環境最強ランキング【Tier3編】

寮の自室に戻った私は――

イサマルくんが目覚めたことをユーアちゃんに伝えた。


「というわけで、かくかくしかじかなのよ」


「うっうーうまうまですか。なるほど。

 イサマルさんが無事で、何よりです!」


「本当にね……もう、裏技はこりごりだわ」


「あ、あのときは私もテンションが上がってしまって……反省してます!やっぱり、カードを増やしたりするのは……ダメです!」


肝試し大会の後、ユーアちゃんにはコトの経緯を全て話してある。私がカードを増やしたことで、銀毛九尾の封印を解いてしまい乗っ取られていた件――イサマルくんが前の世界での親友であるしのぶちゃんだったこと、この世界は私の世界のはるか未来であり、転生してこの時代で生まれ変わったらしいということ……。


「(……とはいえ。

 転生、といっても……私はいつ死んだのかしら?)」


『デュエル・マニアクス』のチュートリアル……

それが、私が覚えている最期の記憶だ。


「(イサマルくんから聞いた話だと――ここでは無い惑星、かつての地球は大規模な戦争によって滅んだ――という記録が「旧校舎」の研究所にあったらしいけど)」


「ウルカ様。……ウルカ様っ!」


ユーアちゃんに呼びかけられて、思考を打ち切った。


「あら、ごめんなさい。

 少しだけ考え事をしていたわ」


「そのう……私やシオンちゃんと一緒に回収した、大量の《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》についてはどうなったんですか?」


「……あれについては、

 イサマルくんに処理を一任することにしたの」


イサマルくんが眠っている間にあった出来事。


私を乗っ取った銀毛九尾は「旧校舎」での肝試し以前にも、私に気づかれないように意識を乗っ取っていたことがあったらしい。私の身体を利用して、自身の分身となるカードを複製しては「学園」周辺のいたるところに隠していたのだ……!


「あのカードはイスカの「六門魔導」を修めた人――精霊縛術の使い手でない者が決闘デュエルで使ったら、身体を乗っ取られてしまう可能性がある危険な代物よ。カードの形を取っているから決闘礼装の波動障壁バリアーも通用しないし」


だから、餅は餅屋ということで。

ひとまずはイサマルくんに預けることにしたのだ。


イサマルくんは始原魔術の専門家ですものね。


「銀毛九尾だけでデッキが作れるくらいの束になってたから――お見舞いのついでに渡したときには、イサマルくんもびっくりして目を白黒してたわ」


「でも、誰かが見つける前に回収できて良かったです。

 これもシオンちゃんのおかげですね!」


「……ええ。そうね」


シオンちゃんには、銀毛九尾のカードを探知する力があった。

あの子のおかげで全てのカードを回収できた……。


ただし、引っかかることがある。


「(どうして……そんな力があるのかしら?)」


箱中の失楽パンドラ・ボックス》の中で見た銀毛九尾の真の姿、シァン・クーファンは――身体こそ大人びて成長していたけれど、顔はシオンちゃんに瓜二つだった。


それだけじゃない。

「闇」の決闘デュエルで銀毛九尾はこんなことを言ってた――



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「この世で最も貴き遺伝子ゲノムを分けた――

 最初期に鋳造された奉仕種族スピリットよ」


錬成ユニゾンとは、わらわが作ったもの。

 生みの親たる……わらわが使えぬ道理などないわ!」

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ザイオンテックジャパンCEO、シァン・クーファン――かつての世界で、しのぶちゃんの会社のトップにいた女性。

