第二問「妻をめとった男は憎しみを燃やした。なぜ?」(前編)

リーシャ先輩は空中に浮かんだ水鏡に飛び込む。


水鏡は体積を拡大して、巨大な水球と化した。

黒いドレスを着たリーシャ先輩は、ドレスの裾をたなびかせながら水中を自由に泳ぎ回る。どうやら、あのドレスは水着になっているらしい。


「これは……」


リーシャ先輩が泳ぐたびに、水球の中に人の形が生まれていく。


形作られた水人形は二体。

タキシード姿の男の人と、ウェディングドレスを着た女の人だ。

二人は神父の前で夫婦の誓いを交わし、指輪を交換する。

そう――たぶん、結婚式の光景なのだろう。


これから幸せな生活が始まる――

私がそう考えていると、突如、男の人の表情が怒りに染まった。


場面は移り変わり、今度は食卓。

酒瓶のようなものを投げ飛ばして、机の上の料理を台無しにする。

描かれる光景は全て水球の中に描かれる水細工。


もしかして、これって……!?


水鏡から飛び出したリーシャ先輩は、華麗に回転しながら向こうの渡し船に着地した。流れる水路の中で、並走する二艘の小舟。リーシャ先輩が水鏡に目を向けると、そこには見本語による文字が記されていった。


「これが私の提出する問題さ。よく問題文を読むことだね」


「やっぱり、水平思考クイズなんですね……!」



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地方の名士である男は、妻をめとることになった。


都会育ちの妻と暮らしていくうちに、男は憎しみを抱いた。


男はなぜ憎しみを燃やしてしまったのか?

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問題文が提示されると、私の目の前に五枚のコインが浮かんだ。

それぞれのコインには亀の図柄が描かれている。


リーシャ先輩はコインを指して云う。


「それは『霞石のコイン』と呼ぶ」


「かすみいし……ですか?」


「ユーア君はコインを一つ消費するごとに『質問』か『回答』を実行できる。ルールは通常の水平思考クイズと同様……『質問』はYESかNOで回答できる質問しかできない。回答不能な質問であった場合でもコインは返却されない」


「そんな、じゃあ……質問しただけ、損になっちゃいます!」


リーシャ先輩は「ええと、ね」と思案した。


「いいかいユーア君。私が最初に行なった『ウミガメのスープ』の問題を思い出すんだ。あのときは「質問の回答はYESでもNOでもない」こと自体が情報を増やす手がかりになっただろう?」


「……そう言われてみれば、そうです」


「水平思考クイズにおける『質問』は手がかりを増やすためにするもの。故に、その目的が果たされていれば質問の甲斐があったというわけだ。理解できたかな?」


「はい、大丈夫です!」


「よろしい。では、ルール説明に戻るよ」


リーシャ先輩の様子は一見して「闇」の決闘デュエルを仕掛ける前と変わらないように見える。親切で優しい――でも、油断しちゃダメです。


ウルカ様の話では「闇」のカードには使い手の心の闇を増幅させる力があるらしい。


「(今のリーシャ先輩は「闇」のカードに操られてる……倒して、助けてあげなきゃ!)」


私の決意を知ってか知らずか、リーシャ先輩は飄々とした口調で説明を続けた。


「コインを五枚消費した時点で『回答』を成功できなかった場合、水平思考クイズは仕掛けた側のプレイヤー……つまり、私の勝利となる。逆に一度でも『回答』が成功したならば、ユーア君の勝利だ」


「えっと、『霞石のコイン』は五枚だから、最大で出来る『質問』は四回まで……ということですね」


「そうだよ。最低でも一枚は『回答』のために残しておく必要がある。他に質問はあるかな?」


「し、質問ですね。ううんと……」


こういうゲーム、やっぱり私はニガテだ。

さっきの『ウミガメのスープ』問題はたまたま山勘(妄想?)が当たったから正解できたけど……今度もあんなに上手くいくとは限らない。

とはいえ、こうなったらやってみるだけだ!


「大丈夫です!質問はありません!」


そう答えると、リーシャ先輩は「あ、あのねぇ」と言った。


「ちょっと待ちたまえ。ユーア君は大事なことを聞いてないぞ」


「なにか、ありましたっけ?」


「はぁー。そもそもだね、我が領域効果によって発生した今回の水平思考クイズを――このサブゲームに勝利した場合、あるいは敗北した場合に、スピリット・キャスターズのメインゲームにどのような影響があるか――それを聞いてないじゃないか」


「……あっ!」




先攻:リーシャ・ダンポート

メインサークル:

《「主演の化身メインキャスト・アクトレス」Mock turtle》

BP1111


領域効果:

[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]


後攻:ユーア・ランドスター

メインサークル:

《聖輝士団の一番槍》

BP1900




「そういえば、今って決闘デュエルの最中でした!」


「……説明を続けるよ。水平思考クイズを仕掛けた側のプレイヤーがクイズに勝利した場合、領域効果を発動したターンのあいだ、シフトアップ召喚のコストが不要となる」


スピリット・キャスターズでは、強力な効果を持ったグレーター・スピリットや、更に強力なエンシェント・スピリットの召喚にはコストが必要となる。

グレーター・スピリットの場合は1体、エンシェント・スピリットの場合は2体(ただし、グレーター以上のスピリットをコストにする場合は1体)――これをシフトアップ召喚と呼ぶ――リーシャ先輩の領域効果は、条件付きでそのコストを軽減できるんだ。


「加えて説明すると、クイズを仕掛けられた側は勝利しても敗北しても特に影響は無い。あくまで仕掛けた側のプライズ(ご褒美)を阻止できるかどうか、となる」


「つまり、私がこのクイズに失敗しちゃったら、リーシャ先輩はスピリットをコスト無しで召喚できるようになるんですね。理解しました、ありがとうございます!」


「別に、礼を言われるようなことじゃないさ。水平思考クイズについてのルールの説明は、私の展開した[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]の領域効果に含まれているからね」


「言われてみれば……」


リーシャ先輩の領域と似た効果の領域を以前にも見たことがある。



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篝火が燃えると、無数のカードが広大なフィールドに散らばっていく。


「イサマルくん、あなた、何をしたの!?」


「今のは《歌仙結界》の取り札や。フィールドスペルは互いのプレイヤーに対して平等に働く、そういう縛りで成立する魔術――故に、その領域効果の説明も術式に組み込まれとる。……とはいえ、たらたら説明するのもタルいわなぁ」

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[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]――


聖決闘会長のイサマルさんが得意とするフィールド。

「かるた遊び」という、この世界には存在しないゲームを互いに強制して、その勝敗によって《歌仙結界》カードの取得を争う領域効果……。


「(カードゲームとは異なるゲームをカードゲーム中に強制して、勝者となったプレイヤーが以降のゲームで有利となるプライズを得る領域効果……でも)」


イサマルさんの領域と――

リーシャ先輩の領域では――



「(一点だけ、異なる点がある)」


これは、どういうことでしょうか……?




リーシャ先輩は妖しく笑む。


「さて。第二問は先の問題のようにはいかないよ。

 忠告するなら――『質問』は二手、三手先を読んで行なうことだね」




・第二問

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地方の名士である男は、妻をめとることになった。


都会育ちの妻と暮らしていくうちに、男は憎しみを抱いた。


男はなぜ憎しみを燃やしてしまったのか?

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『霞石のコイン』…残り五枚

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