Change the WorLd

「も、もう無理やぁ……!

 ウチ、これ以上は一歩も進めへんよぉ」


ダンジョン『旧アカデミー校舎』第三層――。

薄暗い秘密研究所じみたエリアにて、か細い声を漏らしたのはイサマルくんだ。


これまでの肝試し大会では何とか全勝を保ってきた我ら【悪役貴族コンビ】だったが、イサマルくんの「肝」はどうやら限界に来ているようだ。


内股になって足を震えさせている姿を見ると、さすがに私も罪悪感を感じる。


「イサマルくん、よく頑張ったわ。

 ここらでリタイアしましょう」


「……リタイア?」


「ええ。元々、お遊びなんですもの。

 そこまで無理してやるものじゃないわ」


人には向き、不向きというものがある。

怖いものが苦手というなら、尚更だ。


ところが……どうしたことなのか。

イサマルくんは「いや」と首を横に振った。


「や、やっぱり……行く。

 ウチは、仕事ができるオトコやから……ね」


「仕事?でも、肝試し大会は遊びでしょ」


「いいや……これは、ウチにとって必要なことなんや」


そういえば、大会が始まる前にも言っていた。

「ウルカちゃんに協力してほしい」って――。


イサマルくんは小動物のように首を左右に動かして、辺りを探るように動き出した。

私もそれについていくことにする。


「……イサマルくん。あなたって何者なの?

 聖決闘会カテドラルの会長に手際よく就任してみせたところを見ると――この世界について――『デュエル・マニアクス』について、詳しいのかしら?」


「まぁ、一応ね。ウルカちゃんと違って、ウチは全キャラ分のルートを攻略しとるし。とはいえ、いわゆる完全版商法だったから、ファンブックでも公開されてない設定や、未回収の伏線もいっぱいあるんで……ウチにもわかってないことは多いんやけど」


――え?


「今、なんて言ったの?」


「完全版商法。もしかしてウルカちゃんは知らない?

 本当は完成してないゲームを中途半端な状態でリリースしてユーザーに購入させて、後から完成した完全版を売って二重に利益を得る手法のこと。まー、こっちも納期は絶対に遅らせられないって縛りでやってるからね。ユーザーには悪いけど、ウチらにはウチらの事情があるんよ」


「いや、そうじゃなくて」


問題はその前だ。


「どうして、私が『デュエル・マニアクス』を攻略してないって知ってるの?」


――ぴたり。


それまで、おそるおそる校舎の廊下を歩いていたイサマルくんの足取りが止まった。

私が前に出ると、小柄なイサマルくんを見下ろす形になる。


「私、イサマルくんに話したことなかったわよね」


「……そ、そうやったっけ」


「思えば、気になることはいっぱいあったわ」


たとえば、これまでの道中で語っていたイサマルくんの経歴だ。


肝試し大会の道中のこと。

イサマルくんは私にしがみつきながら、私たちが元いた世界での経歴について誇らしげに語っていた。


聞いてみると、かなりのエリートだったらしい。

曰く――。


「帝都大学工学部の出身で、都内の外資系企業で勤務。

 高級マンションで一人暮らし、って言ってたわね」


「うん……」


「なんか引っかかってたのよ。

 どこかで聞いた話だなーって」


「え、いくらなんでもテンプレすぎた?

 でも、こういうのって結局は学歴と年収じゃん!?

 あと身長っ!」


「いや、テンプレとかじゃなくて……。

 私の知ってる人にそっくりなの」


――そう。

「彼女」とそっくりなのだ。


「彼女」は小学校までは一緒だったけど、中学からは向こうが私立に進学したことで疎遠になっていた。


再会したのは、成人式での同窓会のこと。


「(あのときは、驚いたわ――)」


小学校のクラスメイトで一番仲が良かった、私の親友である「彼女」――しのぶちゃんが、日本で一番の難関校と呼ばれている帝都大学に入っていたのだから。


それから同窓会をきっかけに、しのぶちゃんとは再び連絡を取り合うようになった。


上京してからは、東京で唯一の頼れる友達にもなった。

思えば……私が上京したのも、しのぶちゃんに強く薦められたからだっけ。


――地元の昆虫については、まだまだ掘り尽くしてないところだったのだけれど……環境が変わってみると、ガラリと顔ぶれが変わるのも楽しかったりして。


そういう意味では、しのぶちゃんに感謝。


一方、しのぶちゃんの方も大学卒業後は都内に留まり、外資系の企業――ザイオンテックの系列企業である罪園CPでゲーム開発エンジニアをすることになった。


そうだ、どこかで聞いた話なわけだ!


私は足を止めて、イサマルくんに問いかける。


「帝都大学の、それも工学部の出身で外資系企業に勤務してる人……ようやく思い当たったわ。あなたの言う経歴、性別と年齢以外はしのぶちゃんと同じなのよ!」


正確には、身長も少し違うけど。


イサマルくんは向こうの世界の自分を身長185cmと自称していたが、しのぶちゃんは170cmと少し――ちょうどシオンちゃんと同じくらいだ。

それでも女性としては背が高い方だし、スタイルも抜群なので目の保養になっていたのだけれど……。


とまぁ、それは置いておいて。


私はあわあわとしているイサマルくんに『逆転裁判』の如く指を突きつけた。

(くらえっ!)