シオンちゃんは彼女と無関係じゃないはず。


「(……でも。そのことを聞いても、シオンちゃんはごまかすばかり)」


「ウルカ様?どうかしましたか?」


「ええ、なんでもないわ」


――ユーアちゃんには、このことは言えなかった。

なんとなく、切り出すのが怖かったのだ。


「ねぇ、ユーアちゃん。

 ……シオンちゃんのことなんだけど」


「ウルカ様も、お気づきでした?」


「えっ」


「シオンちゃん、元気ありませんよね。……やっぱり、メルクリエさんがいなくなってしまったことがショックだったんだと思います」


「そう……なの?」


全然、気づかなかった……。


シオンちゃんは表情をつくるのが苦手なのか、いつも無表情で……私の身の回りの世話をしてくれているときも、これまでと変わらない様子だとばかり。


ユーアちゃんは神妙に云った。


「シオンちゃんはメイドさんの仕事をする上での先輩として、メルクリエさんをとっても慕ってましたから。お料理や家事を学ぶために、何度もメルクリエさんの元に通うシオンちゃんを見てました。そんなメルクリエさんが……あんなに優しかった人が「闇」の決闘者デュエリストで、しかも、何も言わずに「学園」を去ってしまうなんて……」


そこで、ユーアちゃんは「あっ」と口を抑えた。


「す、すみません。ショックなのはウルカ様も同じですよね。ウルカ様にとってのメルクリエさんは、ずっと一緒にいた親代わりみたいなもので……なのに、私なんかが知ったような口を!」


「いいのよ。

 それよりも……ユーアちゃんは本当に優しい子ね」


私が気づけなかったシオンちゃんの心情に寄り添って、当たり前みたいに他人を思いやることができる。


これまでも、必死になって一緒に戦ってくれた……かけがえのない仲間である、シオンちゃんを……あろうことか、疑ったりするような私とは大違い。


「(シオンちゃんの隠し事は、今に始まったことじゃないものね。きっと、時期が来れば……私たちに話してくれるはずだわ)」


ユーア・ランドスター。

乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』の主人公。


この世界の元になったのは、間違いなく彼女が恋をするための恋愛シミュレーションゲーム――そりゃあ、こんな良い子だったらモテるわけよね!


「……あっ」


そういえば、イサマルくんが言ってたじゃないか。

ユーアちゃんは私の、ウルカの実の妹なんだって。


私はあらためてユーアちゃんをまじまじと見た。


くりくりとした丸っこい瞳。

全体的に小動物じみた愛らしい印象……



こ、これが……私の、妹!



「うふふ、どうりで可愛いわけだわっ!」


「ウ、ウルカ様ッ!?」


栗色のセミロングをわしゃわしゃとして、

ユーアちゃんの頭髪を撫でた。


「目に入れても痛くないとは、このことねぇ……」


「あ、あわわあわわわわわわわ」


あわあわと口をパクパクとしているのをいいことに、私は思いっきりユーアちゃんを撫でまわす。


「(私が姉だなんて言ったらビックリするかしら?)」


それでも――

前世では「」を満足に可愛がってあげられなかったものね。


――今度こそは、離さないわ!


ずっと近くにいた、私の家族を……!

思いっきり……全力で可愛がってあげる!


撫でまわしのスピードを一段階上げていく。



「うふふ、いい子、いい子ね~

 よしよし~よしよしよしよし~」


「と、溶けますっ!

 溶ける、溶けるぅ、とけ……ふゆぅ」



ぐったりと力が抜けたユーアちゃんがすっぽりと胸元にしなだれかかっても、私は猫可愛がりを辞めない――



「本機も要求。

 マスターに撫で撫でされる権利を行使する、

 本機もいい子だから」



そこに、ひょっこりとヘッドドレスを付けた銀髪がログインしてきた。

メイド服姿のシオンちゃんである。


――ちょうどよかったわ!


「(シオンちゃんだって、メルクリエがいなくなって、内心では傷ついてたんだから……!それをフォローするのはマスターとしての義務よ!)」


まぁ、マスターだなんて自覚は無いけれども。


私は腕まくりをする。(夏服だから袖はないけど)

さぁ、あなたたち、覚悟しなさい……ッ!



「ごめんなさいね、シオンちゃん~

 ほら、いい子いい子いい子~」


「機能……停止……

 移行するね……SleepModeに……」



「ユーアちゃんも油断したわね~

 逃がさないわよ~ほーらよしよしよしよし」


「(口から泡を吹く)」




王立決闘術学院アカデミー・非公式ヒーリング・タイム

勝者:ウルカ・メサイア

敗者:ユーア・ランドスター

   シオン・アル・ラーゼス



☆☆☆



――やはり、Tier3の鍵を握るのは「妹」!


