”それ”がいる校舎
そんなこんなで。
第三層の肝試しバトルも、なんとか勝利できた。
私とイサマルくんは決勝戦へと駒を進める。
たどり着いた旧校舎の最上階、第四層――。
目の前に扉が一つある、少し広い部屋だ。
そこには「R」というアルファベットが浮かんでいる。
「……何、あの文字?」
「《
たしか「RINFONE」の形態の一つやったかな?
ウィンドくんの仕込みやね、たぶん」
RRRRN……RRRRN……!
果たして、イサマルくんの言う通り――。
宙に浮かぶ文字(「In Fone R」――
「――お疲れ様。
さて、決勝進出はこの4組だね」
「……4組ですって?」
周囲を見回す。
その薄暗い部屋には、すでに六人の人影がいた。
ユーアちゃんとアスマのペア、
【フォーチュン・ミッショネルズ】
ジョセフィーヌちゃんとジェラルドのペア、
【解説師弟コンビ】
エルちゃんとドネイト先輩のペア、
【カテドラル・ブラザーズ】
決勝に駒を進めたペアは顔見知りばかりだ。
(ドネイト先輩とは、まだ話したことないけど……)
よく考えたら(ユーアちゃんが昇格した今となっては)「学園」での知り合いは『ラウンズ』ばかりだったわ!
「流石は実力者揃いの『ラウンズ』……!
「ジョセフィーヌちゃんは『ラウンズ』やないけどね」
「ごもっともでス!
なんだか、場違い感スゴくて震えてまース!」
アスマは「おいおい」と嫌みったらしく手を広げる。
「これが肝試しだって?ただの『ダンジョン』攻略じゃないか。こんなもの、相応の実力を備えていれば怖くもなんともないさ。もっとも……僕やユーアさんと違って、どこぞの実力が身についていない
「アスマ……!
あんた、それって私のことを言っているの?」
「スピリットを
野山を駆けて虫を採るのは夢中なくせに……。
この「学園」に入ったことで、ようやく僕のアドバイスが身に染みたんじゃないか?」
「……なにか誤解をしてるみたいだけれど。
さっきまでの肝試しで悲鳴をあげていたのは、私じゃなくてイサマルくんよ?」
「えっ、そうなのか」
アスマはイサマルくんの方を気まずそうに見る。
「それにしては、女の子みたいな悲鳴だったが……」
「ぐうう……!」と震えるイサマルくんに、エルちゃんが追い打ちをかけた。
「うんうん、さっきの”ひめい”はかいちょーだよ!
にひひ。かいちょー、かわいいかわいい♪」
イサマルくんは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ぐあああっ!汚名挽回やっ!見とれっ、ここからがほんまもんの肝試しやで!決勝の4グループを全て打ち倒し、ウチこそが東西南北中央不敗、スーパーイスカになったるわぁぁっ!」
「いやいや、4グループ全員を打ち倒したら私たちも倒されちゃうわよ?
それに汚名挽回じゃなく汚名返上、名誉挽回ね」
頭に血が登った様子のイサマルくんは「R」の文字に向けて扇子を向ける。
「決勝戦のルールを説明しいや、ウィンドくん!」
「……了解。私としても、せっかく用意した肝試しが『怖くない』と言われたことについては、心外だしね。奇しくも会長の言うとおり、ここからが本当の肝試しになることだろう」
ウィンドくんの声と共に「R」の文字が変形していく――これも「RINFONE」の新しい形態なのかしら?
「これは……旧校舎・第四層の地図?」
「
そうしなければ、
本当のイベントの楽しさを伝えられないから。
心を込めたイベントが、
これまでの人生で最高の体験になるように。
『肝試しで、あなたを驚かせたい。』
「え、急にどうしたの?ウィンドくん」
「このイベントを任されたときに会長に教えられた理念さ。いつも粗忽でいい加減な会長にしては、珍しく心に響く言葉だった……私も、せっかく
「ねぇ、イサマルくん(ヒソヒソ)」
「……どしたん?(ヒソヒソ)」
「あれって
うどん屋さんの理念じゃないの?(ヒソコソ)」
「ええやん。立派な理念なんやし(コソコソ)」
「それはそうだけど……(コソコソ)」
「コソコソ何をしているんだい?
