進撃のトライ・スピリット!妖怪仙人、封神つかまつる(後編)
難波津に 咲くやこの花 冬ごもり
いまを春べと 咲くやこの花
畳に並べられた50枚の取り札。
黒ぶちの眼鏡を通して、近眼の目を鋭く細めた。
スマートフォンから響く声色に耳を傾ける。
いまを春べと 咲くやこの花――
「序歌」の下の句が二度、読み上げられた。
置いて、一拍。
続く言の葉に向けて神経を集中させる。
寂しさに 宿を立ち出でて 眺むれば
パァン――。
読み上げとほぼ同時に、取り札を払う。
目当ての取り札は
百人一首の70番だ。
これも練習の賜物である。
うちの指先は『糸に針を通す』ような正確さで取り札を撃ち抜く。
「それを言うなら『針に糸を通す』じゃないかしら?」
目当ての取り札と共に周囲の札も飛び散ってしまった。
スマートフォンの読み上げアプリを一時停止させると、乱れた取り札を元通りに整える。
「あら、私も手伝うわよ。いちいちアプリを止めるのは大変でしょう?それにしても、玉緒さんはすごいわ。まだ全然読んでなかったのに、どうしてその札が詠まれるとわかったの?」
……うるさい。
さっきから横に座っている綺麗な黒髪の少女。
やかましい声に向けて、うちは横目でにらんだ。
「――なにか、用?」
「用ってわけじゃないわ。面白そうだから見てるのよ」
この記憶は……よく覚えている。
忘れるわけもない。いつかの放課後の児童館。
――うちが、初めて真由ちゃんと出会った日だ。
「べつに面白くないでしょ。ただのカルタだよ」
「ううん。私もお正月には妹と遊んだりするけど、こんなに上手な人は初めて見たもの。ねぇねぇ、教えて。どうして、あんなに早く取ることができるの?」
はぁー、とため息を出る。
「……決まり字。そんなこともしらないの?」
「決まり字?」
真由ちゃんは首をかしげた。
うちはスマートフォンをポッケに入れて、さきほど取った
「寂しさに宿を立ち出でて眺むれば、いづこも同じ秋の夕暮れ。この札は『さ』からはじまるんだよ。百人一首で『さ』からはじまる札はこれだけ。1字決まり、それをおぼえてたの」
「え……?じゃあ、玉緒さんって、ここにあるカードを全部覚えてるの!?」
「そうだよ。まぁ、ここにあるのは50枚だけだから。あと50枚もおぼえてる」
ひい、ふう、みいと真由ちゃんは置かれた札を数えた。
「本当だわ、50枚。
どうして100枚全部を並べないの?」
「おかれていない札のことは空札っていうの。空札を読まれたときに札にさわったら「お手付き」になっちゃうから。そこも、かけひき。むやみにうごいたら負け、ってこと」
「ふぅん。一定のカードプールの中から1回のゲームで使用するカードが選択されて初期配置される――つまりは『ドミニオン』のようなデッキ構築型カードゲームのご先祖様みたいなものなのね」
「……?」
今度は、こちらが首をかしげる番だった。
真由ちゃんはカードを数えながら、うちに訊ねる。
「50枚を並べたのはわかったわ。でも、どうして玉緒さんの前と、向こう側に分けているの?上、中、下段で……それぞれ、25枚ずつよね?」
「それは……」
真由ちゃんが言ったのは、かるたの基本配置のこと。
敵陣と自陣――対戦相手を想定した練習。
それ故の配置。
対戦相手がいないのは――。
「……ひとりで、やってるの。本当はふたりでしないと、きちんとした練習にはならないけど。誰も、うちには勝てないから」
最初はみんなが一緒に遊んでくれた。
勝つこともあったし、負けることもあった。
ぎりぎりのゲームで勝つときが一番楽しかった。
そのうちに練習をするようになった。
Youtubeの初心者向け動画も見るようになって、取り札の決まり字を覚えて、自陣の札を暗記するのも何度もやって、読み上げのリズムにも身体を慣らした。
練習すればするほど、どんどん上手くなっていった。
上手くなるたびに……周りから友達がいなくなった。
「みんな、うちほどカルタが好きじゃなかったんだ。そこまでホンキでやらなくても、って……うちだって、ちゃんと、手加減したよ?でも……そうしたら、今度はバカにしてるのかって」
じゃあ、どうすればいいの?
