進撃のトライ・スピリット!妖怪仙人、封神つかまつる(中編)
ナインテイルズの
その名も魔風列破。
フィールド上の全てのカードを破壊する恐るべき特殊効果により、うちが召喚していたスピリット――《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》は墓地へと送られた。
それだけではない。
「闇」のカード《黄金錬成》が支配するフィールドでは、スピリットに与えられたダメージはそれを使役するプレイヤーの魂をも苛む……!
先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ
【表徴:『
【全スピリットに「闇」のエレメント付与】
メインサークル:
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》
BP4000
後攻:イサマル・キザン
メインサークル:
なし
「うえぇぇぇ………!!!」
何度もえずきながら、胃の中のものを吐き出した。
口に残る不快感を思うと自然に涙がこぼれる。
「(これが……「闇」の
うちがプレイした原作ゲーム――『デュエル・マニアクス』の終盤にも「闇」の
「闇」の
「でも……!」
うちの経験は……あくまで主人公であるユーアちゃんの視点で乙女ゲームを遊んでいただけだった。
自身の魂を傷つけ、痛めつけ、削り取るような本物の精神ダメージをリアルに認識していたわけじゃない。
痛い。怖い。逃げ出したい。
でも……うちがこの
「(エルちゃんとドネイトくんは助けられない!)」
涙ににじむ視界の中で、銀毛九尾は嘲笑う。
「わらわはこれでターンエンド。
ターン終了時に、わらわは《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》――わらわ自身の特殊効果を発動するぞ。この効果により、墓地に存在する《黄金錬成》と《
「くっ……!ウチも《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》の効果を発動や!」
「ほう」
両脚部に装着した決闘礼装「チャクラ・ヴァルティーン」から100枚のカードが出現する。
これぞ《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》の特殊効果――百中歌選だ!
「このスピリットが墓地に置かれたターンの終了時に……ウチは100枚の《歌仙結界》の中から選択した1枚を生成し、手札に加えることができる!」
生成――。
ゲーム開始時はデッキに入っていなかったカードを作り出し、作り出したカードをゲーム終了時まで扱うことができる効果を『スピリット・キャスターズ』においては「生成」と呼ぶ。
歌人・
百敷や 古き軒端の しのぶにも
なほあまりある 昔なりけり
「《歌仙結界・
ドネイトくんに相談して、新たに組み直した【百人一首の謎】デッキ。
その中核にある【セイレンシャウト】を持つスペルカードは、タイプ:セイレーンのスピリットがフィールドにいるときにのみ効果を発動できる。
まず狙うべきは、セイレーンスピリットの再召喚だ!
「ウチのターン、ドロー!」
ドローしたカードは……《
よし、まずは場を整える!
「ウチは手札からスペルカード《
手札の《歌仙結界》をコストにして墓地に送ることで、そのカードに対応する《決闘六歌仙》スピリットをコストを無視してデッキから召喚する!」
コストにしたカードは、先ほど生成した《歌仙結界・
対応するのは六歌仙の一人、貴人たる
「グレーター・スピリット、
《決闘六歌仙ハチクラウド・ショー》!」
和服をまとった雅な雰囲気の精霊が現れる。
精霊は馬に騎乗しながら、不敵な表情で降臨した。
先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ
【表徴:『
【全スピリットに「闇」のエレメント付与】
メインサークル:
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》
BP4000
後攻:イサマル・キザン
メインサークル:
《決闘六歌仙ハチクラウド・ショー》
BP2375
よし、これで【セイレンシャウト】の準備は整った。
「ウチはスペルカード《
【セイレンシャウト】は自分フィールド上にタイプ:セイレーンのスピリットがいるときにのみ発動可能、かつ、指定された条件で決められた範囲にあるカードを使って「和歌」を作ることを発動条件とする特殊なスペルカードである。
《
当然ながら和歌である以上――。
使うカード名は基本的には五文字、または七文字だ。
ウチはデッキの上のカードから3枚のカードをめくり、その中から《住めば都の》、《呼んで呼ばれて》、《草枕》の3枚のカードを選んだ。
さらに墓地から《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》、《歌仙結界・
条件はすべてクリアされた。
「いくでぇ……【セイレンシャウト】!」
ちなみに――。
《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》はデッキ・手札・墓地ではカード名を《六歌仙》として扱う効果を持っている。
《歌仙結界・
これによって――。
《草枕》《呼んで呼ばれて》《六歌仙》
《住めば都の》《歌仙結界》
――5枚のカードで和歌が完成した!
