Inしてみる!
ダンジョン『旧アカデミー校舎』第一層――。
「いやぁぁぁぁっ!バ、バケモンやぁぁぁっ!」
「ちょっと、イサマルくん!走ったら危ないわよ!」
「そ、そないなこと言うたかて……ぐへっ」
言わんこっちゃない。
木造の廊下をギシギシと言わせながら前を行くイサマルくんは、崩れた床に足元を取られて転んでしまったようだ。
「痛ったぁ……」と鼻頭を抑えるイサマルくん。
私はイサマルくんの手を取って立たせる。
「大丈夫?」
「うぅ……ウルカちゃん。ウチ、やっぱりローラースケート使いたいよぉ」
「ダメよ。二人一緒に到達しないと、パズルカードは入手できないルールになってるんだから。あれを装着したら、イサマルくんは一人で逃げちゃうでしょ?」
「そんなこと……無いもん!いくら怖くても、ウチはウルカちゃんを置いて逃げたりしないってば!」
「本当にぃ?」
私は背後を振り返って、廊下の先を示した。
先ほどイサマルくんが見つけた「バケモノ」がいる。
床に這いつくばっているのは、上半身だけになった学生服姿の少女。
少女は床に横になったまま、腕と腕だけの力をもって――異様なスピードでカサカサと追いかけてくる!
イサマルくんは「ひゃあああーっ!」と絶叫して、私にしがみついた。
私は「バケモノ」を冷静に観察する。
――そうか、なるほど。
決闘礼装にカードをセットした。
「《エヴォリューション・キャタピラー》を召喚!
お行きなさい!」
芋虫型のスピリットで「バケモノ」に攻撃する。
三対六本の脚と、脚同様の働きをする腹脚と呼ばれるイボ状の出っぱりをうごめかせて、芋虫は思いっきり体当たりをした――すると、「バケモノ」は消滅して、その場には精霊核が残される。
「
ボロボロの衣をまとったミミズの絵が浮かび上がった。
「《上尸虫「
「えっ……
ってことは、さっきのはスピリットかいな!?」
「あなたも私と同じ世界から来たんでしょ?
なら、アレの正体も知ってるんじゃないかしら」
上半身だけの少女の姿をした怪異。
一説には、電車の事故で身体を失ってしまった女子高生の霊だとも言われている。
その怪異の名は――。
「テケテケ。言ってみれば妖怪の一種じゃないのよ。妖怪デッキの使い手なんだから、こういうのってイサマルくんの専門なんじゃないの?」
「い、言われてみればそうやったわ!
テケテケも『学校の怪談』とかで見たっけなぁ!」
『学校の怪談』。
子供の頃、しのぶちゃんとTVで観た覚えがある。
映画に出てきたテケテケは空を飛ぶピンクの猿みたいな怪物で、とても少女の霊とは似ても似つかない姿だったけれど。
この旧校舎では、野生のスピリットは出てこないように駆除されていたはず。
つまり――これは主催者であるウィンドくんの仕込みなんだろうか?
「イサマルくん、アレがスピリットの一種だって気づかなかったの?」
「急に襲ってきたから、それどころじゃなかったわ。
ウチ、妖怪は大好きやけど、生でテケテケ見るのなんて初めてだったから、つい……!」
「うふふっ」
「……ウルカちゃん?」
「妖怪とか怪談とか、そういうのが好きなくせに、実際にホラーっぽいものを見るのが苦手なのって……私の仲の良い友達もそうだったから。ちょっと、懐かしくなっちゃったわ」
「ふうん。仲の良い……「友達」、ね」
「この世界じゃなく、前の世界にいた友達だけれどね。
イサマルくん――教えて」
私は決闘礼装にカードを仕舞う。
「私たちはどうして『デュエル・マニアクス』の世界にいるの?