みんな、かるたとは違う遊びを見つけるようになった。
無料のアプリゲームをして、好きなドラマや配信者の話をするようにもなった。
うちだって、漫画とかアニメなら好きだけど――。
それでもやっぱり一番好きなのは、これだから。
「だから、ひとりでやってるの。……その、新川さん」
「なにかしら?」
「新川さんは、うちとあそんでくれる……?」
「ごめんなさい。たぶん、私がやっても玉緒さんとは勝負にならないと思うわ」
「そう、だよね……。ごめん、へんなこと言って」
真由ちゃんはちょこん、と横に正座する。
そして、おもむろにカードの束をシャッフルし始めた。
「え、何してんの?」
「ヒンズーシャッフルよ。カードを2つのパケット(一定の枚数の束)に分けて、上下に切り混ぜる――もちろん、これだけじゃ混ざらないから……」
真由ちゃんはカードの束を手に取ると、1枚ずつ、いくつかの束に振り分けるように置いていった。
うちにも見覚えのある混ぜ方だ。
「あ、これしってる。カルタでもやるよ」
「ディールシャッフルね。このシャッフルと、カードを交互に横入れするファローシャッフルを組み合わせて複数回おこなうと、カードをランダムに混ぜることができると言われているわ。でも、いいかしら……玉緒さん!」
「な、なに!?」
「ショットガンシャッフルはカードを痛めるわよっ!」
「よくわかんないけど、そんなことしないよ……?」
「なら、大丈夫ね。ちなみにファローシャッフルもやり方次第ではスリーブ(カード専用の
「それ、たぶんカルタの話じゃないよね???」
「そうでもあるわ」
カードの束をシャッフルし終えた真由ちゃんは、畳の上にカードを置くと、カードをドローする。
カードに描かれたのは有名な漫画のキャラクターたち。
いわゆる、トレーディングカードゲームというやつだ。
「そういうのって、対戦相手がいないとできないんじゃないの?」
「ええ。私も玉緒さんと同じだから」
「うちと同じ?」
「身内同士でのゲームというのはね、「名人」が生まれてしまったらそこでおしまいなのよ。誰だって、自分が勝てない遊びなんてしたくないもの」
真由ちゃんは、うちと同じように――目の前に仮想の対戦相手がいるかのように、一人でカードを回し始めた。
「ゲームというのは、お互いが遊びたい、楽しみたいという同意がないと成立しないものなの。それこそが全てのゲームルールの最上位に位置するゴールデン・ルールなのよ。だから「名人」が――突出する実力の持ち主が現れたのなら、身内同士でのゲームは成立しなくなってしまうわ。それが運が絡まないゲームなら、尚のこと……」
楽しくないゲームなら、遊びたいと思わないものね――。
「だから、そうなった場合はゲームそのものが成立しなくなってしまう。勝てないとわかっているゲームのルールに、誰もわざわざ乗っかろうとはしないわ」
最初から勝てないとわかっているゲームには、誰も乗ろうとはしない……。
だから「名人」の傍からは人が離れていってしまう。
「新川さんも……そうだったんだ」
「意外かしら?」
「うん。新川さんって、虫取りとかカードゲームとか……女の子なのにへんな遊びばかりしてる子としか思ってなかった……」
「うふふ。玉緒さんって、意外と毒舌なのね」
「ご、ごめん」
「昆虫採集には勝ち負けは無いけどね。でも、私も玉緒さんと同じで凝り性だから。好きなものにはのめり込んじゃうタイプなの」
「勝てないゲームのルールに乗っかろうとはしない――でも、カードゲームの本質って、案外……そこにあるのかもしれない」
「どうしたの、玉緒さん?」
意識が覚醒していく。
ここは現実の世界じゃない――。
致死量に等しい精神ダメージを受けたことにより、つかの間の追想が走馬燈のように脳内を駆け巡っているだけなんだ。
この空間でゆったりと流れている時間は現実では一瞬。
まるで粥が煮えるまでに一生を夢見た昔話のように。
「フィールドスペルは、自身で作り上げたルールを対戦相手に押しつけるもの。うちは《ファブリック・ポエトリー》で『歌仙争奪』というルールを押しつけた。だけど、銀毛九尾はそのゲームの土俵に乗ることを拒否した……『歌仙争奪』を拒否した上で、うちが何枚の《歌仙結界》を握っていようと無意味となる無限攻撃コンボを仕掛けてきたんだ。いや、そもそもの話……」
このゲームの開始前、アンティの時点でルールの押し付けは始まっていた。
「うちの勝利条件は真由ちゃんの身体を取り戻した上で、カードにされたドネイトくんとエルちゃんを助け出すこと。だけど、銀毛九尾は敗者の魂を封印する《黄金錬成》を発動することで、うちの勝ち筋を潰した――」
この時点で、誰もが救われる結末は失われた。
ダブルバインド――どうあろうと、うちの完全勝利はありえない。
真由ちゃんも、エルちゃんも、ドネイトくんも……。
全員を救うことは不可能。
命の選択を強いられている。
アンティ
ならば、ここでうちが取るべき選択肢は――。
心配そうに覗き込む、真由ちゃんが遠ざかっていく。
珈琲に浮かべたミルクのように風景が混ざっていく。
意識は……現実へと覚醒する。
☆☆☆
揺れる意識を取り戻した。
今は――
シールドが破壊されたことで、ライフコアが露出した。
眼前に迫るは進撃のトライ・スピリット、《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》――再攻撃を食らえば、うちの敗北は確定するッ!
先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ
【表徴:『
【全スピリットに「闇」のエレメント付与】
メインサークル:
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》
BP4000
領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『
後攻:イサマル・キザン
【シールド破壊状態】
メインサークル:
なし
銀毛九尾――ウルカ・メサイアの肉体を乗っ取った千年狐狸精は、墓地から蘇生した《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》に決着の号令を出した。
「くふふ、これでトドメじゃ。ゆけっ、わらわの分身よ。《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》で
「させるかぁっ……!ウチは、スペルカードを発動するで……!このカードは相手スピリットの攻撃により、ウチのシールドが破壊されたときのみに発動可能……!
