「箱」の中(天の章)

決闘デュエルの幕が上がる。

緑髪の少年は手のひらの上に浮かび上がるパズル型の決闘礼装に触れた。


「私のターンだね。ドロー」


そのまま手札を一瞥し――「ターンエンド」と宣言した。



先攻:Enemy

メインサークル:

《完全生命体「RINFONE」》

BP0


後攻:You

メインサークル:

《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》

BP1500



……って。


「ターンエンドですって!?」


「……次はウルカのターンだね」と、少年はターンを回してくる。


BP0のスピリットをメインサークルに放置してターンエンド……!

この戦術は以前にも見たことがあった。


――イサマル・キザン。

聖決闘会カテドラルの会長にして、一時は『学園最強』の序列一位にも登りつめたこともある「学園」の一年生――私の同級生だ。


彼はフィールドスペル《■■■■■■・ポエトリー》の領域効果によって、メインサークルのBP0のスピリットを■ル■■から守りながら戦う戦術を取っていた……。


「うっ……」


頭が、痛い。

記憶があいまいなこの状態では、過去を回想するたびに痛みが伴うらしい。


「(今は目の前の決闘デュエルに集中しないと……)」


少年――ウィンド・グレイス・ドリアードは聖決闘会カテドラルの庶務を務めていたはず。

この戦い方は会長であるイサマルさん仕込みと考えるのが妥当だろう。


なら――時間稼ぎをさせるのはまずいかもしれない。

きっとこの戦術には何かの狙いがあるはずだ!


「私のターン……ドロー!」


左手に装着されたグローブ型の決闘礼装からカードをドローする。


――ここはグレーター・スピリットや錬成ユニゾンよりも、手数を優先して一気に攻める!


「私はレッサー・スピリットを召喚するわ。来なさい、《カノン・スパイダー》!」


赤と青のビビッドな警戒色をした蜘蛛型のスピリットが出現する。

このスピリットは効果を持たない代わりに、このデッキのレッサー・スピリットとしては最大の打点を誇る。


これでフィールドのスピリットは二体――!



先攻:Enemy

メインサークル:

《完全生命体「RINFONE」》

BP0


後攻:You

メインサークル:

《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》

BP1500

サイドサークル・デクシア:

《カノン・スパイダー》

BP1700



「バトルよ!《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》でメインサークルの《完全生命体「RINFONE」》を攻撃するわ!」


メカニカルなスーツを着た銀髪の少女が拳法のような構えを取る。

瞬間、目にも止まらぬ俊敏なスピードで宙を舞う。


ウィンドさんの正面に実体化している奇妙な立体――二十枚の三角形によって面が構成された――彼の決闘礼装と同じく「正二十面体」の姿をしたスピリットに向けて、ザイオンXは回し蹴りを繰り出した。


相手のBPは0。それでもウィンドは動かない。


そして――。


《完全生命体「RINFONE」》はキックを受けて破壊された!

破壊の余波はシールドへと向かう。


「……ウソでしょ?何もしないでダメージを食らうっていうの」


《完全生命体「RINFONE」》が戦闘で敗北したことにより、ウィンドさんの決闘礼装が展開していたシールドにヒビが入り……砕け散る。

これでもう、彼のライフコアを守るものはない。


あとは《カノン・スパイダー》で空白ブランクになったメインサークルに対人攻撃ペネトレーションすれば、私の勝ち。

……いいや、そんなわけがない。


このまま何もせずに負けるような決闘者デュエリストが「学園」最強集団の一人であるはずがないもの――!


予想は的中した――ウィンドが動く。


彼は破壊されたカード――《完全生命体「RINFONE」》を手に取ると――そのまま、


カードが蝶番のような部品を介して横に開くことで、二枚分の面積となり――それに合わせて、彼の決闘礼装がカシャカシャと展開してスペースを拡張した。

ウィンドさんは「横に展開して二枚分の大きさになったカード」をメインサークルに再セットする。


「……あなた、何をしているの!?」


「これが私の《完全生命体「RINFONE」》の特殊効果だよ。メインサークルのこのスピリットがフィールドを離れるとき、このカードを変形させてメインサークルに再配置できる」


「変形……ですって!?」


私はこのとき初めて気づいた。


《完全生命体「RINFONE」》――このカードの形は通常のカードとは異なり、縦長の長方形ではなく、すべての辺が同じ長さである正方形の形をしている。

さらに、その四方には蝶番のような部品が配置されている――こんな変なカード、デッキに入れたらシャッフルすることはできないはず。


「まさか、そのスピリットは……デッキに入れることはできない、ファースト・スピリット専用カードってこと!?」


「一つ賢くなったね、ウルカ。ファースト・スピリットはゲーム開始と同時にサークルに配置される。そのため《完全生命体「RINFONE」》のような、デッキに入れることができない特殊なカードであろうと配置できるんだよ」


フィールドに再配置された「RINFONE」――。

正二十面体のパズルが変形する。


パズルを構成する三角形の一部が飛び出し、代わりに別のパーツが引っ込む。

カシャカシャと音を立てながら組み変わっていく。


「こんなスピリットがいるなんて……!」


「完全生命体、究極にして全なる一。「RINFONE」はいかなる方法でもフィールドを離れることはない。破壊されても墓地に送られることはなく、いかなるカード効果によっても手札やデッキに戻ることがなく、ゲームから取り除かれることもない」


