第Ⅰ章[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]

新たなる決闘伝説!

「この私が、退学ですって!?」


足元がガラガラと崩れるような感覚。

どうして、こんなことに?


手元の「」に目を落とす。


カードをセットすることで精霊を実体化させる特殊な魔術礼装――私の「それ」は煌めく宝石がはめこまれた腕輪の形をしている。


私は腕輪型の決闘礼装を見つめた。


「これが、私……?」


ピッカピカに輝く銀の腕輪に映るのは、美人ではあるものの、ちょっとだけ目つきが悪い少女の顔だ。瞳の色はきりりとしたツリ目のエメラルド、青紫色のロングヘア―はぐるんぐるんに巻かれたお嬢様らしい縦ロール、それに品のある「学園」の制服に抑えられながらも主張をする大きめの胸元バスト……。


間違いない。

これは乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』のチュートリアルに登場する悪役令嬢、ウルカ・メサイアだ。


「(思い出したわ。平凡なオタクだったはずの私は、気づいたら乙女ゲームの世界に転生していた……そうよ、それに、このゲームはたしか……!)」



そこに「平民の少女」の声が響く。


「ウルカ様は、退学を賭けた決闘デュエルに敗北しました。

 事前に決めた約束です――退学してください!」


「ユーアちゃん?で、でも私は……」



そこに「許嫁の王子」の声が響く。


「おいおい……往生際が悪いねぇ、ウルカ?

 賭けアンティは絶対。それが決闘者デュエリストのルールじゃあないか」


「アスマまで……!?

 ちょっと待って、どうして今更……!」



『デュエル・マニアクス』――

これは、ただの乙女ゲームじゃない。


舞台となるのは王立決闘学院アカデミー

カードを使って精霊を操る魔法――カードゲーム『スピリット・キャスターズ』を学ぶ生徒たちが集まる「学園」であり、決闘者デュエリストを養成するための貴族の学び舎だ。


私が転生した悪役令嬢――ウルカ・メサイアは、平民でありながらも光魔法の使い手である『光の巫女』ユーア・ランドスターを憎み、彼女を「学園」から追放するためにアンティ決闘デュエルを仕掛けたのだ。



これは乙女ゲームのチュートリアルである――



プレイヤーの分身である主人公がカードゲームのルールを学ぶための決闘デュエル、それは主人公であるユーアちゃんにとっては勝利が約束されたゲームであり、悪役令嬢に転生してしまった私にとっては敗北が……破滅が約束された戦いだった。


「(でも、私は運命を変えたはず。ユーアちゃんだけじゃない、婚約者のアスマや、聖決闘会長のイサマルくんとの決闘デュエルだって……!)」


私はいつだって、破滅の未来を乗り越えてきた。

敗北を勝利に変えて……


本来は敵対するはずだった、

ユーアちゃんとも友達になれたのに!


こんなの、悪い夢よ。

そう……悪い……夢……。


もしかして。



「……これは、夢なの?」



☆☆☆



「うふふ。お目覚めかしら、ウルカ様?」


「……ここは?」


目覚めると、寂れた倉庫のような場所にいた。


――思い出した。


「学園」のはずれにある物置――以前に聖決闘会の手伝いで「学園」中を掃除したときに、掃除用具を取りに来たことがある。


「(そして、この子は……)」


目の前にいるのは――私よりも淡い色合いの紫色で、私よりも短めのボブヘアーを縦巻きにした少女だった。


この少女には見覚えがある。


「学園」に入学したばかりの頃には仲が良かった、ウルカにとっては取り巻きの生徒の一人だった少女――!


「アマネちゃん!」


アマネ・インヴォーカー。

ウルカと同学年で、同じく貴族の令嬢だった子だ。


アマネちゃんは「おほほ」と高飛車に笑った。


「寝起きのあまり、すっかり寝ぼけてるようですわね?ぼーっとしてると、眼ん玉引っこ抜きますわよぉ?今、ウルカ様は……わたくしの手の内にいるのですから」


「……何よ、これ!?」


身体の自由が効かない。

粗末な椅子に座った状態で私は縛られている!


――だんだんと頭がはっきりしてきた。


一学期が終わって夏休みに入った頃のこと。

アマネちゃんから、お茶会の誘いがあったんだった!