「《十絶の陣》じゃと!?
馬鹿な……『一聖九君』の同時多重加算
「なんや――お前、知っとるんか。
はん、これもイサマルくんの力やっ!」
イサマル・キザン――イスカ一の札取りの異名を持つ、魔術の天才。
《十絶の陣》は原作でも使用した彼の切り札の一つだ。
天絶、地烈、風吼、寒氷、金光、化血、烈焔、紅水、紅砂、落魂――異なる効果を持つ十の結界魔法を同時に重ねることで、それぞれの効果を倍増して鉄壁の守護結界を生み出す――!
「墓地にあるスペルカードの数によって《十絶の陣》の効果は決定する。墓地に10枚以上のスペルカードがある場合は、2ターンのあいだ互いのプレイヤーは攻撃宣言をおこなえず――さらに、ウチは10枚を超えた墓地のスペルの枚数までカードをドローできる!」
7枚の《歌仙結界》に、
《屏風歌》、《歌合》、《草枕》。
これで10枚の発動条件を満たす。
さらに《呼んで呼ばれて》《住めば都の》《ファブリック・ポエトリー》の3枚分は追加ドローの対象となる!
「ウチはこれで3枚ドローや!」
「《歌仙結界》を墓地に送ったのはこのためかッ!」
「これでお前は2ターン後のエンドシークエンスまでスピリットによる攻撃宣言が不可能となる。いくら無限の攻撃を可能とする《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》であろうが、当のお前に十絶陣の封印がかけられた今となっては、ウドの大木。立っとるだけのかかし同然、うすのろの木偶の坊ってことやなぁっ!」
「……わらわは、ターンエンドじゃ」
銀毛九尾はターンの終了を宣言する。
どうやら首の皮一枚は繋がったようだ。
「ウチのターン……ドローや!」
これで手札には7枚のカード。
けれども――そこには目当てのカードは無かった。
「(あのカードさえあれば、ひとまずは仕切り直しはできるのに……)」
こうなったら、ウチのエースで場を制圧するしかない。
おそらく《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》は銀毛九尾のデッキの最高戦力――つまり、BP4000を上回るエース・スピリットを呼び出すことができれば、簡単には突破できなくなるはず。
「いくでっ、ウチは《決闘六歌仙シケイダ・マール》を召喚!」
フォフォフォ……と不思議な笑い声をあげながら、半虫半人のスピリットが召喚に応じて出現した。
元忍者としても知られる彼は「分身能力」を有する。
その力をもって、ウチは――エースに繋げてみせる!
「ウチは手札から《
墓地からは《六歌仙》と《歌仙結界》を選んだ。
ちなみに【セイレンシャウト】では同名カードは1種類までしか和歌に使うことができない――ごく一部の例外を除いて。
「その例外が、これやっ!」
手札から3枚の追加カードをセットして、合計5枚――【セイレンシャウト】を完成させた。
5・7・5・7・7で完成した歌を読み上げる。
《六歌仙》《咲くやこの花》《
《歌仙結界》《咲くやこの花》
「スペルカード《咲くやこの花》――これは【セイレンシャウト】専用スペル!自身のカード効果を持たない代わりに、【セイレンシャウト】の素材として複数回使用することを許されたカードってわけや」
【セイレンシャウト】では、指定条件5の場合は七文字のカードを3種類必要とする。そのため《咲くやこの花》を採用することで、カード被りによる和歌不成立を避けやすくなるメリットがあるのだ。
銀毛九尾はつまらなそうに言う。
「くだらん歌よ。さっさとターンを進めるがよい」
「【セイレンシャウト】成功により、ウチは《
フォフォフォ――筆と札を手にしたシケイダ・マールは、その手を上下に揺らすような奇妙な動作をした。
しばらくすると、その姿は二つに分離していく。
シケイダ・マールの「分身能力」――あっという間に二人に分かれた歌人は、それぞれがそれぞれの歌を詠み始めた。
「バルルン・コーラス!《決闘六歌仙シケイダ・マール》は【セイレンシャウト】成功時、対象スペルの効果をコピーして唱えることができる!これで追加される召喚権は二回分ってわけや」
《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》を召喚する。
そしてフィールドのレッサー・スピリット2体――ウィスタリア・テイカーとシケイダ・マールをコストに墓地に送ることで、ウチはエースを召喚することにした。
「生命の根源たる
二元論の体現よ、唯一絶対たる真実の託宣をここに!
シフトアップ召喚!
拝火の伝道師――《
七十二の聖なる火が灯る。
火は集まり、離れ、また集い、二対の蝶翼を象った。
燃えさかる蝶――あるいは、蛾。
対アスマくん用に用意していたウチの切り札。
ドネイトくんと組み上げたデッキのエース。
《
そのBPは互いの墓地のスペルカードの250倍だ。
銀毛九尾の墓地のカードは全て回収されているため、0枚だが……ウチの墓地に埋葬されたスペルカードの数は、全部で15枚。
よって、そのBPは……!
