お兄様の秘めたる思いッッッ!

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ある男が、レストランでウミガメのスープを注文した。


男はスープを飲むと、泣きだしてしまった。


なぜ泣いてしまったのだろうか?

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この問題文から、私は「最悪の想像」を考えてしまいました。


論理というよりは直感。

私はウルカ様みたいに理屈を積み立てて考えるタイプじゃないです。


それでも一足跳びに正解となる「絵」が浮かんでしまった……

加えて、

これまでの私の「質問」は描いた「絵」を裏切らなかった……



【そのウミガメのスープは美味しくなかったか】

 →【問題には関係ない】


【男が飲んだスープはウミガメのスープだったか】

 →【YES/はい】


【男は以前にもウミガメのスープを飲んだことがあるか】

 →【NO/いいえ】


【スープの味は男が泣いた原因と関係があるか】

 →【YES/はい】


【男は以前に「ウミガメのスープと称したスープ」を飲んだことがあるか】

 →【YES/はい】



「(男の人は以前に「ウミガメのスープ」と偽って、異なるスープを飲まされたことがあった――今日、飲んだのはまぎれもなく本物の「ウミガメのスープ」――だからこそ、その味を知って男の人は、気づいちゃったんだ)」


以前に飲んだスープが――

ウミガメのスープなどでは……なかったということに。


だからこそ、泣きだしてしまった。

男の人が飲んだスープの正体は、きっと泣き出すくらいにつらいものだったんだ。


私は核心に迫る質問をリーシャ先輩に投げかける。



【この問題に人の「死」は関係しているか】



果たして、リーシャ先輩の回答は……

先輩は、ひらひらと手を振りながら答えた。



「【NO】だ。

 この問題に人の「死」は関係していないよ」



私が考えた「最悪の想像」は……外れたらしい。


「よ……良かったあーっ!」


想像は外れたけれど、私はほっと胸を撫でおろした。

だって……私の「最悪の想像」は……救いが無いものだったから。



(作者より:ユーアが考えた「最悪の想像」が気になる方は「ウミガメのスープ」で検索してみてくださいね)



でも……となると、私が考えた想像はハズレということで。


「うーん、そうなるとわからないですね」


「だいぶ惜しいところまで来ているよ。あと一押し」


リーシャ先輩は片目を閉じて、私にウィンクした。


「水平思考クイズに必要なものは、自由な発想――問題文を見て浮かんだ第一印象を、前提を疑うことだ。「質問」を重ねることで、あらゆる方向から検討していく。思考を止めないかぎり、その先に答えはあるんだ」


だから――止まるんじゃないよ、と先輩は云う。


「第一印象を……前提を、疑う」


思えば、私がさっきした「最悪の想像」は――

問題に出てくる男の人が「泣いていた」ことが始まりだった。


「泣いていた」――

苦しいことや、つらいことがあったのかなって。

でも、人が泣く理由はそれだけじゃない。


「リーシャ先輩、「質問」です。

 【男の人が泣いていたのは嬉しかったからですか?】」


「【YES】。

 そう、男が泣いていた理由は嬉しかったからさ」


男の人は、以前に「ウミガメのスープ」を称して本当は違うスープを飲まされたことがあった。今日、本物の「ウミガメのスープ」を飲んだことで、男の人は自分が騙されていたことに気づいた。そして、泣いた。なぜなら男の人にとっては……騙されたことが、嬉しかったから?


思えば、私はウミガメのスープなんて飲んだことが無い。


孤児だった私を拾ってくれたランドスター家は、私やお兄様を「学園」に通わせてくれるほどの財力はあるけど、決して無駄遣いをせず、慎ましい生活をしていた平民の家系――ひょっとしたら、問題に出てきた男の人も私と同じような境遇なのかも。


「その、これは問題に対する「質問」じゃないんですが。ウミガメのスープって、ひょっとして高級食材なんです?」


リーシャ先輩は微笑む。


「そのとおり。ウミガメは知る人ぞ知る珍味ではあるが、食材として多用されているわけではないし、養殖されているわけでもない。供給が少ないということは、おのずと価格は高止まりとなるんだ」


ということは――

現時点でわかっていることを繋げば、答えが導けるのかも。


「うーんと……たぶん、こうです」


これは私が考えた物語。



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男は貧乏な家に生まれた。

それでも男は学業に励み、難関とされる名門校に合格した。

家族は喜んだ。

男が成功すれば、貧困から抜け出せるチャンスだったからだ。

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(苦学生の男の人……)

私が考える「男」の人のビジュアルは、私の身近な人に置き換わった。


浅黒い肌に、天を突くような長身の黒衣の青年――

義理のお兄様であり、私が尊敬する人。


ジェラルド・ランドスターの姿となって物語は進行する。


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家族は男の入学祝いに、ご馳走を用意した。

特に目を惹いたのはウミガメのスープ。

ウミガメは高級食材で知られている――


「いいのか、母さん。こんなに高いものを。

 父さんも……学費だって無理をしているんだろう?」


母親は優しく微笑んだ。

父親も頷く。


「これでも蓄えはあるんだ。心配しなくてもいい。

 今日ぐらいは奮発してもいいだろう」


男の横で、彼が愛する妹も笑った。


「せっかくのお祝いなんです!

