マントを忘れただけなのに
そんなこんなで……。
厳正なくじ引きの結果、肝試しに挑むペアが決まったのだった。
ジョセフィーヌちゃんがマイクを握る。
「それでハ!早速、今大会の優勝候補を紹介していきましょウ!」
【カテドラル・ブラザーズ】
ドネイト・ミュステリオン
×
エル・ドメイン・ドリアード
「まずは
マイクを向けられたエルは「むー」と頬をふくらませる。
「ボクだって、かいちょーやジョセジョセたちと肝試ししたかったよぉ!」
「す、すみませんエル嬢……」
ドネイトは肩を小さくして頭を下げていた。
エルは「にひひ」と声を潜めて笑い、ドネイトに身を寄せた。
「ドネドネも、ボクの”にーにー”を名乗るなら……。
たよれるところ、見せてよね?」
「はい……小生も一度は、エル嬢の兄と、なった身。
「会長の計画」を……必ずや、成功させましょう」
【解説師弟コンビ】
ジェラルド・ランドスター
×
ジョセフィーヌ・タフロイド
「続いては、なんト!私とジェラルドお義兄さんのコンビとなりまス!」
「……よろしく頼む」
黒装束の青年は褐色肌の少女に会釈した。
ジョセフィーヌはニコニコとしながら、ジェラルドにマイクを向ける。
「お義兄さんの目当ては、ズバリ!
例の優勝賞品でしょウか!?」
「無論だ。
そういう意味では、ペアの相手がお前で良かった」
「? それは、どういウ?」
「優勝した場合、俺の分のプリンはユーアに渡す。
……ユーアと二人で楽しむといい。きっと、良い記事になるだろう」
「エーっ!?でも、プリンはお義兄さんの大好物でハ!」
「あのプリンはユーアが食べたがっていた。それなら、分けてやるのも兄の務め。妹のプリンを奪って食べるほど、食い意地の張った男ではないぞ……俺は」
「……なるほド?」
【フォーチュン・ミッショネルズ】
アスマ・ディ・レオンヒート
×
ユーア・ランドスター
「と、お義兄さんは言っていましタが。ユーアっち、その辺はどうでスか?」
「お兄様が――私が冷蔵魔道具に入れていたプリンを勝手に食べたことは、一度や二度じゃありませんっ!お兄様は充分に食い意地が張っています!」
アスマは「まぁまぁ」となだめた。
「そうは言っても、君たちがまだ子供のときのことだろう?」
「それはっ……!そうなのですがっ……!」
アスマとユーア。
『光の巫女』と『学園最強』の「覇竜公」。
並んだ二人の美男美女を見て――。
ジョセフィーヌは「ふム」と写像魔道具のシャッターを切った。
「お似合いのコンビでスねェ……!絵になりまス!
ところで、お二人に質問でス。先ほどのくじ引きのときに、お二人がビカビカに光っていた気がしたのでスが……まさか、くじ引きでフォーチュン・ドローを使ったのでしょウか?」
二人は同時に狼狽する。
「何を言っているんだ、そ、そんなわけないだろう!?」
「何を言っているんですか、そんなわけありませんっ!」
☆☆☆
「(くそっ……ウルカとペアを組むために運命力を解放したのに……まさかユーアさんも、僕と同じくフォーチュン・ドローを使っていたとは!)」
☆☆☆
「(やはり、アスマ王子も……!油断も隙もないですねっ!)」
☆☆☆
【はぐれ悪役貴族コンビ】
イサマル・キザン
×
ウルカ・メサイア
「……くじ引きでフォーチュン・ドローを使うアホがいるかいな。運命力が拮抗したみたいやから良かったけど。危うく、仕込みが無駄になるとこやったわ」
「イサマルくん、何か言った?」
「ううん、なんでもない!」
「それよりも、なんなのよ私たちのペア名は!