先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ
【表徴:『
【全スピリットに「闇」のエレメント付与】
メインサークル:
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》
BP4000
領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『
後攻:イサマル・キザン
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《
BP3750
「BP3750!あと1枚で互角、さらにもう1枚で《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を上回るで……!」
さらに《十絶の陣》はプレイヤーの攻撃宣言を封じているが、バトルシークエンスの実行までは封じていない。
ウチはバトルシークエンスへと移行する――それは同時に『歌仙争奪』の合図となる!
篝火が燃え上がった。
[呪詛望郷歌・歌仙大結界『
「この瞬間、《ファブリック・ポエトリー》の領域効果を発動や!」
「くだらぬ……わらわは『歌仙争奪』を拒否」
「ええんか?
これで、ウチは3枚の《歌仙結界》を取得するで!」
さらにターンエンドを宣言すると――《決闘六歌仙ウィスタリア・テイカー》が墓地に送られたことで、ウチはさらに追加で《歌仙結界》を手札に加えた。
手札を確認する。
《咲くやこの花》
《咲くやこの花》
《本歌取り》
加えて、4枚の《歌仙結界》
7枚のカード、すべてがスペルカードだ。
どれが墓地に落ちても《
「(その上、生者の言葉を否定する《
銀毛九尾は《
けれどもメインサークルのスピリットは生半可な方法では除去できないし――《十絶の陣》の攻撃封印は2ターン続く――次の銀毛九尾のターン終了時まで有効だから、スピリットの攻撃で排除することもできない。
「(故に、銀毛九尾は《黄金錬成》のドロー操作で3枚目の《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を手札に加えるはず。それでフィールドの《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を生贄にして召喚し、魔風列波によって《
だけど、これでターンは稼げる。
次のターンにウチが敗北することはない。
たとえ《
ともかく「あのカード」が引けるまでの時間が稼げればいい――。
「――飽きたわ。汝はつまらぬ。何をするかと思えば、唯々ひたすらに防戦一方の時間稼ぎとはのう……もはや付き合ってられぬわ。汝はこのターンで終わりよ」
「……え?」
「わらわのターン――《黄金錬成》ッ!」
奇跡を模造する邪法の光――。
《黄金錬成》によって銀毛九尾はカードを創造した。
続けて、前のターンにコストにした《「
手札のカードを一瞥して、銀毛九尾は鼻を鳴らした。
「汝の児戯もここまでじゃ。
わらわはフィールドスペルを発動するぞ」
「フィールドスペルやと……!?」
『スピリット・キャスターズ』における魔術戦の極致に位置する特別なカード――フィールドスペルの発動時には、いかなるカードも
「埋葬呪言の伝道、生者の言葉を否定する《
銀毛九尾は決闘礼装にカードをセットした――そのカードは、ウチも見覚えのあるカードだった。忘れもしない、以前に真由ちゃんが使っていたカードだ。
超科学の産物、この世界から失われたロストレガシーの象徴!
そのカードの名は……!
「ウソやろ、《アルケミー・スター》!?
せやけど、そのカードのレアリティは
「くふふ。それは、どうかのう?」
銀毛九尾の言葉どおり。
《アルケミー・スター》によって展開された仮想の領域は、風光明媚な桃源郷の景色を侵略し、侵食していった。
四季折々の景色は、無機質な機械柱やコード類によって塗り替えられる。
広大な空間は平原に機械油の一滴が落ちると、錆びと鉄の匂いが草木を脅かし、やがては奇妙な実験器具が並ぶ《アルケミー・スター》の領域効果一色に染まっていった。
イサマル同様に始原魔術に通じる銀毛九尾は、アルトハイネスのそれとは異なる形で空間魔術を構築していく。
邪なる聖者により、祝福された完成をとくと見よ。
「展――。
[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]!」
現実の空間を無視した広大な空間は、血潮の代わりに電流が流れる人工血管が張り巡らされた、金属子宮の胎内へと姿を変えた。
銀毛九尾が完成させた
この段階にて、ようやくウチは理解した。
「
「ようやく気付いたか、うつけ者めが。わらわの《黄金錬成》によって創造されたカードは、元のレアリティを無視して全てが
先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ
【表徴:『
【全スピリットに「闇」のエレメント付与】
メインサークル:
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》
BP4000
領域効果:
[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]
後攻:イサマル・キザン
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《
BP4000
(《アルケミー・スター》が墓地に送られたことでBPは250アップ!)
