The Architects of Fear

「麦茶の苦みに気づくようになったのよ」


真由ちゃんが東京に来て、うちと過ごした最初の夏。


冷凍食品とインスタントをローテーションしてるばかりのうちの食生活を見かねた真由ちゃんは、休日になるたびにご飯を作りに来てくれるようになった。


「麦茶って、そんなに苦かったっけ?」と――。

そう、返しながら。真由ちゃんが茹でてくれたソーメンをすする。


へへへ、しあわせだなぁ。


「うまい!めちゃくちゃ美味しいっ」


「めちゃくちゃ、は言い過ぎよ。普通に美味しいわね」


食欲が無い日でもするすると入るソーメン、かといって単につゆにつけて食べるだけでは味気がない――そこで、真由ちゃんの「一工夫」。


水気を切ったサバ缶をつゆに加えて、刻んだ薬味ときゅうりを添える――。

薬味はネギと青じそ、みょうがをお好きに。


サバ缶は少し良いのを買ってくれたみたい。

調理済みだから手間もかからない――っていうけど、ねぇ。


やってみれば何でもないことなんだろうけど。

こういう「一工夫」というのが、どうにもうちの苦手なところで。


(お腹に入ってしまえば帳尻が合う――)なんて言ったことで、怒られてしまったこともあったっけ。


サバの身をほぐして、つゆとソーメンと口に運ぶ。

小気味の良いソーメンのコシ、つゆの水気がサバの身にしみ込む――。


魚の臭みは薬味がマスキングして残るのはうま味のみ。


口の中に残った清涼感のある後味を、麦茶で流す――。


――うん。別に苦くはない。


「……まぁ、麦茶もお茶だからねぇ。厳密に言えば苦いと言えば苦いけど、気になるようなもん?」


「私も別に気になってるわけじゃないのよ。でもね……子供のときには気づかなかったなって。大人になって、味覚が敏感になったのかしら」


そこにある、ということに気づいた――ということか。

大人になってから、気づくこと。


「うちらはまだ22歳だし。全然ガキのまんまだから、大人って言っても実感ないよね。真由ちゃんは……昔から、大人びてると思うけどさ」


「そう?しのぶちゃんが子供っぽいだけじゃない?」


真由ちゃんは苦笑しながら、食器を洗う。

その背中に頭の中だけで手を伸ばす。


「…………」


ダメだ。


真由ちゃんは「普通の子」なんだから。

女の子を好きになってしまう「わたし」とは違うんだ。


伸ばしかけた手を脳内で戻す。


新川真由と、玉緒しのぶは仲の良い友達。

それでいいじゃないか。


これ以上を望んじゃいけない――。


「……うちは、カミキリムシなんだから」



☆☆☆



夕暮れの児童館。


ひっく、ひっくと……嗚咽を漏らす。


「うち、真由ちゃんが喜んでくれると思って……こんなことになると思わなくって……ごめんなさい、ごめんなさい……!」


うちが抱えた虫カゴには、二匹の虫がいた。

一匹は強靭なアゴを持つカミキリムシ。

もう一匹はカミキリムシよりも一回り大きなカブトムシ――その頭と胴は二つに分かれて、すでに動かない死体となっていた。


「カミキリムシが……カブトムシを……食べちゃった……!」


真由ちゃんは優しくうちの頭を撫でた。


「食べちゃったわけじゃないわ。

 ……きっと、虫の居所が悪かったのね」


「食べて……ないの?」


うちは顔を上げて、真由ちゃんを見上げた。


☆☆☆


(あの頃は、真由ちゃんの方が背が高かったな……)


☆☆☆


翌日。


うちがカミキリムシを捕まえた裏山にまで来ると、真由ちゃんはカゴからそっと虫を放した。

解放されたカミキリムシは、あっという間に飛んでいった。


真由ちゃんは図書館から借りた本を開き、カミキリムシのページを示した。


「あの種のカミキリムシは、アゴを器用に使って木をかじるのよ。特殊な酵母を分泌することで、通常は餌にすることができないような木材を分解して栄養にできるの。だから他の虫を食べたりしないし、襲ったりもしないわ」


「で、でも……カブトムシの首、カミキリムシに切られちゃったよ?」


「たぶん、同じ虫カゴに入れられたことが原因ね。自然界ではそんなに近くで生きることが無い虫ですもの。慣れない環境に置かれたことで、何らかのきっかけで強い攻撃性を発揮してしまったんだわ」


それって――。

つまり、うちのせい……!