転生前の記憶を思い出してから疎遠になっていたので――正直、アマネちゃんの誘いは嬉しかった。


そういうわけで、私は何も警戒せずに庭園に来て、アマネちゃんの手作り☆絶品お菓子に舌鼓を打っていた、のだが……!


気づくと、私は意識を失っていた。

ということは、まさか……!?


「もしかして……

 アマネちゃんのお菓子に睡眠薬が入っていたの!?」


「え。す、睡眠薬ですの?」


アマネちゃんは「ぽかん」と口に手を当てる。


「……違うの?」


「そ、そんな、いやらしい真似はしませんわーっ!?それに、睡眠薬なんて入れたら……せっかくのスイーツの味が台無しになるかもしれないですもの!」


「うふふ。アマネちゃん、お菓子には相変わらず真剣なのね。でも、こういうのって普通は睡眠薬を盛ったりするものじゃないの?」


「睡眠薬なんて必要ありませんわ。お砂糖がたっぷり入った甘々のスイーツを、ウルカ様はお腹いっぱいになるまでパクパク食べてましたもの――晩ごはんも入らないくらいにね――あとはポカポカ陽気も手伝って、高まった血糖値がぎゅーんとスパイク!

 あっという間に眠りの世界にご招待ですわ!」


「くっ、そういうことだったのね……!」


マカロン、チョコレート、クッキー、

フルーツゼリー、ティラミス、ロールケーキ、

ババロア、アップルパイ、フォンダンショコラ……


スイーツバイキング顔負けの充実したラインナップに、

まんまと「ドカ食いダイスキ!ウルカさま」にされてしまった……!


「あるのが……あるのが、いけないわよ!」


「……あの、これは、忠告ですけど。

 ウルカ様は糖質を気にした方がいいですわ」


――ま、まぁそれはおいといて。


「アマネちゃん、私を縛ったりしてどういうつもり?」


「よくぞ聞いてくれました。ウルカ様には……

 わたくしの自動人形オリンピアになっていただきますわ!」


アマネちゃんは一枚のカードを取り出した。

不気味な目玉だらけの怪物が描かれたカード――そこには紫色の邪悪なオーラが宿っているのがわかる!


――あれは……「闇」のカード!?


「アマネちゃん、まさか……

 あなた、「闇」の決闘者デュエリストになってしまったの!?」


アマネちゃんは制服のスカートをつまみ、一礼する。



「うふふ、その、まさかですわ!

 自己紹介しましょう!


 超・幻想機関『堕ちたる創作論イディオット・フェアリーテイル

 「ホフマン物語」部門セクター・ホフマンユニバース B クラスエージェント、

 ”ザントマン”。


 それが、わたくしのコードネームですの!」



――『堕ちたる創作論イディオット・フェアリーテイル』!


間違いない。

イサマルくんが言っていた「闇」の勢力の名だ。


乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』において、主人公である『光の巫女』と敵対し、世界の終末を望む、漆黒の決闘者デュエリスト集団……!


「アマネちゃんが『堕ちたる創作論イディオット・フェアリーテイル』だったなんて……!」



いよいよ、「闇」の侵攻が始まってしまったのだ。



アマネちゃんが手にしたカードからは闇の瘴気があふれて、物置の中に充満していく――これは、イサマルくんからも聞いている――おそらくは、外部から隔絶した空間を作り出す結界魔法なのだろう。


「(「闇」の決闘デュエル……!プレイヤーへのダメージが実体化し、敗者はカードに魂を封印されてしまう戦い。そんな戦いを、アマネちゃんとしなきゃいけないなんて……!)」


私は「旧校舎」で起きた事件を思い出した。

初めて体験した「闇」の決闘デュエルの凄惨な記憶……

思い返すたびに、嫌な汗が流れる。


アマネちゃんとあんな決闘デュエルはしたくない……!