「汝の一人遊びも、これで終わりよ。まっこと、哀れな餓鬼よのう……転生したとしても、その性根は変わらぬ。前世において――遊ぶ相手もおらず、一人で札を取り続けていた汝の姿。この女も哀れんでおったぞ?」
「……お前。
もしかして、真由ちゃんの記憶を覗いたんか」
「くふふ。なんとも、笑わせる話ではないか。のう、この女が――新川真由が、なぜ汝のようなつまらぬ者と共にいたのかを教えてやろうか?」
「な、にを」
「それはのう。汝が下等だからじゃ。人間としての質が低いからじゃ。そういった者のそばにいると、感じるものがある……優越感を感じる。蔑みじゃよ。そういった者に優しくして、つけ上がらせて、自分無しではいられないように依存させるというのは……とても心地よかったぞ?」
「デタラメや……それ以上、ふざけたことを言うな」
「それは汝がエリートとなっても変わることはない。所詮、汝は学問や社会における評価システムに対して適応し、多くの凡俗よりも少しばかりの適性があっただけで――本質的に賢いわけでも、他人よりも優秀なわけでもないのじゃ。愚にもつかぬ与太郎よ。新川真由は、そのことをようく見抜いていたぞ。なぁ、この女が――本当に、気づいていなかったとでも思っているのか?」
「……えっ」
「汝の秘めたる感情に。己が内に秘めた欲望に、気づいていなかったとでも?とっくに気づいた上で、それで依存心だけを募らせる汝を侍らせて、哀れな一人相撲を愉しんでいた――それがこの女の本性だと、考えたことは無かったかのう?」
「ウ、ウソだよ。真由ちゃんが……そんなわけ」
「汝の想いなど、最初から叶うはずも無かったのじゃ。さて、これで今世の未練も断てたかの?そろそろ――汝の肉体を明け渡してもらうときが来たぞ!」
銀毛九尾は自らの分身をコストとして墓地に送る。
シフトアップ召喚されたのは、ミラーボールのように発光するカブトムシ型のスピリット――《悪魔虫ビートル・ギウス》だった。
「このスピリットの
銀毛九尾は黄金のカードを3枚創造して墓地に送った。
それぞれのカードは――。
《ゲノムベクター
《巫蟲の呪術師》
《
その中から1枚のカードをフィールドに配置する。
「《悪魔虫ビートル・ギウス》の効果によって《
「《アルケミー・スター》の領域効果やと……!?
まさかっ!」
「くふふ、その「まさか」じゃ!
申請は許諾されたようだ。
《アルケミー・スター》の領域効果は、手札を1枚捨てることでフィールドまたは手札のスピリットによる
よって、この効果もまたスペルカードの発動を無効にする《
「
「汝は……どこまで愚かなのじゃ。
「なっ……!?銀毛九尾が、お前が
「よく見ておくがいい。わらわの連続
《黄金錬成》の光と同じ、まぶしすぎる邪悪な輝きがフィールドを満たしていく。
眠ったように目を閉じたザイオンXが出現する。
「ザイオンX、変身じゃ」
銀毛九尾はザイオンXの片腕の決闘礼装に《悪魔虫ビートルギウス》をセットすると、重苦しい響きの機械音声が鳴った。
「
ひときわ赤く煌めくのは一等星のベテルギウス。
ザイオンXの声色と同じ機械音声が鳴り響く。
「
Gene Mutation。――Gold Betelgeuse Beetle X!
Philosopher's Gold must remove poison of Fire.」
光の彼方から出現したのは新たな形態を得たザイオンX――だが、その五体は黄金の甲冑にすっぽりと包まれていた。
カブトムシのように雄々しい角を付けた堅牢なる甲冑は、さながら四肢を束縛する拘束具のようにも見えて――内に存在するはずのザイオンXの表情は伺えない。
恐らくこれは銀毛九尾が、自分の意に従わないザイオンXを使役するために用意された
これが銀毛九尾の生み出したユニゾン・スピリット――。
「《「
「ゴルドベテルギウス・ビートルXの
デッキのカードを素材にした
つまり、ここから更に
銀毛九尾はデッキから《「
再び目を閉じたザイオンXが出現した。
ザイオンXの腕に装着された決闘礼装に、今度は《死出虫レザーフェイス》のカードがセットされる。
「
鮮血のような真っ赤な
「
Gene Mutation。――Blood Massacre Beetle X!
The Chain Saw puts hand on God's chair.」
真紅の鎧に包まれたザイオンX。
フルフェイスのマスクで顔を隠して表情は見えない。
だけど、ウチにはわかる。
たぶん、あのスピリットは――ザイオンXは、本人の意思を無視して銀毛九尾の操り人形にされてしまっているんだ!
先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ
【表徴:『
【全スピリットに「闇」のエレメント付与】
メインサークル:
《「
BP3300
サイドサークル・デクシア:
《
BP1000
サイドサークル・アリステロス:
《「
BP2900
領域効果:
[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]
後攻:イサマル・キザン
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《
BP4000
すでに勝負は決した――そう、銀毛九尾は言った。
「わらわの
これで、汝の敗北は必定よ」
「……スペルカードをほとんど使わずにここまで展開したのは、見事なもんやで。だけど、これで終いやろ」
これ以上は何もできないはず……。
ウチの言動は強がりでしかない。
なぜなら、銀毛九尾の表情は雄弁に語っている。
本当の悪夢はここからなのだと――!