「うちが、二匹を同じカゴに入れちゃったから……!」


真由ちゃんは虫が好きだから。

おっきくて強そうなカブトムシに、カラフルでキレイなカミキリムシ、この二匹をプレゼントしたら真由ちゃんに喜んでもらえるかもって……そう思ってた。


うちは、馬鹿だ。


同じ「虫」でも、まったく別の生き物なんだから。

一緒にいたらいけない……なにも考えてなかった。


「ひっく。うう……うえぇぇ……!」


涙がこぼれてきた。

うちは泣き虫だから、泣き癖が付いちゃうから……すぐに泣いちゃダメ、って先生やお母さんにも言われてるのに……!


――ぺちん!


「えっ……?」


丸いおでこに軽い衝撃。

真由ちゃんが指を$(もうかりまっかー?)の形にして、うちの額にデコピンをしていた。


意外な行動に、思わず涙が引っ込む。

真由ちゃんはしてやったり、という顔をした。


「しのぶちゃんが昆虫採集に興味をもってくれたのは嬉しいわ。だから、次は私と一緒にやりましょう?うふふ、今度は抜け駆けは無しだからね?」


「う、うん……!」


「泣き止んでよかったわ。

 じゃあ、カブトムシのお墓を作ってあげましょうね」



☆☆☆



真由ちゃんのデコピン――。

思えば、始めは私を泣き止ませるための真由ちゃんのイタズラだった。


それがいつしか、二人のあいだの合言葉のようになって……。


「(いつからだろう。うちが真由ちゃんに抱く感情が、他の友達へのそれや――真由ちゃんがうちに抱くそれと、まったく異なるものだと気づいたのは)」


家の都合で私立の中学に通い、高校進学と共に上京してからも――ずっと、うちの中には真由ちゃんがいた。


初恋。


「初恋とは叶わぬもの」と相場が決まっているが。

不幸があるとするなら――真由ちゃんと離れ離れになったことで、うちは失恋する機会すら失ってしまった。


「(こうして再会した今では、いつでも失恋できる)」


この心の内の欲望を吐き出してしまえば、いつでも関係を破綻させることができる。


だけど、それは……出来ない。


知ってしまったから。


同じカゴで生きることができないカミキリムシでも。

己の心すらも擬態して――同じ種の虫のフリをしているあいだは――このように、共に生きることがということを。


冷蔵庫を開けた真由ちゃんが振り向いた。


「ちょっと、しのぶちゃん!

 これ、替えのめんつゆじゃなくて、麦茶じゃない!」


「へへへ、引っかかったね、真由ちゃん!」


「しのぶちゃ~ん?」


――ぺちん!


「あいたっ☆」



だから、どうか気づかないで。

そこにあることに、気づかないで。



うちの内にある「苦み」に――どうか、気づかないで。



☆☆☆



薄暗い廊下で、うちは目覚めた。


「ここは……ウィンドくんの報告にあった、地下やね」


「学園」旧校舎改め――

ダンジョン『魔科精霊遺伝総研』地下階層。


どうやら、意識を失っていたらしい。

懐かしい夢を見ていた――。


「この世界に来る前の、ウチの記憶……」


――そうだ、真由ちゃん!


「ウルカちゃん?ウルカちゃん、どこや!?」


周囲を見回すが人影はない。


「第四階層の「扉」は、鍵となるマントの数によって転送ポータルで転移する先が変わる仕掛けやった……八枚のマントを用いた第四段階の解法では、転送先が別々になる仕掛けがあったってことかいな……!」


ある程度は想定内。

とはいえ――できるだけ合流は早くした方がいい。


ドネイトくんとエルちゃんといった聖決闘会カテドラルメンバーと一緒に真由ちゃんをここに連れてきたのには理由がある。


――だけど。


「さっきの真由ちゃん……絶対、変だった」


うちの知ってる真由ちゃんはもちろん――。

『デュエル・マニアクス』のウルカ・メサイアだって、あんなことは言わない。


それに、何よりも……。


「あの真由ちゃんの気配……ウチは知っとる」


これは玉緒しのぶとしての直感ではない。

『デュエル・マニアクス』の世界で15年生きてきた、もう一人のウチ――そう。


イスカ将軍家嫡男、イサマル・キザンとしての感覚!