「【セイレンシャウト】に成功したことで《
ウチが《
一つは《歌仙結界・
《歌仙結界》はインタラプトで発動して攻撃を無効にできるスペルであり――この局面では有効な防御札となる。
《歌仙結界》を回収したウチを観察して銀毛九尾は「なるほどな」と呟いた。
「汝の魂胆が見えたぞ。《黄金錬成》で得た表徴により、わらわのフィールドのスピリットは「闇」のエレメントを付与されておる……「闇」のスピリットは相手のカード効果では破壊されない。故に、破壊をせずに攻撃だけを止める《歌仙結界》でわらわを足止めしようという腹じゃな?」
「……よく知っとるんやな、ウチの戦術を」
「この餓鬼の記憶じゃ」
銀毛九尾はウルカの胸に手を置いてせせら笑った。
けれども――。
《
目的のその二、それはウチの墓地を肥やすこと。
《草枕》《呼んで呼ばれて》《住めば都の》
3枚のスペルカードをデッキから墓地に送ることに成功した。
「(……これは後の布石となるはず!)」
そして、三つ目の目的。
「《決闘六歌仙ハチクラウド・ショー》の特殊効果!
皇の帰還――自分ターン中に【セイレンシャウト】に成功したとき、デッキからフィールドスペルを発動できる!ウチはこの効果で《ファブリック・ポエトリー》を発動するで!」
流刑された身の上で、最期の時まで都へと帰ることを望んだ順徳院の想い――それを継承したハチクラウド・ショーの
《ファブリック・ポエトリー》――。
それは歌人・
イスカの始原魔術「六門魔導」を織り込んだ空間魔法によって、旧校舎地下の一室だった場所は元の面積を無視して拡張していく。
山紫水明の桃源郷が広がった。
「情念の歌」――雲海に並ぶは十の月。
新古今の故郷、水無瀬の里。
四季折々の絶景――全てが百人一首の体現なのだ。
「展――。
[呪詛望郷歌・歌仙大結界『
美しき平原の中。
ウチと銀毛九尾のあいだの中央に、篝火が灯った。
先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ
【表徴:『
【全スピリットに「闇」のエレメント付与】
メインサークル:
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》
BP4000
領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『
後攻:イサマル・キザン
メインサークル:
《決闘六歌仙ハチクラウド・ショー》
BP2375
後攻の第一ターンはバトルが可能。
バトルシークエンスの開始――それはつまり、このフィールドの領域効果である『歌仙争奪』の始まりを意味する!
「いくで、バトルや!」
ウチがバトルシークエンスの突入を宣言した途端、篝火は燃え盛り――そこから百人一首の歌のうち、「情景の歌」に分類される73枚の《歌仙結界》カードが広大な領域に散らばっていった。
「《ファブリック・ポエトリー》の領域効果によって、互いのバトルシークエンスの開始時に両名のプレイヤーは『歌仙争奪』をする。詳しいルールは以下を参照やで」
「……ふむ」
決闘礼装を操作して『歌仙争奪』の詳細を送る。
・『歌仙争奪』はバトルシークエンスの開始時に3回おこなわれる。
・読み札が読み上げられる前に動いた場合はお手付きとなり、無条件で相手プレイヤーが《歌仙結界》を取得する。
・『歌仙争奪』の開始時には読み札が/
銀毛九尾は決闘礼装のモニターに目を落とすと、わざとらしく欠伸をした。
「……要らぬ」
「何やと?」
「このような児戯の説明など、不要だと言ったのじゃ。要するに互いのバトルシークエンスのたびに、くだらぬ札遊びをして――その勝者が《歌仙結界》を3枚まで取得できるというのであろう?ならば、そのような
「なっ…ナメとるんか、お前」
「舐めておるのは汝の方じゃろうが。この『スピリット・キャスターズ』でさえ、魔道の真髄に通ずるわらわにとっては時間の浪費に過ぎぬというのに。つくづく、くだらぬゲームを作ったものよなぁ……あやつも」
くっくっく……と忍び笑いを漏らしながら、銀毛九尾は指を振る。
すると、始原魔術によって実体化した風の刃が篝火の支柱を切断し、地に落ちた火がブスブスと煙をあげながら草花を燃やして燻った。
「どれ、これで『お手付き』じゃ。『お手付き』の場合は『無条件で相手プレイヤーが《歌仙結界》を取得する』、だったよなァ?とっとと《歌仙結界》とやらを手札に加えるがよい」
「こいつ……!」
どういうつもりなのだろうか?