まぁいいか、説明を続けることにするよ」
ウィンドくんの言葉に従い、旧校舎の地図が立体上に変形していった。
「見てのとおり、正面の扉を開くと道は四つに分かれる。ここでそれぞれのグループには四手に分かれてもらう――そこからはスピード勝負だね。もっとも早く最深部に到達したペアが優勝となる」
「ふん。それなら、これまでの第三層までの攻略と大差は無いじゃないか」とアスマが鼻を鳴らすと、その隣にいたユーアちゃんが「いえ……よく地図を見てみてください」と指摘した。
「四つの通路の先に、扉みたいなものがありますっ!」
これまで黙っていたジェラルドが口を開く。
「よく観察しているな、ユーア。
おそらく……そこからが関門となるのだろう」
ユーアちゃんとジェラルドが指した「扉」の先は、地図上では表示されていない……そこからが肝試しの本番というわけね。
ウィンドくんの声が響いた。
「ルール説明は以上だ。さぁ、果たしてプリンの栄冠は誰に輝くのか――おっと、ジョセフィーヌの配信についても――事後承諾とはなるが、許可することにしよう。ここにはいない生徒たちも、どうやら楽しみにしているようだからね。
それでは――いってらっしゃい!」
唐突なウィンドくんの合図と共に、扉が開く。
私たちはそれぞれ顔を見合わせる。
やがて一人、また一人と……
扉の先へと足を踏み入れていった。
☆☆☆
旧校舎の外。
すでに脱落した生徒たちが
「……ん?」
決闘礼装のダイレクト・メッセージが届いてることに気づき、ウィンドはパズルのモニターを操作する。
しのぶさん:
ちょっと、ジョセフィーヌちゃんの配信を許可していいの?「扉」の先を公開するのはマズいでしょ?
「……ふむ」
ウィンドは返信を送った。
ウィンド:
問題ない
しのぶさん:
どうして?
ウィンド:
向こうでは念話は機能しない
魔力暗室
会長にも報告済
しのぶさん:
そうだった
ウィンド:
危険は無いと思うけど
緊急時には《密・室・転・送》で戻ること
しのぶさん:
アスマくんペアとジェラルドくんペアは
ウィンド:
コトリバコをジョセフィーヌとユーアに渡した
しのぶさん:了解
――さて。
「ミルストン先輩が会長に託した遺産。アスマやジェラルドが野心を持っているとは思えないけれど……できればドネイト先輩か会長に確保してもらわないと困る」
☆☆☆
第四層の廊下――。
薄暗い一本道で、アスマが立ち止まった。
ユーアは後ろを振り向き、声をかける。
「アスマ王子、どうしたんですか?
