第一問「ウミガメのスープを飲んだ男は泣き出した。なぜ?」

そんなこんなで、私はリーシャ先輩と一緒にプールにやってきた。


校舎内にある屋内プールは貴族が通う「学園」らしく設備も充実していて、全長25メートル以上に及ぶ広々としたプール本体の他にも、運動後に身体をリフレッシュできるミストサウナや水着のまま入れる簡易浴場まで付いている。


「(水泳の授業は選択科目で、私は来ることがありませんでしたが……)」


今日はリーシャ先輩と私の貸し切り。


「では、さっそくお願いしますっ!」


「元気いっぱいだね。

 それでは、まずは準備運動からいこうか」



ポイント①:

準備運動は欠かさないこと。

プールに入る前はシャワーを浴びて、身体を清潔に。



「いっちにー……さんっしー……」


「身体が固いな――少し、押してあげよう」


「だ、大丈夫ですよっ!?」


「しかしねぇ、私としてはユーア君に水泳を教える立場にあるのだから」


「い、いぎぎぎっ!」


リーシャ先輩に手伝ってもらい、充分なストレッチができました。

(い、痛かったぁ……)


水泳帽とゴーグルを着けて、いよいよプール!


「海と違って温水だから、冷たくないのがいいですね」


「さて。初心者のユーア君には、まずは呼吸法から学んでもらおうかな」


「呼吸法……ッ!

 一秒間に10回の呼吸をしたり、

 10分間息を吸い続けて10分間吐き続けたりとかです!?」


「戦士にでもなるつもりかい?」


「ひっひっふー、ひっひっふー」


「それはラマーズ法」


「全集中……っ!」


「そこまで集中しなくて大丈夫さ」



ポイント②:

水泳での呼吸の基本――

水中では息を吐き、

水面から上がって息を吸う。



「水中で息を、吐く……たしか、鼻から吐くんですよね。私、以前に練習したときには鼻の中に息が入っちゃって……それからは苦手になってしまったんです」


「できれば鼻から吐くのが望ましいが、慣れる前なら口からでも構わないよ。重要なのは、水中にいる間に充分に空気を吐いておくこと」


「どうしてですか?」


「息を吸うために必要な工程だからね。事前に空気を吐いておくことで、水面に上がったときには自然と息を吸うようになる。息を吐いて、吸って、吐く。このサイクルを自然におこなえるようにするんだ――まずは「バブリング」からやってみよう」


「バブリング」――

リーシャ先輩の指導の元、私は呼吸法の練習をすることにした。


プールの床にしっかりと足を着けて、手をプールサイドに添えて、私は口だけをプールに付けてブクブクと息を吐く。息を吐いて、少し苦しくなったら――今度は水面に口を出して、しっかりと息を吸う。


段々と慣れてきたので、鼻から息を吐くように切り替えてみた。

息を吐くのは鼻、

息を吸うのは口、

そうやって役割分担をはっきりさせることで、スムーズに呼吸ができるようになる。


「そっか……!

 鼻と口で役割を分けることで、意識しなくても自然に呼吸ができるんですね!」


「できるようになったね、ユーア君。

 お次は「ボビング」の練習をしてみようか」



ポイント③:

プールにおける体勢の練習法――

息を吐きながら沈み、床に足を着けてジャンプする。

水面に上がったら息を吸い、再び水中に……

何度も上下しながら、水の中での立ち方を覚える。



「まずは壁に手を付きながらやっていこう。

 大切なのは、しっかりと沈んで足を着けること」


「しっかりと、沈む……」


「これは浮力を学ぶことにもなる。そうだね――」


リーシャ先輩はプールサイドからビート板を持ってきた。


「水面にあるかぎり、ビート板はただ浮いているだけ。ここで、ビート板をプールに沈めてみよう。すると、ビート板は水面へと浮き上がる。つまり……浮力とは沈めようとする力に対して発生するものなんだ」


「沈もうと思えば沈もうと思うほど、浮き上がるってことですか?」


「ユーア君は賢いね。この原理は人体にも当てはまるんだよ」


リーシャ先輩に説明を受けて、私は「ボビング」練習を始めた。

足でしっかりとプールの底を踏みしめて、息を吐きながらジャンプする。


リーシャ先輩も、私に教えるために床に足を着く――

「……ぐっ!」

すると、一瞬だけ先輩の表情が歪んだ気がした。


「先輩、どうかしましたか!?」


「大丈夫さ。あはは、何か踏んづけたかな」


リーシャ先輩は何でもなさそうに笑う。


そうやってジャンプの練習していくうちに、

私は壁に手をつけなくても「ボビング」が出来るようになった。


「さらにできるようになったね、ユーア君。

 プールの中で姿勢を崩すことになっても、この基本がしっかりしていればパニックを抑えることができる――呼吸を乱さず、冷静に対処できるようになるんだ」


「はいっ……!」


それからは、

ビート板を用いたバタ足の練習――

息継ぎが簡単な平泳ぎ泳法の習得など――


リーシャ先輩の下で、私は水泳の初歩を学んでいった。


「なんだか、思ってたよりも水泳って楽しいです!」


「私は示さなくてはならない。

 水泳はこんなにも簡単だと言うことを……」


リーシャ先輩、有名人なのにすごく親切な人……!