「闇」のエレメントを得た銀毛九尾のスピリットは除去効果に対しては無敵の耐性を持っているに等しい。
それでも《歌仙結界》の攻撃の無効化は厄介なはず。
「(《歌仙結界》を無効にする算段がある……?)」
考えていても仕方ない。
『お手付き』により3枚のカードを手札に加える。
《歌仙結界・
《歌仙結界・
《歌仙結界・
「これで、ウチはターンエンド!」
打てるだけの手は打った。
――ここで、あらためて状況を確認しよう。
まずは銀毛九尾が手に入れた表徴――『
表徴とは、プレイヤーがゲームの終了時まで得る特殊効果のことだ。
表徴に対してカード効果で干渉することは難しい。
そのため、本来はユーアちゃんと戦ったときのエルちゃんが使った『
こともあろうに、銀毛九尾は敗者の魂を封印するという形で対戦相手にコストを押しつけようとしている。
「(『
これだけでも相当なインチキ効果なんだけど……。
「(……ん。「創造」?「生成」じゃなくて?)」
――なにか引っかかる。単なる言い間違いだろうか?
それと、もう一つの効果は「闇」のエレメントの付与。
「闇」のエレメントを持つスピリットは、「光」のエレメントを持つスピリット以外との戦闘では敗北しても破壊されず、さらに相手のカード効果によって破壊されない。
「(当然ながら、主人公のユーアちゃんや、ユーアちゃんの
問題は銀毛九尾――《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》には、プレイヤーをダメージから守る【鉄壁】の能力があるという点だ。
【鉄壁】があるかぎり、プレイヤーにはダメージを与えられない。
銀毛九尾を除去してからダメージを与えようにも、戦闘による破壊は不可能、カード効果による除去も破壊は受け付けない……!
「(……これ。ほとんど、詰んでるよね)」
詰んでいると言えば、そもそもの話。
《黄金錬成》の代償――敗者をカードに封印する力のせいで、ウチが勝利したら真由ちゃんはウルカの身体ごとカードにされてしまう。
でも、このアンティ
「……二人は助けたい。
でも、真由ちゃんを犠牲になんて……」
――このジレンマを打開できる可能性は一つだけある。
今みたいな場面を想定して入れていたカードじゃないけど――ある意味では、この状況においては必殺の
「(あのカードさえ……あのスペルカードさえ引ければ、奴が仕掛けたアンフェアな前提条件を崩せるかもしれない。それまでは敗北を避けて――ひたすら耐えるしかないっ!)」
ターンは銀毛九尾に移る。
銀毛九尾がデッキに指を添えると、歪んだ黄金の光が仕組まれた奇跡を引き当てる――《黄金錬成》によるカードの創造だ!
「わらわのターン、ドローじゃ!」
ドローとは名ばかりの出来レース。
銀毛九尾はフォーチュン・ドローすらせず、自らが望んだカードを手札に加えた。
黄金に光るカード――スピリットを召喚する。
「わらわは《「
「《「
そのデッキには、本来のウルカちゃんのカードも入っとるんか!」
サイドサークルに少女の姿をしたスピリットが現れる。
彼女はザイオンX――真由ちゃんが『ダンジョン』で入手したというカードだ。
メカニカルなスーツをまとった少女は、顔をバイザー付きのマスクで隠している――だけど、その顔立ちはエルちゃんとユーアちゃんの
「……やっぱり、あの子」
よく似ている。
腰まで伸びた長髪も、バイザーの奥に隠れたサファイア色のぞっとするほど綺麗な瞳も――この世界のプレジデント罪園とも似ているが、それ以上に……。
「あの人に似ている。
いくらか幼いけど……それ以外は瓜二つや」
召喚されたザイオンXはピクリとも動かないでいた。
わずかに身じろぎする――すると突然、銀毛九尾に蹴りかかった!