【はぐれ悪役貴族コンビ】って何よ!?」
私が抗議すると、ジョセフィーヌちゃんはたわわな胸を張って言った。
「ウルカ様もイサマル様も、どちらもご自分の胸に手を当てて考えてみてくださイ!入学当初から今までの、自身のおこないを振り返ってみましょウ!」
「胸に手を当てて……」 むにゅ。
「振り返る、かぁ……」 すかっ。
(回想開始)
ほわんほわんほわん。
(回想終了)
……そうだった。
今更ながらも、私は頭を抱えて絶叫する。
「わ……私ったら、ユーアちゃんになんてひどいことをー!?」
(その頃は、まだ「わたし」の記憶は無かったとはいえ!)
「ウチ、ウルカちゃんにめちゃくちゃ暴言吐きまくっとるー!?」
(だって、イサマルくんごっこが楽しくて……!
その頃はウルカが真由ちゃんだと知らなかったしー!)
ジョセフィーヌちゃんは我が意を得たりと頷いた。
「今でハ、お二人とも(何故か)親しみやすい御方になっていまスが……プロフィール的にはどこに出しても恥ずかしくない「悪役貴族」そのものだということが、ご理解いただけたはずでス!」
「く、くやしいけど否定のしようがないわっ!」
「ウチら、ひょっとしてすごい嫌われ者なんちゃうか!?」
「はイ!ですので、今のお二人が以前のお二人とは違っていることを「学園」の生徒たちに知らせていくために、私もこうしてペンを執っている次第なのでス!というわけで、取材のご協力お願いしまース!」
「まぁ……取材協力ぐらいならさせてもらうわ」
なんだか、まんまと乗せられてしまっている気はするけど。
言われてみれば、最近のイサマルくんはずいぶんとキャラが変わったというか――相変わらず悪だくみはしてるみたいだけど、以前よりも憎めない子になってる気がする。
私はイサマルくんに小声でささやいた。
「……とりあえず、ペアになったからにはよろしくね。ちょうど人目を避けられそうだし、私たちの「アレ」についても話してもらうわよ」
「へへへ、ウチもそのつもりやで。それとは別に、ウルカちゃんには協力してもらいたいことがあって……って」
イサマルくんが呆けた顔をしたので、私は問いただした。
「どうしたの?」
「ウルカちゃん、『ラウンズ』のマントはどしたん?」
――マント?
「『
「肝試しの開催要項、ちゃんと読んでなかったんか!?『ラウンズ』のメンバーはマントを込みの正装で来ること、って書いてあったやん!」
正装――言われてみれば。
アスマやジェラルド、ドネイト先輩やエルちゃん、イサマルくんは元より――『ラウンズ』に昇格したばかりのユーアちゃんまで、制服の上からそれぞれのトレードマークとなるマントを着けている。
てっきり、ユーアちゃんは昇格したのが嬉しくて、はりきって着ていたのかと思っていたのだけど。
「無くても大丈夫なんじゃない?肝試しには関係ないでしょう」
「それが関係、大アリなんや!あぁ、どないしよう……!」
よくわからないことで悩み始めたイサマルくんをよそに、壇上に立ったウィンドくんが大会を進行していく。
「ペアも決まったようだし、肝試しのルールを説明しよう。
現在の旧校舎は『ダンジョン』となっており、特に地下階層の一部は異界化している。そのため、肝試し大会は地上階のみで実施するよ。決して地下には入らないこと。異界化した階層は脱出が困難だし、危険なスピリットも多い――賢くなりたければ、まずはその点について留意することだね」
ウィンドくんの説明によると、旧校舎の地上階は四階層に分かれているらしい。
それぞれの階層には、2組ずつペアが同時に突入していく。
ウィンドくんが用意したパズルカードを先に入手したペアが勝利となるそうだ。
「今大会の参加者は64人――全部で32組。スイスドロー形式ということは、三戦した時点で全勝のペアが4組生まれて、ベスト4が決定することになるわね」
「ウルカちゃん、スイスドロー形式って何なん?」
