第二問「妻をめとった男は憎しみを燃やした。なぜ?」(後編)
「ガンダム……ですか?」
ドロッセルマイヤーは目を閉じて、こめかみに手を当てた。
「思い出しました。『機動戦士ガンダム』――以前にも貴方がおっしゃっていた、旧世界における貴方の祖国で人気を博していたという劇物語でしたね。それで合点がいきましたよ。リーシャさんは度々、唐突に『何かの引用』のように芝居かかったセリフを喋っていましたが……」
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「勝利の栄光を、君に」
リーシャは云う。
「スピリットの性能の差が、
戦力の決定的な差ではないことを教えてあげるよ」
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「あれらはガンダムに由来する引用だった、と」
ドロッセルマイヤーの言葉に、ハートは感心してみせる。
「へぇ、気づいてたのね。
でも、君はガンダム知らないでしょ?」
「たとえ知らなくても、引用かどうかは判別がつきます。ああいったセリフは、得てして前後の文脈からは劇的に浮いているために悪目立ちしたり、あるいは言葉以上の含意を示したいという意図が明け透けですから……」
「はーん。さっすが、演劇部ってとこだね。きひひ」
――ガンダム。
今は亡き旧世界の日本で放送されていたロボットアニメである。
人類が宇宙へと進出した近未来を舞台にして、巨大人型機動兵器『モビルスーツ』を用いた国家間の戦争を描く――主人公機であるガンダムを始めとする魅力的なメカニックと、等身大の少年少女たちが戦争に巻き込まれていくハードなストーリーなどで人気を博した。初代『機動戦士ガンダム』以後も数十年以上にわたって、様々なクリエイターの手によってシリーズが作られ続けていた……と、ハートは語る。
「ガンダムシリーズはそれこそ無数に作られてるけど、リーシャはまんべんなく観てた方みたいだね……さっきの水平思考クイズのモデルになったのは漫画作品。長谷川裕一先生が描いた『機動戦士クロスボーン・ガンダム』の1シーンから。これは詳しく語っちゃうのはもったいないから、先に原作を読んでほしいわね……ロストレガシーとして発掘した単行本をアジトに揃えてあるし……長谷川先生の絵柄って、独特でパワーがあるのよね……ああ、でも長谷川作品って言っても、最初のクロボンはF91の続編ってことで富野が原作を提供してるから共同制作か……ああ、富野っていうのはファーストやF91の監督を務めた人よ……でも、どこまで原作が残ってるのかは微妙なとこよね。長谷川流の解釈がされたニュータイプ論は非公式作品の『逆襲のギガンティス』の時点で既に片鱗は出ていて、クロボンでもその要素は強いし……って、オイ、聞いてんのかよ、オマエ?」
「聞き流していました。
それよりも気になることがありますので」
ドロッセルマイヤーはオペラグラスを外す。
ハートが投影された水球に視線を向けて話しかけた。
「リーシャさんは転生した人間であり、前世の記憶を有している。それはつまり、貴方たち『
『
旧世界のザイオン社に務めていた社員であり、
その中でも特別な才能を有した三人の工作員たち。
ハートは「んー」と首を振った。
「それは違うわね。私たち『
「それは、つまり……この私さえも転生していると?」
「シァン・クーファンはこんなことを言っていたよ……」
☆☆☆
「風雨露雷、日月星辰、禽獣草木、山川土石はこれ人と一体とし、一気を同じくすれば相通じる――散気すれば死となれど、一冬過ぎれば氷また溶けるが如く。気、集えばまた人生まれるべし」
蒼玉の瞳を有した銀髪の妖女は、鈴のような音の声には似つかわしくない老獪な響きを持って道教の理論をそらんじた。
ビジネススーツ姿の妖艶な「狐」は、目の前の「少女」に噛んで含めるように言い伝える。
「人体とは気の集合体じゃ。人が死ぬということは、気が散逸するということ――冬が過ぎれば氷が溶けるようにな――故に、気がまた集えば新たに人が生まれる」
――万物流転。
「これが「転生」のメカニズムというわけじゃよ。とはいえ、同じ人間が生まれるわけではない。氷を溶かして、水となり、再び固めて氷に戻しても、含まれる水は異なっておるじゃろう?大気中の水分だの、他の水だのが混じるわけじゃな……気もまた同じこと。人によって濃淡はあれど、まったく同一の気が集うことはない。そのために、前世の記憶というのはひどく断片的なものとなる――」
――たとえば、汝にも覚えがあるじゃろう?
――ここではないどこか、自分ではない誰かの言葉を、ふと口にしてしまった感覚。
「じゃが、そこに例外は存在する」
仙人骨を有する者――
ザイオン日本支社の全社員を対象にした血液検査によって選出された三名の社員。
「玉緒しのぶ、それに中山何某なる男……あれは偽名じゃろうがな……最後に汝。そうさな、汝ら三人は細胞内に含まれる特殊な極小生命体の量が常人の数百倍となっているのじゃ。これがある種のマーキングとなっていて、次の人生においても元通りに気が集うための目印となっている」
――わらわがようやくたどり着いた「仙人骨」の正体が……よもや極限状況下でのみ活動するちっぽけな寄生虫の所業だとは思わなんだがな、と「狐」は嘆息した。
「汝には他人には無い特別な才能がある。次に死んだときには、汝は今世の記憶を持ち越したまま転生することが可能となるのじゃよ」
「狐」の説明を聞いて、「少女」は安堵の息を吐く。
続けて、「少女」は口を開いた。
「……何?