「わらわは墓地の《ゲノムベクター
「墓地のスピリットを装備するやと……!?」
「まだ終わりではない。《
ブラッドマサクゥルビートルXの鮮血の鎧が構えるチェンソーに、機械的なアタッチメントパーツに変形した《
先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ
【表徴:『
【全スピリットに「闇」のエレメント付与】
メインサークル:
《「
BP3300
サイドサークル・アリステロス:
《「
BP2900(+500UP!)=3400
領域効果:
[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]
後攻:イサマル・キザン
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《
BP4000
フィールドに並んだスピリットの顔ぶれを見て、ウチの背筋に悪寒が走る。
「ウソやろ……!?」
《巫蟲の呪術師》、《
ブラッドマサクゥル・ビートルXの素材となったスピリットは《死出虫レザーフェイス》。
これって、つまり――!
「もしかして、エルちゃんとの
「くふふ。そのとおりじゃ。《巫蟲の呪術師》はわらわの生得属性が生み出したカード。元を正せば、わらわの力が編み出した戦術よッ!」
決闘礼装を操作して、先ほど発動したばかりの《ゲノムベクター
テキストによると、このカードの効果でスピリットを装備したユニゾン・スピリットは装備されたスピリットの特殊効果を引き継ぐ――《巫蟲の呪術師》の蘇生効果は、今ではブラッドマサクゥル・ビートルXの手中にあるということだ。
銀毛九尾のフィールドで、ブラッドマサクゥル・ビートルXがチェンソーを回転させて威嚇する。
「くふふ。ブラッドマサクゥル・ビートルXは素材となった《死出虫レザーフェイス》同様に、コンストラクトカードを破壊してカードをドローする特殊効果を持っている……もっとも、対象は自分フィールドのみではなく――相手フィールドも含むように強化されておるがのう。さて、この意味が分かるなァ?」
「ループコンボのパーツが、全て揃った……!」
しかも、スペルカードは一切使用しないままに。
《
んっ、と銀毛九尾はわざとらしく喉を整えた。
「では、ループ証明に入るぞ?
《「
――汝は、よく知っておるじゃろう?」
「忘れるわけないやろ、だって……それは……「壺中天」の
ユーアちゃんが挑んだ『ラウンズ』昇格戦――。
ウチが生み出した《
このループが完成したことで、銀毛九尾は好きな数のカードをドローできる。
まさに圧倒的なアドバンテージ――でも!
「……好きなだけドローすればええ。どのみち、このターンは《十絶の陣》の効果で攻撃宣言はおこなえない――仮にウルカちゃんと同じく《バタフライ・エフェクト》を利用した無限ドローをこっちに押しつけようとしても、《バタフライ・エフェクト》はスペルカード……使った瞬間に《
「では、その言葉に甘えて。わらわはデッキのカード全てをドローさせてもらおう」
「……っ!」
銀毛九尾はループを繰り返し、カードをドローする。
不幸中の幸い……として。
コンストラクトカードとなった《
仮にダメージが発生していたら、そのたびにまた真由ちゃんが傷つくことになっていたところだった……。
「(真由ちゃん……)」
決断の時は迫っている。
ウチは――うちは――ウチは――。
命を、選択しなければならない。
銀毛九尾は「汝はすでに死んでいて、この世界に転生した」と言っていた。
つまり、理屈はわからないけど……イサマル・キザンは――うちの推しキャラであるイサマルくんは、うち自身ということ。
これまで15年間をイサマルくんとして過ごしてきた。
イサマルくんを何で推していたんだっけ――。
口も悪ければ、頭も悪い。
悲しき過去も何にもない……だけど。
「(そうだ……イサマルくんは――イサマル・キザンは、本当に好きになった人のためには一途だった。本編ではユーアちゃんに恋して――そのために将軍家や、
玉緒しのぶだった頃は、コスプレもしてたっけ。
見た目を真似て……口調を真似て……。
でも、うちはゲームのイサマルくんにはなれない。
イスカ一の札取り。魔術の天才。
一年生の筆頭、三国伝来白面九尾。
そんなのムリムリ。
だって、うちはただのオタクだし……!
さっきだって……
銀毛九尾の口車に乗って、心を乱されてしまった!
「……イサマルくんのルート、10周はしたけどさ」
本当に大事なもののために、全てを切り捨てて、カッコよく戦おうとしたって――そんな度胸もないし、そもそも……うちには、何が本当に一番大事なのかもわかってないんだ、たぶん。
だって……!
「(助けたいよ。エルちゃんだって、ドネイトくんだって、真由ちゃんだって……全部大事で、全部大切なんだもの……!)」
答えの出ない問いを続けているあいだにも、銀毛九尾はループを続けていく。
やがてデッキのカードを引き尽くすと――。
「わらわは《庚申塔》を配置するぞ。
このコンストラクトカードがフィールドにあるとき、墓地の《上尸虫「
三尸の虫――道教の伝承にある空想の虫たちが、デッキへと戻っていき――ここに3枚目の銀毛九尾が降臨する準備が整った。
《庚申塔》の内より九本の尾を持つ大妖怪が顕現する。
「シフトアップ召喚、出でよ《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》!
魔風列波――。
フィールド上の全てのカードを破壊する!」
「くっ……《
聖なる拝火の伝道師――燃えさかる蝶は「闇」の魔力の波動を受けてバラバラに四散した。
同時にスピリット破壊によるダメージが肉体を苛む。
「ぐあああっ……!」
これで、ウチのフィールドはガラ空き。
さらに、状況は最悪の一途をたどる――!