「でも――どうして真由ちゃんが……!?」



☆☆☆



旧校舎が突如、紫色の瘴気で包まれる。


内部との通信が不能となり、うろたえるウィンド――教師に連絡を取るアスマとジェラルド、心配そうに様子をうかがうことしかできないユーアとジョセフィーヌ、その他の生徒たち――。


その校舎の裏で、窓ガラスに拳を叩きつける男がいた。


「ふざけるな……!話が違う……!」


闇のオーラで強化されたガラスは、外部からの攻撃を受け付けない――傷一つ付かず、侵入は不可能となっている。


ガラスに映っている人影は、片眼鏡モノクルをかけた執事服の青年。

ウルカの専属使用人である――メルクリエだ。


メルクリエは、ガラスの中の自分に問い質すように声を鋭くした。


「お嬢様や、お嬢様の友人には手を出さないと言ったはずだ!どういうつもりだ……ハート!」


ハート――その名が出た途端、鏡の中に変化があった。

怒りに燃えるメルクリエの表情は奇妙に歪む。


現実のメルクリエの姿は一切変わらないまま――。

鏡の中の姿だけが、黒い少女へと変わっていく。


艶を一切持たない、黒墨をぶちまけたような黒髪。

黒色のゴシックドレスには、天地を逆転した逆十字のアクセサリーが施されている。


旧校舎のガラスの中――。

薄暗い廊下にはモルフォ蝶の髪飾りだけが輝いていた。


ビスクドールじみた人工的な美しさの少女――ハートは、メルクリエにだけ聞こえる声で鏡の中の世界から語りかける。


「私は約束は守るよ?

 手は出さないよ――私はね。きひひ」


「貴様……!」


「おいおいメルクリエェェェ、あんたは一応は『ラスボス』なんだからさぁぁぁ。この程度で取り乱してほしくないの――そういう小者っぽいムーブ、プレイヤーにはウケないから。キャラクターとしての格に疑問符が付くような真似、控えてよね?」


「そんなものは……貴様が勝手に決めたことだろう」


きひひ――少女の笑む口が鏡の中に浮かび上がる。


「そうだよ?ゲームのシナリオで、あんたはその『ラスボス』だって……それがあんたの「役割」だって……私、言ったよね?忘れちゃったぁ?『記憶力が貧弱で、逆方向にしか働かないの。』――だなんて、きひひ、これは誤訳だけどね」


「私めの……「役割」だと?」


「悲劇だよねぇ。魂を操る「闇」のエレメントの継承者――いつか世界を滅ぼすかもしれない危険分子!ただそれだけの理由で……何もしてないのにお前たちは殺された!老人も、子供も、男も、女も、一切の区別なく一切の慈悲なく殺された!砕けた血と骨の匂いを、物言わぬ死骸がささやく怨嗟の声を覚えてるぅ?決戦兵器ゼノサイド――アルトハイネスが投下した最強最悪の殺戮兵器――その世界で唯一の使用例が、お前たちストラフ族の虐殺だよ」


メルクリエはカードを取り出す――

「闇」のエレメントを拳に込める。


メルクリエが激情の一撃を叩きつけると――「闇」の瘴気で守護されていたガラスは、同じく「闇」の瘴気をまとった拳に侵食され――ガラスごと、鏡の中のハートは砕け散った。


「貴様の言うとおり、この世界が貴様の書いたくだらないゲームの筋書きだというのなら――全ての悲劇の原因は貴様にある。真の仇はお前だ……ハート!」


きひひ――。

砕けたガラスの一枚一枚に歪んだ笑みが映った。


「うん、そうだよ?私が全ての元凶。でも、わかってるよねえ……。私はメルクリエだし――メルクリエは私だってことを」


「…………ッ!」


「まぁ、自殺でもなんでも好きにすればぁ?メルクリエが死ねば、私も死ぬんだからさぁ。そんなに私が憎いんだったら……カードで首でも搔っ切って死ねばいい」


――でも。

――私はメルクリエだから、お見通しだよ。


「お前は憎しみを捨てられない。同族みんなを皆殺しにしておいて、そんなことなんて無かったみたいに――穏やかで幸福な平和を享受する――アルトハイネスを許すことができない。憎しみだけが――復讐だけが、お前の生きる目的だった。そのためにいけ好かない傲慢なメサイア家のカスどもにも頭を下げて……カビの生えたパンと鼻水みてえな野菜くずのスープを貪って……世間知らずの頭の足りない小便くせえ小娘にもしっぽを振って生きてきたんだろおおお?いくら決闘デュエルの腕があったって、身分を持たないお前は「学園」の講師にだってなれない。そうだよなァ、臨時講師殿ぉぉぉ?」