望遠鏡を片手にアマネは生唾を吞み込んだ。


「予想通り、ウルカ環境のTier3はユーアで鉄板ですわね。シオンについては環境外か……あるいはヒロインレースには参加せずにユーウル(ユーア×ウルカ)のあいだに挟まることで特殊勝利を狙っているのか……それとも油断させておいて最終コーナーの大外から一気に攻めるつもりなのか……油断できませんわ!」




この事実――

一見して不利に見えるが――それは大いなる間違い!



「Tier1環境の解説でも書いたとおり、百合(女性同士の恋愛)において最強のアーキタイプは【幼馴染】……しかし、一説では【幼馴染】を凌駕する属性が存在するんですの!」



それこそが【姉妹】……!



精神的な繋がり――プラトニック・ラヴにおいては関係性の強さがそのまま強さへと変わる。そういう意味では【幼馴染】以上に【姉妹】は強キャラとなる。


「なにせ……同じ産道を通ってきたんですのよ!?」


これ以上に強い関係性があるだろうか、いや無いッ!

さ、最高ですわ~!『光の巫女』しか勝たんっ!



一方、イサマル環境では――


「あちらの環境の暫定Tier3はエル・ドメイン・ドリアード。こちらも(特に血は繋がってないですけれども)イサマルが姉を名乗っているので「妹」枠になってますわね。くぅ~、帰省してるからイベントが起きないのが残念ですわ!なんとか連れ戻せないかしらーっ!?」


あれ。というか、あれあれあれ?


「帰省している、ということは……エルは実の弟のウィンドと二人っきり!?」


きゃーーーっ!

【姉弟】!それも【双子】ッ!?


「ヤバいって!これはエル環境も作らなきゃいけないんですの……?し、紙幅がいくらあっても足りませんわぁ。う、うふふふふふ」



目が。目が、欲しい。


この望遠鏡を手にしている目だけでは――

偵察に出している《カスタード・プリンセス》だけでは、目が足りない!



嗚呼――目玉を、

目玉を、目玉を、

目玉を、目玉を、

目玉を、目玉を、

目玉を、目玉をよこせっ!



両の瞳が黒く染まる。

ぽっかりと空いた眼窩から瘴気があふれ出す。


紫色の瘴気は徐々に形を作っていく。


灰色のぼろきれをまとった丸いシルエット。

そこから無数の望遠鏡が突き出した。


一つ、一つの望遠鏡の先には目玉が生えている。


「闇」の精霊スピリットが這いずるたびに、

さらさら、さらさらと砂がこぼれ落ちた。


ぼろの隙間から見えるのは木製の体躯。

木の人形はまわる、まわる――



「う、うふふ、うふふふふふ」


晴雨計型の決闘礼装――そのガラス球に映る鏡面の世界で、アマネは「闇」のエレメントに包まれて、傍らには異形のスピリットを顕現させていた。


「――観劇のさなかに、申し訳ありません」


「…………っ!?」


突然、声をかけられる。

アマネが振り向くと――そこには一人の生徒がいた。


アンダーリムの眼鏡をかけた、理知的な印象の青年だ。

舞台映えするスラリとした長身のシルエットに、

すっきりとしたセンター分けのヘアスタイル。


この生徒には見覚えがある。


彼が「主演」を務める劇を何度も観てきたのだから。

ここに入学する、ずっと前から!


「学園」の三年生で演劇部の部長――

サカシマ・マスカレイド。


「サカシマ先輩……!」


「お話するのは、これが初めてですね。まさか、この私の名を覚えていただけているとは――感ですよ、アマネ・インヴォーカーさん」


「せ、先輩は有名人ですもの。

 むしろ……どうして、わたくしの名前を?」


「あなたは文芸部でしょう?演劇部はしばしば、文芸部にオリジナルの台本を卸してもらっていますからね。私も何度か顔を出しています――名前は、そのときに」


文芸部は定期的に部内で作品のコンペを実施している。


サカシマが言ったとおり――

コンペで優秀作となった小説は、たまに劇の台本へとアレンジして演劇部に提供することがあるのだ。


「(私の、作品は……入賞したことは無いけど)」


――それよりも。


もしかして……

わたくしがウルカ様を監視しているのを見られた!?