「なっ……!?」と、ウチは事態に困惑する。
ザイオンXの回し蹴りによる一撃は、銀毛九尾の眼前で決闘礼装による
「くふふ、足癖の悪い人形じゃのう」
「返して。マスターの、身体を!」
「マスターじゃと?おかしなことを言う。
スピリット如きが、貴様の主人はわらわじゃろうが」
銀毛九尾の決闘礼装から、スピリットを制御するためのエネルギー鎖が出現し――ザイオンXの足を取ると、そのまま幾重にも重なりながら身体の隅々まで這いまわって拘束した。
身動き一つできないほどに身体中に鎖が絡まり、ザイオンXはその場に崩れ落ちた。
銀毛九尾は、自身と同じ髪色をした精霊少女の顎をつかむ。
ザイオンXの冷たい眼差しを受けながらも、銀毛九尾は顔を近づけて言った。
「……醜いのう。なんという不細工な造形じゃ。この世で最も貴き
ザイオンXは無表情のまま、ウチに顔を向けた。
「イサマル。聞いて、本機の話を」
「キミ……喋れたん!?
銀毛九尾と同じ、知性があるスピリットなんか?」
「その話は後。それよりも――今、マスターのデッキには3枚入っているの、《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》のカードが!」
「……はぁ!?」
銀毛九尾のカードが3枚……!?
「そんなことありえへん!銀毛九尾は世界で1枚しか存在しない、イスカの
「否定する。「創造」してしまった、変化が解ける前に。こんなことになると思ってなかったはず、マスターも、ユーアも……」
「創造」――!?
「《歌仙結界》みたいな「生成」とは違うんか?」
ザイオンXは目を落とし、顔だけで首を振った。
「否定する。違うみたい、「創造」と「生成」は。
エルとの
マスターは裏技を発見したの――!」
☆☆☆
時間は「乗っただけ
「学園」から離れた高台にて、ザイオンX――シオンは、ウルカとユーアの前にカードを広げた。
「本機のカードは特別性。
それは「生成」じゃなく「創造」だよ、マスター」
《
ウルカは、このカードによって創造されたカードはゲームが終了しても消滅しないことに気づいた。
「私たち、とんでもない裏技を見つけちゃったのかも」
ユーアも辺りをうかがうように見回しながら、声を潜めて言った。
「これって……
「私たちが発見した四組のユニゾン・スピリットの素材は、少なくとも無限に増やすことができちゃうわね……ええと、たしか」
《「
=
《「
×
《時計仕掛けの死番虫》
《「
=
《「
×
《死出虫レザーフェイス》
《「
=
《「
×
《悪魔虫ビートル・ギウス》
《パピヨンに乗った錬成戦士》
=
《「
×
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》
ウルカは各ユニゾン・スピリットの名を挙げた。
「少なくとも、この四組の素材――合計で五種類のカードについては無限増殖できるわ……!」
「ええっ!?
あのあの、じゃあ、私、欲しいです!ザイオンX!」
「まぁ、余ってるからいいけれども。ユーアちゃんもザイオンXを組み込んだ
「ええと、デッキに入れるというよりは――観賞用に欲しいんです。シオンちゃんは可愛いですし。カードを眺めるだけでうっとりしちゃいます!」
「うふふ、アイドルカードってやつね。わかるわ。実用性以外のコレクション願望も、カードゲームではよくあることだものね」
「ユ、ユーア……!」と、感極まったシオンは無表情のままユーアに抱き着いた。
「本機はマスターのもの。でも、カードの方なら分けてあげてもいい。あと、たまには行ってもいいよね、ユーアの部屋にお泊りに。安心してね、マスター。身体はユーアのものでも心はマスターのものだから」
「それって浮気の常套句じゃないかしら……?」
まぁ、二人が仲良しなのはいいけれども――と言いつつ、ウルカはストレージボックスに収納していたカードを確認しながら「あら?」と声を上げた。
「そういえば――イサマルくんにアンティで貰った、このカードを検証するのを忘れてたわ」
ウルカが手にしたカードは《殺生石》だった。
「もしも《殺生石》が変化した《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を増殖するのに成功したならば……《殺生石》を介さずに、銀毛九尾の本体を直接使うことができるんじゃないかしら……?」
☆☆☆
「……そういうことだったんかっ!」
「生成」とは異なり、ゲーム終了後もカードが消滅しない「創造」――それを介すれば、ゲーム中に《殺生石》から変化した《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》をゲーム終了してからも持ち越すことができる。
真由ちゃんはたまたま発見してしまった『デュエル・マニアクス』の裏技を試したことで銀毛九尾の増殖に成功した――いや、成功してしまったんだ!