元の世界には、どうやったら帰れるのかしら?」
「ウチかて、全てがわかってるわけやないからね。
今の時点で言えるのは……って」
イサマルくんの表情が凍りつく。
彼の目線を追うと――。
口が耳元まで裂けた女。
中年男の顔をした犬。
宙を舞う音楽家の肖像画。
動き回る人体模型。
それっぽい連中の満漢全席――!
「まったく、テーマパークに来たみたいね。
テンションが上がるわ……!」
イサマルくんが半泣きになって私にしがみつく。
「やぁぁぁ!ウルカちゃん、助けてぇ!」
「大丈夫、私に任せて。
――さぁ、かかってきなさいっ!」
☆☆☆
ダンジョン『旧アカデミー校舎』第二層――。
窓ガラスで外が伺えた第一層とは異なり、全ての窓が釘打ちで閉ざされている。
外界と繋がっていない閉鎖空間。
地理的には二階でありながら、さながら地下の迷宮の如き様相だ。
「ウィウィ、やりすぎっ!
これじゃボクたちでもクリアできないかもじゃん!」
「そう、ですね……計画では、第四層に到達できるペア4組は小生たちが勝ち取らねば……なりません。そのための……スイスドロー形式、ですから」
スイスドロー形式では勝者同士のマッチングについては主催者に一任されている。
主催者であるウィンドの采配により、第一層から第三層までの三戦では『ラウンズ』が所属するペア同士は当たらないように仕込まれている――つまり、この大会はある意味では出来レース。
その目的は、決勝の舞台である第四層に七人の『ラウンズ』を送り込むこと。
だが――!
エルは弦楽器型決闘礼装『ストラディバリウス』をかき鳴らす。
現れるのは四者四葉の少女楽団――《
それでも、多勢に無勢。
現れる怪異の群れは、エルとドネイトに向けて、じわじわと距離を詰めてくる。
「エクストラサークルをふくめて、四体のスピリットを召喚してるのに……それでも、それでも、”てかず”がたりないって……どうすればいいの!?」
「エル嬢の《
「ドネドネも手伝って手伝って!このままじゃ、あいてのペアに、先にパズルカードをとられちゃうよ!」
ドネイトは前髪を上げて探偵モードに変貌する。
「――いいえ。小生はスピリットを召喚しません」
ドネイトは魔導書型決闘礼装『ウイチグス呪法典』にカードをセットした。
「スペルカード発動――。
《密室犯罪学講義「
スペルの効果により、ドネイトの気配が消失する。
その場にいながらにして――誰も認識できないほどに重みが軽くなる。
長身を折り曲げつつ、エルの顔の高さでドネイトはささやいた。
「「
ご自分のスピリットを回収してください、エル嬢」
「えっ。でもでも、スピリットを召喚しないと……またおそわれちゃうよ!」
「それが、ウィンド氏が旧校舎に仕掛けた罠なのです」
☆☆☆
校舎の外。
すでに恐怖に耐えかねてドロップしたペアに、参加賞の納涼クリームソーダゼリーを渡しながら――ウィンドは呟いた。
「ドネイト先輩なら、見抜いてくるか」
組絵立体型決闘礼装『イコサヘドロン』。
ウィンドは自身の決闘礼装が変形したモニターを通して、コントロール下にあるスピリットの視界をモニターする。
「……第四層の探索には危険が伴うかもしれない。ミルストン先輩が私たちに害意を持っているとは思えないけれども――。可能性は、可能性。正直なところ、会長には内緒で……場合によっては、姉さんには脱落してもらうつもりだったんだが」
決闘礼装には一枚のカードがセットされている。
それは怪異譚を蒐集した「本」を象ったコンストラクトカードだった。
《ウィットレス・クライ・スケアリーロア》
