復活の千年狐狸精!

「……やっぱり、全部。

 ドネイトくんの推理どおりやんか」


行方不明になった真由ちゃん――ウルカを探す途中。


たまたま入った研究室のような部屋で。

いくつものモニターが一斉に点灯した。


「間違いない。これは……うちと真由ちゃんの世界」


モニターの光景は、うちの慣れ親しんだものだった。


新宿駅前にそびえたつ、特徴的なコクーンの形をしたビル。

うちが勤めていた罪園CP――ザイオン・コンシューマプロダクツのオフィスがあったスカイスクレイパー・シティタワーだ。


モニターは他にも、次々と色んな場面を映していく。


渋谷駅前のスクランブル交差点。

刑事ドラマでもよくみる市ヶ谷の釣り堀。

『すずめの戸締り』にも出た御茶ノ水駅前――神田川に架かる聖橋。

「セイコーハウス銀座」の時計塔。

アニメやソシャゲの美少女広告が広がる秋葉原電気街。


日本の首都、見慣れた東京の町並み――。

その、全てが……爆炎に包まれていた。


人も、建物も、街路樹も、川も。

見渡すかぎりが赤に染まる。


一切が灰になっていく。


画面上にはこの世界における公用語である「見本語」――うちの知る「日本語」で、淡々と過去に起きた事実を記す文字列が流れていた。



20XX年、××月××日。

××国より新型戦術弾道ミサイルが発射――。

第一撃は霊的防衛結界により無効。

第二撃、呪詛弾頭により結界中和、消失――。

続く第三撃、第四撃、第五撃……。


東京消滅。


九州某所にて「悪魔の手デーモン・ハンド」起動。

相互確証破壊に基づいて設計された全自動報復機構により、首都沈黙状態のまま××戦争が開戦――。


同盟、連合、攻撃、報復、虐殺、停戦、停戦拒否……。


開戦後、一週間で地球人口の半分を喪失。

死傷者数、拡大の一途をたどる。


遠近未来予測演算機構『ゼノン』は方舟プランを推奨。


ノア級恒星間移民星船、一番艦『アーク』出航――。

出航後まもなく、光学衛星兵器により『アーク』撃墜。


『ヴィマーナ』天落。

『アルゴー』沈海。

『ナグルファル』轟破。


五番艦『アメノトリフネ』、出航に成功――。



「なぜ、ロストレガシーは地球の神話を記すのか。

 なぜ、この世界の言語は日本語なのか。

 なぜ、ザイオン社はログアウトを拒否するのか。

 その答えは、ただ一つ……!」



この『デュエル・マニアクス』の世界はゲームなんかじゃない!


「この世界は、うちがいた世界が戦争で滅んだ――その先にある、はるか未来の世界!」


映像記録に出てくる固有名詞はよくわからないけれど。

『アメノトリフネ』は日本神話に登場する神様の名だ。


「戦争で滅んだ世界から出向した移民船――『アメノトリフネ』に乗った、かつての地球に住んでいた日本人の末裔たち。それがこの星――新しい地球にやって来て、長い歴史をかけて魔法使いの文明を作った……。ロストレガシーはこの星の歴史じゃなく、とっくに無くなってしまった過去の世界の記録なんだ!」


うちはプレジデント罪園に騙されていた。

ゲームじゃないならログアウトなんてできるわけない。


でも、それって――。


「うちや真由ちゃんには……。

 もう、帰る世界が無いってこと?」


それに、疑問はたくさんある。


この世界がゲームじゃないとしたら――ユーアちゃんやウルカ、アスマくん、ジェラルドくん、それに……エルちゃん、ウィンドくん、ドネイトくん――彼ら『デュエル・マニアクス』のキャラクターが何故存在するのか?


それに真由ちゃんが起こした行動や、うちの介入を除けば、今のところは全てがゲームどおりに世界は進行しているようにも思える。


「それと……うちや真由ちゃんは、どうして……今はもう無い、大昔の地球の記憶を持っているの?」



「教えてやろうか、わっぱ

 それはなれが死して、この時代に転生したからよ」



突然、割り込んできた声の主――。

振り向くと、そこにいたのはウルカ・メサイアだった。


……だけど。その気配は真由ちゃんのものじゃない!


「……キミ、誰?」


「誰、とは失礼じゃのう。イサマル・キザン――汝とは、汝がまだ寝小便をしていた頃からの付き合いじゃろうが」


――やっぱり。


真由ちゃんが消える前にウルカから感じた気配は間違いじゃなかった。あの気配は、うちがよく知る気配。


でも、どうして……!?



「どうして、お前がウルカの中にいるんや……!?

