私欲恋理の最終回!廻想列車、出発進行!(行き止まり)

《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》――!


ユーアちゃんのエース・スピリットが降臨する。


これは、どういうこと?

疑問に思う間もなく――


列車の汽笛が響き、頬を風が撫でた。


景色はふたたび宇宙空間。

お菓子の列車はひたすらに伸びていく線路を走り、銀河の世界を駆けていく。


「(アマネちゃんの宇宙には、風も吹くのね……)」


決闘デュエルは継続している……!

私は盤面に意識を戻した。



先攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《ローリーポーリー・トリニティ》

BP2100(+1000UP!)

=3100


領域効果:

[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]


後攻:アマネ・インヴォーカー

メインサークル:

《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》

BP2000



対戦相手は依然としてアマネ・インヴォーカー。

ただし、メインサークルに召喚されたザントマンは姿を変えて、ユーアちゃんの切り札である戦乙女――ワルキューレの騎士へと変貌していた。


これこそが……

[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]によって付与された領域効果!


アマネちゃんは熱に浮かされたような声で云った。


「ウルカ様……さぁさぁ、見てご覧なさい。わたくしの分身たるザントマンがもたらした領域効果を……!プレイヤーは手札が0枚のとき、互いのメイン・シークエンスに1度だけ……対戦相手となるプレイヤーの記憶から「物語」を引き出して、自身がコントロールするスピリットに被せて召喚できますのよ!」


「アマネちゃん、その姿は……!?」


気づくと、アマネちゃんの恰好は一変していた。


白と翠で彩られた「学園」の制服は、黒と白のモノトーンで構成された大人びたビジネススーツ姿になっている。細い体型を強調するハイウェストのジャケットに、膝下までを隠すスリムなスカート――だが、何よりも目立つのは顔である。


片手で顔面の半分を隠している、

その手をどけると――


暗黒のように眼窩にすっぽりと穴が空いた、木製の奇妙な仮面が、顔の左半分だけに装着されていた。

さらさら……さらさら……

落ち窪んだ眼窩からは、真白い砂糖が砂のようにこぼれ落ちる。


言葉を失う私の様子を見て、アマネちゃんは可笑しそうに笑った。


「この姿こそが、わたくしの真なる姿。創作化身アーヴァタール――とはいえ、己が正体を隠蔽する認識阻害の魔術は……どうやら、変身の瞬間を見られてしまった場合には効かないようですわね?」


創作化身アーヴァタール……!?」



「旧世界の物語に刻まれた魔名をもって、矮小なる自分を書き換えるのよ!


 着名せし化身は『ザントマン』――

 住まう暗黒物語世界は『砂男』!


 ……行きますわよ、

 ランドグリーズの効果発動ですわッ!」



「まずいわ……!」


未知の領域効果によって、アマネちゃんのザントマンはユーアちゃんのランドグリーズに書き換えられてしまったらしい。


書き換えは召喚扱いになると言っていた。

ならば、発動する効果は一つ!


アマネちゃんは揚々と特殊効果を唱えた。


「《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》の召喚時発動効果サモン・エフェクト!召喚に成功したとき、自身の墓地から好きな数のスピリットを除外することができますわ!」


決闘礼装のモニターから、アマネちゃんが墓地に送ったカードの一覧を呼び出す。現在のアマネちゃんの墓地のカードは6枚、そのうちスピリットは……4枚!



《カスタード・プリンセス》

《ラ・抹茶ラテの女》

私立探偵プライベート・アイスクリーム》

《ペパーミント・ブラマンジェ》



「わたくしは《カスタード・プリンセス》を除く、3枚のスピリットを除外!これにより、ランドグリーズは戦死者の魂――エインヘリアルの加護を受けてBPをアップさせますわ!」


「アップするBPは1枚につき、500。

 これでランドグリーズのBPは――」



先攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《ローリーポーリー・トリニティ》

BP2100(+1000UP!)

=3100


領域効果:

[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]


後攻:アマネ・インヴォーカー

メインサークル:

《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》

BP2000(+1500UP!)

=3500



2000から500×3アップして、

BPは……3500!


「まるで、私とユーアちゃんの決闘デュエルの再現じゃない……!」


「当然ですわ。

 だって、わたくしも観ていましたもの」


「…………!」


そうだ。アマネちゃんは、入学当初から私と仲良くしてくれた友達で……あのチュートリアル決闘デュエルの最中、私が前世の記憶を取り戻す瞬間までずっと一緒にいたんだった。


あの日だって――


「ウルカ様と、ユーアの退学を賭けた決闘デュエル

 全てのキッカケは何を隠そう、この、わたくし……」


でしたわよね、ウルカ様――?

アマネちゃんはとろけるように甘い声で囁いた。


「そう……だったわね」


侯爵令嬢ということで「学園」に入学した私にはすぐに取り巻きができた。彼女たちが内心では「偽りの救世主」である私のことを、どう思っていたかはわからないが――取り巻きの中でも一番に慕ってくれたのがアマネちゃんだったんだ。


あの頃の……前世の記憶を取り戻す前の私は、ユーアちゃんに対して嫌がらせばかりしていた。筆記用具を隠したり、上履きに画鋲を入れたり、足を引っかけたり……


「偽りの救世主」事件――

ゼノンの予言に記された『光の巫女』が到来する家系でありながら、予言に反して才能を持たずに生まれてきた、生まれながらの落伍者。


やり場の無い怒りと、口さがない者たちによる誹謗中傷に対する苦しみ――その全てを、本物の『光の巫女』であるユーアちゃんにぶつけて、逆恨みを繰り返していた頃のこと。


当時、アマネちゃんはこう云っていた。



----------------------------------

「寄生虫カードを、デッキに仕込むのはどうですの?」


「寄生虫……?