早くしないと、プリンが逃げますッ!」
「――気配がする。罠の匂いだ」
「えっ……?」
ユーアも立ち止まって周囲を見回すが、そこにあるのはどこまでも続く木造の廊下だけだった。
「何も、感じられませんが……」
「ユーアさんも知ってのとおり――スピリットとは精霊核を中心に集まった魔力の集合体だ。故に、その周囲には濃密な魔力が漏出することになるわけだ。
だが。ここにはあまりにも魔力が無さすぎる」
「ホントだ。言われてみれば、そうです!」
これまでの第三層までは、絶え間なく襲い来る怪異型スピリットによって、常に攻撃的な魔力に晒されていた。
この第四層では……魔力を一度も感じていない。
アスマはカードを使わずに、入念に周囲を調べ始める。
やがて、廊下の下に一本の合成繊維で織られた糸が張られていることに気づいた。
「物理的なブービートラップか。この糸を気づかずに切ってしまうと、壁が倒れてきて進行不能になる仕掛けだね。人に危害を加える目的の罠じゃないから、決闘礼装の
「こういった罠について、よくご存知なんですね」
「二年生になればユーアさんも習うことになるよ。僕たちアルトハイネス人は、なまじ精霊魔法に長けているばかりに、初歩的な罠にかかりやすい。
――と。
罠を調べていたアスマの指先が「ある感触」を捉えた。
「これは――なるほどな」
「アスマ王子、どうしたんですか?」
「ブービートラップとの合わせ技、ということだね」
アスマが顎先で廊下の先を示す。
それに従い、ユーアが視線を向けると――。
「……ひっ」
その先にあったのは――。
この世にあってはならぬものだった。
人影、という言葉がある。
人の形をした影――文字通り、廊下の先にあったのは「それ」だ。
「それ」は、ただ立っているだけだった。
こちらに来るわけでもない。
危害を加えるわけでもない。
意思は感じられないが――意志は感じられる。
こちらを「視て」いることだけは伝わってきた。
迷彩柄の服。教科書で見た、軍人の姿。
穴だらけの服から赤黒い液体がだらだらと流れていた。
鉄帽の下の貌は陰となり、その表情は窺い知れない。
奇妙な存在感だけがある。
あれだけの血を流して、生きていられるわけがない。
「な、なんなの……!?」
後ずさりするユーアの背中をアスマが受け止めた。
「ユーアさん、落ち着いて」
「アスマ王子っ……!」
冷たく冷えたユーアの肩を暖かな手が支える。
「あれは幽霊なんかじゃない。
ただのスピリットだよ」
「で、でもっ。魔力が感じられません。
どうみても、あれはスピリットなんかじゃ」
「正確には、スピリットの姿を映した鏡さ」
「…………ああっ!」
アスマの言うとおりだった。
落ち着いて観察すれば単純なトリックだ。
廊下の先はよく見ると直角に曲がっており――その曲がり角に、壁と同じ高さの巨大な鏡が設置されているようだった。スピリットは鏡で投影された曲がり角のずっと先にいるために、鏡の位置からは魔力の気配を感じないという仕掛けのようだ。
「本来は壁が倒れて通行できなくなったところで、“それ”を見た人を驚かせるという企みなんだろうね」
「わざわざ、こんな手間のかかることをっ!」
それと、ユーアがこの仕掛けに気づかなかった理由。
廊下はずっと一直線だと思い込まされていた……!
だから、曲がり角を想定できなかったんだ!
「ウィンドさんが見せた地図だと、扉があるまで廊下は一直線だったはずなのに……やり口が汚いですよ!」
「その点ではウィンドにハメられたね。けれども、アイツはあくまで仕掛けを利用しただけで――罠を仕掛けた張本人は別にいるらしい」
「それは……どういうことですか?」
アスマは糸と連動していたカードを取り出した。
カードのテキストをユーアに見せる。
《伏兵戦術「アンブッシュ・マーダーフォース」》
種別:スペル(インタラプト)
効果:
相手ターンのバトルシークエンスに発動可能。
デッキまたは墓地から《鮮血英魂レッドプロフェシー》を好きな枚数だけ選択し、自分フィールドに配置することができる。
ユーアは効果を読んで驚きの声をあげた。
「《英魂》スピリットをサポートする《戦術》スペル……!私、このデッキを知ってます!つまり、この罠を仕掛けたのって……!?」
「……ミルストン・ジグラート。
今は実家の都合で休学中となっているんだけどね」
だけど、アスマは知っている。
ミルストンは本当は行方不明の身であり――。
おそらくは「闇」の手先の犠牲になったものだと。
「……
ユーアさん、ここからは慎重に進むとしよう」
鋭い雰囲気を見せたアスマを目にして――。
ユーアは、言い知れぬ不安を感じ取っていた……。
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