事故校舎 恐い建物

7月7日。

「わたし」が生まれた世界では、七夕にあたる日の夜。


「学園」の校舎から離れた旧校舎にて――。


壇上に立ったイサマルくんが、拡声魔術を唱える。


「みんなーっ!プリンが食べたいかーっ!」


「うおおおおおおおーっっ!!!」と生徒たちは拳を振り上げた。


聖決闘会カテドラル主催の納涼☆肝試し大会。

事前予約であった定員64名の枠はあっという間に埋まり、その参加者たちは今宵、蒸し暑い初夏にもかかわらず一堂に会していた。


私は困惑する。


20thトゥエンティ―スプリンって……そんなに人気なの?

 優勝賞品に釣られて集まって来たみたいだけれど」


ユーアちゃんが「もしかしたら……」と半目になった。


「……テンバイヤー、かもしれません」


ええぇ……?


「テンバイヤーって……レアなオモチャとかチケットとかを買い占めて、高額でフリーマーケットやオークションに出したりする、あのテンバイヤーのこと?」


「そうですッ!20thトゥエンティ―スプリンは一年に一度だけ、たった2個しか生産されないハイレアリティ・プリン。私やお兄様のように純粋にプリンを愛する者ではなく――転売目的で肝試しに参加する人がいたとしても、不思議ではありません!」


「て、転売目的で肝試しって……」


あと、最初から気になってたのだけれど。

肝試し大会って優勝賞品とかあるものだったかしら?


私は会場となった旧校舎を見上げた。


白亜のお城といった風情の本校舎と比べると――建物としては立派だけど、あちこちに穴が空いたまま野ざらしになった木造の建造物といった感じで――オバケの一匹や二匹、出てもおかしくなさそう。


「雰囲気あるわねぇ、旧校舎って……」


「戦時中は軍の施設として使われていたそうです。連合国軍の爆撃を受けてからはボロボロになってしまったみたいですが……。戦後は使われることもなく、現在は自然発生した野生のゴースト・スピリットがうようよ歩き回る『ダンジョン』になってしまったとか。

 もちろん今の説明は、お兄様の受け売りですよ!」


「……本当だわ。

 外の壁に焦げ跡みたいなものがあるわね」


都市や建物を守護するための大型波動障壁バリアーは、戦時中の段階ではまだ開発途中の技術だった――歴史の授業でマロー先生が話していたのを思い出す。

戦前の第四世代決闘礼装には、互いの暴力行為を封じる波動障壁バリアーは搭載されていなかったのだ。


「(波動障壁バリアーが無い時代でも、精霊魔法――『スピリット・キャスターズ』は、戦争の道具として使われていた。アスマのお母さん……セレスタさんも、軍人さんだったんだものね)」


私がウルカの記憶にふけっていると――。


「ユーユーにウルウルだ!こんばんわこんばんわ!」


「ふムふム。「寄生女王」に『光の巫女』――『ラウンズ』の二大新星が、なんと肝試し大会に揃い踏みとハ!これは、記事が厚くなりまスね!」


陽気な二つの声がしたので、私は振り向いた。


「――エルちゃんに、ジョセフィーヌちゃん!」


緑髪の小柄な少女と、褐色の豊満な少女――。

対照的な凸凹コンビの登場だ。


エルちゃんは「にひひ」と笑みを浮かべる。


「今日の肝試し大会は、旧校舎の“そうじ”をしながらウィウィがセッティングしたんだよ!二人とも、いっぱい楽しんでね!ボクも楽しみ楽しみ♪」


「ウィンドくんが……?」


そういえば――。



☆☆☆



「姉さんの決闘デュエルを、地獄なんかで終わらせないっ!」


「私だって、姉さんが大好きなんだーっ!」


「見るがいい!