「大丈夫だよ、マスター。

 あの時みたいにはならない、アマネとの決闘デュエルでは」


「……!シオンちゃん」



腕に装着していた決闘礼装が光り、

カードからスピリットが実体化した。


美しい銀髪をたなびかせた、絶世の美少女。

その全身はメカニカルなボディスーツで覆われている。


《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》――

以前に『ダンジョン』の奥で出会った、知性を持つ特別なスピリット。


今では「シオン・アル・ラーゼス」という名を名乗り、私の専属メイドをしてくれている女の子――決闘デュエルでは私の大切な相棒でもある。


異端のスピリットは闇の瘴気の只中に降り立つ。

シオンちゃん――ザイオンXは云った。


「シァン・クーファンの時とは違う。敗北してもカードに封印されるわけじゃないし、ダメージの実体化も「旧校舎」の時ほどじゃないはず。アマネは「闇」の力を自由にコントロールしてるわけじゃないみたい……むしろアマネが操られてる、カードの力によって」


彼女はアマネちゃんが手にしたカードを指す。

そこには《ザントマン》と書かれている――


「あの《ザントマン》というスピリットのカードが、アマネちゃんを操っているのね。ということは、もしかして――決闘デュエルに勝ったら、あの子をカードから解放できるのかしら?」


「肯定する。助けよう、アマネを。

 マスターの……友達を」


「……ええ!」


シオンちゃんが椅子の縄をほどいてくれた。

私は腕輪型の決闘礼装を構える。



アマネちゃんも決闘礼装を構えた。


色とりどりの液体が浮かぶガラス球――

彼女の専用決闘礼装――

晴雨計型決闘礼装『コッペリウス』である。



決闘デュエルよ、アマネちゃん!」


私が勝ったならアマネちゃんは「闇」から解放される。

ということは、裏を返せば……


「もしも敗北したら、

 私が「闇」の力に操られる、ってことね……!」


「闇」に魅入られたアマネちゃんが応えた。


「そのとおりですの!

 ウルカ様はわたくしの人形になるのよ――」


「人形、ですって?」


アマネちゃんは吐き捨てるように言う。



「みんながんばれ、ガンガンいこうぜ、

 いのちだいじに、

 じゅもんつかうな、じゅもんせつやく……


 そんな選択肢は、もうたくさんですわ。

 見てるだけじゃ始まらないっ!


 わたくしの望みは、ただ一つ――」



紫色の瘴気が、一段と濃くなった。

アマネちゃんは決闘礼装の盤面を展開して、叫ぶ。



ッ!

 ウルカ様の物語は、わたくし自身が描くのよ!」


「残念だけど、そうはいかないわ……」


私も腕輪型決闘礼装『メーテルリンク』を展開した。


メインサークルと二つのサイドサークル――

三つの召喚陣が輪となって空間に投影される。



「この世界の主人公は、ユーアちゃんでも。

 私の物語の主人公は、私自身――」



私には、

ゲームの主人公であるユーアちゃんみたいに、光のスピリットのような特別な存在を操る力があったりしない。


ゲームの攻略対象である幼馴染のアスマみたいに、ありあまる運命力で奇跡を起こしてフォーチュン・ドローをすることだってできない。



それでも――



前世で大好きだった、カードゲームアニメの知識と。

この世界で心を通じ合えた、大切な仲間たちとの絆で。


私が信じる物語の――私が誇れる主人公になる。



「(そうよ……アマネちゃんは私の友達。友達を見捨てることなんて……私が好きだったカードゲームアニメの主人公だったら、絶対にしないわっ!)」



『スピリット・キャスターズ』の幕が開く。

プレイヤーはメインサークルにスピリットを召喚する!



「ファースト・スピリット、

 《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》!」


「ファースト・スピリット、

 《カスタード・プリンセス》を召喚ですわ!」



――これで全ての準備は整った。


ウルカ・メサイアとアマネ・インヴォーカー、

二人の決闘者デュエリストが対峙する。




先攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》

BP1500


後攻:アマネ・インヴォーカー

メインサークル:

《カスタード・プリンセス》

BP1100




一方に召喚されたのは超科学の錬金戦士――

《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》


一方に召喚されたのはお菓子の国のお姫様――

《カスタード・プリンセス》



決闘者デュエリストは相棒となるファースト・スピリットに頷く。

やがて、互いのアンティを宣誓した。



「ウルカ・メサイアが宣誓するわ!

 私が決闘デュエルの勝者となった暁には――


 アマネちゃんを解放しなさい!」



「アマネ・インヴォーカーが宣誓しますの!

 わたくしが勝ったら――


 ウルカ様は、わたくしのお人形さんになって?」



これよりアンティ決闘デュエルが開幕する。


精霊は汝の元に、

牙なき身の爪牙となり、

いざ我らの前へ――


決闘者デュエリストは、互いのプライドをカードに宿す!



二輪のたおやかな少女の声が一つとなりて調和した。



「「――――決闘デュエル!」」

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