サカシマは仮面のような笑顔でニコリと笑う。


「今日は暑いですね……アマネさん。

 ずいぶんと汗をかいているようだ」


そのように云いながらも、本人は汗一つかいていない。


まるで台本を読み合わせる練習であるかのように――

そこには一切の感情が読み取れなかった。


「(もしも、見られたなら……!メルクリエ先生からいただいた「あのカード」で口封じしないと……!)」


決闘礼装に手をかける――と。





その瞬間、サカシマから瘴気が漏れ出した。

アマネがまとう「闇」のエレメントと同質のオーラ――だが、その質も、量も、アマネとは比較にならないほどに濃い。


まさか――


ガラス球の表面に映る鏡の世界の中で、

サカシマの顔の半分を歯車で構成された仮面が覆った。


「あなたは……ドロッセルマイヤー様!」


統括補佐を務めるA クラスエージェント!

――サカシマ先輩もわたくしと、同じ!


堕ちたる創作論イディオット・フェアリーテイルの一員……!」


「私たちの仮面には高度な認識阻害の魔術がかけられていますからね。ドロッセルマイヤーとしては顔を合わせていましたが……気づかなくても無理はありません」



サカシマ――否、ドロッセルマイヤーは語る。

己の組織が差し向ける、最初の刺客に対して。



「私もアマネさんと同じく、かつての旧世界に生きた幻想作家――エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマンの生み出した物語を創作化身アーヴァタールとして被る者。統括補佐として……刺客として選ばれた、あなたに質問があります」


神理の細工師は問いかける。



よ。

 汝の望む「最終回」は如何に?」


「わ、わたくしの望む「最終回」は――」



すでに形は決まっている。

これまでの物語を振り返ってテーマを手にしたから。


意を決して、己の創作論フェアリーテイルを口にする。




「ドネしの、と……ユーウル、ですわ!」




――数瞬、沈黙が支配した。


「……………?」


ドロッセルマイヤーは仮面を解除する。

ただのサカシマへと戻り……問いを重ねた。


「え、な、なんて……?」


「わたくしは、ずっと考えてましたの……!わたくしが望むのは肉体というくびきから解放された恋愛物語ラブ・ストーリーなのだと!」


すなわち――非性的プラトニック純粋プリミティブな愛こそ至高!


「だからっ!男の子であるイサマルは、同じ男の子であるドネイトと――女の子であるウルカ様は、同じ女の子であるユーアと結ばれてもらいますの!」


「は……はぁ。

 それが、あなたの考える理想の終わりだと?」


「当然ッ!ですわっ!」


「……当然では、無いです。

 その創作論フェアリーテイルには議論の余地があるかと」


「うふふ、聞く耳は持ちませんですの!」


これまでのTierランキングで、状況の整理は出来た。


ハート様から受諾したウルカ様たちの監視任務――これまでの彼女たちの物語を元に執筆したノンフィクションドキュメンタリー『まじっく☆クロニクル』もseason.1が終了した――だけど、もう耐えられない!


アマネは拳を振り上げる。



「いつまでも続く、甘ったるい恋の物語を――

 恋愛クソ雑魚乙女たちによる永遠の日常を――

 その果実が輝きを失い、腐り落ちるまで――


 見てるだけなんて、耐えられませんわっ!」



いつか、わたくしの作品を読む読者のためにも。

まだ瑞々しい恋のきらめきが残されているうちに――


この物語は可及的速やかに幕を引いてみせる!




「エターナルなんてまっぴら御免ッ!

 season.2は最初からクライマックス……!


 第一話で、第二部を終わらせてやりますのーっ!」




<『まじっく☆クロニクル』season.1 環境最強ランキング 了>

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