私欲恋理の最終回!廻想列車、出発進行!(ユーアからウルカへ)
ゴトン……ゴトン……
「んっ……」
心地いい揺れの中、私はまどろみに落ちていた。
ふわふわと漂う意識……
ふと、甘い匂いが鼻をくすぐる。
目を開けると、まぶしい光が差し込んできた。
「ふわぁ……って」
――ここ、どこ?
プワァーン、と汽笛が鳴り響く。
いつの間にか、私は列車の中にいた。
ふかふかの椅子に、よく磨かれた窓。
列車の車窓から見えるのは――宇宙。
う、宇宙!?
「ウソでしょ……!?
まさか、これって……!」
まるで天の川のように、
天空に光る星々がミルキーウェイの銀河を描く。
「(私はついさっきまで、物置にいたはず!)」
以前にも見たことがある……現実の空間に仮想の領域を上書きする「仮想空間転移」――『スピリット・キャスターズ』の頂点に立つ戦術、特別なスペルカードである「フィールドスペル」だけが実現できる「多層世界拡張魔術」――それも、上書き前の面積をはるかに超える、広大な空間領域の拡張……!
「だけど……
これはフィールドスペルによるものじゃないわ!」
窓の外の宇宙空間――黒い、暗い見渡すかぎりの暗幕世界に、ぼろきれをまとったスピリットが現れて、列車の天井方向へと消えていった。
あれは、アマネちゃんの
「……上ね!」
車両を進むと、展望席へと通じる階段が見つかった。
階段を登り、私は対戦相手と対峙する。
「うふふ、ようこそ。
わたくしの支配する領域へ」
「これが……アマネちゃんの仮想領域」
銀河鉄道は空を往く。
星と星を繋ぐ線路を頼りに、宇宙を走るのはお菓子で出来た列車だった。バウムクーヘンの煙突に、ドーナツの車輪。窓は飴細工でこしらえられている。クッキーのエンブレムに、クリームとチョコレートでデコレーションされたケーキの車体。
「そういうことね……!
やっと、理解したわ」
《Final Act『
「闇」のカードの恐ろしさの正体を!
「ダーク・スピリットの力。それはフィールドスペルを用いずとも、フィールドに領域効果を付与することができる――さながら、そのスピリットは特殊効果としてフィールドスペルそのものを内蔵しているのね!?」
車体の上面に設置された展望席――
窓もなく、眼前の星空を一望できる場所にて。
アマネちゃんは首肯し、
両手をいっぱいに広げて宣言した。
「
[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]!」
果たして領域は完成する。
それ単体で宇宙の卵とも言える、広大な仮想領域が――!
先攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《ローリーポーリー・トリニティ》
BP2100(+1000UP!)
=3100
領域効果:
[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]
後攻:アマネ・インヴォーカー
メインサークル:
《「
BP0
――視界に広がる景色はまるでSF映画のよう。
けれども、なんだか不思議な感じだった。
「……宇宙なのに、重力はあるのね。
それに、ここは窓もないのに……息ができるわ」
「わたくしの宇宙ですもの。
物理法則も、大気も、みんな自由自在ですわ」
「アマネちゃんの宇宙……」
たぶん、ジャンルはSFではないんだ。
どちらかというと、メルヘェン――
「(――考えてみれば、当然よね)」
「お菓子の列車」なんて魔法以外ではありえないもの。
あの不気味なスピリットが生み出した夢の世界……!