言い回しが少し、芝居がかってる感じがしますが!


でも――


あまりにも親切すぎて、疑問に思ってしまう。


「その……リーシャ先輩は、どうして私に親身に教えてくれるんですか?私が泳げなくて困ってたとはいえ、私たち、初めて会ったのに……」


リーシャ先輩はそう問われると、ゴーグルを外して意味深に笑った。


「……そうだね。一つ、ここはクイズにしてみようか」


「クイズ、ですか?」


というのはどうだい?」



――水平思考クイズ。



初めて聞く言葉だった。なんだろう?


「あの、すみません。水平思考クイズって何ですか?」


「やはり知らなかったか。

 こうして……君に近づいた甲斐があったな」


「え?」


「あはは、何でも。さて、水平思考クイズというのはね――」



リーシャ先輩は、不思議な物語を語りだす。



----------------------------------

ある男が、レストランでウミガメのスープを注文した。


男はスープを飲むと、泣きだしてしまった。


なぜ泣いてしまったのだろうか?

----------------------------------



「クイズの出題者は、このように「謎」が含まれた物語を回答者に提示する――その後、回答者は出題者に対して「質問」するか「回答」するかを選択できる」


「「質問」と、「回答」……」


「ユーア君はさっきの物語を聞いて、答えがわかったかな?」


答え……

そんな風に言われても、情報が少なすぎる気がする。


どうして男の人はウミガメのスープを飲んで泣いたのか、ですよね?


「ええと、「スープがとっても辛かったから」、ですか?」


「あはは。残念、それは不正解だ」


「ですよね……でも、答えなんてわからないですよっ」


「今のユーア君がやったのは「回答」――ただし、現時点では情報が少なすぎる――そのために回答者は情報を増やすために「質問」ができるんだよ」


ここで、水平思考クイズには特別なルールが存在するらしい。


回答者ができる「質問」は――

【はい/YES】か【いいえ/NO】で答えられる質問だけ。


リーシャ先輩と私は、プールサイドに上がった。

タオルで水滴を拭きながら、先輩は私に「質問」を促す。


「なんでもいいよ。とりあえず「質問」してごらん」


「そうですね……」


辛いスープじゃなかったら、とっても苦いとか。

酸っぱいとか……甘いとか?


「じゃあ、質問です。【そのウミガメのスープは美味しくないですか】!?」


「…………あはは、難しいことを聞くね」


リーシャ先輩は思案する。


「答えは……【はい】でも【いいえ】でもない、かな」


「どっちでもない……」


「【問題文には関係がない】――が正解かな。うん」


「それって、どういうことでしょうか?」


「ウミガメのスープが美味しくても美味しくなくても、答えを導くには関係がないということさ」


ううん。つまり情報は増えてないということ。

別の質問をする必要があるみたいだ。


あらためて――私は問題文を確認する。



----------------------------------

ある男が、レストランでウミガメのスープを注文した。


男はスープを飲むと、泣きだしてしまった。


なぜ泣いてしまったのだろうか?

----------------------------------



あれ……?


私は引っかかりを感じた。


「リーシャ先輩、質問です。

 【男の人が飲んだスープは?】」


問題文では、男の人は「ウミガメのスープを注文した」となっている。

ところが、実際に飲んだのは「スープ」――

「ウミガメのスープ」とは明言されていないのだ。


もしも男の人が飲んだものが「ウミガメのスープ」では無かったとしたら……これは、何かのヒントになるのかもしれない!


リーシャ先輩は嬉しそうに眉を上げた。


「ユーア君もクイズのルールを理解し始めたようだね。

 答えは【YES】だ。男が飲んだのは間違いなく「ウミガメのスープ」だよ」


「ダ、ダメですか……」


「ダメではないよ。発想としては間違っていないからね。この調子で、どんどん情報を増やしていこうじゃないか」


発想としては間違っていない……

ということは。


「リーシャ先輩、質問です。

 【男の人は以前にもウミガメのスープを飲んだことがありますか?】」


「【NO】。男はその日、初めてウミガメのスープを飲んだ」


「初めて……じゃあ、重ねて質問です。

 【スープの味は男の人が泣いた原因と関係がありますか?】」


「いいね。答えは【YES】だよ」


「なるほど……」



リーシャ先輩は「スープが美味しくても美味しくなくても、答えには関係がない」と言っていた――加えて、男の人は「その日、初めてウミガメのスープを飲んだ」――その上で「スープの味は男の人が泣いた原因と関係がある」――



断片的な情報を繋ぎ合わせたことで――

私の頭の中には、最悪の想像が生まれつつあった。



「質問です。

 【男の人は以前にウミガメのスープと称したスープを飲んだことがありますか?】」


「【YES】……【はい】」



私は、ゴクリと唾を飲みこんだ。



「【この問題に……人の「死」は関係していますか?】」



リーシャ先輩は、深海アビスのような深い蒼をたたえた瞳を細めた。

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