌を解き明かすというもの。一定の難易度の問題しか作れない……難問を出すことが許されない「縛り」こそあれど、たった四回までの『質問』で水平思考クイズの回答に成功するのは至難の技です。ましてや、ユーア・ランドスターは今日初めてこのゲームを知った――」


そこに「きひひ」と耳障りな甲高い声が響いた。


ドロッセルマイヤーが振り返ると、水宮殿の壁からぷくり、と水の風船がふくらみ宙に浮く。シャボン玉のようにふわふわと浮かぶ水の球は、鏡のように周囲を映し出す――その表面に、ゴシックドレスを着た麗しい少女が映し出された。


彼女の名はハート。


ドロッセルマイヤー同様に幹部の一人であり――リーシャ・ダンポート(モック・タートル)が所属するセクター『高天原の犯罪ワンダーランド』の統括を務める少女だ。


「ようやくお出ましですか。励に来るにしては、随分と重役出勤ですね――モック・タートルは貴方の部下のはず。私が世話を焼く義務など無いのですが」


「そう言うなよぉぉぉ、ドロッセルマイヤー。

 私の身体のことは知ってるだろぉ?」


「貴方はメルクリエ先生と肉体を共有している。その先生が「旧校舎」の事件以降、シァン・クーファンの魔術に侵食された身体を修復するための治療に専念しているのは理解していますとも。ですがねぇ……」


ドロッセルマイヤーはため息をついた。


高天原の犯罪ワンダーランド』はこの有様。

屍者の帝国ネヴァーランド』は独演会ワンマンだからいいとして……

翠色の習作エメラルド・シティ』は統括を失い、残されたのは脳無しのかかしだけ。

ホフマン物語ホフマン・ユニバース』は未だに統括が不在。

代行としてドロッセルマイヤーたる自分が全ての管理を任されている――


「つまり。現状は実質、全てのセクターを私が管理しなくてはならないのですが……おかしいと思いませんか?」


「あーね。ほら、君って演劇部でも部長やってんでしょ?そういうのって得意なんじゃないかしら」


「得意であることと、やり続けられるかは別の話です」


「頼むよぉぉぉ。ほらぁ、私って前世でも学校行ってなくて、部活とか生徒会とかああいうのには縁がなくってさぁ。実際のとこ、君には助かってるんだってば」


「前世……ですか」


ドロッセルマイヤーは決闘デュエル中の二人を遠巻きに眺めた。


「貴方が「この世界を書いた造物主シナリオライター」だとかいう妄言は置いておいて……実際に旧世界の知識や、貴方がもたらしたロストレガシーを見るところによると……貴方やウルカ・メサイア、それにイサマル・キザンが「過去の世界から転生してきた人間」だと言うのは確かなようです。その上で聞かせてもらいましょう」


ユーアと対面するリーシャ――その横顔をオペラグラス超しに見つめる。



「ランクEX――規格外クラスのエージェント。リーシャ・ダンポート……彼女が前世の知識を有している……貴方同様に転生した人間というのは事実ですか?」



「たぶんね。さっきのクイズからしても確定っぽい」


「それは、どういう?」


ハートは「きひひ」と引き笑いをして言った。


「機動戦士クロスボーン・ガンダム」


「……?」



「ガンダムシリーズからの引用なんだよね、あの問題」

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