「え、イサマルくんは主催なんでしょ!?」
「肝試し大会については、ウィンドくん一人に一任してたからなぁ。そうじゃなきゃ、手の内を知り尽くしとるウチらが参加者側に回るなんて卑怯や、って話になるやん」
「イサマルくんのことだから、そのぐらいはするかと思ってたわ」
「負の信頼やね……」
よし、説明するとしましょう。
スイスドロー形式とは、カードゲームの大会などでよく用いられる対戦形式だ。
一戦するごとに勝った者は勝った者同士、負けた者は負けた者同士、といった風にマッチングして対戦を繰り返していく。
総当たり形式ほど総対戦回数が増えないため時間がかからず、勝てば勝つほど実力者と当たることでトーナメント形式よりも勝者の実力が測りやすい――といった、良いところ取りの形式のために定着している。
私が説明すると、イサマルくんは「はえー、なるほどなぁ」と感心した。
――だけど、疑問がある。
「気になるのは……32組の参加ペアで全勝者を決めるためには、全部で5回の対戦が必要になるはずなのよ。旧校舎は全部で四階層。各階層で1回ずつ対戦をしたとしても、一階層分が足りないことになるわ」
そう言うと、ちょうどウィンドくんがその説明をするところだった。
「スイスドロー形式はベスト4のペアが決まる三階層まで。最終階層に参加できるのはトップの4組のみで、この階層のみ4ペアが同時に戦うバトルロイヤル・ルールを適用することになる。理解できたかな?――説明は、以上さ」
「なるほど、そういう仕組みになってるわけね」
「へへへ。ウィンドくん、ちゃんと注文通りのシチュエーションになるように調整してくれたみたいやね」
注文通り、ですって?
「……予想がついてきたわ。この大会、ただの肝試しじゃないのね。優勝賞品のプリンにしたって、エルちゃんとドネイト先輩のペアに勝たせることで、最初から誰にも渡さないつもりなんじゃないの?」
「いや、それについては別に誰が優勝してもええというか……あれを餌にすれば、少なくともジェラルドくんとユーアちゃんは釣れるやろ、っていう腹積もりやね。それとウルカちゃんに、できればアスマくんも」
「私たちを……それって」
今、イサマルくんが挙げたメンバーには共通点がある。
それは――全員が『ラウンズ』の一員であることだ。
と、そこに「よかった。間に合ったようですな」と聞き慣れた声がした。
振り向くと、そこにいたのは
「――メルクリエ!どうしたの、こんなところまで」
「お嬢様が肝試し大会に出る、とお話していたので。開催要項では『ラウンズ』は正装で参加とのことでしたが、マントをお忘れだったようなので届けに参りました」
「そういえば、昇格したときにメルクリエに預けたんだったわね。でも……わざわざ、こんな夜遅くに届けるほどのことじゃないのに」
「いやっ!メルクリエくん、ようやったわ!
ナイスプレー、ファインプレーやでっ!」
なぜかテンションを上げるイサマルくん。
よくわからないけど、私はメルクリエからマントを受け取った。
鮮やかな蒼銀色のモルフォ蝶が描かれた翡翠色のマント。
ウルカ・メサイア――本来はチュートリアルで退場するはずの彼女は、たぶんゲームの本編で着けることはなかったはずの衣装。
「仕方ないわ。暑苦しいけど、せっかくだから羽織ることにしましょうか」
白と緑の制服には、緑のマントの色合いがよく似合う。
「寄生女王」――ろくでもない二つ名だけどね。
「さて、行きましょうか!」
私はイサマルくんと共に、旧校舎に足を踏み入れる。
肝試し大会――たわいもない遊びのはずだった。
このときまでは。
陰謀。秘密。真実。虚偽。そして――愚行の代償。
すでに「闇」は動き出している。
そのことを――「わたし」は知る由も無かったのだ。
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