メルクリエは――反論の言葉を持てなかった。

ハートの哄笑が響きわたる。


「しょうがないよ、お前はそういうキャラだから――そういう「役割」のために私が書いたんだから、その「役割」からは逃げられない。きひひ。だけど、安心していいよ――正義の主人公と戦う運命にある『ラスボス』だからって、負けるとはかぎらないんだ。だって」


『デュエル・マニアクス』はカードゲームの世界。

己の信念を、貴き流儀スタイルを貫いた者が――カードの女神に愛され、勝利の栄冠を手にする。天命と、知恵と、意志――それだけがカードの審判を決するのだ。


正義も悪も無い。

決闘者デュエリストは己のプライドをカードに宿す。


カード一つで世界を救うことも――

世界を滅ぼすことだってできる。


より強い想いが報われる世界。

決闘デュエルの世界――それが新川真由が愛した世界。


新川真由のために書かれた物語。


「私も書いてるうちに気づいたんだ。決闘デュエルってもっと王道なんだ!ってさぁぁぁ。友情・努力・勝利の三本柱、これが結局はファンタジーのBESTなんだよ……。友達がいないメルクリエには酷な世界かな?知り合いはみんな死んじゃってるもんねぇ、かわいそぉぉぉ。大丈夫、私がいるじゃん?きひひ、あんたの数少ない友人代表として、この私も努力するからねぇぇぇ」


おどけた様子で一礼するハート――。

メルクリエは少女を無視して、割れたガラス窓から校舎の中に足を踏み入れた。



☆☆☆



一方、旧校舎地下――。


「……通信は、不可能ですか。《転・送・密・室》のカードを使えばいつでも校舎の外に戻ることはできますが……ひとまずはエル嬢や会長との合流を急がねばなりません」


ドネイト・ミュステリオンは通常時は自身の思考能力をセーブしている。


生まれつき異常に観察力が優れているあまり、五感から獲得する情報量に対して有限の情報処理能力しか持たない脳の処理が追いつかない――仮に全てを愚直に解決しようとしたら、無限大の時間が必要となってしまうため思考が停止してしまう。


ドネイトは家伝の『札遺相伝』によって五感にデバフをかけて鈍化させることで脳が獲得する情報量を少なくし、それに加えて日常では限定的にしか思考を用いないように訓練を施している。


だが、今の状況は何が起きるか未知数。

反動が後に起きるとしても――探偵モードを使わない手はない。


ドネイトは水色の前髪に手をかける。

長めに伸ばされた前髪――これを上げることがデバフ魔法の解除を意味する精神的なスイッチとなっていた。


水晶の瞳が露出する。

ドネイトは探偵モードを解放した。


チャリ……チャリ……。

鋭敏に強化された聴覚が、かすかな音を捉える。


「この音は……エル嬢のチェーンですね」


ゴテゴテとワッペンやチェーンを付けてカラフルに改造されたエルの制服。

兄(※)として、年頃の乙女があのようなチャラチャラしたファッションはどうかと忠告していたのだが……。


※兄ではありません


「今ばかりは正解ですね。

 兄(※)は間違っていたかもしれません」


※兄じゃねえっつってんだろ


「今、行きます……我が妹(※)、エル嬢!」


※もう、それでいいよ…



☆☆☆



「ドネドネ……どこ行っちゃったのぉ……?」


独り探索するエルは、気づくと広い部屋にいた。

無数のモニターが立ち並ぶ研究室――。


「これを使えば”こうしん”できるかな……かな?」


キーボードのキーに触れる――と。


「な、なになにっ!?」


周囲のモニターが一斉に点灯する。


モニターには真っ赤に焼けついた映像が流れていた。

赤――炎の「赤」だ。


エルはモニターの一つを覗き込む。

映像には一面に火の海が広がっていた――。


「これって……”かさい”、かな……?

