線路はつづくよ、どこまでも
《エヴォリューション・キャタピラー》に夢の帳が被せられて、幾重にも重なった布は、だんだんと芋虫を包む繭へと変じていく。夢幻廻想廻廊に展開された領域効果による、対戦相手の記憶から引き出すスピリットの召喚――果たして、オーロラ色の繭を切り裂いて、内なるエンシェント・スピリットが現れた。
貴方の記憶に眠っていた、私の……
いいえ、私たちの物語。
「現れ出でよ、
昆虫界の
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》!」
フィールドに咲くのは大輪の花弁――
否、蒼銀に輝く双翼。
悪役令嬢ウルカ・メサイアの切り札であり、
【ブリリアント・インセクト】デッキの象徴!
先攻:ウルカ・メサイア
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》
BP3000
サイドサークル・アリステロス
《「
BP1500
領域効果:
[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]
後攻:アマネ・インヴォーカー
メインサークル:
《
BP2750
サイドサークル・デクシア
《
BP1500
自らの記憶から引き出されたスピリットを目にして、
アマネちゃんは驚きを隠せないようだった。
「それは、ウルカ様の……!」
「ええ、この子は私のエース・スピリット――でも、それだけじゃないわ。これは私と貴方のために紡がれる物語、その新たなる1ページ目よ」
そ、それって――と、アマネちゃんは口に手を当てる。
「新章開幕……ってコト?……ですの!?」
「降ろしかけの緞帳を――上げるときが来たようね!」
私欲恋理の最終回ですって?
とんでもない。
継続は力なり、力こそ継続とは正にこのこと!
追憶の中央特快は彼方へと過ぎ去り、再び私たちは銀河鉄道の屋根の上――展望席に設置された決闘場へと戻っていた。
私のスワローテイルと、
アマネちゃんのシャムウーン――
蒼き生命の蝶翼と、赤き死の蛾翼が対峙する。
死者の代弁者たるシャムウーンのBPは、墓地のスペルカードの250倍となる。それによって、現在のBPは2750にまでアップしている。
対して――
私のスワローテイルのBPは、シャムウーンの2750を凌駕する3000だ!
「行くわ、バトルよ。
ブリリアント・スワローテイルで、メインサークルのシャムウーンを攻撃!」
「……いやっ!
さ、させませんわ……!」
アマネちゃんはサイドサークルのスピリットに指示を与える。
「《
このスピリットがいるかぎり、メインサークルへの攻撃はできませんの!」
お菓子の騎士は、ケーキの生地で出来た装甲をこれみよがしに見せつける。誰もが目を奪われていく、甘さに舌がとろける魅惑のドルチェ……ところが、その生地の表面に突如、青い粉が浮かび上がった。
「こ、これは……カビですの!?」
「いいえ。カビじゃないわ、鱗粉よ。ブリリアント・スワローテイルは1ターンに1度、サイドサークルにあるカードを選択して破壊することができるの――私はアフォガード・オペラを破壊するわ!」
インタラプト・タイミングで発動できる破壊効果――
私は攻撃宣言の前に、すでに効果を発動していた!
蒼銀の鱗粉に蝕まれて、お菓子の騎士はドロドロに溶けていく。
これで、もう攻撃を阻む者はいない。
スワローテイルは翼を広げて銀河を羽ばたく。
対峙するシャムウーンは、炎の翼を背後に燃え盛る恒星と同化させて襲いかかる――黒一色の宇宙の暗幕をバックにして、高速で飛び交う二体の精霊!
スワローテイルが放つ鱗粉はシャムウーンの聖なる炎に撃ち落されて、闇を染める灯火となっていく。七十二の聖なる火――しかし、スワローテイルの鱗粉は無尽蔵。手数で劣るシャムウーンは息切れを起こして、やがて毒性の粉に侵食されていった。
――ここで、決める。
「絢爛たるハビタット・ストーム!」
アマネちゃんが描く空想の宇宙は、真空ではない。
風が吹く。嵐が起こる。
蝶の翼が巻き起こした羽ばたきは、竜巻の如き大嵐となって、シャムウーンに直撃し……魔力の塊であるエーテル体のボディを粉々に砕いた!