ザイオンXは力なく項垂れた。
「――肯定する。マスターは《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》のカードを「創造」した。本当は世界に一枚しか存在しないはずのカード――誰かにバレたら大変、だから作るだけは作ったけど、そのまま隠していたの」
「ところがキミやユーアちゃんも気づかんうちに、ウルカちゃんは密かに銀毛九尾によって魂を乗っ取られてたってことか。言われてみれば、最近のウルカちゃんが使ってたカードは――」
----------------------------------
「《巫蟲の呪術師》――
生と死の円環を輪廻する東洋魔術、蟲毒の担い手が現れる。
----------------------------------
「
「《上尸虫「
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ウチは懐から扇子を取り出して、銀毛九尾に突きつけた。
「明らかにこれまでのウルカちゃんの【ブリリアント・インセクト】デッキとは異なるカードやった。巫蟲、あるいは蟲毒とは生物を喰い合わせることで呪いを生み出す古代中国における呪術――それに「
そして、本来ならば――。
「
「くふふ。いかにも、そのとおりじゃ。
これでおしゃべりは済んだかのう?」
悪らつな笑みを浮かべる銀毛九尾。
「どうやらこの人形はまともに言うことを聞かないようじゃ。スピリットの風上にもおけん恥晒しよ。さっさとカードのコストにでもしてやるわい」
「カードのコストやと……?まさかっ!」
「その、まさかじゃ。
《「
前のターンに発動していた、デッキからのシフトアップ召喚を可能とするスペルカード――その生け贄となり、ザイオンXは墓地へ誘われる。
ザイオンXはイサマルに手を伸ばした。
「お願い……イサマル、マスターを……助けて……!」
「ザイオンXッ……!」
思わず手を伸ばし返すが、イサマルの手は届かない。
無情にも救うことは叶わず――続けて衝撃が襲い来る。
《
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》はエンシェント・スピリットである。
これをコストにしてデッキから召喚するのは――。
「くふふ。いざいざ、現れ出でよ――。
わらわは、二体目のわらわを召喚ッ!」
「《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を生贄にして……《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》をシフトアップ召喚するやとぉ!?」
一体目が墓地へと置かれ――入れ替わりに現れるのは、二体目の銀毛九尾!
再び銀白色の尾が九本揃い、
「くふふ。さてさて、わらわが墓地に置かれたことで特殊効果を発動するぞ。わらわは墓地から《
「くっ……これが狙いかッ!」
九尾の召喚時に発生する魔力の大爆発。
「本来、《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》は《殺生石》の効果以外では配置できない――せやけど、《
「そういうことよっ!
