私欲恋理の最終回!廻想列車、出発進行!(折り返し)

いよいよ、決闘デュエルも大詰めの頃。


――食堂車にて。


堕ちたる創作論イディオット・フェアリーテイル」の幹部である青年、ドロッセルマイヤーは――ウルカとアマネが繰り広げる一連の攻防を観劇しながら、ショコラ味のケーキに舌鼓を打っていた。


チョコレート味のクリームと生地が段々に重なった、オーソドックスなショコラケーキ――表面にはココアパウダーが散らされ、クリームにほろ苦い後味を加えている。

基本形と異なる点が一つ。

生地の層に練り込まれた、甘酸っぱい酸味を加えるラズベリーのソースがアクセントとなり、甘さに慣れた舌に刺「劇」を与える――口に運ぶたびに姿を変えて、舌の上で踊りまわる……まさに味の仮面舞踏会と言ったところだろうか?


「美味。私はどうにも、ケーキというものは苦手でして――特にクリームがたっぷりのショートケーキともなると、残念ながら食べきれないのですが。不思議とショコラケーキならば食べられますね。どうなのでしょう、あれについては生クリームの、こう……脂っこい感じがきついのでしょうか?」


ナプキンで口元を拭き、紅茶を含んで苦味を楽しむ。

後味の処理も含めて――完璧な調和を成す一皿だ。


「この領域はアマネさんの創作化身アーヴァタールが生成したもの――この食堂車で出されるスイーツも、彼女が普段手作りしているものが反映されている……と、見ていいようですね。さて――」


今のところ、戦況はアマネが優勢。


[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]――


対戦相手の過去の記憶から「物語」を読み取って、強力なスピリットを召喚する領域効果――自らの記憶が生み出す強敵に対してウルカは苦戦を強いられているようだ。


「フィールドスペルや創作化身アーヴァタールによって、フィールドに付与される領域効果は……互いのプレイヤーに対して「平等」に働きます。ですが「平等」であるということは……すなわち「公平」である、とは限りません」



火のエレメントを持つスピリットにのみ力を与える――

[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]


錬成ユニゾンに長じたプレイヤーにしか使いこなせない――

[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]


百人一首の暗号を解いた者だけが札を拾うことができる――

[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


戦闘行為を遅延させてデッキ破壊戦術を有利とする――

[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


種別カテゴリこそ領域では無いものの、

フィールドスペルとは似て非なる規格外の呪文――

箱中の失楽パンドラ・ボックス》もそうだろう。


いずれの領域も付与される効果こそ平等ではあるが、

実際には使い手だけが有利になるよう総則ルールを押しつけている。



では、アマネ・インヴォーカーの場合は――


食堂車の照明が落ちた。

銀幕のスクリーンが下ろされて、

カラカラカラ……とフィルムが回る音がする。


やがて、セピア色の「記憶」が上映された。



☆☆☆



「その……部長。教えてくださいまし。

 わたくしの作品は――どこが悪いんですの?」


夕焼けが差し込む文芸部の部室にて。

アマネは「部長」と呼ばれる青年を問い詰めていた。


文芸部で定期的に開催されるコンテスト――

アマネの書いた小説は、一度も賞を得たことが無い。


自分でも、実力が足りていないのはわかっている。


それでも入賞した部員の作品を読んでも――自分の方が上手く書けてると――そういう風に思うことも、一度や二度では無かったのだ。


「部長」――およそ「文芸部の部長」という肩書に似つかわしくない印象の、乱れた赤髪の青年は「あァー?」と面倒そうに伸びをした。


「別に悪くなんかねェよ。そこまで良くもねェが」


「その、良くないところはどこですの!?」


「アマネさんよぅ。そうやって俺様から悪口を引き出したって、ろくなことは無いぜ?そりゃあ、俺様はアンタの文章を読んでもアツくはならんがなァ。感性の方向性が違うんだよ。ハナから面白がろうとしてねーヤツに面白がってもらおうたって、そりゃ無理な話だろうが」


「でもっ……!」


「もしかして、アレか?「良薬口に苦し」とか信じてるクチか?作家としては耳が痛いような苦言も真摯に受け止めて創作の糧にすると……そりゃ物書きとしちゃ立派な姿勢だがなァ。良い薬だろうが、悪い薬だろうが、薬ってのは等しく苦いもんだろ。まァ、甘い薬もあるかもしれんが……どのみち、苦いからって効くわけじゃねェ……そんなことしてっと、案外、痛みの方が目的になっちまってなァ。やめとけ、やめとけ。いずれはマゾヒズムの罠に落ちるだろうさ」


「まぞひずむ……?って、何ですの?」


「あっ」


青年は舌打ちして、額を指で抑えた。


「アマネさんは良いとこの箱入り娘だもんなァ。

 悪ィな……」


「は、はい……?」


アマネは首をかしげる。


青年の言い回しは迂遠な表現も多く……

いまいち、飲みこめていないのが正直なところだ。


「しゃーねェわ、罪滅ぼしだ。せいぜい悪口にならんようにアドバイスするとだな……アンタ、小説は好きかァ?」


「もちろん、ですわ!」


「そりゃそうだわな。好きでもなけりゃ、小説を書くだなんて面倒なこと……わざわざ、やろうとしねーもんなァ。で、アンタの作品は――年齢トシの割には、よく書けてるよ。早熟なのか、天才なのかはわからんがね……成功すれば、天才だったことになるってか。ははっ」