《カスタード・プリンセス》を生贄にして現れた魔物。
「――――ザント、マン?」
……ちょっと待って。
ザントマンっていうのは、たしか欧州に伝わる精霊の名だ。
民間伝承における有名な精霊であり、人間の目に魔法の砂をかけることで眠りへといざなうという、夢幻の誘惑者。
『サンドマン』はこの伝承に着想を受けた物語で、ニール・ゲイマンの名を世に知らしめたグラフィック・ノベル(※)の代表作だ。
(※)アメリカン・コミックのジャンルの一つ
「そうよ、サンドマン――ドイツ語読みではザントマンと呼ばれる精霊は――本来は人の目に砂をかけることで目を開けさせられなくして、眠らせる力を持つ、いわば「夢をもたらす者」のはず。でも……」
アマネちゃんはこんな言葉を口にしていた。
「甘き夢に終わりを告げる者って言ってたわよね。
それって、どういうこと?」
☆☆☆
「ここはアマネさんの宇宙であると同時に――
ウルカとアマネのやり取りを観劇している青年がいた。
「学園」の演劇部に属する三年生、サカシマ・マスカレイド――しかして、それは世を欺き世界を嘲笑う仮初の配役に過ぎない。
青年を闇の瘴気が包む込む――
歯車の仮面を被り、黒衣のマント姿へと変身する。
”ドロッセルマイヤー”
超・幻想機関「
出典は『くるみ割り人形とねずみの王様』――
神理の金属細工師、ドロッセルマイヤー。
ドロッセルマイヤーは「闇」のエレメントによって得た超人的な身体能力によって、上半身を動かさないまま脚だけの動きで線路を走り、列車へと飛び乗った。
お菓子の列車の先頭車両では、
車両の上の展望席でウルカとアマネが対峙している。
後部車両の食堂車に入ると、ドロッセルマイヤーは魔法のオペラグラスを取り出した。レンズに目を向けると、遠く離れた先頭車両での
特等席にて、ドロッセルマイヤーは語りだす。
手にあるのは旧世界の遺物である、一冊の本だ。
「ホフマンの『砂男』に登場するザントマンは、伝承からはかけ離れた恐るべきモンスターです。目玉をよこせ、目玉をよこせ、目玉をよこせ……青年ナターナエルの記した手紙に登場する怪人物ザントマン――彼はその正体を、幼少の頃に恐れていた老弁護士コッペリウスだと信じていました。愛するクララは、それを自我の幻影がもたらした妄想だと断じます。果たして、ナターナエルの眠りを妨げるのは何者なのか……?」
ドロッセルマイヤーは本を閉じた。
「夢にはいつか終わりが来る。その先にある現実が健やかなものかどうかは――その人次第。忘れてはならないのは、夢とは現実の投影に過ぎないということ。現実の記憶を再構成して、再構築されたものこそが夢の正体。この宇宙がザントマンの生み出した夢幻の檻だとするのなら――夢の囚人たるウルカ・メサイアに襲いかかる脅威とは、すなわち彼女自身の記憶が生み出した怪物になるのです」
青年の前にはティーカップが置かれている。
ほかほかと湯気を立てる紅茶に、
さらさらと落ちる砂糖を一杯。
優雅な食堂車にて――
ドロッセルマイヤーは観劇の準備を整えた。
「――さて。これは第一幕にして最終幕。
できれば、刺劇的な最終回となるといいのですが」
☆☆☆
展望席にて――
アマネちゃんは効果の発動を宣言した!
「ザントマンの特殊効果、発動ですわ!
メメント・インセプション――!
メイン・シークエンスに1度、わたくしは手札をすべて捨てることができる……そして、この効果が発動したのがわたくしのターンならば、捨てた枚数と同じ枚数のカードをウルカ様にも捨てていただきますの!」
なっ……な、なんですって!?
「アマネちゃんが捨てた枚数と同じ、ということは」
「わたくしは5枚のカードを墓地に送りますわ。
さぁさぁ、ウルカ様も5枚まで捨ててくださいまし!」
「くっ……!」
私の手札はちょうど5枚だ。
つまり、すべてのカードを捨てなければならない!
《「
魔の瞳がもたらす魔力により、アマネちゃんと私の手札は全て墓地に送られた。
「いきなり手札を全ハンデスするなんて……!」
ハンデス――
ハンド・デストラクションの略である。
カードゲームでは、このように手札を破壊する効果もよくあること、だけれど――1ターン目から全ての手札を捨てる効果なんて、よくあってたまるものですか!
