環境最強ランキング【Tier2(イサマル環境)編】

「……会長。

 無事に意識が、回復したとは……

 聞いていました、が。

 壮健の……ようで何より、です」


「ドネイトくんこそ元気そうやね。

 ほんまに良かった……」



精密検査を終えてすぐのこと。

保健室で過ごしていたウチのところに、ドネイトくんがやってきた。


慌てているのか、ドネイトくんは息を切らしている。

ずいぶんと心配をかけさせてしまったみたい。


「ウルカちゃんに聞いたけど、夏休みなのに帰省してなかったんやって?ええのん?ドネイトくんは一人っ子の長男坊なのに」


「会長が……しのぶ嬢が、目を覚ます……までは。「学園」を離れる気になりません、でした。お身体に、具合の悪いところは……ありません、でしたか?」


「おかげさまでな。2週間もぐっすり眠っとったから、むしろ身体の方はピンピンしとるで。それよりもキミたちには悪いことをしたわ」


ダンジョン『魔科精霊遺伝総研』――「旧校舎」を「学園」には内緒で探索するため、『ラウンズ』のマントがカギとなっている4Fの扉を開くために、聖決闘会カテドラルのメンバーを総動員して肝試し大会を企画した。


その結果が銀毛九尾の襲撃を招いて……


「失踪する前のミルストンくんは「旧校舎」に頻繁に出入りしてたのを目撃されとった。そして4Fの扉を守るように仕掛けられていたミルストンくんのスピリットや、あの子が仕掛けた詰め決闘デュエル――」


ミルストンくんが遺した遺産。

彼はどこからロストレガシーの知識を得ていたのか。


それを調べるためにウチらは動いた、けども……


「みんなを危険に晒した。ウチの失策やね」


「調査を進言したのは小生です。

 エル嬢やウィンド氏も、承諾……して、いました」


「それでも、や。キミたちの善意に甘えて……想定されるリスクを軽視して、敵を侮っとったのはウチやから」


そもそも、ドネイトくんたちがウチの言うことを聞かなきゃいけない理由なんて、もう無くなりつつある。


聖決闘会カテドラルの面々は、元々は「学園」を支配するためにウチが集めた集団だった。それはムーメルティアのザイオン社――プレジデント罪園からの指示の元、この世界に送り込まれたザイオン社員『天井桟敷の神官テクノ・プリースト』としての任務。


「せやけど、その仕事も終いや。プレジデント罪園はウチを騙してた。この世界はゲームなんかじゃない、ウチやウルカちゃんが生きとった世界の遠い未来やったんやし――ログアウトもクソもないわな。……あの世界には、ウチは帰れない」


「シァン・クーファンは……トライ・スピリットである銀毛九尾として、ずっと、この世界に……生き延びて、いました。プレジデント罪園は……シァン・クーファンの魂が転生した存在では……ありえません。彼女は、何者……なのでしょう?」


「顔が似とる以上は、少なくとも子孫やとは思うけども。あれ以来、ザイオン社とは一切連絡が取れへん。ウチ以外の『天井桟敷の神官テクノ・プリースト』についても、正体は謎や」


ともあれ、社畜稼業も潮時だろう。

事実上、クビにされたようなものなのだから。



「ウチな、聖決闘会カテドラルの会長を辞めようかと思うねん」



「……なぜ、ですか?」


「器じゃないやろ?「学園最強」になれたんも、聖決闘会戦挙を勝ち抜けたんも、ドネイトくんにおんぶに抱っこされて面倒を見てもらってたおかげやし。もちろん、みんなと縁を切るわけやないで?「学園」を支配する組織としての聖決闘会カテドラルは役目を終えた。後任は副会長――アスマくんを引き戻して任せようかなって」


聖決闘会カテドラルを辞めて……

 何か、やりたいことが……あるのですか?」


「……せやねぇ。ひとまずは、ウルカちゃんと協力して『光の巫女』――ユーアちゃんの支援に回ろうかなって思っとる。本来のシナリオよりも「闇」の侵攻が早まっとるのは事実や。これからの世界を守るための戦い……ウチの原作知識が、多少は役に立つこともあるかもしれへんし」