 お兄様、入学おめでとうございますっ」


「……感謝する」


家計には心配が要らないと言われて、

男が感じていた後ろめたさは軽減された。


それから――


男はとにかく勉学に励んだ。

校内でもトップクラスの優秀な成績を収めて、

高額な学費が免除される特待生の資格も得ることもできた。


卒業してからも尚、研鑽を重ねて、男は成功者となる。


ある日、訪れたレストランにて。

ふと思い出の味を食べたくなって注文したのは――


もちろん、ウミガメのスープだった。

ところが……


「(なんだ、この味は……)」


かつての味とは似ても似つかない。

このとき、お兄様は気づいたのでしょう。


かつて振る舞われたウミガメのスープは、実際には庶民にも手が届く代用食材を用いて調理されたニセモノだったということに。


【この問題にスープが美味しいか・美味しくないかは関係ない】


お兄様は、嬉しかったんです。


そう――

お兄様が感じていた罪悪感を、家族は見抜いていました。


自分が「学園」に通うことで、家族にかけてしまう負担……

そんな心配をさせることは、両親や妹の本意ではありません。


だから「ウミガメのスープ」を振る舞うことで、

贅沢をさせることで、お兄様の心の罪悪感を取り除いた。


お祝いに高級料理を振る舞えるくらいの蓄えはあるのだから、と――


家族の思いを知って、お兄様の目から涙がこぼれました。


父さん――母さん――ありがとう。


「愛する妹のためにも。

 俺は、これからも頑張るぞ……!」

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――と。


「これが私の考えた物語です!どうでしょうか!?」


リーシャ先輩はあいまいな笑みを浮かべた。


「ええと……うん、【正解】だよ」


「やったぁ!」


「ただ、ね……正解なんだけどさ」


奥歯に物が挟まったように――

リーシャ先輩はもじもじとしている。


「どうしたんです?」


「いや、ユーア君が考えた物語なんだけども。正解なんだよ、大筋は合っている。男はかつてウミガメのスープと称して偽・ウミガメのスープモック・タートル・スープをご馳走になったことがあった」


偽・ウミガメのスープモック・タートル・スープ……?」


「子牛の頭で出汁を取ったスープのことさ。ウミガメに比べれば安価でね、味も良い……家族が男にスープを振る舞ったのは、男に経済的な負担を意識させないようにするためだった――その真意を知って男は泣いた。うん、正解なんだよ」


「正解なら、リーシャ先輩は何が引っかかってるんですか?」


言いづらそうに、先輩は言葉を吐いた。



……?」



私は手にしていたビート板をプールサイドに落とした。


「えぇ……!?」


「さっきの物語は、男と両親だけでも成立すると思うんだ。なんだか急に知らない妹が挟まってきたというか……あと「愛する妹のためにがんばる」のが最終的な男のモチベーションなのかい?そんな要素、元の問題文にはなかったように思うよ……?」


「いいえ、必要です!妹は要ります!

 私がそう判断しましたッッッ!」


「そうか……これが、若さか」


なんか頷いてますけど、先輩と私って一歳しか変わりませんよね?


――ともあれ。

初めて遊んだけど、水平思考クイズって楽しいですっ!


「あれ……そういえば私たち、

 なんで水平思考クイズをしてたんでしたっけ?」


「君が【なぜ、私がこんなに親切に水泳を教えてくれるのか?】と聞いてきたからね。せっかくだから、私の好きな水平思考クイズ形式で答えようかと思ったんだ」


「ということは、それが次の問題ですね」


「そういうことになる……おや?」


プールの入り口の方から二人組の声がした。


「ほらほら、ウルウルはやくはやく!

 ユーユーをほっぽって泳いでばかり、それじゃ”くそぼけ”と同じ!」


「ごめんなさい、久々に海を見たらつい夢中になっちゃって……」


「ウルカ様、エルちゃん!来てくれたんですね。

 私、リーシャ先輩に教えてもらって、すっかり泳げるようになりました!」


ウルカ様は言った。


「良かったわね、ユーアちゃん。

 あら……その人って?」


リーシャ先輩はくっくっ、と忍び笑いを漏らした。


「やれやれ、時間切れか。仕方ない、ユーア君。次なる水平思考クイズ、問題の続きはこの後で――決闘デュエルの中でするとしよう」


「え……?それって、どういう」


リーシャ先輩はプールサイドに置いていた、私の決闘礼装を投げてよこした。

思わず受け取る――学園指定の、質素なグローブ型のアカデミー・ディスクを。


先輩も決闘礼装を取り出す。

亀の甲羅を象ったような、特注の決闘礼装だ。


「占術亀甲型決闘礼装『リトル・ブレイバー』。

 さぁ、決闘デュエルの時間だよ」


唐突な展開に、私は困惑する。


「私と先輩が決闘デュエルですか?

 かまいませんけど、急にどうして……」


そのとき、ウルカ様が鋭い声で叫んだ。


「……っ!ユーアちゃん、その人から離れて!」


「――遅いよ」



瞬間――

リーシャ先輩の決闘礼装から紫色の瘴気があふれ出す。


これは、もしかして……「闇」のエレメント!


あふれ出した瘴気はあっという間に私を取り囲んだ。

既にウルカ様やエルちゃんの姿は見えない。


外界から隔絶された「闇」の空間――!

間違いなく、リーシャ先輩の正体は確定した。



「そんな、ウソです……!

 リーシャ先輩が……闇の決闘者デュエリストってことですか!?」


「身構えているときには死神は来ないものさ。

 さぁて、『光の巫女』君。

 我が領域――悪夢の不思議の国ワンダーランドへと、君をご招待するよ……!」

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