「あ、ありがとうございます……」


「他人の文章を読み込んで、自分なりの文体を作れているわけだ。ただなァ……」


そこまで云って、青年は口ごもった。

思案して……言葉を選んでいるように見える。


「アマネさんの小説はなァ、なんというか……『他人の言葉だけで世界が完結している』っていうのかな」


「それは……アイデアが、平凡ということですの?よその作品で見かけたような、どこかで読んだみたいな、という……」


「そうじゃねえ。アイデアがありきたりだとか、登場人物の設定に既視感があるとか、そんなもんは問題じゃねェ。オリジナリティなんて求めても、ろくなことにならんしなァ。ここからは俺の持論だから、話半分に聞いてもらいたいんだが……」




物語を語るということは――

世界の法則を、回復することにある。


今、ある世界は間違っている。


本当なら、世界にはこうあって欲しい……そんな他愛もない思想が……ありふれた不満が……どこにでもあり、どこであっても軽んじられる怒りが……物語を語り、間違った世界を修正して、あるべき法則に回復された世界を語ることになる。


間違った現実の法則を、

理想の物語をもって塗り替える。




「要は、アマネさんの作品の中にアマネさんがいるか、ってことなんだよ」


「わたくしが……?」


「一つの作品を書き上げる、なんつー面倒な苦労を……誰に請われたわけでもなく、好き好んでしょいこむからにはなァ……「読んでくれた人に楽しんでもらいたい」なんていうキレイごとじゃ終わんねえ、物語を書く動機が存在する。言ってみれば「邪念」が入りこむわけなんだわ」


部長が言う「邪念」。

それは、つまり――


「こう、ありたいという……

 「下心」ということですの?」


「物語を通して語りたいことがある――そういうヤツは長続きするらしい。じゃあ、アマネさんの場合はどうだ?あァー、読む人間のことなんざ、一旦、忘れろ。……アンタは、どうして小説を書こうとしている?」


「それは……」


昔から、小説を読むのが好きだった。

いくつもの物語を読んで、いくつもの物語の世界に思いを馳せてきた。


……そのうち、自分でも書ける気がした。

書いてみたら、上手く出来た気がした。


「上手く書けている」と、褒められた。


読んでもらって、書いて、

読んでもらって、書いて……


いつしか、私は物書きになりたいと思うようになっていた。

でも……それって……!


「わ、わたくしは……」


気づいてしまった。

部長との問答で――自分の「下心」に。


アマネは言葉を失う。


「(わたくしは……「物語を書ける人間」になりたい。でも、どんな「物語」を書きたいか……そんなものは、わたくしの中には無かったんだわ……!)」


「……誤解してほしくねェんだが」


青年は幾分か、柔らかな口調で云った。


「さっきのは、あくまで俺様の持論だ。そもそもの話、何が書きたいか……どんな物語が書きたいか……最初は自分の中に無くても、頭を真っ白にして原稿に向かって、ひたすら書いているうちに自分でも気づく……後から見つける、なんてことも珍しくねェ。ただよォ、アマネさんは……まだ、それを……見つけられてねェんだろうなァって思ったわけ」


「わたくしが、何を書きたいのか……」


「つまりだ、俺様の結論としてはだなァ。

 もっと青春するべきだな、アンタは」


せ……青春ですの!?

なぜ、そこで青春!?


青年は文芸部の発行した部誌を手に取った。

そこには青年や、アマネの書いた短編が収められている。


「アンタは他人よりも早く、他人よりも上手に書けるばかりに――自分が求める「物語」が無くったって、ある程度は読ませるだけの力があるわけだ。読ませてしまう、とも言えるがなァ。自分がどういう人間なのか……自分が何を求めているのか……まずは、そこに戻る必要がある。だったら、自分と向き合うことだ」


自分と、向き合う……

自分と……わたくし、なんかと?


「そんなこと……できませんわ」


「あァ?」


「む、無理ですの……ッ!」


「おい、ちょっと待てって!」


アマネは駆けだした。

虚を突かれた青年を尻目に、部室を飛び出したアマネは「学園」の廊下を走る。


「(わたくしなんて、タマネギの皮と同じですわ。剥いても、剥いても……そこに何も無いということが、わからせられるだけッ!)」



堕ちたる創作論イディオット・フェアリーテイル」のエージェントとなったアマネは、この世界にまつわる真実を知らされていた。


乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』――

旧世界に存在した女性向け恋愛シミュレーションゲームを元に、アマネが生きる世界が設計されていることを。


アマネは本来は役割を持たないモブに過ぎない……

そう聞かされて、色々と腑に落ちたことがあった。


貴族ばかりが集まる「学園」において、周りの生徒はいずれもスター級の登場人物キャラクターばかりだった。


圧倒的な実力で「学園」の頂点に立つ王子様。

東の国からやって来た、美貌の聖決闘会長。

世界を救うことを運命付けられた、光の救世主ヒロイン


こんなのは一例に過ぎない。


どの生徒も――自分とそう年齢は変わらない学生でありながら、自分とは比較にならないような実績や経験を既に積んできた人たちである。


さっきまで話していた文芸部の部長だってそうだ。

あの人みたいな人生を生きてれば……わたくしだって……!