「承知、しました……では」


前髪で目を隠したまま、ドネイトくんはおずおずと切り出した。


を……お願い、します」


「……え?」


支払い?って、なんだっけ。


「欲しいものがあれば、なんでもすると。小生が望むのなら、なんでも見返りを与えると――会長はおっしゃっていましたね」


そういえば、そんなこともあった。

いつの間にか、何もしなくてもウチが望めばドネイトくんが助けてくれる……それが当たり前みたいになってたけど。


ドネイトくんが望む「見返り」……

っていうか。


「(なんか、近くない!?)」


いつもカーテンのように瞳を隠している水色の前髪は、いつの間にか分け目を変えて――ドネイトくんの、水晶玉みたいにきらきらとした眼がウチを覗き込んでいた。


ベッドの脇に座っていたドネイトくんは、こちらに身を乗り出している。

目と目がこれまでにないくらいに近づいていた。


ドキリ――以前にも感じた鼓動の乱れ。

あのとき、ドネイトくんは答えをはぐらかした。



『どうして、小生があなたに力を貸すのか』



ドネイトくんは云う。


「――しのぶ嬢」


「ドネイトくん、それなんだけどね。ほら、ウチは転生したイサマルくんなんやし。それがわかったからには、これからは『イサマル氏』でええよ?」


「しのぶ嬢では、いけませんか?」


「いけない……ってことはない、けど。うん」


ドネイトくんに、そう呼ばれるたびに、

胸にほんのりと、心地いい疼きが走る。


「……へ、へへ。しのぶ嬢でお願い」


「承知しました。それで、見返りについてなのですが」


「は、はいっ!」


いつも、顔を隠したがってるのはわかってたから……ドネイトくんの顔を、こうやってまじまじと見たことは無かったけど。


「(やっぱり乙女ゲームのキャラなんやね。非攻略対象とはいえ……)」


すっきりとした目鼻立ち。子供っぽさと大人の中間にある青年期の瑞々しさ。

アスマくんやジェラルドくん(それにウチ!)と比べても……遜色ないくらいに整った、きれいな顔をしている。


まるで、自分が乙女ゲームの主人公になったような錯覚を得た。

ゲームの中だけの、フィクションの中だけのドキドキ。


「(……って、何を変な勘違いをしとるんや、ウチは)」


そんなわけないよね。

だって、今のウチは男の子のイサマルくん。


ドネイトくんだって、同じ男の子なんだし……



「……ん?」



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「友達として、とか……親友として、とかじゃなく……女の子として好き。ずっと、好きだった。そういう目で見てた。気持ち悪いよね……こんなこと、言われても困るって思う。玉緒しのぶは、死ぬまで言えなかった。真由ちゃんが好きなの」

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「…………あれ?」



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「以前に、会長は小生にお尋ねになられていましたね。

 どうして、小生があなたに力を貸すのかと」

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「………………ウソやん」



どうして、気づけなかったんだろう。

推理が……謎が、解けてしまった。



……



じゃあ、ドネイトくんが「欲しいもの」って……!


「(あ、あ、ああーーーーっ!!!)」


「……しのぶ嬢?やはり、どこか悪いところでも」


「ありません!ぜんっぜん、問題、なし!」


「そうですか。では、お願いなのですが……」


「(ああーっ!ああーっ!ああーっ!)」


こ、これって……!ど、どうしよう。

なんでもするなんて、軽はずみに言っちゃって。


ご、ごめん真由ちゃん。

ウチ……もしかしたら、生まれて初めて告白されるのかも……!


「(いや、何に謝ってるんや、ウチは!?)」


失恋したばかりだと言うのに。

でも、心は正直で……ああ、でも高鳴りが抑えられない!


「しのぶ嬢……」


ドネイトくんは目と目を合わせて云った。




「会長を、続けてもらえないでしょうか?」




「はい、ふ、ふつつか者ですがよろしく……って、え?」


会長を――続けてほしいって?


「どうして?別にウチじゃなくても会長は務まるやろ?」


「どうして、ですか。その理由は……」


ウチが問うと、途端にドネイトくんは小さくなった。

いつの間にか前髪も戻って、目元が隠れている。


「ドネイトくん?」


「わ……わかりま、せん」


「それは……へへへ、意外な答えやね」


ドネイトくんにもわからないことがあるんだ。


「いつもみたいに、理路整然と理由を喋るのかと思ってたら……理由は無いんや?」


「ありません。でも、見返りです、から。会長は……約束、しましたよね?」


こうしてみると、やっぱりまだ高校生なんやね。


へへへ。

子供じみた問答に、緊張が解けて笑みがこぼれた。


「その理由、ウチにはわかる気がするよ」


「本当……です、か?」


ドネイトくんにマウントを取れる機会が来るとは。

そのことが気分よく、ウチは得意満面に言った。



?」



考えてみれば、そうだ。

ザイオン社とか『天井桟敷の神官テクノ・プリースト』とか「学園」の支配とかは関係なく――聖決闘会カテドラルは、とっくにウチらの居場所になってる。


ドネイトくんが許してくれるのなら――

ドネイトくんが手伝ってくれるのなら、


「(ウチに、断る理由なんてあらへんな)」


よしっ。こうなれば、仕切り直しだ。

ウチは保健室のベッドの上に立ち上がって宣言する。



「その見返り、支払うで。ウチは会長を続ける!