さぁ、汝のセイレーンを消し飛ばしてくれようぞ」
《決闘六歌仙ハチクラウド・ショー》が魔風列破に巻き込まれて破壊される――この瞬間、《黄金錬成》による「闇」の
「ぎ……ぎやぁぁぁぁぁっ!」
先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ
【表徴:『
【全スピリットに「闇」のエレメント付与】
メインサークル:
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》
BP4000
領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『
後攻:イサマル・キザン
メインサークル:
なし
「はぁ……はぁ……」
胃の中はすでに空っぽだから、吐き気は起きない。
でも……痛い。
痛い。痛い。激痛い。今すぐに身体中の皮をかきむしって、痛覚の根を絶たないと生きていけないと思うほどの痺れがびりびりと皮膚の表面を走っていく。
一本、一本の神経が呼吸を困難にする刺激を訴える。
《決闘六歌仙ハチクラウド・ショー》が身を砕かれたときと同じダメージが――スピリットを通して、プレイヤーであるウチの魂を直接ぶっ叩いたのだ。
「こ……こんなものを」
こんな痛みを――エルちゃんに味わわせたのか。
こんな苦しみに――ドネイトくんを突き落としたのか。
二人のことを思うと頭が沸騰しそうになった。
怒りが、怒りだけがかろうじて精神を繋ぎ止めていた。
「許さない……ッ!」
「くふふ。何を言うかと思えば――許しを乞うのは汝の方よ。汝は今、わらわに対して犯した罪を贖っている最中なのじゃからな」
「……何やと?」
そのとき、銀毛九尾が操るウルカの表情に――歪んだ笑みではなく、怒りが浮かんだ。……怒り?そう、怒りだ。ウチが銀毛九尾を心底憎むのと同じくらいの怒りが、ウルカの美しい顔を憎悪に染めた。
「汝のようなちっぽけな、何も成せぬ者が――その身に余る才をもって生まれたこと。それ自体が罪であり、わらわに対する侮辱というものなのじゃ」
「ウチの……才能?」
「仙人の骨を有する――至高の頂に昇ることを許された者。真なる人の資格を持つ者。人界と仙人界の断空を超越して、神仙境の入り口へと手が届く者。この日が来るのを夢にまで見た。ゼノンが導いた予言の日。もう何千年前かも忘れたが――わらわの求める資質を有する者を、ようやく見つけた。だから、わらわは汝を選んだ。もう一度出会うために――汝のために、この世界を創った……」
「ウチのために、この世界を作った……?」
こいつは、何を言っているんだろう。
傍から見たら物狂いにしか見えないが、しかし、そこには切実な焦りが見える。
銀毛九尾は手にしたカードを弄ぶ。
「――この札遊びは、少々余計なものじゃがな。スポンサーは裏切れぬ。あやつらの思惑など、どうでもいい……わらわにとっては、汝だけが世界じゃ。汝の身を奪い、汝の魂が摩耗しきるまで凌辱し、その生まれ持った骨をしゃぶり尽くして――幾千年の悲願を果たすッ!」
殺意に満ちた魔力が増大する――!
銀毛九尾はバトルを開始した。
「さぁ、わらわはバトルシークエンスへと移るぞ!」
「ならば、この瞬間!ウチの《ファブリック・ポエトリー》の領域効果により、三回の『歌仙争奪』を執り行うでっ!」
「くどいっ!そのような児戯はわらわには不要。
『お手付き』上等じゃ!」
先のターン同様に、銀毛九尾は『歌仙争奪』を拒否した。
ウチの手札にさらに3枚の《歌仙結界》が加わる。
銀毛九尾はそれを意に介さずに攻撃宣言をした。
「《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》で、汝のメインサークルに
――天地陰陽玉砲秘穴!」
ナインテイルズの九つの尾に、それぞれ九つの魔力球が生成された。
魔力球から凝縮されたエネルギーが収束すると、球面上の穴から噴出した見えない刃となり、地面を切り裂きながらウチめがけて距離を詰めてきた。
美しい和の原風景――《ファブリック・ポエトリー》によって付与された領域の風景、その花も、草も、木も、川も、山も、すべてが透明なエネルギー刃によって切断されていく――その攻撃を、ウチはスペルカードで防ぐ!
「《歌仙結界・
望郷の歌が構成する防御結界――!
がら空きのメインサークルへの致命打を、なんとか避けることができた。
「(手札には、まだ6枚の《歌仙結界》がある……)」
「6枚の《歌仙結界》、6回までの攻撃無効?
くふふ、まさに砂上の楼閣とはこのことじゃ」
「……なにっ!?」
銀毛九尾は勝ち誇る。
「6回までの攻撃無効など、無駄、無駄。
わらわの攻撃は
銀毛九尾が手札から発動したスペルカード――。
それは文字どおりの必殺の切り札だった。
「《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》を発動ッ!」
《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》
種別:スペル(インタラプト)
効果:
カード名を《殺生石》として扱う。
バトルシークエンス中にのみ発動可能。
いずれかの墓地からエンシェント・スピリット1体を選び、フィールド上の指定したサークルへと配置する。
テキストを読んだウチは驚愕した。
「《殺生石》として扱うスペルカードやと!?
それはつまり……」
「本来は《殺生石》の効果でしか配置できないわらわを、直接墓地から蘇生することができるわけよっ!さぁ出でよ、二体目のわらわ!」
脳をとろけさせるような甘い匂いが立ち込めた。
傾国反魂香――銀毛九尾を蘇生させるためにデザインされた、不死の妙薬をモチーフにしたスペルカード!