先攻:シルヴァークイーン・ナインテイルズ
【表徴:『
【全スピリットに「闇」のエレメント付与】
メインサークル:
なし
サイドサークル・デクシア:
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》
BP4000
サイドサークル・アリステロス:
《「
BP2900(+500UP!)=3400
領域効果:
[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]
後攻:イサマル・キザン
【シールド破壊状態】
メインサークル:
なし
「そんな……なんでブラッドマサクゥル・ビートルXが無事なんや!?」
《黄金錬成》によって付与された「闇」のエレメントは、あくまで相手の破壊効果からスピリットを守るものであり――銀毛九尾自身がコントロールする《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》の魔風列波は破壊耐性の対象外のはず!
「ゴルドベテルギウス・ビートルXには隠された効果があるのじゃ。このスピリットをコストにしてインタラプト扱いで墓地に送ることで、わらわのコントロールするユニゾン・スピリット1体を永続的にカード効果では破壊されなくする……言ってなかったかのう?」
「こいつ……!」
黄金の鎧に包まれたザイオンX――銀毛九尾が生み出したユニゾン体は、その対魔力の装甲の加護を解放することで、同胞をナインテイルズの破壊効果から守ったのだ。
すなわち――魔風一過、されど銀毛九尾の無限ドローエンジンは未だ健在なり!
銀毛九尾は底なしの悪意をもって問う。
「さて、わらわはバトルシークエンスに入るぞ……?
構わんよなァ、汝?」
「……それはっ!」
ダメだ。
銀毛九尾をバトルに突入させてはならない。
《十絶の陣》の効果が残存している今……攻撃宣言ができない今の状況で、バトルシークエンスに入りたい理由は明確だ。
前のターンに見せた《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》――自分ターン中のバトルシークエンス中にしか発動できないインタラプト・スペルと2枚以上の《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》をコンボさせることで、銀毛九尾は墓地から無限にスペルカードを回収できるようになる。
「(そして、銀毛九尾のデッキが真由ちゃんのデッキをベースにしているなら、あのカードが絶対に入っているはず……!)」
スペルカード《バタフライ・エフェクト》には3つの効果がある。
モード③は「ターン終了時まで全てのスペルカードをインタラプト扱いで発動できる」――つまり、バトルシークエンスであってもインタラプトではないスペルカードを発動できるようになってしまう。
銀毛九尾の手中にはデッキの全てのカードがある。
エルちゃん戦で見せた《バタフライ・エフェクト》と《魔風蜃の鏡》のコンボによる強制ドローを始めとして、どんなスペルカードのコンボであっても何度だって繰り返せる。
ブラッドマサクゥル・ビートルXの効果も、《
奴がバトルシークエンスに入れば……ゲームは終わる。
すでに対抗手段は存在しない。
――敗北。
全てが、失われる。
うちは負けてしまう。
カードにされた二人は取り戻せない。
ウルカ――真由ちゃんもどうなるかわからない。
イサマルくん……いいや、うち自身の身体も奪われて、うちの魂は――銀毛九尾に塗り潰されてしまうだろう。
やっぱり、うちは……イサマルくんなんかじゃない。
イサマルくんとは違う。
誰も救えない。何も選べない。
唯一、差し出せるものがあるとするなら……。
「……お願い、します」
「あァン?」
うちは膝を折り、粛々と頭を下げた。
「お願いです。……うちの身体はあげます。
「ほう?くふふ、ようやく身の程を知ったか。
――よいぞ、受け入れてやる」
「――え?」
まさか、二つ返事で了承されると思わなかった。
うちは思わず顔を上げた。
「ほ、本当に……?」
「本当だとも。さぁ、
決闘礼装を開き、モニターを操作する。
「
「……どうして」
それなのに。
「
何度押しても、何度押しても……。
息が荒くなる。
どうして、うちは言うとおりにしたのに……!
くふふ、ふふふ、ふふふ……忍び笑いを漏らしていた銀毛九尾は、こらえきれずに腹を抱えて爆笑した。
「なんじゃ、汝は知らんかったのかァ?この札遊びではのう……
「……拒否?」
そんな。どうしてそんなことを。
銀毛九尾の目的は――ウチを敗北させることのはず。
「なんで……言ったとおりにしたのに……」
「気が変わったわ。
――わらわは、これでターンエンドじゃ」
「ターン、エンド……!?」
銀毛九尾のターンは終了し――ターンが回ってきた。
頭の中には困惑しかない。
助かった……でも、どうして?
