爆撃! 爆撃! 爆撃!(シン・アスマ)

フィールドの中央に鎮座するのは巨大な球体状モニター。

そこに映るのはいくつもの光点。

各陣営の指揮下に入ったスピリットが、それぞれ駒のように配置されている。


モニターの向こう側の戦場を指揮するのは二人の指揮官――否、決闘者デュエリスト


[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]。


ミルストン・ジグラートが盤上に再現した「戦争」。

――戦局は最終段階へと達していた。


「僕のターン。……ドロー!」


決闘礼装「ドラコニア」から、アスマはカードを――最後の剣を引き抜く!



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【デッキ0枚】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《汚染英魂キングスミート》

BP500


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《爆水潜艦ゼノサイド・デストロイヤー》

BP4500



――これで、デッキにはカードは存在しない。

次にアスマがカードをドローしたタイミングで敗北が決定する!


だが、まだ終わりではない。


「僕は《蓬莱の竜、ハクザンロウ》の特殊効果を発動する!墓地のこのカードをサイドサークル・アリステロスへと呼び戻す――蓬莱顕現!」


ミルストンも動く。


「そうはさせんッ!介入インタラプト――《決闘戦術教義ドクトリン・リンクス「楽園放逐」》。このスペルを発動したターン、選択された属性のエレメントを持つスピリットを召喚以外の方法でサークルに置くことはできない!」


「……特定の属性のスピリットを対策するメタカード。やはり入っていたか」


「私が選択するエレメントは――火だ。これによってハクザンロウの蘇生効果は不発となるッ!」


召喚陣に肉体を再構成しようとした不死の竜――。

「楽園放逐」の呪文効果に阻まれ、燃え上がる火はかき消されて灰に戻った。


「英雄殺し」――ミルストンは眼鏡に指を添えながら言う。


「この効果は対象が火のエレメントを持つ場合――コンストラクトのスピリット化も封じることができる。君のお得意である《壁龕の青銅竜人族像スタチュー・オブ・ドラコニアン》のようなカードも不発となるわけだ。そして、君のデッキに入っているスピリットは、すべて火属性……そうだろう?」


すべてを読み切った戦術――!


「……ふっ」


それでもアスマの表情は冷静そのものだった。

顔色一つ変えてはいない。

「覇竜公」――必勝を誓った『学園最強』だけがまとうオーラ。


ミルストンは声色に焦りをにじませる。


「……なぜ、そう冷静でいられるのだ。キングスミートの効果によってスピリットの召喚を封じられ、「楽園放逐」によって召喚以外の配置も封じられた今のお前には――攻撃コストを要するアラベスクドラゴンを動かすことも、他のスピリットを展開することもできない。「本国」もすでに崩壊。これで君の戦争は敗北で終わったのだぞ」


「――まだですよ。まだ、僕には手が残されている」


アスマは先ほどのドローで引いた、デッキの最後のカードに目を落とす。


《無反響兵装ブラインド・ウォッチャー》によって破壊され、《爆水潜艦ゼノサイド・デストロイヤー》によって取り除かれたデッキのカードの数々――彼はその全てをカウントしていた。

故に確信していた。残された最後のカードが何なのか――。


「ミルストン先輩。あなたもご存じのカードのはずだ」


「……ッ!」


手札に握られたカード――それを巡り、二人の男の視線が交錯した。

互いに息を吐く。


それはさながら、剣と剣を交える古式ゆかしい「決闘」にも似た空気。


そこに――「ピロン♪」と場違いな通知音が響いた。

長剣型の決闘礼装から響いた音――そのモニターを確認したアスマは思わず口元をゆるめた。


そこには、こう表示されていたのだ。



――「ウルカ・メサイアがアンティを放棄しました」



☆☆☆



「……何が、流儀スタイルよ。いつまでカッコつけてるのよ。いつまで、意地を張ってるのよ!」


私は、ユーアちゃんと初めて決闘デュエルしたときのことを思い出していた。

あのとき――アスマとはこんなことを話していた。



--------------------------------------------------------


「アンティで得たのは「退学させる権利」だから、私が使わなければユーアちゃんが退学しなくて済むのね!そうなのよね!?」


「ふん。ついでに言えば、権利である以上は放棄することだってできるぞ」


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私は決闘礼装を操作して、アスマから得たアンティを放棄した。

アンティ――《バーニング・ヴォルケーノ》の所有権を。


その様子を見て、メルクリエは「おやおや。流石はお嬢様ですな」と微笑む。

一方、ユーアちゃんは目を白黒させていた。


「ウルカ様、何をしているんですか!?」


「……この状況は、アスマが《バーニング・ヴォルケーノ》を使えば簡単にひっくり返すことができるわ」


アスマをさんざんに苦しめた《エンダー・ザ・ゲーム》は銅級位階ブロンズ・レア

黄金級位階ゴールド・レアのフィールドスペルである《バーニング・ヴォルケーノ》なら一方的に塗り替えることができる。


加えて、《バーニング・ヴォルケーノ》によって付与される灼熱炎獄の領域効果!