果たして、二体目の《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》が復活する。
先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ
【表徴:『
【全スピリットに「闇」のエレメント付与】
メインサークル:
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》
BP4000
サイドサークル・デクシア:
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》
BP4000
領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『
後攻:イサマル・キザン
メインサークル:
なし
「あれ……でも、これって」
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》の召喚・配置時に発生する全破壊は強制効果のはず――それに「闇」のスピリットが持つ破壊耐性はあくまで「相手からの破壊」のみが対象だった。
銀毛九尾自身がコントロールする《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》による破壊効果は、耐性の対象外となる。
「二体目の《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》の効果で、一体目の《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》は破壊されてまうんじゃ……」
「それが……それこそが、わらわの狙いよ」
魔風列破――トライ・スピリット出現に伴う魔力の大爆発が、フィールドを襲う。
爆風が銀毛九尾のフィールドを覆い隠した。
煙の向こうで何が起きているのかは見えないが、想像はつく。
これで1体目の《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》が墓地に送られ……って。
「……ああっ!」
ようやく、ウチも気づいた。
銀毛九尾の狙いに。
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》には、墓地に送られたときに発動できる特殊効果――墓地にあるスペルカードを好きな数だけ手札に加えることができる能力がある!
「まさか、奴の狙いはッ!」
言い終わる前に、煙のカーテンを切り裂いてナインテイルズが急襲した。
たまらずウチは《歌仙結界》を再発動する。
「《歌仙結界・
攻撃は防いだ……けどっ!
「そういうことかいな……こいつは、無限ループ!」
気づくと煙は晴れて視界がクリアになっていた。
にやけ面の銀毛九尾の手に収まるのは《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》――先ほど墓地に送られた一体目の《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》の効果で回収したスペルカードだ!
つまり、こういうことだ。
フィールドに《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》が1体。
墓地に《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》が1体。
この状態で手札に《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》があればループが開始する。
①:フィールドの《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》で攻撃し、攻撃が終わったら手札の《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》で墓地の《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を配置する。
②:元々フィールドにいた《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》が魔風列破により破壊されたことで墓地から使用済みの《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》を回収できる。
③:新たにフィールドに配置された《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》は攻撃が可能となっている。
この①、②、③は無限に繰り返すことができる。
無限攻撃――あるいは、バトルシークエンス中に限ればスペルカードの無限発動にも応用できる!
「たった二種類のカードを揃えるだけで始動できる無限コンボやと……?そんな馬鹿な話……!」
いいや、違う。
本来の『デュエル・マニアクス』にはこんなコンボは存在しない。
なぜならコンボの中核である《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》は、本当なら世界に一枚しか無いカードなのだから――!
「(真由ちゃんが発見した裏技があったことで成立した無限コンボ……くそっ、うちが真由ちゃんに《殺生石》の危険性を伝えてればこんなことには……!)」
「ようやくコンボの仕組みを理解したか。頭の巡りが悪いのう。転生する前の汝は、あれでもエリートの範疇に入るはずじゃったが……今世の器の影響か?まぁ、良い。わらわが使うときには、せいぜい改良してやるわ」
「……転生する前のうちを知っとる?
お前、ほんまに何者なんや」
「さぁて、なァ。
ここで死ぬ汝が知ったとて、栓無きことだろうよ」
くふふ、と嘲笑う銀毛九尾は再び《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》を発動して、墓地から《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を呼び出す――だが。
「ちょっと待てや。《黄金錬成》によるダメージのフィードバックは、互いのプレイヤーに対して同じように発生するはずやろ?なのに、《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を破壊したお前はどうしてダメージを受けてる様子が無いんや」
まさか、ダメージのフィードバックはウチだけに発生している?
銀毛九尾は珍しく「心外」という顔をする。
「わらわを馬鹿にしておるのか?そのような些事で嘘など吐かぬ。きちんとダメージは発生しておるわ、平等になァ」
「じゃあ、なんで……」
「わらわには二つの魂がある。魂へのダメージが発生するたびに、ダメージだけをもう片方に肩代わりさせているだけのことよ」
肩代わり。
その言葉を聞いて、胸の奥が冷たくなった。
「お前、まさか……?」
「《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》を発動じゃ!」
再び、墓地から蘇る銀毛九尾――。
魔風列破による大爆発がフィールドを吹き飛ばす!