 シルヴァークイーン・ナインテイルズ!」



☆☆☆



『デュエル・マニアクス』の歴史――。

それは遥か三千年の昔にさかのぼる。


当時の魔法の支配を受け付けなかった三体の強力な精霊――それらをカードに封じたことから『デュエル・マニアクス』はアルトハイネス固有の魔術体系として確立された。


《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》

《ダインスレイフ・エクスマキーナ》


これら原初の三柱を『トライ・スピリット』と呼ぶ。


「……というわけで。本当は朕しか持ってはいけないんだけどね。これはイサマルに預けておくことにするよ」


生まれてから一度も切ったことが無いとされるつややかな黒髪を布団のようにして寝転がりながら、みかど――イスカの支配者たる青年は言った。


青年の手には《殺生石》のカード。


――これは「学園」に来る前。

帝に謁見したときのことだ。


宮殿の最奥――帳が幾重にも垂れ下がった寝床にて。

ゴロ寝しながら帝がとんでもないことを言ったので、ウチはあわてて手を振った。


「ちょ、ちょっと待ってください!そんなもの、ウチは受け取れませんって!」


「どうして?」


「そのカードは銀毛九尾の分霊わけみたまでっしゃろ!?そないなカードを下手に持ったりしたら、ウチの魂が乗っ取られるんじゃ……?」


「ははは。イサマルなら大丈夫だよ。イサマルの精霊縛術は一級品だし。『スピリット・キャスターズ』の適性について言うなら、イスカ一の札取りじゃあないか。今度、アルトハイネスの王立決闘術学院アカデミーに留学するんだろう?」


「そ、それは……確かに、それほどでもありますけど」


「まぁ、精霊縛術は朕の方が上手だけどね。

 そうだろう?」


帝はニコニコしながら笑顔で圧をかけてくる。


「もしかして、本当は陛下も「学園」に行きたかったんですか……?」


「朕は学生って年齢トシじゃないだろう。ははは、面白いことを言うねえ、イサマルは」


――帝はイスカの支配者である。

だけど、それはあくまでお飾りとしての象徴。


何代も前に、帝の一族は将軍家に敗北した――。

国の支配権はイサマルの生家である将軍家にある。


帝の「役割」はお飾りの人形であり――。

国を離れることはおろか宮廷を出ることすら叶わない。


生まれてから死ぬまで、軟禁状態が続いている……。


「留学ねえ……イサマルには良い機会じゃないかな。この世界は今、大きくその姿を変えつつある――変革の中心にあるのはアルトハイネス、つまりは『スピリット・キャスターズ』だ。この国の外をよく見てくるといい。イサマルはいずれ、この国を動かすことになるのだからね」


「……はい。ウチは、外の世界を見てきます」


――あなたの代わりに。


帝は頬杖をつき、猫のような笑みをした。


「うん、期待しているよ。というわけで、これは餞別」


そう言って《殺生石》のカードを押しつけてくる。

こうなってしまったら帝はテコでも動かない。


「……はぁ」


仕方ないので、ウチはため息をついて受け取った。



《殺生石》

 種別:

 コンストラクト(サイドサークル・アリステロス)

 効果:

 このカードは他のカードの効果によってフィールドを離れない。

 サークルに配置されたとき、封印カウンターを9個置く。各ターンのエンドシークエンスに、封印カウンターを1個取り除く。

 このカードの効果によって封印カウンターが取り除かれて0個になったとき、このカードをゲーム終了時まで《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》として扱う。



「――封印カウンター、ですか」


「朕の精霊縛術をカードの効果に落とし込んでみたんだ。銀毛九尾が実体化するのはあくまでゲームの終了時まで――ゲーム中のあいだは《殺生石》の力が九尾の力を封印している。ゲームが終了すれば変化は解けて、安全な《殺生石》に戻るわけ」


「それなら、大丈夫かも……ですね」


シルヴァークイーン・ナインテイルズ――銀毛九尾。

古代の魔術に長ずると言われる強力なスピリット……その力は生半可な実力の持ち主が握ったとたん、その魂を支配して乗っ取ってしまうとも言われている。


正直なところ、今のウチには力ずくで九尾を従えるだけの力は無い。

今は……まだ。


帝はひらひらと手を振る。


「朕特製の銀毛九尾・体験版っ。

 危険ゼロ、戦力のみ、勝者あり、ってね。


 安心して使ってくれ」



☆☆☆



「(危険ゼロ、って言うてたやんか……あの人~!)」


帝から受け取った《殺生石》は、今はアンティとして真由ちゃんの手に渡っていた。

とはいえ《殺生石》を通して使う分には銀毛九尾の力は安全……だったはずなのに。


「くふふふふふ」


今のウルカ・メサイアは、どうみても銀毛九尾に乗っ取られている。

銀毛九尾は一言、二言と呪言を唱える――白と翠で彩られた「学園」の制服が、魔力によって分解・再構成される――あっという間に、まるで毒虫のような紫色の着物がウルカの身を包んだ。


青紫色の長髪は脱色して、年経た老婆のような銀髪へと変貌していく。


変身が完了すると、銀毛九尾は煽情的に露出した胸元から二枚のカードを取り出した。


「……!?その、カードは」


「くふふ。汝の手下どもじゃ。それなりに歯ごたえはあったがのう、わらわの敵としては役者不足もいいところじゃったわ」


銀毛九尾の手にあるカード――。

そこに描かれていたのは……ドネイトくんと、エルちゃん!


