断章4

闇より出でて闇より黒く

円形闘技場内の廊下にて。


祝福される勝者――アスマと握手と交わした後、ミルストン・ジグラートは一人で薄暗い回廊を歩いていた。

そこで決闘礼装のモニターが光り、廊下の壁を明かりで照らす。


「ミルストンくんへ。聖決闘会カテドラルに入ってほしいです。返信求」


決闘礼装に着信したメッセージ。

それを見て、ミルストンは常に精悍を保っていた表情をほころばせた。


――まったく、あれほど警戒していた私を。どういう風の吹き回しなのやら。


メッセ―ジの差出人はイサマル・キザンだ。


「会長殿。そうだな、彼とは共有したい話もある……」


前向きに検討する旨の返信をしようとしたところで――。

ミルストンは人影に気づいた。


「おや。……臨時講師殿。なにか御用ですか?」


声をかけて――違和感に気づく。


影が、動いている。

刃物で傷つけた皮膚から血液がしみ出してくるように――。

相対する男の背後より、黒よりも黒い「なにか」が這い出てきた。


それは水中で獲物を絡めとろうとするタコの足にも似て――それでいて、目の前の人物を呑み込み、ぐにゃぐにゃと咀嚼するように形を変形させていく。


やがて、「この世界には存在しない」少女が現れた。


姿を現したのは――ガラス細工のように華奢で、ビスクドールのような人工的な造形をした、まるで空想上の「少女」という概念の原形質のようにも思える不自然で不安を感じさせる不気味な少女。


この世の光をすべて吸収してしまうような艶をもたない黒髪には、モルフォ蝶を模した髪飾りがいくつも添えられている。

その長い髪と一体化するように、まとうのは黒色のゴシックドレス。

白いフリルが何段にも重なったドレスには、上下を逆にしたアンチクロス――この世の理を嘲笑うような逆十字のデザインが特徴的だった。


少女は一枚のカードを取り出し――人外の魔声でその名を宣言した。


「フィールドスペル――《■■■■■・■■■ー■■■》」


『闇』の瘴気が噴出する――。


闘技場の壁面や地面は、だくだくと流れゆくコールタールのような「黒」に染まり、フィールドスペルが展開した仮想の領域に飲み込まれていく。

彼は身を守るために「アグネスヘクトール」を――剣型に変形した決闘礼装を構えるが、波動障壁バリアーは発動しなかった。


ミルストンは気づく――これは決闘デュエルの合図なのだと。


ここではないどこか。

常人では認識できない「裏側の世界」を作り出す『闇』のカードによって、底なし沼に引きずり込まれていくように彼は沈んでいった。


――そうか、これは。


『闇』を操る力。

ミルストンが蓄えた知識が、少女の正体について答えを出した。


「――君は、ストラフ族の生き残りなのか!?」


「…………」


少女は応えない。だが、ミルストンは確信する。


「古代ストラフ文明の末裔――オーベルジルン鉱山地帯の原住民族。ダンジョン探索者シーカー生業なりわいとしていた君たちは、ロストレガシーの発掘に長けていた……!『スピリット・キャスターズ』の六つ目の属性、『闇』のエレメントを操る技術を持つ者……そのために君たちは迫害されていた!」


『闇』がこの世界を滅ぼす――「ゼノンの予言」はそう示した。


以来、500年以上ものあいだ――『闇』のエレメントを操れるという理由だけで、彼らは住む場所や仕事を制限された。

数少ない末裔たちは、オーベルジルンのダンジョン探索者シーカーとして、ロストレガシーや精霊核を王国軍に輸出することでのみ生存を許されていたのだ。


――それも、15年前のオーベルジルン会戦までのこと。


ミルストンは言葉をかけるが、少女はそれを認識していないかのように謳う。


仮想空間転移フェイズ・シフト――。

 多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンション


やがて、あたりは黒一色に染まる。


少女がドレスの紐をほどいた。

ドレスを崩して胸元を開くと――露出した白い肌には、コルセット型の装着タイプの決闘礼装が装着されている。


礼装にはデッキがセットされていた。


この空間を脱出するには、決闘デュエルで勝利するしかない――。

言葉を交わさずとも、ミルストンは理解する。


敗北した場合の末路については、言うまでもないだろう。


少女は、ここで初めて会話の意図で言葉を放った。


「……オーベルジルン設計局には、ストラフ族の探索者シーカーもいた。彼らには『ゼノサイド』の投下は知らされなかった。避難の指揮をとったあなたの父親が、彼らには伝えなかったから。ストラフ族は……人間では、無かった」


