我天心酔の最終回!己が道、求め進むが万物流転! その③

渦巻く水が世界を形作り、風景は一変する。


圧倒されるほどに巨大な宮殿が生まれた。

建造物はいずれも半透明に透き通った青に染まる――そう、これらの建物は水が固まって作られているのだ――さながら、ゼリーで形成された細工のように。

御殿と御殿のあいだには水路が流れている。

気づくと、私は水路を走る渡し船の上に立っていた。


「……つめたっ」


船が波をかき分けるたびに水しぶきが舞う。

水着姿で良かった――と、思ったところで。


「……リーシャ先輩!?その姿は……」


並走するもう一つの渡し船の上に立つリーシャ先輩の姿は、先ほどまでまとっていた競技用の水泳着姿とは異なる装いとなっていた。


全身を包むのは黒一色のパーティドレス。


大きくスリットが入ったドレスからはすらりと長い手足が露出していて、肌面積だけで言えば水着と大差なかった。とはいえ、目に飛び込む印象はこれまでとは大きく変わり、女性らしく扇情的なシルエットが強調される形となって、私の頬は思わず熱くなってしまう。


「(え、えっちです!)」


気づくと、リーシャ先輩のチャームポイントである水色のショートヘアは、背中まで伸びるロングヘア―へと替わっていた。

エルちゃんのようなウィッグ(かつら)だろうか……それとも、これも「闇」のエレメントがもたらした力!?


「ウルカ様が言ってました……闇の決闘者デュエリストは、本気を出すと姿が変わるって!」


創作化身アーヴァタールと呼んでもらおうか。

 私たちは旧世界に記された幻想作家の物語を仮面として被ることで、その力を引き出すことができる――我が配役は『不思議の国のアリス』に登場する『モック・タートル』――決められた役割を演じるというのも、難しいものだけどね」


亀の甲羅を模した眼帯で片目を隠したリーシャ先輩――

長髪をたなびかせて、彼女は歌うように云った。



仮想空間転移フェイズ・シフト――。

 多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンション


[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]!」



「シャドウストーリーズ・ウォーターパレス……!?」


……これが、リーシャ先輩の領域っ!



先攻:リーシャ・ダンポート

メインサークル:

《「主演の化身メインキャスト・アクトレス」Mock turtle》

BP1111


領域効果:

[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]


後攻:ユーア・ランドスター

メインサークル:

《聖輝士団の一番槍》

BP1900



リーシャ先輩は妖しく笑った。


「ユーア君も気づいているとおり、この領域を形作る「水」は仮想の存在ではない――「学園」の周囲に展開されていた実物の「海」から「海水」を吸い上げて、この空間に流入させている」


「ほんものの、海水……」


私たちが乗る渡し船が通る水路はもちろん――

半透明に透き通ったきらびやかな宮殿の数々も――


視界を流れていく風景の全てが、水によって作られているんだ!


「もしかして、「学園」の外が海になってたのも先輩の仕業なんですか!」


「あはは。そのとおりさ。我が領域はその性質上、大量の水が存在する場所でしか十全に性能を発揮することができない――だからこそ、ドロッセルマイヤー君に協力を頼んで「学園」の周囲を「海」に置き換えてもらったんだ」


決闘デュエルのためにそんなことまで……」


「私がユーア君に仕掛けた罠は、それだけではないけどね」


「え……?」


リーシャ先輩が手をかざすと、私と先輩のあいだに鏡が現れた。


幻想ダークスピリットであるモック・タートルと同じく、亀の甲羅の形をした鏡である。私は嫌な予感を覚えた。


「[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]の領域効果を発動!」


「やはり、領域効果……ッ!」


そして、たぶんその効果は――!


先輩の鋭い声に呼応するかのように、鏡の表面が水面のように波打った。

それを見てリーシャ先輩はニヤリと笑う。


「領域効果は成立したようだ。わざわざ、仕込んだ甲斐があったよ」


「何のことですか?」


「ここに来る前にユーア君は言っていたね……【なぜ、私がこんなに親切に水泳を教えてくれるのか?】と……その答えは、君に『水平思考クイズ』のルールを仕込むためさ」


『水平思考クイズ』――

たしか、屋内プールにいたときにリーシャ先輩が教えてくれた遊びだ。


出題者はクイズを出題して、回答者は出題者にYESかNOで答えられる質問をする。

質問の答えを通して、回答者は出題者の真意を探る――というゲーム。


「いいかい、ユーア君。ゲームというものは、互いにルールを知っていなければ遊ぶことができないのさ――そして君はこの領域に招かれたときに、こう感じたんじゃないかな?『この場所は水平思考クイズを遊ぶ場所なのだ』と……」


「それは……」


「領域の名に冠された『水平思考宮殿』というワード、そして亀の甲羅の水鏡。これらをヒントに、君は無意識に『水平思考クイズ』という「答え」にたどり着き、そして「ゲームに合意した」――これこそが罠だったというわけだ」


「先輩が私に水泳を教えてくれたのは……私に近づいて『水平思考クイズ』のルールを教えるために……!」


加えて言えば、先輩が出題したクイズは「ウミガメのスープ」に関する問題だった。

それもまた、私が『水平思考クイズ』という「答え」を出すように誘導するための仕込みの一つ……!


「さて、ユーア君。



リーシャ先輩は姿勢を正す――



そうして、まるでプールに飛び込みをする競泳選手のように、美しいフォームを取りながら渡し船から足を放すと、

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