「闇の決闘デュエルによるカード化……!」


――『デュエル・マニアクス』終盤の展開において。

主人公であるユーア・ランドスターの前には謎の存在によって力を与えられた「闇の決闘者デュエリスト」たちが立ちはだかる。


闇の手先である彼らとの決闘デュエルは命を賭けたものとなる――敗者はその魂ごと、肉体をカードに封印されてしまうのだ。

カードにされた人間を戻せるのは闇のエレメントを操る力を持つ「闇の決闘者デュエリスト」だけ――ゲームの本編では、カードにされたまま二度と戻れなかった者も数多くいた。


この世界ではカードにされるということは――。

――命を奪われるのと同じ。


「(ドネイトくんと、エルちゃんの命を……!)」


瞬間的に頭に血が登る。

自分でも信じられないくらいに冷たい声が出た。


「……二人を、返せ」


「返してやるとも。ただし、それは汝がわらわに決闘デュエルで勝てたら……の話にはなるがなぁ」


うちは始原魔術を唱えて――両脚に決闘礼装を装着した。


「……やってやる。それと、ウルカちゃんも。

 ウルカちゃんの身体も返せ!」


「やれやれ、注文の多い奴じゃ。かまわぬ、かまわぬ。よかろう――アンティはこの餓鬼の肉体と、汝の手下どもを元に戻すこと――それで構わぬな?」


「……手下なんかじゃない。二人は友達や」


「そのような些末、わらわの知ったことではないわ。さて……では、わらわもアンティを要求させてもらおうかのう。わらわが求めるのは――汝の肉体じゃ」


「……なに?」


――うちの、身体?


「くふふ、この餓鬼の肉体など踏み台に過ぎぬ。全ては汝の肉体を手に入れるため――わらわが至高の頂に到達するためじゃ。この餓鬼だけではない。決闘デュエルも、錬成ユニゾンも、惑星地球化計画アルス・マグナも……全ては手段。汝という器を錬成するために必要な工程じゃ」


「……さっきから、何を言うてんのや?」


「くだらぬお喋りをしてしまったかのう。どのみち、器でしかない汝が知る必要など無かったわ――汝など、その肉体を持つにはふさわしくない、ちっぽけな魂に過ぎぬ――文字通りの『宝の持ち腐れ』といったところか」


籠手型決闘礼装「メーテルリンク」――きらびやかな宝石があしらわれたウルカの決闘礼装――銀毛九尾はそれを腕に装着して、カードをセットする。


「ファーストスピリット、

 《上尸虫「彭倨ほうきょ」》を召喚じゃ」


相手のメインサークルにスピリットが召喚された。

薄汚れた衣をまとった、ミミズのようなスピリットだ。


ウチもファーストスピリットを呼び出す。


「ファーストスピリット、《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》を召喚するで!」


現れたのは歌唄いの精霊セイレーンだ。

和服をまとった美丈夫の歌人が《上尸虫「彭倨ほうきょ」》とにらみ合う。


アンティ決闘デュエルが始まろうとしている。


立会人はいない。


決闘礼装には立会人の代行機能が存在する――互いに契約を交わすことで、決闘デュエル終了後のアンティ譲渡を強制する魔術が行使されるのだ。


銀毛九尾が己のアンティを決闘礼装に入力する。


「シルヴァークイーン・ナインテイルズの名の下に宣誓じゃ。

 決闘デュエルの勝者となった暁には、汝の肉体をいただくぞ……イサマル・キザン」


ウチも決闘礼装にアンティを入力した。


「イサマル・キザンが宣誓する!

 決闘デュエルの勝者となった暁には、ドネイト・ミュステリオンとエル・ドメイン・ドリアードをカードから解放して――ウルカの身体からも、出ていけ!」


両者がアンティに合意したことで決闘デュエルが成立した。


「精霊は汝の元に――」

「牙なき身の爪牙となり――」


「「いざ、我らの前へ!」」


決闘者デュエリストは、互いのプライドをカードに宿す――!


「「決闘デュエル!」」


互いの声が重なり、アンティ決闘デュエルの幕が上がった。




先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ

メインサークル:

《上尸虫「彭倨ほうきょ」》

BP300


後攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》

BP1750




――大事な友達を取り返す。

このときのウチは、そのことで頭がいっぱいだった。


……覚悟が出来ていなかった。

覚悟が足りていなかったんだ。


この世界はゲームじゃないって……。

わかってたはずなのに。




やがて、すぐに知ることになる。

闇の決闘デュエルに挑むことの――本当の恐ろしさを。


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