 私たちが目指すのは、地獄インフェルノの先にあるもの。

 地獄の向こう側へと続く煉獄プルガトリオの山脈、

 それを踏破した先にある天国の扉ヘブンズ・ゲートだ!」



………。

………………。

………………………。



・ウィンド・グレイス・ドリアード

 乱入ペナルティにより2000P降格。

 罰則として旧校舎の清掃一週間分。



☆☆☆



――あったあった、そんな話!


「ウィンドくん、ノリノリになって乱入したせいでペナルティを食らってたわ!」


ジョセフィーヌちゃんが満面の笑みで答える。


「はイ!私が退場させましタ!立会人でスので!」


「旧校舎の清掃一週間分……そんな罰則も言ってたわ。

 でも、旧校舎って『ダンジョン』なのよね?」


「そうでス。

 つまり、清掃すなわちデストロイになりまスね!」


「デストロイ……?」


ど、どういうこと???


――そこに、少年の声が割って入った。


「邪魔なスピリットについては私が掃除させてもらったよ。これでしばらくは安全になる。少なくとも、今晩の肝試し大会のあいだは大丈夫さ」


「……ウィンドくん!」


エルちゃんと瓜二つ――少女と見まがうほどの美しい容姿をした幼い少年。

ウィンドくんが手元のパズルを弄ると、二十面体の立体パズルが変形していく。


あっという間にパズルは旧校舎の形となった。


聖決闘会カテドラルの庶務としては初めての大仕事になった。もう一つ付け加えると、今晩の肝試し大会は私が主催させてもらうよ」


「そういえば……ポスターにも『連絡は庶務まで』ってあったわね」


ウィンドくんはクールにため息をつく。


「神聖な決闘デュエルの最中に、無関係な者が試合場に乱入してはならない。違反者はペナルティを受ける。顔に「退場」という紙を貼られることになるし、ポイントが降格することでランキングの序列も下がる。わずらわしい掃除も押しつけられる。ついでに肝試し大会までやることになる。何も良いことはありはしない……。

 一つ、賢くなったよ。愚かだった私に対して、喝を入れてやりたい気分さ」


エルちゃんは上目づかいをして双子の弟を見上げる。


「でも……ボクはうれしかったよ?」


「……っ!」


「ウィウィ?」


「……そろそろ、開会の宣言をしなくては。

 姉さん、また後でね」


イサマルくんに代わって、ウィンドくんが壇上に登っていった。

それにしても――。


「ウィンドくん、あんなによくしゃべる子だったのね。なんだか、意外だわ」


ユーアちゃんは「そうですか?」と疑問を浮かべる。


「私が「壺中天」の決闘デュエルで戦っていたのは、ウィンドさんのフリをしていたエルちゃんでしたけど……ずっと、あんな感じでしたよ?」


「そうなの?たまに朝礼とかで聖決闘会カテドラルがあいさつするときも、言葉が少ないし……いつも、エルちゃんの後ろに隠れてるイメージだったわ」


エルちゃんがユーアちゃんに微笑みかけた。


「それはね、それはね――ユーユーのおかげだよ♪」


「私の……ですか?」


「うんうん。ウィウィは、ほかの人に”よわみ”を見せないために、ずっと一人でふんばってたんだ。でもでも、ユーユーが”ほんき”でボクにぶつかってきてくれたおかげで……ウィウィも”ほんね”を出すことになったみたい」


ユーアちゃんは、太陽みたいな笑顔で答える。


決闘デュエル中はただ夢中で戦ってただけで、全然そんなことは考えてなかったんですが……エルちゃんやウィンドさんのためになれたなら、私は嬉しいです!」


――そうか。


『光の巫女』は「闇」を切り裂き、光をもたらす――。

ウルカの記憶にある「ゼノンの予言」を思い出した。


「(ユーアちゃんがこの世界の主人公なのは――「光」のエレメントだとか、『光の巫女』だとかは関係なく。人のために頑張ることを良しとする女の子だから……なのかもね)」


『デュエル・マニアクス』をチュートリアルまでしかプレイしていない「わたし」には、この世界にこの先どのような「闇」が待ち受けているのかはわからない。


「闇」の勝利――それは世界の破滅を意味する。

この世界がカードゲームの世界なら、戦いの武器はカードになるはず。


――ユーアちゃんや、みんなの力になりたいわ。


決意を新たにした、そのとき。


壇上に立ったウィンドくんが、一同に説明を始めた。


「それでは、大会の概要について説明しよう。この肝試し大会で参加者に問われるのは知力、体力、時の運。その全てを満たした者にのみ、勝利の栄光はもたらされることになる」


知力、体力、時の運ですって……?