種別:コンストラクト
(サイドサークル・アリステロス)
効果:
相手フィールド上にスピリットが召喚されるたび、手札か墓地から風のエレメントを持つレッサー・スピリットをフィールドに配置する。
☆☆☆
「召喚をトリガーに発動する、ウィウィのコンストラクトカード!?」
「あるいは、フィールドスペルの可能性もありますが。
いずれにせよ、【
ドネイトはエルをおんぶしながら、自身を認識しない怪異スピリットたちの横をすり抜けて堂々と歩いていく。
やがて壁に到達すると、スペルカードを発動した。
「《密室犯罪学講義「
ドネイトのスペルにより、何もない壁に「穴」が空く。
「穴」の向こうには第二層のゴールとなるパズルカードが浮かんでいた。
ドネイトの背中におぶさったまま、エルは「にひひ」と笑った。
「ドネドネ、ずるいずるい♪
これって、アレじゃんっ!」
「はい。いわゆる「秘密の通路」というやつです。
ノックス第二項により『犯行現場には二つ以上の抜け穴は許されない』――」
ドネイトは人知れず笑みをつくる。
「つまり、一つまではOKということです。
作品としては駄作きわまりないですが……。
いかがでしょうか、エル嬢?」
☆☆☆
ウィンドはかぶりを振って苦笑する。
「《ウィットレス・クライ・スケアリーロア》――私の切り札さえも、手段を選ばないときのドネイト先輩を相手にしては形無しだね」
これでは秘密にしておいた甲斐がない。
とはいえ――姉を預けるに充分な実力を備えているのはわかった。
「さて、他のペアはというと……」
☆☆☆
同じく、ダンジョン『旧アカデミー校舎』第二層――。
怪異の姿をしたスピリットたちを物ともせず、破竹の勢いで進撃するペアがいた。
「BP6000になったランドグリーズで攻撃ですっ!
英断のタクティカル・スラッシュ!」
「ひゃーはははっ、消えろ雑魚ども!
熾烈なるビブリオクラズム・バーストォ!」
どんな強敵が現れようとも、圧倒的なBPをもって突破する力を持つワルキューレを従えたユーア・ランドスターと――『スピリット・キャスターズ』最強のトライ・スピリットの一柱たるアラベスクドラゴンを従えたアスマ・ディ・レオンヒート。
【
相手ペアより先にゴールに到達したユーアは、パズルカードを入手した。
「第二層も勝利っ!です。
アスマ王子、お疲れ様です!」
「僕は疲れるほどのことはしていないよ。いくら下級のレッサー・スピリットが湧いてこようとも、カード効果を受けないアラベスクドラゴンに太刀打ちできる者はいない……イージーゲームさ」
アスマはユーアが手にしたパズルカードを受け取る。
入手したパズルカードと、第一層で入手したカードを重ね合わせた。
「これは……なるほど。
カードを重ねることで絵柄が浮かび上がるんだね」
「もう半分くらいイラストが出来上がってますね。
たぶん、
「プリンか……」
アスマが気乗りしないふうに呟いたので、ユーアは目をぱちぱちさせた。
「アスマ王子は食べたくないんですか?
あの伝説のプリンですよ!」
「伝説って?
ああ……そういえば、そんな話もあったな」
アスマはパズルカードを懐に入れる。
「僕はあくまで肝試し大会というイベントに興味があっただけだからね。優勝賞品とか、そういうのは意識していなかった。プリンはユーアさんにあげるよ」
「ええっ!?」
ユーアは思わず口元を抑えた。
「そんな……悪いですよ……!
せっかくのプリンなのに。
私が、二つも食べちゃうなんてっ!」
「いや、誰かと一緒に食べればいいだろ!?