「私がこの世界に来たのも、しのぶちゃんに贈られた『デュエル・マニアクス』をプレイした直後だったわ。もしかして、あのゲームに何か仕掛けてあったの?」


「違う、それは誤解!あれは通常版だし……この世界にアクセスするためには本当は社内で管理されてるベータ版の『デュエル・マニアクス』で入らなきゃいけないはずだったんだから!」


「ベータ版……いや、それよりも。

 認めるのね?

 あなたの正体が……しのぶちゃんだってことを!」


「そ、それは……」


と、そのとき。


「ぐるおおおおっ!」と、廊下のカドからスピリットが現れた。


下半身が蛇になった異形の巫女型スピリット――さらにその腕は『キン肉マン』の悪魔超人アシュラマンの如く、三対六本となっている!


いや、普通に阿修羅でいいのか。


ともあれ――両面宿儺1.5人分の利便性をほこる六本腕を振り回しながら「カンカンダラーッ!」と叫びながらスピリットが飛びかかってくる。


まずい、決闘礼装に手をかけるのが間に合わない――!


「【セイレンシャウト】――

 スペルカード《歌合うたあわせ》を発動!」


切れ長の目を細めて、狐のように精悍な顔つきになったイサマルくんが、ローラースケート型の決闘礼装にカードを装填する。


「いつの間に決闘礼装を……!?

 そうか、イスカの始原魔術による瞬間着装ね!」


イサマルくんは5枚のカードを次々と決闘礼装にセットしていった。


「《ぬばたまの》《ブラックホール》《六歌仙》

 《歌仙結界》《吸引モード》」


豪奢な和服を着た男性型のスピリットが出現する。


スピリットが歌うように呪文を唱えると、空中に出現した黒い魔力球が六本腕の怪人に飛んでいき――あっという間に全てを吸い尽くしてしまった。


廊下に残されたのは、静寂のみ。


私は驚いた。

以前のイサマルくんとは……まったく違う戦術!


イサマルくんは扇子を広げてけらけらと笑う。


「へへへ、今までのはお遊びやて。

 これがウチの本気や……!」


これまでのしおらしい態度はどこに行ったのやら。

私は愕然とした。


「まさか……私をからかってたの!?」


「ウルカちゃんは単純やねぇ。ちょーっと泣き真似しとっただけやがな。その「しのぶちゃん」とやらの話も適当に合わせとったけど、元の世界のヤツに会いたくて恋しくなったんか?ホームシックってやつか、かわいそ」


「……っ!イ~サ~マ~ル~くん!?」


「おっと、デコピンはごめんやで。へへへ、お先ぃ」


「こら、待ちなさい!」


決闘礼装の車輪に魔力を込めると、イサマルくんは廊下を走って行った。

私はあわてて追いかける――。


廊下を走りながら、これまでのやり取りを思い返す。


「……イサマルくん。

 本当にしのぶちゃんと関係ないのかしら?」


あんなに態度が悪いのに何故か憎めないイサマルくん。


普段はしのぶちゃんにしかしないデコピンも、ほとんど初対面のときから自然に身体が動いてやってしまった。


それに『デュエル・マニアクス』のイサマル・キザンは――しのぶちゃんの推しキャラだった。


考えてみれば考えてみるほどに、状況証拠は揃ってる。

でも……。



「……もしも、しのぶちゃんだったなら。

 必死になって正体を隠す必要なんて無いはずよね?」



☆☆☆



――危なかった。

なんとか、ごまかせただろうか?


バクバクと鼓動を早める心臓を、イサマルは必死に押さえつけた。


「ウルカちゃんに……真由ちゃんに、正体がバレちゃったかも。どうしよう、どうしよう、どうしよう……せっかくの……うちが掴んだ、チャンスなのに……!」


かなわない夢だと思ってた。

元の世界では、どれだけ仲が良くても……うちは所詮、友達。


仲の良い友達……。でも。


「この世界では、今はイサマルくんなんだもの。

 乙女ゲームの攻略対象――!

 見た目だけなら誰にも負けないイケメン。

 ……カッコいい、男の子なんだから」


元の世界ではかなわない夢を、掴めるかもしれない。

ウルカを――真由ちゃんを、うちのものにする。


「男と付き合ったことなんて無いから……適当にハイスペ男子っぽい設定を付けたけど。へへへ。そうだよね。あっちの世界での、うちそのものじゃん。バカだな……舞い上がっちゃってたな。なんか、変な匂わせみたいになっちゃったし」


からって。

適当すぎたかな。


――でも。


別に、元の世界に戻れなくたって構わない。

真由ちゃんと一生をこの世界で過ごすことになっても。


「ドネイトくんの推理が正しいかどうか……。

 第四層の探索で、たぶん確定するはず」


イサマルはローラースケートの足を止めた。

薄暗い廊下の中――ある疑問が湧いた。


「……あれ?」


そういえば――。



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「会長に、わからないことが……あるの、でしたら。

 どうか……小生を、頼ってください」


----------------------------------



ドネイトくんは、この世界でうちが得た仲間。

とても頼りになるし……なんでも相談できる。


今回の肝試し大会だって……。

ドネイトくんに相談すれば、真由ちゃんを落とすためのとっておきのアイデアを思いついてくれたはず!



それなのに。



「どうして……ドネイトくんには。

 真由ちゃんの話を、したくないんだろ」

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