「……ッ!」


「先祖から受け継いだ大地には「王に捧げられた肉キングスミート」が満ちた。私たちはあの土地でしか生きられなかったというのに――怖くなったんだよね?あと十数年もすれば「ゼノンの予言」に記された宿命の日が訪れるという時代。本当に滅ぼしたかったのは連合国軍でも、設計局の研究者たちでもない。滅ぼしたかったのは――オーベルジルンの民」


悲嘆に満ちた声で、惨劇の歴史を語る少女――。

ところが。次の瞬間、人形のように整えられた表情を歪ませる。


「――というのは、私のでしかないんだけどね」


「なんだと……!?」


「ミルストン・ジグラート――あなたの家系に思うところがあるのは、この私の半分でしかないの。残りの半分にとって重要なのは、ロストレガシー研究者としてのお前の知識」


少女は耳障りな声で「きひひひ」とあざけりの声で鳴いた。


「玉緒しのぶ――あの女とあんたが組むと、面倒なんだよ」


、と。

耳慣れない名前を聞いたミルストンだが――瞬時にその言葉の裏を読んだ。


「まさかっ……!お前は、会長殿や侯爵令嬢殿と同じ……!?」


「へぇ。そこまでわかってたんだぁ。……やっぱ邪魔だよ、オマエ」


きひひひひひひ……闇の中でスピリットがうごめく気配がする。

トランプに手足が生えた、奇妙なオモチャの兵隊――。

彼らは口々に叫ぶ。「処刑せよ」「処刑せよ」「処刑せよ」!


フィールドには裁きの庭が展開していた。

この世界の裏側にスピリットを召喚し、ここではない世界からの一方的な攻撃――悪意に満ちた断罪を可能とする悪平等の冤罪法廷。


『闇』の領域効果――抗う手段など存在しない!


虚空の中で、少女の笑む口だけが浮かび上がる。

口が開くと――そのまま、ミルストンの影を一口で吞み込んだ。



☆☆☆



「あ、メルメルせんせー!こんにちわ!」


円形闘技場のエントランスで、一人の少女が声をあげた。


緑髪をツインテールにまとめた特徴的なシルエットの少女だ。

一年生ということを加味しても小柄で、凹凸のない少年じみた体躯をした生徒――。


エル・ドメイン・ドリアード。異名は「四重奏者カルテット・ワン」。


言動こそ幼いものの、その肩にかけられたマントは「学園」最強のラウンズの一角であることを示している。


「メルメルせんせー」と呼ばれたのは、メサイア家の執事であるメルクリエだった。

彼はトレードマークである片眼鏡モノクルに手を当てて、エルの方を向いた。


「ごきげんよう、エル様。アスマ王子とミルストン様の試合の観戦でしょうか?もう決着はついてしまいましたよ」


「ちがうちがう!ボクは”ぱしり”だよっ!かいちょーがミルミルに用事があるんだって!」


「ほう。そのために、わざわざエル様がいらしたのですか」


「メルメルせんせーはミルミルを見かけた?」


「いいえ、残念ながら。試合の後はお見かけしておりません」


メルクリエは持っていた「一枚のカード」を執事服の胸ポケットに仕舞う。

――その動作に、エルは気づいていないようだ。


「りょーかい!もし見かけたら、おしえておしえて!」


緑髪の少女は敬礼のポーズを取り、ニッコリと歯を見せて笑う。

メルクリエも自然な笑みで応えた。


「かしこまりました」と一礼して――終わりに、一言だけ付け加える。



「それと――私めは、あくまで臨時講師ですので。先生ではありませんよ」



<断章4『闇より出でて闇より黒く』 了>

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