メインサークルのスピリットが戦闘で敗北したことで、戦闘の余波を受けてアマネちゃんのシールドが破壊された。
決闘礼装が変形して、ライフコアが露出する。
先攻:ウルカ・メサイア
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》
BP3000
サイドサークル・アリステロス
《「
BP1500
領域効果:
[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]
後攻:アマネ・インヴォーカー
【シールド破壊状態】
メインサークル:
なし
私はサイドサークルのザイオンX――
シオンちゃんにウィンクして、お願いする。
「……お手柔らかに、ね」
シオンちゃんは氷のような無表情で頷く――
そのまま人間離れした跳躍力で飛び上がると、対戦相手のフィールドに着地した。
アマネちゃんの前に降り立つシオンちゃん。
目の前に立った背の高い銀髪美女に見下ろされて、アマネちゃんは小さくなる。
「ひっ……」
「本機は
メインサークルが
メインサークルにスピリットがいないとき、スピリットの攻撃はプレイヤーへの
忘れかけてたけど、これは「闇」の
プレイヤーへのダメージは現実のものとして実体化する。
シオンちゃんはずいっ、とアマネちゃんに迫る。
圧に押されるように目をつむったアマネちゃん――彼女の手と一体化した決闘礼装の中で輝くライフコアに向けて――シオンちゃんは撫でるように指を弾いた。
ピシリ……
わずかな衝撃を受けて、ライフコアにヒビが入る。
「……へ?」
おそるおそるアマネちゃんが目を開けると――
ライフコアはパリンッ!と音を立てて割れた。
「こ、これって……」
腰が抜けたアマネちゃんをシオンちゃんが支えた。
私も急いで駆け寄る。
「アマネちゃん、大丈夫?」
「は、はい……ですの」
良かった。
ライフコアへのダメージは最小限で済んだみたいだ。
「イェーイ」と手をあげるシオンちゃんとハイタッチを交わす。
気づくと、銀河鉄道の領域は消失している。
元の寂れた倉庫に私たちは戻っていた。
アマネちゃんが着ていたスーツはいつの間にか元の制服姿に戻っていて、彼女の顔を覆うように装着されていた不気味な仮面も、砂のように崩れ落ちていく。
『
私欲恋理の最終回――閉幕
メインシナリオ、継続
出典:E.T.Aホフマン『砂男』
勝者:ウルカ・メサイア
敗者:アマネ・インヴォーカー
こうして――
私は「闇」の勢力から送り込まれた、最初の刺客を退けたのだった。
☆☆☆
「――ふむ。
《
倉庫の天窓の外に立ち、二人の少女を見下ろす影がいた。
漆黒の舞台衣装に身を包む、歯車の仮面を着けた男。
アマネとは比較にならない力をまとった
《
「学園」の生徒たちの一部に渡された「闇」のカードは、持ち主の心の闇を増幅することで狂暴化させて、暴走させる力を持っている。
出力こそ、ドロッセルマイヤーのような大幹部が持つカードには劣るものの……これらの刺客をぶつけていく分には、組織としてはリスクを取らずに『光の巫女』の力を削ぐことができる。
手始めに『光の巫女』が攻略対象――
――結果は、敗北。
「とはいえ、アマネさんが敗北した時点で「闇」の力が失われると共に、彼女の記憶から我々に関する情報は消えることになりますから。問題は無し。彼女に一任していたウルカ・メサイアの監視任務にしても、既に役割を終えていましたしね……」
ドロッセルマイヤーは手にした原稿の束を一瞥する。
『まじっく☆クロニクル』――アマネ・インヴォーカーこと、B級エージェント『ザントマン』によるウルカ・メサイアの監視報告書。
情報は詳細かつ、洗練されている。
小説形式になっているところと……アマネによる主観が混じっているのが玉に瑕だったが……これも、隠滅するべき証拠だろう。
アンティークもののライターを取り出し、火を点ける。
原稿に火を近づけたところで――
ふと、青年は気まぐれを起こした。
「……ウルカ・メサイアは予想よりも厄介かもしれません。彼女にまつわるデータの扱いは慎重になった方がいい。電子化した分だけでは思わぬ空劇(空隙)が発生するかもしれませんし。念のために生の資料も残しておきましょうか」
『まじっく☆クロニクル』を懐に仕舞う。
夢幻廻廊の領域で垣間見た、
アマネの記憶をドロッセルマイヤーは思い返した。
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「わたくしの作品は、どこが悪いんですの?」
文芸部の部長はたしなめるように云う。
「アマネさんの作品の中にアマネさんがいるか――ってことだな」
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「あの男め。相も変わらず、抽象的な精神論を」
ドロッセルマイヤーは変身を解いた。