「みんな、自分の人生を生きてるのよ。ゲームの主人公であるユーアだけじゃない……みんな、自分の人生の主人公として、立派に輝いてる!なのに、わたくしは……!」


はぁ、はぁと息が絶え絶えになる。


気づくと、廊下の先から聞き慣れた声がした。

あわててアマネは柱の陰に隠れる。


廊下を歩いているのは、三人の少女たちだった。




「否定する。あれをハチの巣とは認めない、本機は」


「そうは言っても、ねぇ。蜜蝋みつろうって言ってね、ミツバチはお腹からロウを分泌して巣を作るのよ。ロウソクのロウね。だから食感がもっちゃりするのは仕方ないというか……」


「でも、シオンちゃんの気持ちもわかります。食べる前に予想してた味を、実際の味が超えてこないというか……!もっと、あまーいウエハースみたいなのを想像してました!」


「肯定する。マスター、一週間後に食堂に来てね。

 ハチの巣を用意するよ、本物の」


「本物って……さっきのが本物よ?」


「本機が用意する『本物ハチの巣』はね、ハチミツを練り込んで焼いたウエハース。サクサクした食感を実現するよ、ハニカム構造はそのままにして」


「うわぁ!聞いてるだけで美味しそうです!」


「なるほどね――。本物が理想を裏切るのなら、それは間違っている。だからこそ、本物を理想で塗り替える……ということなのね。うふふ、面白そうじゃない」




廊下を通り過ぎて行ったのは、

ユーアとシオン、そして――ウルカ。


アマネは歯噛みをして彼女たちを見送った。


「……わたくしは、所詮はウルカ様の物語のオマケ。冒頭で出番が終わるモブ。そうよ、わたくしの人生には……イベントなんて、何も起きない!」


「学園」に入学してからの数週間は、楽しかった。

ウルカと一緒にいると、自分の人生を生きているという実感があった。


だけど……


「闇」のカードを授けられて――エージェントとしての生活が始まり、ウルカを監視する任務を与えられて――アマネは、つくづく惨めな思いになって打ちのめされた。


『光の巫女』との決闘デュエルから始まる、ウルカ・メサイアの物語は――最もエキサイティングで、最もエレガントで、そして最も……エンターティメントだったのだ。


アマネが喉から手が出るほどに欲しいものがそこにあった。

物語に満ちた人生。本物の体験!


「ウルカ様たちに比べれば、わたくしの人生には何も無い。何もない人生を、他人の物語で埋め合わせて慰めているだけ……!」


アマネは原稿用紙の束を握りしめた。

『まじっく☆クロニクル』――ウルカの監視日記であり、実録ノンフィクション・ドキュメンタリー形式の恋愛小説である。


この物語の中に、アマネは存在しない。


――アマネ・インヴォーカーには物語は無いのだから。



☆☆☆



記録映画の上映が終了した。


「闇」のカードによって得た創造化身アーヴァタールと言えども、この領域はアマネの生得属性が生み出したもの――よって、彼女の人生が焼きついている。


食堂車にて――

ドロッセルマイヤーは『まじっく☆クロニクル』の原稿を手にする。


「……私には、アマネさんは充分に個性的に見えますが。

 物語を記す者ザ・クリエイション・スクリプターとして、物語に真摯であるがあまりに――彼女は思考の袋小路に入っているようですね」


「私欲恋理の最終回」――

アマネ・インヴォーカーが求める「物語の終わり」は、自身が物語に介入することによってもたらされる。


ウルカ・メサイアたちの日常をアマネは恋愛小説として捉えている。

執筆者であると同時に読者でもある彼女は、その物語に介入することを我慢できなくなってしまったらしい。


「闇」の決闘デュエルでウルカを打ち倒し、その心を操ることで、強引に他のキャラクター(アマネの推しはユーアらしい)とのカップリングを成立させて「最終回」の幕を引く――それが物語の結末。


他人と他人の恋が成就する――

どこまでも「アマネ・インヴォーカー」が不在の物語だ。


「悲劇ですね。これを喜劇と呼ぶのは、いささか意地が悪いに過ぎる」


[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]――

アマネが自身の物語を否定するかぎり、その領域効果はアマネにのみ味方して、ウルカ・メサイアは成すすべもありはしない。


となれば、ウルカの打つ手は……?



――さて。


ドロッセルマイヤーはオペラグラスを手にする。

いよいよ、決闘デュエルは最終局面である。




「過去の記録を観劇するのはここまで。

 ここからは――結末が決まっていない、生の舞台の始まりです」

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