パズルの変形が完了した――。

すでに三角形の面の数は二十を優に超えている。


多面体によって形成されたのは、四肢をもった四足歩行生物を模した姿。

頭部にあたる部分には小さな耳が生えている。


その形状は――強いて言うならば動物の「熊」に似ていた。

彼は変形した「RINFONE」の新たな名を宣言する。


「第二形態。現れよ、《二連祭壇体ディプティック・デカルコマニー「Inner Of」》」



先攻:Enemy

【シールド破壊状態】

アルターピースサークル:

二連祭壇体ディプティック・デカルコマニー「Inner Of」》

BP1000


後攻:You

メインサークル:

《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》

BP1500

サイドサークル・デクシア:

《カノン・スパイダー》

BP1700



再配置されたウィンドさんのフィールドを見て、私は違和感を抱いた。

違和感の正体――それは変形した決闘礼装の召喚陣にある。


「アルターピースサークル……?メインサークルじゃないっていうの」


「再配置された「RINFONE」は通常のカードとはサイズが異なるからね。決闘礼装が変形することで出現した新たなサークル――アルターピースサークルにしかこのカードを配置できない。よって、私は以後のゲーム中にメインサークルもサイドサークルも使用することができないんだ」


「それって、つまり……」


以後のゲームで、彼は「RINFONE」以外のスピリットを一切使用しないということなのか。


私は逡巡した。


「(――「RINFONE」が破壊されるたびに変形するというのなら、不用意な攻撃はリスクになる。でも、すでに彼のシールドは破壊されている――ここで攻撃が通れば勝てる。私は、どうするべきなの……?)」


ウィンドさんは配置された「Inner Of」を指し示した。


「迷っているようだね。なら、私がウルカの行動を決めてあげるよ」


「……なんですって?」


「《二連祭壇体ディプティック・デカルコマニー「Inner Of」》の特殊能力を発動。「箱の内側(インナー・オブ)」――この効果によって、相手のスピリットは可能なかぎり攻撃しなければならない」


「それは――攻撃強制効果ね」


「残りのスピリットで攻撃を宣言するといい。ウルカに選択肢は無いよ」


「くっ……!」


罠なのは明白。それでも飛び込むしかない。


「……カノン・スパイダーでアルターピースサークルを攻撃!」


「待っていたよ。さぁ迎え撃て――《二連祭壇体ディプティック・デカルコマニー「Inner Of」》」


猛突する熊型のスピリット――だが、そのBPは1000。

BP1700の《カノン・スパイダー》の敵ではない。


爪を振るう熊の一撃を回避して、蜘蛛は鋭く尖った脚で反撃した。

パズルは崩壊し――そして組み変わる。


だけど――!


「これでライフコアは破壊されたわ。あなたの負けよ!」


ウィンドさんの決闘礼装、そこに剥きだしとなっていたライフコアが砕け散った。

これで決闘デュエルは終了。


……そのはずなのに。


「どうして……?なぜ、「RINFONE」の変形が止まらないの!?」


ライフコアが破壊されたプレイヤーは敗北し、敗北条件を満たしたことで決闘デュエルは終了する――これは『スピリット・キャスターズ』の基本ルールだ。

それなのに決闘礼装は処理を継続し、ウィンドさんはカードをさらに横に開く。


横に三枚分の面積をした「RINFONE」――それに合わせて決闘礼装のアルターピースサークルも拡張した。


再配置される「RINFONE」――今度は翼を広げた「鷹」の姿に。

何事もなかったかのようにウィンドさんはうそぶいた。


「さらなる進化を遂げた「RINFONE」第三形態。

 死の翼に乗って舞い降りよ――。

 《三連祭壇体トリプティック・トリニティ「No Infer」》」



先攻:Enemy

【ライフコア破壊状態――ゲーム継続!】

アルターピースサークル:

三連祭壇体トリプティック・トリニティ「No Infer」》

BP2000


後攻:You

メインサークル:

《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》

BP1500

サイドサークル・デクシア:

《カノン・スパイダー》

BP1700



「どういう、こと……?」


理解できない。

なぜライフコアが破壊された状態でゲームが継続しているのか……。


私は推測する。可能性があるとしたら、それはカードの効果によるもの。


「ゲームが継続しているのは、あなたの「No Infer」の特殊効果なの?」


「推測は無意味(No Infer)だよ、ウルカ。私がヒントを与えることはない。ウルカにできることは決闘デュエルを続けることだけ――完全なる地獄がこの世界に顕現するまでね」


「地獄ですって……?」


「その一端を披露するよ。

 《三連祭壇体トリプティック・トリニティ「No Infer」》の変形時発動効果トランスフォーム・エフェクト――相手のメインサークルとサイドサークルのスピリットの配置を交換し、その後、サイドサークルのスピリットを一体まで選んで破壊することができる」


