進撃のトライ・スピリット!妖怪仙人、封神つかまつる(前編)

ウルカ・メサイア――。


彼女は乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』の冒頭にて、主人公のユーア・ランドスターにアンティ決闘デュエルを仕掛けて敗北、退学してしまうチュートリアル専用の雑魚キャラである。


この世界では中身が人のいい真由ちゃんだからこそ、愛嬌のいい美少女に見えていたウルカも……その本来の顔立ちは、どこにも出しても恥ずかしくない悪人面の悪役令嬢だ。


ツリ目気味なエメラルドの瞳に、切れ長の眉。

乙女ゲームの少女キャラにしては大きすぎるバスト。


悪役令嬢の特徴は、銀毛九尾によって強調されていた。

真由ちゃんの意識はまだ残っているのだろうか……?


ウルカ――銀毛九尾は決闘デュエルの開始を宣言する。


「くふふ、いくぞ。わらわのターン。

 ドロー……の前に」


銀毛九尾は手札からカードを公開した。


「このカードが手札にある場合、ゲーム開始と同時に発動することができる。わらわはスペルカード《黄金錬成》を発動するぞ……!」


「何……ゲーム開始時に発動できるカードやと!?」


うちは原作の主要3ルートをすべてクリアしてる。

だけど、ゲーム開始時に発動できるカードなんて……!


「そんなカード、本来は存在しないはずや!」


「そのとおり。

 わらわ謹製の「闇」のカードなのだからなぁ!」


《黄金錬成》のカードから真黒い瘴気が噴出した。

瘴気はうちと銀毛九尾の周囲を取り巻いていく――。


銀色に染まった髪の奥、ウルカの瞳が妖しく煌めいた。


「天地に五帝あり、人に五臓あり。

 霊宝畢法……真水真気は我が丹田にて交合せり!」


丹田――それは人体のへその下あたりに位置する。

内丹術における最重要器官である。

道術士が体内の気を練り、霊薬を錬成するための部位。


紫色の着物越しにウルカの丹田が輝き始める。


光の線が描くのは陰陽、

内なる陰陽を「土」とした五行、

木火土金水を取りまくは四象より八卦、

生じた八卦を囲うは生命消長の理を指す十二支。


この概略図は……『スピリット・キャスターズ』において、カード効果によってプレイヤーに付与されるもの。


「……まさか、表徴やと!?」


「いかにもっ!わらわは《黄金錬成》の効果により、ゲーム終了時まで『金丹Tao』の表徴を得る……これはプレイヤーである、わらわ自身が得る特殊効果じゃ」


金丹Tao』の表徴を丹田に宿した銀毛九尾は、あたりに漂う瘴気をまとって自らの力としていく。

「闇」のエレメントのオーラがスピリットを強化する!



先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ

【表徴:『金丹Tao』】

【全スピリットに「闇」のエレメント付与】

メインサークル:

《上尸虫「彭倨ほうきょ」》

BP300

(「闇」のエレメント付与状態)


後攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》

BP1750



「闇」のカードの力……九尾は表徴の力を誇示した。


「『金丹Tao』の表徴によって、わらわのフィールドのスピリットは本来のエレメントの代わりに「闇」のエレメントを得る。この意味が汝にわかるかのう?」


「闇」のエレメントを得たスピリット――。

その恐ろしさは原作の知識でよく知っている。


「……「闇」のスピリットは相手のカード効果によって破壊されず、「光」のエレメントを持つスピリット以外とのバトルでは敗北しても破壊されない!」


「光」のスピリットを使えるのはユーアちゃんだけ。

つまり……うちのスピリットでは、たとえ銀毛九尾のスピリットをバトルで倒しても……プレイヤーにダメージを与えることはできても、スピリットを破壊できない。


九尾は長い銀髪を指で弄りながら勝ち誇った。


「くふふ、よくわかっておるではないか。

 だが……『金丹Tao』の恐ろしさはこれで終わりではないぞ」


いよいよゲームが開始される。

銀毛九尾のターン――彼女は決闘礼装に手をかけた。


すると――銀毛九尾のデッキが黄金に輝く。


「これはフォーチュン・ドロー……!?」


いや……違う。


ユーアちゃんやアスマくん、あるいはうちと戦ったウルカ(真由ちゃん)が宿した運命を切り拓く輝ける光、己が運命力の貴き発露――フォーチュン・ドロー。


ところが、たった今……九尾が手にした光は、見た目は似ていてもフォーチュン・ドローとはまったく違う。


目を焼くような、おぞましい黄色の毒光。

これは――『金丹Tao』の表徴の力。


銀毛九尾はその驚異の能力を口にする。


「『金丹Tao』を宿したわらわは、デッキからカードをドローするとき……代わりにデッキの中から好きなカードをゲームから取り除くことで、そのカードと同じカードを創造して手札に加えることができるのじゃ」


「なんやて……?それって、要するに……ドローの代わりにデッキから好きなカードを選んで引けるのと同じやないか!」


「当然であろう?錬成の最終目的、その究極は水銀の結晶たる丹砂を不滅の黄金へと変える黄金錬成の儀じゃ。わらわは錬成の秘奥を修め、それを手にした到達者――好きなカードを自由に創造するなど、その程度の「奇跡の模造」は文字通りの児戯に等しいわ」


そんな……馬鹿な!?