「いや、度胸とかは!?肝試しなんでしょ、これ!?」


「わかってへんなぁ、ウルカちゃんは」


――イサマルくん!


気づくと、隣には桜柄の着物をまとった少年がいた。

「学園」では違和感がある和装だけど、肝試し大会という場にはぴったりだ。


イサマルくんは扇子を広げて、けらけらと笑う。


「この肝試し大会はただの肝試し大会やない。

 ――ド級の肝試し、ド肝試しや。

 舐めてかかったら、肝をつぶされるでぇ?」


「その言い回し――あなた、やっぱり!」


『ド級のリトライ、ドリトライ』――。

週刊少年ジャンプで連載していた格闘漫画『ドリトライ』に登場した名台詞だ。


短期連載に終わったものの、クセのあるキャラクターと特異な言い回しが一部のファンからの爆発的な人気を呼んだ作品――しのぶちゃんも、何かと『ド〇〇』とうるさかったのを覚えている。


「イサマルくん……あなたは、なのね?」


「しぃー」とイサマルくんは口元に指を当てて静止した。


くっ、こんな何気ない動作さえも『進撃の巨人』のフロックに見えてきたわ……!


「そう焦るなや。ウチもウルカちゃんとはそろそろ腰を据えて話したいところやったさかい、ステージはきちんと整えたつもりやで」


「ステージですって……!?」


そのとき、会場から大きなブーイングが上がった。


まずい、ウィンドくんの話を聞いてなかったわ。

何が起きたのかをユーアちゃんに聞いてみると――。


「それが、ウルカ様……!

 肝試しに挑むペアはランダムで決まるみたいです!」


「ランダム?

 それじゃ、好きな人とペアを組めないってこと?」


――言われてみれば、ポスターにも書いてあった。

参加形式:ペア(当日) って!



教訓。「テキストはちゃんとよく読みましょう!」



☆☆☆



――まぁ、ランダム言うてもな。


「(どの生徒をペアにするかは、既に仕込んであるんやけどね……!)」


へっへっへ。

イサマルは――ほくそ笑む口元を扇子で隠した。


この肝試し大会の目的は二つ。

一つは、旧校舎に隠された「謎」を解くための「鍵」を集めること。


そして、もう一つは――。



吊り橋効果サスペンション・ブリッジ・エフェクト

 プレジデントの姉ちゃんも面白いこと考えるやんけ」



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吊り橋効果とはっ!


吊り橋を異性と一緒に渡っているとき!

吊り橋がいつ落ちるかわからないドキドキ感と、

恋のドキドキ感がごっちゃになって、

あれ?もしや私、こいつのこと好きなのか?

それって、もしかして「恋」じゃない?

(それって、もしかして「恋」じゃない?)


と、錯覚してしまう現象のことを言う!

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「(利用させてもらうで、吊り橋効果!)」


肝試し大会というドキドキの場は、恋を育むには絶好のチャンス!

ただし、その対象はユーアではない。



――イサマルは決意する。



設定年齢は真由ちゃんより少し年上の28歳。

男性。身長は185cm。

帝都大学・工学部卒。

都内の外資系企業に勤務。

年収は1500万円。

当然、実家暮らしじゃなく一人暮らし……!



これで、いけるはず!



「(ウチの正体がバレんように振る舞いながら、

 ウルカ――真由ちゃんのハートをキャッチする!

 これがうちの恋愛頭脳戦だもんね……!)」

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