我天心酔の最終回!己が道、求め進むが万物流転! その②

リーシャ先輩の言った言葉に、私は衝撃を受けた。


「私が乙女ゲームの主人公、ですか!?」


「そうっだよ!ようやく本題に入ることができた……そうやって、ぽやぽやしてるところも愛らしいなぁ、ユーア君!」


リーシャ先輩の発言は突拍子もない話だ。


「(でも……)」


この世界は乙女ゲーム――

言われてみると、たしかにおかしいとこはありました。


「旧校舎」の一件で明らかになった事実。

その内容については、ウルカ様から聞いている。


ウルカ様やイサマルさんはずっと大昔に亡くなっていて、魂だけが過去の時代から転生してきた存在だと――でも、だとしたら――転生する前の記憶を取り戻したウルカ様は、どうして私のことを知っていたのか?


シオンちゃんと初めて出会った『ダンジョン』の地下で、ウルカ様は言っていた。



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「私の正体は、ここではない世界でユーアちゃんのことを知ってる人。退学を賭けたアンティ決闘デュエルのとき……スペルカード《光神バルドルの帰還》がユーアちゃんの手札にあったことも……本当は、知ってたのよ」

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この世界がゲームだとしたら、つじつまは合う。

ウルカ様は前の世界で「まゆ」様だったときに、ゲームとして私の人生をプレイしていた――だから、私の手札にあったカードもわかったんだ……って、あれ?


それだと説明がつかないこともある。


「おかしいです。この世界はウルカ様がいた時代のずっと遠い未来のはずなのに、どうしてゲームの筋書きどおりになってるんだろ……?」


私は疑問をぶつけることにした。


「リーシャ先輩、教えてください。

 これは一体、どういうことなんですかっ!」


リーシャ先輩はきれいな水色の眉を困らせたように寄せる。


「そ、そんなこと言われても。そういった話はメルクリエ先生やドロッセルマイヤー君にも聞いていないな……」


「知らないんですか?リーシャ先輩は自分でもよくわかっていないことを自信満々にさも『今、明かされる衝撃の真実ぅ~』といったテイで私に言ったんですかぁ!?」


「う、うん……」


「本当は知ってるのに、すっとぼけてるとかじゃないんです!?」


リーシャ先輩は水泳帽を取り、プールの水で濡れたショートカットの髪をかき上げた。流し目で微笑みながら、リーシャ先輩は言う。


「……サボテンの花が、咲いている」


「誤魔化さないでくださいっ!」


「ひんっ」とリーシャ先輩は犬のように小さくなった。


「と、と、と、とにかく。重要なのは、ユーア君がこの世界の主人公だということさ。そして――私は、君の物語に終わりをもたらす者なのだよ」


「終わりをもたらす……?」



「そうさ、我こそが我天心酔の最終回の体現!


 着名せし魔名は『モックタートル』――

 住まう暗黒物語世界は『不思議の国のアリス』!


 『デュエル・マニアクス』は本日をもって打ち切りだ。

 ここからは――私が主人公の物語をする!」



雰囲気を仕切り直したリーシャ先輩が手を掲げると、周囲の空間に水が満ちていく。


「……ッ!これは!?」


足元に触れる冷たさは本物の水。

どこからか現れた大量の水が渦を巻いて世界を一変させる。


多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションですかっ!?」


ウルカ様が言っていた――闇の決闘者デュエリストが操る幻想ダークスピリットはフィールドスペルと同じ力を内蔵しているのだと。


リーシャ先輩の傍に浮遊する、亀の甲羅の形をした巨大な鏡――

《「主演の化身メインキャスト・アクトレス」Mock turtle》。


あのスピリットが自身の力で空間を書き換えているんだ!


「……だけど。この水は仮想のヴィジョンじゃないです」


「ご名答。我が領域に満ちる水は実物の「海水」だよ。

 出処は……説明するまでもないと思うけどね」



――「海水」?



「もしかして、この水の正体って!?」



☆☆☆



「う、うーん……スランプですわぁ」


文芸部員の少女――アマネ・インヴォーカーは、寮の自室でうんうんと唸っていた。


決闘礼装に接続したキーボードに当てた指は、先ほどから少しも動いていない。

頭の中で展開する物語ははちきれんばかりにふくらんでいるのに、いざ形にしようとすると実を結ばない――いいや、わかっているのだ。


「誰だって、自分の頭にあるうちは物語はカンペキですもの。でも、それを形にしたら、ホントは完璧なんかじゃないとわかる……そっちが本当の姿なんですわ」


だからこそ、形にしないと。


えいや、と一気に書き上げることにする。

カンペキなんかじゃなくてもいい――不思議なもので、一度「書こう」と決めるとキーボードの動きはなめらかなもの。


思うままに話は進んでいく。

文字がするすると打ちこまれていく。


ろくに推敲もしていないが、そのまま学内ネットに小説をアップロードした。

なぁに、後から読み返したときに直せばいいんだ。


「更新を待っている方には、申し訳ないことをしましたわね……」


前回の更新から、なんだかんだで一か月近く待たせてしまった。


文芸部内のコンテストの結果が思わしくなくて、体調を少し崩したり……新しいドラマにハマったり……自分が「闇」の勢力に操られていたことがわかったりと……色々あったけれど。


ようやく作品を書けるコンディションが戻ってきた気がする。


「……っと!気づいたらこんな時間ですわ。

 せっかく、ウルカ様にお誘いされてたのに」


あわててクローゼットから水着を取り出す。


ケーキ柄のフリル水着……ちょっと子供っぽいけど、急に海水浴なんて言われたからこれしか持ち合わせがなくって。


最後に着たのは数年前だけど、体型は変わってないから着れるはず。

ちょっと、誰ですの?お子様体型だなんて言う人は?


ともあれ、せっかくのお誘いだ。


数日前、突然「学園」の外が海になったときにはびっくりしたけど。


「うふふ、ウルカ様と海水浴♪」


それにユーア……さんとも、仲直りするチャンスだ。


ウルカ様の命令で、ユーアさんに嫌がらせをしていた日々を思い出す。


ウルカ様は「ユーアちゃんならもう怒ってないわ」と言ってるけど……わたくしは知ってる。あの子は根に持つタイプだし、キレるとめちゃくちゃ怖いということを。


「ウルカ様については……惚れた弱みで許してるだけですわ~」


とはいえ、逃げ回っていても仕方がないっ!


「当たって砕けろ、一か八か。

 サイコロ当てシックボーの始まりですわ……!」


わたくしはそう呟いて、窓の外を見て――



絶句した。



「……は?」


窓の外一面に広がっていた海は、どこにもない。

干上がった大地、見渡すかぎりの水平線。


永遠の渇水――水一滴ともありはしない。



わたくしは手にした水着をはたと落とした。



「海は広いな、大きいな……じゃなかったんですのーっ!?」

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