「スペルカード《黄金錬成》……!」


ゲーム開始時に発動できる効果――。

「闇」のエレメントの付与――。

デッキの好きなカードを創造できる効果――。


どれも一枚のカードの効果としては破格すぎる!

何のコストも無しにそれだけの力は実現できないはず。


「コストなら、あるぞ?くふふ」


うちの考えを見透かしたように――。

銀毛九尾は意地の悪い笑みをした。


「《黄金錬成》――このカードのコストは敗者がその身をもって支払う。《黄金錬成》を発動した決闘デュエルでは、決闘デュエルに敗北した者はその魂と肉体をカードに封印されるのじゃ」


「そんな……ウソやろ……!?」


もし《黄金錬成》の代償を敗者が支払うのなら……。

エルちゃんとドネイトくんは《黄金錬成》の犠牲に?


「そんなん、おかしいやろ!

 《黄金錬成》を発動したんは自分や……なのに、そのコストだけを相手に押し付けるっちゅうんか!」


「汝が勝てばいい。それだけの話じゃ」


「でも、もしウチが勝ったりしたら……」


「くふふ。そうじゃ。わらわが敗北した場合には……このウルカという餓鬼の肉体は《黄金錬成》によってカードに封印されることになるわけじゃがのう?」


「そんなの、話が違う!」


この決闘デュエルはカードにされてしまったエルちゃんとドネイトくんを救うため……銀毛九尾によって魂を乗っ取られた真由ちゃんを救うための戦いだ。


けれども……うちが勝利した場合、《黄金錬成》によってウルカの肉体ごと魂がカードにされてしまうのだとしたら――エルちゃんとドネイトくんを戻すことは決闘礼装によって交わされた契約強制によって履行されたとしても、真由ちゃんを救うことができなくなってしまう。


「これじゃ、勝っても負けてもウチがウルカちゃんを助けることができない。そんなの認めん。このアンティ決闘デュエルは無効や!」


「残念ながら、そうはいかぬ。一度始めた決闘デュエルは中断することはできぬ……それに、汝が負けさえすればウルカの肉体がカードに封印されることはなく……わらわが勝利した場合のアンティが履行されれば、わらわはこの餓鬼の肉体を離れて汝の肉体へと移ることになる。どうしてもウルカを救いたいのならば、今すぐデッキに手を置いて汝が降伏サレンダーすればいいじゃろうが」


降伏サレンダー……。

 でも、そうしたらエルちゃんとドネイトくんは……」


「もちろんカードになったままじゃ。

 さてさて、汝はどうするつもりかのう?」


やられた……!

これが、銀毛九尾の狙い!


うちよりも先に二人を襲ってカードにしたのは……「闇」のカード《黄金錬成》によって、うちが勝っても負けても大切な人を失う状況を作ることで、うちが全力で決闘デュエルができないように仕組んだんだ。


「卑怯やぞ、銀毛九尾……!」


「くふふ、転ばぬ先の杖といったところじゃ。

 どのみち……汝如きが全力を出そうと、わらわに勝つことは叶わぬのじゃからなぁ」


銀毛九尾は手札からスピリットを召喚する。


「出でよ、《中尸虫「彭躓ほうしつ」》!

 さらに手札から《下尸虫「彭蹻ほうきょう」》を追加召喚じゃ。このスピリットはフィールドに「闇」のエレメントを持つスピリットが2体以上いるとき、手札から追加で召喚することができる」


ミミズ型のスピリットが続けてフィールドに出現した。



先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ

【表徴:『金丹Tao』】

【全スピリットに「闇」のエレメント付与】

メインサークル:

《上尸虫「彭倨ほうきょ」》

BP300

サイドサークル・デクシア:

《中尸虫「彭躓ほうしつ」》

BP300

サイドサークル・アリステロス:

《下尸虫「彭蹻ほうきょう」》

BP300


後攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》

BP1750



さらに銀毛九尾は《下尸虫「彭蹻ほうきょう」》をコストにして、手札から新たなスペルカードを発動する。ふち色が黄金に輝くスペル――ターンの開始時に、ウルカのデッキから取り除かれてドローの代わりに創造されたカードだ。


「発動せよ、《ハイパー・羽化登仙》!

