私欲恋理の最終回!廻想列車、出発進行!(ウルカからアマネへ)
「……アマネちゃんには物語があるわよ」
「ウルカ様?」
私が語りだすと、周囲の風景は一変した。
[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]――アマネちゃんがフィールドに付与した領域効果は、星空に線路をかけて、惑星から惑星へと旅をする銀河鉄道の領域。
きっと、アマネちゃんが空想で描いた世界。
けれども、ここは――
アマネちゃんが知らない世界。
「な、なんですの……この列車は?」
「アマネちゃんがわからなくても無理はないわ」
私たちがいる場所は、この世界には存在しない列車だ。
「この列車は、私が転生する前の世界にあった電車をモデルにしてるみたいね」
「電車、ですの?魔導機関車ではなく?」
「電気で動くから電車。この世界の魔導機関車とは違って――屋根の上のパンタグラフを通して、架線から電気を取り込んで走行しているのよ」
ガタン、ゴトン……ガタン、ゴトン……
私は辺りを観察する。
写真週刊誌の広告や、スタンプラリーの告知が載った雑多な吊り広告に――うさん臭い自己啓発本や、二日酔い止めの薬が載った壁の広告――扉の上に付いたモニターでは、無音のまま人気Youtuberが変顔をする動画が流れている――どれも見慣れていた、とっくに見飽きた、でも……今では、懐かしい光景だ。
窓の外に流れるのは、ねずみ色のビル街。
そわそわするアマネちゃんの手を引いて、
私たちは隣り合うように横長の座席に腰かけた。
「ウルカ様の世界の列車……わたくしを連れてきたのは、どうして?」
「私だって、こんなことができるとは思ってなかったわ。ただ、アマネちゃんと話がしたいと思った――そしたら、ここに来ていたのよ」
……いや、そうか。
この路線には見覚えがある。
いつも、通勤に使ってたJR中央線――
「地元にいた頃は、電車なんて使っていなかったから。私にとっての列車って言ったら、東京の中央線になるのね……」
「ウルカ様の、思い出の場所ですの?」
「思い出なんて、とんでもないわよ。毎日、毎日、朝にもなるとぎゅうぎゅう詰めの満員電車で……足の踏み場もなければ、スマホだって見る余裕が無いし。ほんと、人権なんて存在しなかったわ」
「ここが満員になるなんて、たくさん人が乗るんですのね……」
アマネちゃんは無人の車内をきょろきょろと見回した。
その様子がおかしくて、イタズラ心が芽生えてしまう。
私は「えいっ」と横に座ったアマネちゃんにもたれかかった。
アマネちゃんはクッションのように私を受け止める。
「きゃあっ!」
「うふふ。なんだか、うとうとしちゃうわね」
「な、なんですの、急に……」
「入学した頃のことを思い出したのよ。アマネちゃんは覚えてるかしら。私がアマネちゃんにグミの作り方を教えてもらおうとしたときのこと」
「……忘れるわけ、ありませんわ。あんなグミ、わたくしだって作るのは初めてでしたもの。お花や宝石を象ったグミならともかく……カ、カブトムシの幼虫の形をしたグミだなんて」
二人が知り合って、間もない頃。
アマネちゃんが薔薇を象ったグミを作ってくれたことがあった。
青紫色をした、きれいな薔薇の花弁――葉っぱと茎は緑色に、しっかりと色分けがされていて、かわいらしい小さなトゲも再現されていて――まるで本物の薔薇のようだった。
型に工夫をすれば、どんな形のグミでも作れる――
そのことに気づいた私は、執事のメルクリエに頼んで、私だけの特別な型を作ってもらったのだ。
そう――カブトムシの幼虫の型である。
「今、考えると。自覚してなかったけど、あれも前世の記憶が漏れてたみたいね。ある時期の話だけど。私の世界では昆虫の形をしたグミがブームだったのよ」
「な、なんですの、そのブームは!?信じられませんわ。ウルカ様のいた世界、恐ろしい世界ですわねぇ……!」
「で、型を作ったはいいけど、具体的にどうやって作ればいいのかわからなくって。アマネちゃんのところに型を持っていって、作り方を相談したのよね」
「まったく、ドン引きですわ!虫の形をしたグミを作りたい、だなんて……わたくしでなかったら、縁切りものですわよ!」
「うふふ、ごめんなさい。でも、いざ話を聞いたらアマネちゃんもノリ気だったじゃない?まさか色分けをして再現する、なんて言い出すとは思わなかったわ」
変わり種のグミを作るときのポイントは、色ごとに固める時間をズラすところにある。たとえば花のグミを作りたいのなら、まずは葉や茎の部分のグミを作るための液を型に流し込んで先に固める必要がある。一緒に花弁の部分も流し込んでしまったら、異なる色の液が混ざり合ってしまうためだ。
カブトムシの幼虫についても、一見して白一色に見えて実は二色が存在する。頭部や身体の側面の点々とした模様――何よりも外から透けてみえる内部は黒色である。
昆虫図鑑を取り出して、幼虫の写真を見せると――最初は引いていたものの、凝り性のアマネちゃんの闘志に火が点いたようだった。
「私はミルク味の白一色で作るつもりだったのに。すぐにブルーベリージュースとレモン汁で砂糖を溶かして、黒色の液体を作り始めるから驚いたわ」
「やるなら、半端はダメですわ。神は細部に宿る――わたくしにもプライドがありますのよ。……それなのにぃ」
アマネちゃんが目を三角にする。
「固めてるあいだに、ウルカ様がーっ!