召喚を封じる《汚染英魂キングスミート》のエレメントは水、BPは500だ。

たとえカードのコストにできなくても[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]の領域効果なら焼き払うことができる。


それだけじゃない。


《爆水潜艦ゼノサイド・デストロイヤー》のエレメントは水。

たとえカード効果の対象にならず、BP4500を誇るスピリットであろうとも――領域効果の火で焼かれればBPは1000ダウンして3500となる。

対して、BP4000だった《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》は火のエレメントの加護を受けて、BPを5000にまで上昇させる。


「アスマが《バーニング・ヴォルケーノ》を発動してキングスミートを処理すれば、スピリットの召喚は可能となるわ。あらためて手札からコストにできるスピリットを召喚して、アラベスクドラゴンで攻撃すれば――アスマの勝ちよ!」


ユーアちゃんはモニターの戦況を指でなぞると、ぱん、と手を叩いた。


「そっか!ゼノサイド・デストロイヤーの「スピリットの戦闘をおこなわない効果」が発動するのは、自身の攻撃宣言時だけです。領域効果の加護を受けて打点で上回ったアラベスクドラゴンをもってアスマ王子の方から攻撃すれば、戦闘による勝利は可能――そういうことですね!」


「あいつがカッコつけて《バーニング・ヴォルケーノ》を受け取らなかったりしなければ、最初からあんな風に追いつめられることは無かったのよ。馬鹿よ。大馬鹿。そんなに流儀スタイルってやつが大事なのかしら」


「……私には、わかる気がします。アスマ王子の流儀スタイルがどういったものなのか」


「ユーアちゃん?」


「ウルカ様には、わからないかもしれませんけどね!」


「???」


ユーアちゃんは「えへへ」とはにかんだ。

な、何よ。気になるじゃないの。


私が問いただそうとしたところで――「あれ?」とユーアちゃんは何かが引っかかったようだった。


「でも。今の戦況を《バーニング・ヴォルケーノ》がひっくり返せるとして。今は決闘デュエルの最中ですよね。どうやってそのカードを渡すんですか?」


「うふふ。普通は無理よね。でも、あいつのデッキは普通じゃないわ。王家が世界中から集めた秘伝のレアカードで構築されたデッキ――そこには、不可能を可能にするカードだって入ってるのよ。ユーアちゃんもよく知っている「あのカード」がね」