 新生・聖決闘会カテドラルは『光の巫女』を支援する、正義の組織へと再誕やっ!もちろん、「学園」の生徒たちのための活動も継続してな。エルちゃんとウィンドくんにも伝えとかないと。それと、ドネイトくん」



始原魔術の呪言を唱えて、ウチは扇子を出現させた。

いつもは見上げるばかりのドネイトくんを見下ろして、ウチは扇子を扇いで、けらけらと笑った。



「ドネイトくんには、これまで以上に働いてもらうで!

 危険に巻き込まれても、文句は言いっこ無し――


 作戦立案、お得意の推理、デッキ構築と大忙しや!


 ……なんせ、ほら。

 ウチはキミがいないと、ダメやから、ね」



「承知、しました。いずれも小生の得意分野。

 お任せください、会長……!」



ウチのゴーマンな物言いに、不満一つ漏らさないドネイトくん。

相変わらず、前髪で表情は隠れているけど。


口元はわずかに笑みをつくり、

声色が弾んでいるのを感じて、ウチも嬉しくなった。



「…………で、さっきのは」



ベッドの上での、ドキドキと……胸の高鳴りと。

ウチの、たぶん、的外れな推理は。



「(……ウチの勘違い、だよね?……ね?)」



☆☆☆



「来ましたわーーーっ!!!」


《カスタード・プリンセス》からの報告をモニター越しに見ながら、アマネは腕を振ってガッツポーズを決めた。


「ここまで、さんざんとじれってぇやり取りを繰り返してきたドネしの(ドネイト×しのぶ)も、今回の出来事イベントで一歩前進ですわ♪やっぱり、命が危険に晒されるシチュエーションは関係性を変化させますわね!」


名付けて、サスペンション・ブリッジ・エフェクト!

見本語では吊り橋効果と呼ぶ。


校庭の一角――人の気配が無い木陰にて。

アマネは腕を抱いて、くねくねと奇妙な踊りを踊った。


「ドネイトにとって、目の前に現れたイサマルは自分の理解者であると同時に、異世界から転生してきた大人のお姉さん。でも見た目は少女とまがうほどの美少年ッ!属性の過積載にも程がありますわよ!薄い本が厚くなりますわーっ!」


玉緒しのぶは、前世での経験から同性間での恋愛について無意識に忌避的な反応を示している――そのことが、あれだけ好き好きオーラを放っているドネイトからの矢印を意識できない状況を作り出していた。


「まさに盲点。そして、あの反応を見るからにイサマル側もまんざらじゃない!元々が乙女ゲームプレイヤーですもの、充分に「素質」はあったみたいですわね!」



というわけで、環境最強ランキングTier2編。

イサマル環境のTier2、わたくしの推しカプはこの人!




【環境】

イサマル・フォーマット

【Tierランク】

Tier2

【キャラクター名】

ドネイト・ミュステリオン

【強み】

見返りを求めない献身性。

非性的プラトニック純粋プリミティブな愛。

つらいときも、苦しいときも、どんなときも傍に居続けてくれた人……力になってくれた人、そういう想いこそが最後に報われる!わたくしが望む結末!

【弱点】

本人も自身の想いが愛であるかを確信していない。

そのためにアプローチにも積極性が欠けている。

でも、それでいいのよ!そのままの、あなたでいてね。

わたくしがエンディングまで巻いてやりますわ!




――ふぅ。


「ちょっと、公平性が欠ける記述になりましたわね」


決闘礼装のライターモードで文章を書きながら、アマネは自省した。


この恋愛物語ラブ・ストーリーの「」として――

彼らに「最終回」をもたらす者として。



キャラクターに対する愛は、平等に注がないと。



ズズズ……と不気味な紫色のオーラがにじみ出る。

「闇」のエレメント――アマネは嗜めるように云った。


「控えなさい、砂男ザントマン

 甘き夢に終わりをもたらす者よ」


あなたの出番はもう少しだけ先。

でしゃばると、眼ん玉引っこ抜きますわよ?




「――さてさて、次回はTier3編ですわ!

 下位Tierと侮るなかれ♪


 わたくしは可能性を感じてましてよーっ!」

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