う、うたた寝を!」
「ご、ごめんなさいね。何度も液を垂らしては冷やして固めて、ってやってるのを見たら、うとうとしちゃって……」
「わたくしはウルカ様のためにやってたのに!
ひ、ひどいですわぁ!」
結局、私がうたた寝から目覚めたときには――
すでに昆虫グミは完成していた。
側面の模様も、頭の色合いも完璧で。
何よりも、固めるタイミングを慎重にコントロールしたことで、半透明の白い身体越しに内部の器官も黒色のグミで再現されている。
お菓子名人アマネ・インヴォーカー、改心の出来。
問題は……誰がこれを食べるのか、ということ。
――取り巻きの女の子に振る舞うわけにはいかない。
ウルカ・メサイアの評判は地に落ちるだろう。
我に返った私たちは、メルクリエを呼んで、三人でもそもそと食べたのだ……完璧に再現された、あまりにも完璧なビジュアルの、カブトムシの幼虫を。
味は美味しかったけど。
「……あのときの埋め合わせ、結局できず終いだったわね」
「そう……ですわね」
私は寄りかかるアマネちゃんに体重を預けた。
アマネちゃんも私に身を寄せる。
「――アマネちゃんの領域は、夢の世界なのね。でも、本当なら夢は一人で見るものでしょう?でも、あなたは私の夢からスピリットたちを引き出してきた……」
「わたくしの
「いいえ、私だけじゃないわ。
私と……アマネちゃんの夢」
「わたくしの……?」
中央特快の中央線は吉祥寺を通過して、荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺を抜けていく。本来ならば、次の停車駅は中野――けれども。窓の外のビル街はブルーベリージュースのような黒一色に塗り替えられた。
コンペイトウの星々が輝く宇宙空間――
銀河鉄道はソラを往く。
これは私の記憶が生み出したものじゃない。
まぎれもなく、アマネちゃんの夢だ。
「この領域は、私たち二人で見る夢なのよ」
『スピリット・キャスターズ』の基本ルールの一つ――フィールドスペルなどで付与された領域効果は、互いのプレイヤーに対して平等に働く。
[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]が見せる夢。
互いのプレイヤーの記憶によって成立する領域。
アマネ・インヴォーカーは、自分には物語が無いと云った。
だから、ウルカはアマネの記憶からスピリットを引き出す領域効果を使用することはできないと……だが、その前提は既に覆されている。
アマネちゃんは目を見開いた。
「まさか……ウルカ様は、そのために。
わたくしの記憶を引き出したんですの!?」
「アマネちゃんが意地を張ってるみたいだから、ね」
何が、『物語は無い』よ。
あんなことを言われたらショックじゃないの。
私だちが過ごした日々が……否定されたみたいで。
あれを大切に想っていたのが、私だけだったみたいで。
――でも、そうじゃないのよね?
私は目を閉じたまま、まどろみのままに謳う。
アマネちゃんの体温を感じながら。
「[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]の領域効果を、発動……手札が0枚のとき、互いのメイン・シークエンスに1度だけ……対戦相手の記憶から「物語」を引き出して……自身がコントロールするスピリットに被せて、召喚するわ」
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「お願い!
アマネちゃん、埋め合わせをさせてちょうだい」
「――また、昆虫のグミじゃないですの?」
「ぎくり」
「や、やっぱり!」
「今度は綺麗なグミにするわ。まかせて!」
「ウルカ様の『綺麗』は信用できないですわ」
「大丈夫よ、ほら、…………だから」
「まぁ。…………なら、見栄えがいいかもですわね」
「うふふ。なら、決まりね!」
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「JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。
この電車は、中央線、中央特快、東京行きです。
停車駅は、立川までの各駅と、
国分寺、三鷹、中野、新宿、四ツ谷、御茶ノ水、神田、東京です。
次は、アマネ・インヴォーカー」
車内アナウンスが響く。
中央線の内装の中で――
聞き慣れた女性音声がなめらかに英語を発音する。
This is the Chuo Line Special Rapid Service train for Tokyo.
The next station is――
Brilliant Swallowtail.
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