そんな様子を嘲笑いながら、銀毛九尾は最大の悪意をもって言った。
「すでに無限ドローコンボは完成した。汝などいつでも殺せる――わらわは殺し方を選べるということじゃ。《十絶の陣》の攻撃封印が解けた今――汝には最大の苦痛をもって敗北してもらう。
「ぎ、銀毛九尾ぃぃぃっ……!」
「さぁて、汝のターンじゃぞ?じっくり味わうがよい。
汝の、人生最後のファイナルターンをなァ」
人生の、ファイナルターン……。
脚に装着された決闘礼装に目を落とす。
これが最後のドロー。
「(真由ちゃんが好きなカードゲームアニメなら。ここで、逆転のカードを引けるのかも)」
この世界にもその仕組みはある。
フォーチュン・ドロー――天命に愛された
主人公のユーアちゃんや、攻略対象であるアスマくんやジェラルドくん――この世界では、なぜか攻略対象になってしまったウルカ(真由ちゃん)も使っていた。
イサマルくんも――本編ではユーアちゃんの
「でも……ウチには、無理だよ」
一つだけ、この状況を何とか出来るかもしれないカードが存在する。
銀毛九尾が仕掛けた究極のアンフェアゲーム、その前提を崩すことができるかもしれない1枚が――ウチのデッキにはまだ眠っている。
これまでの時間稼ぎは目当てのカードを引くまでの布石だった。
「デッキを信じる、カードを信じる……そんなの、出来ない。出来っこないよ。ウチはそもそも、カードゲームなんて好きでもないし――」
――いや。
それはあくまで、玉緒しのぶ――前世における「うち」の話じゃないか?
この15年間、ずっと「うち」はこの世界で生きるイサマル・キザンだった。
数か月前、ちょうど『デュエル・マニアクス』の本編開始――ユーアちゃんとウルカのアンティ
うちは、玉緒しのぶであると同時にイサマル・キザンでもある。
魔術の才能と家柄を鼻にかけて、周りの同世代を傲慢に見下して、口を開けば嫌みと悪態ばかりが出てくる――だけど、ある女の子との出会いから、他人を思いやることや、大切な人のために戦うことを学ぶ男の子。
イサマルくんを推したくなった理由……。
「最初は、顔だったけど。
でも、それだけじゃないよね」
その横顔のどこかに――うちを見ていた。
全然、自分とは重ならないはずのキャラクターだけど。
共感、感心、あるいは憧れ。
これはゲームじゃない。コスプレでもない。
イサマル・キザンその人自身が、今は自分なんだ。
100%のイサマルくんじゃなくても――
99%は玉緒しのぶでも――
残りの1%は、まだわからない。
だから、確かめに行こう。
「これは……!」
気づくと、右の掌が暖かい。
そこに宿るのは――光。
黄金の光を、真性の奇跡を宿した右手。
決闘礼装に輝ける指を添えた。
銀毛九尾は狼狽する。
「な、汝如きが……ありえぬ。
マクシウム演算の
「はっ、何を言うてるかわからんわ……。
クソババァが!」
一年生の身でのフォーチュン・ドロー。
ぶっつけ本番、土壇場の覚醒。
考えてみれば、当然のことだ。
……それくらい、出来て当然じゃん?
「へへへっ、ウチはイサマル・キザンやぞ!二つ名は『三国伝来・白面九尾』。第一回キャラクター人気投票では堂々の一位!(次回から段ボール投票は一票扱いだけどね!)設定年齢は15歳、かに座の……B型っ!」
ようく見晒せ、イスカ一の札取りの実力を。
これが極東最強の若殿様じゃいっ!
「フォーチュン……ドローッ!」
黄金の夢想は、手のひらサイズの現実に。
頭に描いたカードが、今まさにそこにあった。
これこそが、ウチの秘策。
発動せよ――規格外のスペルカード!
「人工結界起動。
邪悪なる魂よ、ただひたすらに落ちてゆけ――。
《■■の■■》!」
★★★
「……莫迦な。知っておるぞ、この空間は」
何も無い白い部屋。
四角四面の空間の中で、銀髪の妖女は息を呑んでいた。
現実世界とは異なるもう一つの世界。
「六門魔導」の天才、結界術の達人、イサマル・キザンの最高傑作――空間魔法の極致でありながら『スピリット・キャスターズ』の枠内には収まらない、あるいはフィールドスペルとは似て非なる桁外れのスペルカード。
世界の名を「壺中天」。
「《
「……このカードの本来の目的を、ようやく果たすときが来たようやね」
「汝……どういうことじゃ!?」
「《
けれども、果たしてお前はどうやろうなぁ?」
「壺中天」の世界にて、
銀毛九尾――その真の姿と相対する。
ウルカ・メサイアの身体を乗っ取っていた銀毛九尾、その魂の本来の形がこの世界では露わとなる。
「――それがお前の正体か。
前世のウチのことを知っとる口ぶりから、なんとなく想像はついとったけどね」
「おのれぇぇぇっ……!
これで、わらわをハメたつもりか!?」
そこにいたのは、絶世の美人。
現実世界でウルカに着せられていた毒虫色の着物のコスチュームはそのままに――腰まで伸びたさらさらの銀髪と、サファイヤ色の瞳が輝く毒婦。
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「ザイオンXとかいうスピリットが見せた素顔――いくらか幼くなってたけど、どうみてもウチの社長やったわ」
ドネイトくんはウチに訊ねた。
「《「
「……理由はわかんないけど。
真由ちゃんがあの妖怪ババアと繋がってるのかも」
----------------------------------
「極東エリア統括マネージャー兼、
ザイオンテック・ジャパンCEO――。
シァン・クーファン。
それが……お前の正体ってことや!」
《「
「壺中天」にて、シァン・クーファンは嗤った。
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