その瞬間――ウチは見た。
さっきは爆風によって遮られて見えなかった、相手プレイヤー側で発生していた光景が視界に飛び込んでくる。
変わり果てていた悪役令嬢、老婆のような銀髪は一瞬で元の青紫色の髪へと戻っており――何より、その表情はうちがよく知る、大切な人……!
「……真由ちゃんッ!」
「い……いやあああっっっ!」
胸を抱いて、激痛に身をよじっていたのは――ウルカ・メサイアの中にいるのは、銀毛九尾ではなく真由ちゃんに戻っていた。
銀毛九尾……こいつは、どこまで卑怯なんだ。
「お前、ダメージを受けるときだけ真由ちゃんに入れ替わってたんか……!」
ウルカ・メサイアの肉体に、再び九尾が舞い戻る。
髪色は銀髪に戻り、表情も悪へと歪んだ。
「さてさて、どうするかのう?汝が足掻けば足掻くほど、この餓鬼の魂は削れに削れていくことになるぞ。魂が耐えられなくなれば、終いには消滅する……。わらわにとっては、どうでもいいことじゃがなァ」
「そんな……」
もう、諦めるしかないの?
でも。うちが諦めたら……カードにされた二人は……!
ウチが迷っているあいだにも、進撃は続く。
「《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》で
「ううっ……《歌仙結界》ッ!」
手札から《歌仙結界》を発動して、身を守る。
我が身が可愛いだけじゃない。
まだ希望は残っている。
希望を掴むために、みんなが助かる未来のために《歌仙結界》を消費していく。
ただの時間稼ぎじゃないんだ。
この時間は、必要な戦術……でもッ!
――うちが《歌仙結界》を使うたびに、真由が苦しむ。
ウルカの姿をした真由ちゃんが、目の前で断末魔の悲鳴をあげる。
今すぐに
さもないと――もしも、真由ちゃんの魂が耐えきれずに消滅したら。
うちが、真由ちゃんを殺したことになってしまう……!
「(ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……)」
目を伏し、心を閉ざしながらウチは手札からカードを切る。
防ぐごとに唱えるのは、七度。
涙は流せない。流す資格なんて無い。
「(真由ちゃんの方が、ずっと苦しいんだ……!)」
やがて七枚の《歌仙結界》を使いきる。
これで、ウチのシールドを守る手段は無い。
銀毛九尾は「くふふ」と満足そうな笑みをした。
「生き汚いとは正にこのこと。わらわは知っておるぞ――この餓鬼は、汝の想い人であろうが。それをあろうことか、ほんの少しばかりの刻を生き延びるために己が命と天秤にかけて、平気で責め苛むとはなァ。いやはや、最も恐るべきは汝のような小市民、わらわなど足元にも及ばぬ外道じゃ」
いくらでも言わせておけ。
こんな奴が何を言おうが、うちは……みんなを、助けてみせる!
真由ちゃんも……!エルちゃんだって……!
「(ドネイトくん……)」
――この世界に来て、困ったときにはいつもドネイトくんがいてくれた。
「どうして、ドネイトくんはうちを助けてくれるの?
いつも答え、はぐらかすよね」
会いたい。
もう一度、ドネイトくんに会って――今度こそ、答えを聞きたい。
今はドネイトくんはいない。
だから、うちが自力で見つけ出さなきゃいけないんだ。
予想外の意外性、けれども突飛ではなく、かといって興ざめでもない、誰もが救われ誰もが手を叩くような、とびっきりの
「推理の本質とは、すなわち発想の飛躍にある……」
すでに、見えかけている。
ドネイトくんなら、きっと見逃さないよね。
全てを見通す水晶の瞳で。
銀毛九尾の無限コンボ――ここに死中の活があるはず。
《歌仙結界》を使いきった無防備なウチに《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》の
これを防ぐ手立てはない。
だから――ライフで受けるッ!
「かかってこいよっ、銀毛九尾――!」
魔力の刃が周囲を切り刻む。
猛攻の余波が決闘礼装のシールドを破壊する。
スピリットが破壊された時とは、
比較にならないダメージが魂を直撃し――
数瞬、意識を失った。
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