「No Infer」が翼を羽ばたかせて突風を巻き起こす。

その風に足を取られて、ザイオンXと《カノン・スパイダー》の位置が交換される。


メインサークルとサイドサークルの配置交換と、その後のサイドサークルへの破壊。

――これは。


「メインサークルのスピリットへの疑似的な除去効果!」


『スピリット・キャスターズ』では通常はメインサークルのスピリットを直接破壊するカードは存在しない――でも。


「スピリットの配置交換を介することで実質的な除去を可能としているのね……!」


「破壊効果の対象は、あくまでサイドサークルだからね。……そのザイオンXというスピリットはどうも厄介な気配がする。ここで退場してもらうよ」


――なにか、引っかかる。

ザイオンXは■■■様がイサマルさんとの決闘デュエルで使用していたはず。


「その言い方。もしかして、あなたも私と同じように記憶が無いの?」


「……言ったはずだよ、ウルカ。ヒントは与えない。おしゃべりが過ぎたみたいだ」


ウィンドさんはスピリットに命令する。


「やれ、「No Infer」。ザイオンXを破壊しろ――ウィンド・オブ・デストラクション」


鷹型のスピリットは破壊的な暴風をザイオンXに向ける。

これで《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》の破壊は確定した。


その刹那――ザイオンXは、信じられない行動に出る。


「え……?どう、して」


ザイオンXは敵に背を向けて、こちらにやってきた。

柔らかな手で私の手を取ると――手のひらに指を添えて字を書いている。


これって――ひょっとしたら。


「ユー……ア?」


「No Infer」の風が追いつき、ザイオンXは破壊されていく。

墓地に送られる直前――ヘルメットが砕けて、その素顔が露わになる。


美しい銀髪の下にあったのは、サファイヤのように輝く瞳。

口元は柔らかく笑みを浮かべている。


彼女の名を、私は知っている。そうだ。

なんで忘れていたんだろう。


「シオンちゃん……!」


シオンちゃんは消滅し、墓地へと送られた。

私の手のひらに指を当てたまま……目の前から消えてゆく。


ザイオンX――シオンちゃんの行動に、ウィンドさんも怪訝な様子だった。


「……今のスピリットの動きは、何?」


対戦相手にとっては当然の疑問だろう。

なにせ、ザイオンX――シオンちゃんは知性あるスピリットなのだ。


だが、そんなことは私の頭から消えていた。

「ユーア」――手のひらにシオンちゃんの指がなぞった文字の感触が残っている。


「どうして気づかなかったんだろう……!」


私は決闘礼装が装着された左手を見つめる。

そこにある決闘礼装は、飾りのない無機質なグローブ型――「学園」の支給品。


私がこの「学園」に入学してから、ずっと使っていたもの。


ささいな違和感は、あった。

だって本物の■ルカ様の使う決闘礼装は――ウル■様の愛用している決闘礼装は、ピカピカの宝石がはめられた豪華なガントレット型の決闘礼装なのだから。


まだウルカ様がイジワルだった頃に――よく私の決闘礼装を馬鹿にしていたっけ。


私は周囲を見渡す――薄く光る白い壁に四方を囲まれた箱のような部屋。

この世界の正体にようやく思い当たる――!


「思い出しました……!

 スペルカード《箱中の失楽パンドラ・ボックス》!」


気づいた瞬間に、天地が鳴動する。


先ほど声がしていた一方の壁――壁紙が剥がれ、外が見える。

壁の向こう側にあったのは「学園」の修行場の一つ。


人影は二人。


そこにはツインテールが特徴的な緑髪の少女――エルさんと。

もう一人、別の少女が相対していた。


天然パーマ気味の栗色のくせっ毛をミディアムロングにした、ちょっと子供っぽい女の子。

髪と同じ色合いの丸い瞳。当然ながら、その姿はウルカ様とは似ても似つかない。


見えない壁に阻まれて声は届かないが――少女と目が合う。

彼女は咎めるような目つきをしたあと、くすりと笑った。


――「遅いよ、私」


そう言っているのがわかる。だって、自分のことだもの!


箱中の失楽パンドラ・ボックス》を発動するときにエルさんは言っていた。 

 「人間の魂は21g」

箱中の失楽パンドラ・ボックス》はその魂を11gと10gに分割して、片方を「壺中天」の世界へと送り込む、と――。


おかしな説明だとは思っていた。

21gを等分に分割したら、それぞれは10.5gになるはず。


10g側に欠落した0.5g――ようやく理解する。

欠落したのは記憶なのだ。


「壺中天」の世界に送り込まれた魂の半分は、記憶を失った状態で決闘デュエルを開始する――エルさんはそれを利用して、私をウルカ様だと思い込ませていたんだ。


つまり……「壺中天」の世界で目の前にいる少年の正体は――!



先攻:「壺中天」のエル

【ライフコア破壊状態――ゲーム継続!】

アルターピースサークル:

三連祭壇体トリプティック・トリニティ「No Infer」》

BP2000


後攻:「壺中天」のユーア

メインサークル:

《カノン・スパイダー》

BP1700



「少年」は、いたずらがバレた子供のように口角を上げた。



「――にひひ」

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