ザイオン社の社員以外で、一人、血液検査をしたい人物がおる……じゃと?」
☆☆☆
「転生。確かに、私にも時々、覚えがあります。自分がここではない誰かの言葉を引用して喋っているかのような……感覚」
ドロッセルマイヤーは
「――リーシャさんは転生の自覚を持ち、他人よりも多くの前世の知識を持っている自覚があった。断片的であっても。それが彼女の望む『最終回』にも関係している」
生まれついてから、自分は他人とは違う存在だとわかっていた。
誰よりも輝く才能もあった。
水泳の才に恵まれ、中等部時代から頭角を現した。
選手権連覇。国民大会優勝。
次期アルトハイネス代表選手、最有力――
だが……彼女の物語には「終幕」が引かれた。
「魅せてもらいましょう。モック・タートル――本来の主人公を打ち倒し、あなたが自分の物語を奪い返す瞬間を……!」
☆☆☆
水平思考クイズ、第二問。
出題者:リーシャ・ダンポート
回答者:ユーア・ランドスター
最終局面――。
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地方の名士である男は、妻をめとることになった。
都会育ちの妻と暮らしていくうちに、男は憎しみを抱いた。
男はなぜ憎しみを燃やしてしまったのか?
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残る『霞石のコイン』は一個だ。
このコインは『回答』に使うしかない!
私はすでに詰んでいた……!
「(問題文には存在しない第三者が答えに深く関わっている……でも、私は『質問』でそれをあぶり出すことができなかった!)」
こうなったら、ダメ元で答えをでっち上げるしかない。
想像力を巡らせる――
最後のコインを消費してリーシャ先輩に『回答』した!
「『回答』します。
【男の人には本当は他に好きな女性がいた。でも、好きな女性は別の男性と恋仲になってしまった。男の人は奥さんと結婚生活を過ごしているうちに、好きな女性を横取りした男の人が許せなくなった……憎しみの対象はその人】です!」
リーシャ先輩は「あはは」と涼しげに笑った。
「『好きな女』と『間男』か。この局面において無から登場人物を二人も生やすとは、ユーア君を見くびっていたかもしれないね。だが――【不正解】だよ」
「くっ……!やっぱ、ダメでした!」
「悲しいけど、これはゲームだからね。私も敗者になりたくはない……それでは【正解】を発表しよう」
リーシャ先輩が指揮を取ると、それに合わせて巨大な水球の中に浮かぶ人形たちが形を変えていく――男の人と奥さん、そして奥さんの後ろには多くの人たちが――彼らは皆、楽しそうに笑っている。それを見て、男の人の表情は険しくなった。
リーシャ先輩は云う。
「
男は、地方の名士である。
名士となった理由は……彼の果たした偉業にあった。
痩せて作物もろくに取れない土地。
戦争や飢饉、疫病によって働き手を失い、老人と子供ばかりの民。
男は統率者となり、改革を推し進めた。
画期的な農法を開発して農業を効率化し、疫病に強い新種の研究を実用化させて、徐々に作物の収穫量を増やしていった。
男は人生の大半をその地の発展に費やした。
気づけば、既に老齢となっていたが悔いは無かった。
男が治める地方は繁栄を取り戻しつつある――ここまでは良かった。
「何が……あったんですか?」と、私は身を乗り出した。
リーシャ先輩は神妙な様子で続きを語る。
地方が栄え始めると、都会の者たちは男に縁談を持ちかけてきた。
婚姻をもって血の縁を得る――政略結婚というやつだ。
やがて年老いた男の元に、孫ほどにも年の離れた女性が送られてきた。
「(年齢差――!人形には反映されてない要素です。やっぱり人形劇は真実を映してるわけじゃなかったんだ。信じられるのは問題文と『質問』の答えだけ……っ!)」
政略結婚とはいえ……都会から地方に送られた上で、自分のような老人に嫁ぐ女性のことを……男は、内心で哀れんだ。
ところが――
女性は親よりも年上の結婚相手にも、都会とは比較にならない不便な地方での生活にも、不満一つこぼすことなく日々を過ごした。
男から見て、女性は完璧な妻だった……
そのために男の心に憎しみが生まれた。
女性の曇り一つないきれいな心は、余裕にあふれた都会で育まれたものだった。
過酷な環境である地方の発展のために半生を捧げた自分のような人間には、生涯持ち得ることがない心の豊かさであった。
それを見ているうちに、男は次第に自分の人生が否定されているような苦しみを受けることになったのだ。
男が憎んだのは「都会に住む者たち」の恵まれた環境だった。
【男は妻を憎むことはなかった】が【憎しみの原因はまぎれもなく妻にあった】し、その憎しみには【妻を愛しているかどうかは関係がなかった】――
これが第二問の答えだったのだ!
「――と、いうわけさ。人間の心というのは、かようにも複雑なものだね……」
たしかに、なんともやりきれない物語だった。
男の人も、奥さんも、どちらも悪くないのに。
いいや――誰も悪くなくっても。
誰かの物語にとっては、
誰かは誰かの悪役になってしまう……のかもしれない。
「(まぁ、それはそれとして)」
私には、どうしても言いたいことがあった。
「リーシャ先輩。一つ、いいでしょうか?」
「なんだい?」
私は思いっきり息を吸いこんで言った。
「こんなの、たった四回の質問で解けるわけないじゃないですかあああああああっっっ!!!」
「……さて、領域効果は成立した。
「ずるいいいいいい!!!!!!」
(次回は
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問題文の出典:
『機動戦士クロスボーン・ガンダム』
原作:富野由悠季
作画:長谷川裕一
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