 《魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》のこと?」


「そうですわ!決闘デュエル中に引いたら、きっと、眼ん玉引っこ抜けるくらいに飛び出してビックリしますの!」


「そうねぇ……」


「聞いた話ですと、あの平民娘。

 虫のスピリットが大の苦手らしいですわ♪」


「……ふぅん。そう」


ウルカは冷たい目で舌打ちをした。


「気に入らないわね。いいわ、やりましょう」

----------------------------------



――そうだ。


あれが全ての始まり。


私がユーアちゃんの気を引いているあいだに、こっそりと忍び寄ったアマネちゃんがデッキに寄生虫カードを仕込んだ――それで虫嫌いのユーアちゃんの堪忍袋の緒が切れて、ゲームの冒頭であるチュートリアル決闘デュエルへと繋がる。


あの決闘デュエルの場にはアマネちゃんもいた。

だけど、私は――前世の記憶が戻ったばかりで混乱していて――そもそも、自分が転生したウルカ本人だという自覚も薄かった。ウルカを他人のように思っていた。


それからすぐに、アスマとの退学を賭けた決闘デュエルや、ダンジョンでの事件、イサマルくんとの戦いと――ばたばたしているうちに、すっかりアマネちゃんとも疎遠になってしまって……


「おっと。

 回想にひたるのはその辺まで、ですわ」


「……アマネちゃん!」


「今は「闇」の決闘デュエルの真っ最中。

 よそ見してると、眼ん玉引っこ抜きますわよぉ?」


そうだった……!

アマネちゃんを「闇」のカードから解放するためにも、勝たなきゃいけないんだ。


だけど、状況は劣勢――



先攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《ローリーポーリー・トリニティ》

BP2100(+1000UP!)

=3100


領域効果:

[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]


後攻:アマネ・インヴォーカー

メインサークル:

《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》

BP2000(+1500UP!)

=3500



私の《ローリーポーリー・トリニティ》では、墓地のスピリットによってパワーアップしたランドグリーズのBPには届かない。

このまま、バトルに突入したらダメージは確定……!



「……いや、まだ手段はあるわ」



よく考えてみたら、突破口があるかもしれない。


多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションによる領域効果の付与は『スピリット・キャスターズ』の戦術の中でも、最も強力な効果に位置するのは確かだ。

なぜなら、領域効果の付与はいかなるカード効果でも無効にできず、インタラプトによる介入もできず、さらに付与された領域効果を打ち消せるのは同じく別の領域効果を上書きする多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションだけ――


ただし、領域効果には弱点も存在する。


『スピリット・キャスターズ』の大原則、

領域効果はプレイヤーに対して平等に働くということ。


アマネちゃんは言っていた。


----------------------------------

この領域では――プレイヤーは手札が0枚のとき、互いのメイン・シークエンスに1度だけ……対戦相手となるプレイヤーの記憶から「物語」を引き出して、自身がコントロールするスピリットに被せて召喚できますの!

----------------------------------


ザントマンの効果によって、私の手札は0枚。

ならば、バトルに突入する前のメイン・シークエンス中の間ならば――私にだって、対戦相手であるアマネちゃんの記憶からスピリットを召喚できるはず!



「バトルの前に、私も領域効果を発動するわ――

 [夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]!」



私は右手をかざして、領域効果を宣言した!


「(アマネちゃんは、領域効果を発動する前に「丁半博打」と言っていた――きっと、対戦相手の記憶からどんなスピリットを引き出せるのかはランダム!)」


でも――


何もせずに手をこまねいていても仕方ない。

どうせバトルには負けるんだ。


だったら……ギャンブルでもした方がマシ。

溺れる者は、藁をもつかむッ!



――ところが。



……ゴトン、ゴトン、ゴトン、ゴトン……


列車は一定のリズムで揺れながら、線路を走る。

風景に変化はなく。列車が進路を変えることもなく。


「……え?ど、どうして?」


「うふふ。残念でしたわね、ウルカ様」


ですって?」


呆気にとられる私を尻目に、アマネちゃんはニヤついた。


「……わたくし、ウルカ様をずっと見ていましたのよ。

 本当に、よく頑張ってましたわね」


「アマネちゃんが、私を見てたの?」



「ええ。それが組織から与えられた任務でしたの。

 全部、全部、見ていましたわ。


 光の巫女との馴れ初めあのときも。


 学園最強との死闘あのときも。


 古代の遺産との邂逅あのときも。


 前世の親友との再会あのときも。


 男と男との矜恃の激突あのときも。


 双児の子との絆の萌芽あのときも。


 闇の魔術師との呪術戦あのときも。


 ウルカ様が見て、聞いて、感じて、

 触れて、味わって、嗅いだ、

 その物語を、その全てを、

 あますとこなく、記録してきましたわ」




でも、ね――と、アマネちゃんは呟く。




「この領域効果がウルカ様を助けることは無い。


 わたくしの力は、対戦相手の記憶に作用するもの。

 記憶から物語を引き出してスピリットへ変える。


 


 うふふ、そんなの無理無理♪


 だって――

 わたくしには、物語なんて、ありませんもの。ね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る