世界の理を探究し、終にはその解体をも望む終焉の探究者――ドロッセルマイヤーの仮面を脱ぎ捨てて、彼は「学園」の三年生にして演劇部部長である生徒――サカシマ・マスカレイドへと役割を戻す。
仮面を持たないサカシマ。
役を降りた青年は、誰ともなく呟いた。
「――良い小説じゃないか。何が不満なんですかね」
☆☆☆
「きゃあーっ!も、燃えてますわーっ!」
「危ないわ。離れて、アマネちゃん!」
私とシオンちゃんは二人がかりでアマネちゃんを羽交い絞めにした。
彼女が持っていた『まじっく☆クロニクル』の原稿の束が、
炎でありながら、熱をもたず、水をかけても消えない。
きっと何らかの魔術なのだろう。
――後にわかったことなのだが、彼女が決闘礼装のロムに保存していたデータや、クラウドにアップロードしていたデータの一部も消失していたそうだ。
アマネちゃんは頭を抱えておいおいと泣きじゃくっている。
「う、うう……わたくしの、会心の傑作がぁ……珠玉のラブストーリーがぁ……!」
「き、気持ちはわかるわ。私もこの世界に来る前には、必死で残業して作ったエクセルが保存されてなかったときにドカ食いしそうになったし……」
「推測する。たぶん、これは闇の
「勝手に殺さないでくださいまし……」
ハンカチで涙をぬぐうアマネちゃん。
私はアマネちゃんの手を取り、彼女を立たせた。
「仕方ないわ。また、書くしかないわね?」
「はい、ですわ……」
アマネちゃんの決闘礼装からスピリットが実体化する。
お菓子の国のお姫様、《カスタード・プリンセス》――「闇」の呪縛から解放された精霊はアマネちゃんのハンカチを手に取ると、ニコニコと彼女の涙を拭いてあげた。
どうやら、アマネちゃんがおかしくなっていたのは「闇」のカードの影響だったらしい。でも、これは良い機会だったのかもしれない。
「ねぇ……アマネちゃん」
「なんですの?」
「その……私と、もう一度、友達になってくれる?
虫のいい話……って思うかもしれないけど」
「そうですわね。まったく、虫のいい話ですわ」
アマネちゃんは頬をふくらませる。
「転生だか何だか知りませんけども!ウルカ様はやっぱり、わたくしが知ってるウルカ様ですわ。他人の心を弄んで……!さっきの
「しょーがないじゃない!アマネちゃんを助けるためには、あれぐらいしか思いつかなかったんだもの!」
「自分勝手なところも。そうやって、情が深いところも。わたくしが知る、ウルカ様そのものですわ。でも……前よりも、よく笑うようになりましたわね」
「そ、そうかしら?」
「わたくしが悪者の手先になっていた頃のことは、記憶があいまいですけれど。ずっと、ウルカ様を見ていたことだけは覚えていますわ。ユーアや、シオンさん。アスマ王子に、イサマル様。みんなと一緒にいるときのウルカ様は、入学した頃よりも、ずっと幸せそうで。それが嬉しくて。羨ましくて。……悔しくって」
……悔しい?
「どうして、アマネちゃんが悔しがるの?」
「わたくしが、与えられなかったものだったから」
ぎゅっ、とアマネちゃんは胸を抑える。
「わたくしでは駄目だった。わたくしみたいな、何も持たない人間では……」
「それは違うわ」
何も無かったのは、私の方だ。
前世の記憶を取り戻すまでの私は――侯爵令嬢でありながら、「偽りの救世主」として陰では蔑まれていた私には、心穏やかに過ごせる場所は無かった。
『光の巫女』は――ユーアちゃんは何も悪くない。
それでも、憎む心は止められなかった。
間違った思いである。
どうしようもなく間違えた、正しくない人間。
そんな間違った私といてくれたのは、他でもないアマネちゃんだったんだ。
「ありがとう。間違えた私と、一緒に間違ってくれてありがとう。今度は、やり直したいの。今度こそは、アマネちゃんと……みんなに誇れる友達になりたい」
アマネちゃんは恥ずかしそうに顔を背ける。
「……どうしても、と言うのなら。考えてもいいですわ」
私はノータイムで頭を下げた。
「どうしてもーっ!お願いしまーすっ!」
「ウルカ様、何をなさっているんですの!?」
「わかるわ。そうよね。やっぱり土下座しないとダメよね。大丈夫、ユーアちゃんの時もやったんだから慣れたものだわ……よいしょ」
「や、止めてくださいまし!
制服が汚れちまいますわーっ!?」
あたふたするアマネちゃんと、思いっきり笑い合う。
終着駅はまだまだ先。
私たちの新章は、たった今、始まったばかり。
廻想列車は走行中――
線路はつづくよ、どこまでも。
Episode.Ⅰ『[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]』End
Next Episode.Ⅱ…『[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]』
”モックタートル” 登場
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