 このカードはフィールドのスピリットをコストにしてデッキからエンシェント・スピリットをシフトアップ召喚できる。わらわはフィールドの2体のレッサー・スピリットをコストにして……」


ずっとウルカの肉体から感じていた「気配」……まだイサマルくんだった頃の、この「学園」に入る前から知っていた「気配」が濃密に高まる。


それはイスカの守護神とされる規格外の精霊。

それはみかどの権威の象徴。

それは原初における三大精霊の一柱。


それとはすなわち――。



「行気導いて引とする。存思高まりて昇仙へと至る。

 神仙黄白術、九環金丹妙訣……!

 天に一。

 地に二、三、四、五、六、七、八丹を満つる……。


 シフトアップ召喚――。九転環丹。

 《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》ッ!」


丹砂――白銀の気がフィールドに満ちた。

銀白色の行気がウルカに集まる。


ウルカの背後に九本の獣尾が出現した。

美しい銀髪が姿を変えて「狐」のような耳を象る。


――まさしく妖怪変化だ。


銀毛九尾としての本性を現したウルカは魔力を発すると、自身の分霊わけみたまをメインサークルの召喚陣へと呼び出して――彼女は



先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ

【表徴:『金丹Tao』】

【全スピリットに「闇」のエレメント付与】

メインサークル:

《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》

BP4000


後攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》

BP1750



フィールドに現れたのはスピリットとしての銀毛九尾。

白銀に輝く九本の尾を広げた強大なる始原精霊だ。


だが――。


「ウルカちゃんにアンティで渡したのは銀毛九尾の分身であるコンストラクトカード……《殺生石》だったはずや。《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》本体のカードじゃないのに!」


《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》は世界に一枚しか存在しないカードだ。

この世で持っているのは、みかどだけ。


存在するはずがないカード……。


「どうして、お前がそのカードを持ってるんや?」


「汝が知る必要など無い。

 さて……わらわの特殊効果を受けてもらおうかのう」


九尾の特殊効果……うちは知っていた。


「(こいつには、召喚時に発動する効果がある!)」


イサマルくんの記憶にもある……。

《殺生石》を通して何度も発動したことがある効果。


メインサークルの銀毛九尾は魔力を凝縮させると――。


直後、大爆発を起こした。




《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》

種別:エンシェント・スピリット

エレメント:風→闇(《黄金錬成》で付与)

タイプ:アヤカシ

BP4000

効果:

【鉄壁】

(このカードは《殺生石》以外のカード効果では配置できない)

召喚・または配置時に、このスピリット以外のフィールドの全てのカードを破壊する。

各ターンの終了時、またはこのスピリットがフィールドから墓地に送られたとき、自分の墓地から好きな数のスペルカードを選んで手札に加えてもよい。




「そうや、これは銀毛九尾の召喚時に発動するスピリットの破壊効果――!」


『スピリット・キャスターズ』では通常はメインサークルのスピリットを直接破壊する効果は存在しない――だが、規格外の精霊――『トライ・スピリット』である《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》は、自身以外のスピリットを全て破壊してしまう!


魔力の爆風によって、うちのメインサークルの《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》も破壊に巻き込まれる――その刹那。


「う……あああああああああっっ!!」


激痛。


身を裂き、神経を引き抜くような痛みが走った。


思わず身を歪めて、歯が割れんばかりに食いしばる。

だけども痛みが引くことは無い。


これまでに体感した、人生全ての苦しみを煮詰めて体内に流し込まれたようだった。


己の存在そのものが、やすりによって削られる感覚。


ごりごりごりごり……粗い目をした丸砥石の研磨が、うちの脳髄を粉にするようにぐるぐると回り続ける。



うぇ、うぇ、うぇ、とこらえきれずにえずいた。

腹から昇ってきた胃液の酸味が喉を焼く。




何かの液体が口から吐き出される。

べしゃべしゃべしゃ、と半固形の吐しゃ物が落ちた。


「ううう……」


舌に残る苦み。

吐き気が収まらず、身を丸めて地面に膝を付いた。


「(こ、これは……)」


直感的に理解した。

これは、破壊されたウィスタリア・テイカーの痛み。


スピリットが受けたダメージが実体化して、そのまま……うち自身に返ってきている!




銀毛九尾はウルカの表情を歪めてあざ笑った。




「これが《黄金錬成》のもたらす最後の代償――。

 本物の「闇」の決闘デュエルじゃ。


 互いの魂を賭けたこのフィールドでは、スピリットが受けたダメージはスピリットを通じてプレイヤーの魂をも蝕んでいく。当然ながら、プレイヤーが受けたダメージも実体化する――その痛みは、こんなものではないぞ。


 くふふ。

 果たして汝は、最期まで魂を保てるかのう?」 

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