「(でも……おかしいわね)」
私は決闘礼装のモニターから盤面を確認した。
先攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《ローリーポーリー・トリニティ》
BP2100(+1000UP!)
=3100
領域効果:
[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]
後攻:アマネ・インヴォーカー
メインサークル:
《「
BP0
うん、やっぱり……!
アマネちゃんの場にいるザントマンのBPはゼロ……ここで私の手札を破壊したとしても、自分の手札まで全てを墓地に送ってしまっては、私のスピリットに対して打つ手が無いはず。
無策はありえない。
となると、狙いは墓地に送ったカードの発動?
あるいは、ザントマンには更なる効果があるの?
私が思案していると――
「うふふ。ここで、わたくしは領域効果を発動しますわ!」
「領域効果ッ!なるほど、そういうことね……!」
アマネちゃんが動き出す。
ザントマンによってこのフィールドに付与された領域効果――[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]を駆動させる。
「一体、どんな効果が……って、えぇ!?」
お菓子の列車が汽笛を鳴らした。
線路の先には巨大なプリンで出来た惑星が見える。
列車はどんどん加速していく!
「もしかして、あの惑星に突っ込むの!?」
「吉と出るか、凶と出るか……!
丁半博打の始まりですわ~!」
ば、博打ですってぇ!?
よくわからないけれど……。
ふわんふわんのプリン惑星。
カラメルソースの海が広がり、生クリームの雲が浮かんでいる。
列車の速度が減速する様子は無い。
このまま……突っ込む!
「…………!」
衝撃に備える……が、いつまで経っても衝撃はやってこない。
おそるおそる、目を開けると。
「……え?ど、どういうことなの?」
ここは――列車の上の展望席じゃない。
ひたすらに高い天井。
豪奢なシャンデリアが頭上に輝く。
鮮やかな金と紅の装飾に染まる空間――
忘れもしない。ここは「学園」の大広間だ。
そこに、凛とした声が響いた。
「ユーア・ランドスターが宣誓します!
えっと……条件は、ウルカ様に合意です。
もしも私が勝ったなら――
ウルカ様には「学園」から退学してもらいます!」
栗色のミディアムロングは、
ふんわりとした癖っ毛気味の天然パーマ。
くりくりとした丸い瞳に、
細っこくて華奢な体躯――
それでも、目に宿る意志は誰よりも強い。
乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』の主人公であり、この世界でただ一人だけ「光」のエレメントを操ることができる『光の巫女』――
この世界で出来た、私の大切な友達。
「ユーア……ちゃん?」
ユーア・ランドスター……
そこにいたのはユーアちゃんだった。
この大広間で、私がユーアちゃんと対峙している。
「これって、もしかして……」
そう、これは全ての始まりの再演だ。
『デュエル・マニアクス』のチュートリアル・イベント――悪役令嬢ウルカ・メサイアにとっては、破滅が約束された必敗の
入学当初からユーアちゃんに嫌がらせを続けていたウルカは、彼女のデッキに寄生虫のカードを仕込んだことでとうとう怒りに触れて――売り言葉に買い言葉、結局は互いに「退学」を賭けた
ユーアちゃんは、敵意に満ちた目で私をにらむ。
やめて――そんな目で、私を見ないで!
「ユーアちゃん……!」
私を冷たい眼差しで一瞥すると、彼女は云う。
「”それは光り輝く存在で、太陽よりも美しい”――」
「それはっ……その、口上は――」
フィールドに「光」が降臨する。
それは、原初の宇宙にて光り輝けるもの。
それは、太陽よりも激しい激情を力とするもの。
戦死者の魂を永遠の戦場へと導く、天より遣わされし裁きの御使い。
ユーア・ランドスターのエース・スピリットにして――
悪役令嬢ウルカ・メサイアに裁定を下す、破滅の未来の象徴!
「導いて――!
《戦慄のワルキューレ
先攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《ローリーポーリー・トリニティ》
BP2100(+1000UP!)
=3100
領域効果:
[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]
後攻:アマネ・インヴォーカー
メインサークル:
《戦慄のワルキューレ
BP2000
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