やっぱりユーアさんも、ジェラルドと同じプリン中毒じゃないか!」
「すみません、本性が出てしまいました。忘れてください」
「無理だよ……」
「代わりと言ってはなんですが、私もアスマ王子がちょっとだけヒャハってたのを水に流しますので!」
「えっ、ウソだろ。いつ僕がヒャハってたって?」
☆☆☆
ウィンドは無言でモニターを眺める。
「(この二人に関しては、決勝進出は確定だね……)」
モニターをスクロールして、別のペアを映した。
「さて。こっちはお荷物がいるから、どうなるかな?」
☆☆☆
ダンジョン『旧アカデミー校舎』第三層――。
第二層から更に昇降した第三層では、これまでの「学校」の名残がある雰囲気とはガラリと様相を変えていた。
用途不明の試験官や試薬といったものが立ち並ぶ研究施設――。
ジョセフィーヌはペアを組んだジェラルドに身を寄せながら、懐中電灯型の魔道具でうす暗い部屋を照らした。
「うウ……ブ、不気味。まるで錬金術の授業の準備室みたいでス……!」
「この校舎は、戦時中は軍の施設だった。錬金術というのも……当たらずとも遠からず、かもしれんな……もっとも」
ジェラルドは近くの棚に収められたファイルをパラパラとめくる。
「めぼしい資料などは……持ち出された後らしい。
だからこそ、今は放棄されているわけだが」
二人が部屋を探索していると……。
異様な人影が入ってきた。
……細長い女だ。
身の丈は八尺ほどある、白くて奇妙に長い女。
人間という生物のパロディ、残忍なカリカチュア。
ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽ……と。
言葉とも息ともつかぬ声が漏れ出る。
ジェラルドは黒剣型決闘礼装『ドヴェルグ=ダイン』を構えた。
「……ジョセフィーヌ。準備はいいか?」
「は、はイ!」
ジェラルドはコンストラクトカードを実体化させる!
「《「
決闘礼装を覆うように白く輝く両手剣が出現した。
「
ジェラルドは「やはり……な」と云う。
「この校舎にかけられたウィンドの仕掛けは、スピリットの召喚をトリガーにして発動する。だが、俺はスピリットじゃない。俺が攻撃に転じることで増援が湧くことはないわけだ――」
これまでの肝試しにおいて、ジェラルドは旧校舎のスピリットの行動パターンを観察していた。
《ウィットレス・クライ・スケアリーロア》の性質を既に見抜いていたのだ。
「感謝するぞ、ジョセフィーヌ。お前の映像記録があったからこそ、正確にカードの効果を推測することができた」
「い、いエ!
これもお義兄さんの分析あってこそ、でス!
私も勉強になりまース!」
広域報道特化型決闘礼装『ローズバッド』――撮影・記録・編集・放送といった報道に必要な機能をすべて兼ね備えた上で、外部から魔道具をアタッチメントのように取り付けることで機能を拡張することが可能なジョセフィーヌの決闘礼装――それによって肝試しのレポを書くために撮影していた映像記録が、ジェラルドにとっては功を奏した。
《極光剣グラム》を構えたジェラルドが、剣を振りかぶる!
八尺スピリットは一撃で粉砕された――ジェラルドは振り向いて、背中越しにスピリットが爆散するのを見てポーズを取った。
「……撮れたか?」
「バッチリでス!これは売れますよー!
今月のPV、爆上がりでース!」
「ふっ。報酬は弾んでもらうぞ」
☆☆☆
校舎の外。
すでに脱落が確定した者、自主的にドロップした者が大半となり、大勢が固唾をもって決勝進出者となる生徒が誰になるかを見守っていた。
参加者の一人であるジョセフィーヌが、学内の報道部チャンネルでリアルタイム配信しているので――動画の同時接続数もどんどん増えていっている。
ウィンドも決闘礼装のモニターで動画を眺めた。
黒衣のマントをはためかせて剣を構えるジェラルド――その勇姿を確認する。
「……ジェラルド一人で突破してるようなものだね。
まぁ、いいか」
【カテドラル・ブラザーズ】
【解説師弟コンビ】
【フォーチュン・ミッショネルズ】
当初の計画通り、七人の『ラウンズ』――エル、ドネイト、ジェラルド、アスマ、ユーアについては順調に決勝進出が決まっている。
「……ん?」
いや、二人足りない。
第四層の決勝戦に駒を進めた『ラウンズ』は五人。
残る二人は――。
モニターをスクロールして――ウィンドは頭を抱える。
予想外の計算外……!
「……いったい、何をやっているんだ!会長は!」
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