 たかい”けんぞうぶつ”がいっぱいいっぱい……”おうと”ってこと?」


「いいえ……この町並みは王都ではありませんね。

 『叡智なる地下大図書館コスモグラフィア・アリストクラティカ』――父が図書館の司書を任されている関係で、小生も何度かエインヴァルフには足を運んだことがあります」


背後から突然の声がしたことで、エルは飛びあがった。


「ぎゃあーっ!ゆ、ゆうれい!?」


「幽霊?小生の五感は他に人物を捉えていませんが……?」


「って、ドネドネじゃん!」


そこには探偵モードを解放したドネイトが立っていた。

エルは「う~!」とうなってドネイトをぽかぽかと叩いた。


「きゅうにいなくならないでよっ!

 ボ、ボク……こわかったんだから!」


「失礼しました。

 心細い思いをさせてしまったようですね。

 兄ポイントは減点です」


「ううん。来てくれた、から。……ありがと。

 にーにーポイントは”かてん”で”そうさい”!」


エルは笑顔を取り戻した。

ドネイトは目元を和らげて、モニターに注意を移した。


「この映像はおそらく、古代の記録です」


「”こだい”……?」


「ロストレガシーの専門家――ミルストン氏に、以前に聞いたことがありました」


ロストレガシー。

『ダンジョン』から稀にドロップする、先史文明の遺産――。


いわゆるオーパーツの総称である。


「ロストレガシーの多くは、その由来を現代から辿ることができません。それは大昔に大きな戦争があって――そのときに先史文明の記録が途絶えたため、と言われていました」


「それそれ、ミルミルとアスアスが決闘デュエルのときにいってた!」



☆☆☆


「古代の艦船指揮官はこんな言葉を残している。”戦務は敵と直接的に戦う技術ではないが、戦務の媒介によらなければ、いかなる兵術も実行することはできない”とね」


「また古代の兵法家の引用か。忘れたのか……!それだけの戦術家を抱えた先史文明がどうなったか。最後には己が国を百度滅ぼしても足らないほどの兵器を互いに向けあい、一つ残らず地上から滅び去ったという伝承を!」


☆☆☆



エルはモニターに映る災禍を指した。


「じゃあじゃあ、これが……”せんしぶんめい”の”ほうかい”!?」


「そうなります。ですが――」


ロストレガシー研究家には長年の研究課題があった。

それは――あまりにも先史文明の痕跡が見つからないということ。


見つかるのは間接的に先史文明の存在を証明するロストレガシーばかりであり――そういった記録に残された古代の文明が、この地球の、いったいどこにあったのか……その答えが見つかることはなかった。


「――ミルストン先輩は、学生でありながらロストレガシー研究で第一線を張る学者でもありました。それだけの成果を得ることができた理由は……この地下施設でしょう」


「ミルミルは、ボクたちよりもまえにここに来ていた……」


「戦時中にアルトハイネス王国が研究していた軍事機密――ロストレガシーの真実は、理由はわかりませんがこの施設に残されていた。その入り口は『ラウンズ』のマントが鍵となって封印されていた――ミルストン先輩自身も失踪前は『ラウンズ』の序列第五位です」


だが――「扉」を開けるには最低でも二枚のマントが必要だった。

『ラウンズ』の中には他にもミルストンの協力者がいたことになるのだが――。


「――それについては、他に証拠が揃ってから推理しましょう。それよりもまず検討すべき証拠は――これです」


モニターを一時停止させて、ドネイトは指を指した。


そこは何らかの地下施設にかかった看板だった。

看板にあるのは、どうやら場所を示す地名のようだ。



「エル嬢。読めますか?」


「えーと……読める読める♪見本語だね。ボクたちの言葉と同じ――”せんしぶんめい”も、つかってる言葉はいっしょなんだ。あたまとしたの文字は魔導語イングのアルファベットだね」



エルは看板の文字を読み上げた。



J R   新●●

JR新●● Shinjuku Station



「じぇいあーる、しんじゅく……?」



しんじゅく。

エルは何度か聞いたことがある地名だった。


――でも、それは。つじつまが合わないはず。


それでも、ドネイトはエルの思考を肯定した。



「新宿――しのぶ嬢がこの世界に来る前の世界。

 しのぶ嬢が勤めていた『罪園CP』のある場所です」

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