「え?「あのカード」、ですか……?」


ユーアちゃんは思案する――そして、正体に思い当たったようだ。


「あっ!」


――気づいたようね。


目と目を合わせて、私は彼女と笑い合う。

そして――試合場に立つアスマに向けて、届かぬ声を届けるように言った。


「さっさと「あのカード」を発動しなさい。こっちはね……あんたが負けるところなんて、見たくないんだから!」



☆☆☆



――《コスモグラフィア・アリストクラティカ》。


その効果は「自身が所有するカードをゲーム外から手札に加える」というもの。

たとえ、デュエルの開始時にはデッキに入っていないカードであろうとも――状況に合わせてカードを選択して、自由に手札に加えることができる究極のカードだ。


まさに驚異のスペル。

「叡智なる地下大図書館」に収められた二億四千万枚のカードへのアクセス権が失われていたとしても。

アルトハイネス王家直伝の『札遺相伝』、その能力は決して色あせるものではない。


「(故に……その存在を忘れることなど無かったとも)」


決闘礼装を確認する――ウルカ・メサイアのアンティ放棄の通知はすでにサーバ上から発信され、学内ネットを経由し各人の決闘礼装に共有されている。


――当然、この私にも。


「(”戦争に用いられる力というのは、軍事力、面積と人口から成る国土、そして同盟諸国である”――そう、アスマには同盟国が存在する。ウルカ・メサイアという同志が)」


侯爵令嬢殿の助力を得て、アスマは攻撃に転じる。


《バーニング・ヴォルケーノ》をゲーム外から手札に加えて発動――その領域効果によってキングスミートを破壊して、スピリットを追加召喚する。

あとはアラベスクドラゴンで攻撃すれば勝利――と。


「(そんな風に、考えているのだろう。アスマ)」


ミルストン・ジグラートは黒目を動かさずに、視界の端にある手札のスペルカードを確認する。


決闘戦術教義ドクトリン・リンクス「逆襲の彗星ステラ」》――。


この「戦術」スペルは、相手フィールド上に本来のBPよりも高いBPを持つスピリットが存在するときにのみ発動可能なインタラプトである。

効果は「自分フィールド上のスピリットすべてに、相手フィールド上のスピリットの本来のBPと現在のBPの差の二倍のBPアップ効果を与える」というものだ。


「(火のエレメントを持つスピリットが領域効果によって上昇するBPは1000。その二倍の2000アップの効果を受ければ、ゼノサイド・デストロイヤーの最終的なBPは5500――アラベスクドラゴンの5000を上回る!)」


反撃によってゼノサイド・デストロイヤーはアラベスクドラゴンを戦闘破壊できる!


アスマのデッキは0枚。アラベスクドラゴンを失えば打つ手は存在しない。

次のターンになればカードをドローできなくなり、彼は敗北する。


だが、その前に――。


「(《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》。アルトハイネス王家の象徴であるそのスピリットだけは……なんとしてでも、この手で絶対に倒す。そのためにここまでアスマを挑発し、翻弄し、追い込んだ。最後に君が頼る三枚の『札遺相伝』――《コスモグラフィア・アリストクラティカ》も、《バーニング・ヴォルケーノ》も、アラベスクドラゴンも――その全てを正面から受け止める。正面から受け止めた上で、凌駕した力をもって打倒する。私は……お前を乗り越えてやるッ!)」


ミルストンは――父の日記を見つけた時のことを思い出していた。


オーベルジルン設計局・局長であった父――決闘礼装研究の第一人者であった彼は、基地の研究者の中でただ一人だけ作戦の真実を知らされていた男だった。


他の職員には計画を知られないように――自分一人だけが助かるために試作型の第五世代型決闘礼装も渡されていた。


しかし、史実は告げる――父は命令に背いた。

軍に勘づかれないように動き、少しでも犠牲が減るように最期まで避難の陣頭指揮を取ったのだ!


渡されていた決闘礼装の波動障壁バリアーは……使わなかった。

使えなかった。それが父の流儀スタイルだった。


男には、決して曲げられない流儀スタイルというものが存在する。


ミルストンもまた流儀スタイルを持つ者だ。


――アスマを倒す。


その目的のためだけに、これまで自分の本気を封印してきた。

決着を着けるこの日のために、己の全力を縛りつけてきた。


力を得るために――流儀スタイルを利用した。


勝つのはミルストン・ジグラートか。

それともアスマ・ディ・レオンヒートか。


奇しくも戦いの行方は流儀スタイルのぶつけ合い――男と男の、意地の張り合いにもつれ込もうとしていた。


「逆襲の彗星ステラ」が胎動する。


「(この戦争だけは……私がこの手で勝利するッ!)」



☆☆☆



――「ウルカ・メサイアがアンティを放棄しました」


メッセージ通知を確認したアスマは、全てを理解した。

デッキに最後に残った運命――。


この決闘デュエルの終着手が見えた。


思考が加速する。手札とフィールド、盤外――その全ての要素が有機的に結合し、整然としたパズルのように並び替えられ、どのピースも無駄なく隙間なく配置されていく。


なぜ、勝利への道筋がこうも明瞭にはっきりと見えるのか。

運命という明かりが道を照らし、まるで一寸先も見えないはずの暗黒の未来を見通すようにするのだ。


「(これも、ゼノンの導きか……?)」


運命力とは、フォーチュン・ドローの行使だけにかかるものではないと……このとき、アスマは確信した。

左手に宿る黄金の光――それはあくまで運命力の一側面でしかない。


「運命とは……意志を貫く力なんだ。だからこそ、流儀スタイルは運命力を現実を変える力にできる。ミルストン先輩、あなたに恨みは無い。これは憎しみの戦いではない!僕とあなたがしているのは、戦争などではないんだ!」


戦争などではない――自身の流儀スタイルを否定するアスマの言が、ミルストンの感情に火をつける。


「戦争ではないだと……!?勝者は栄冠を手に入れる。敗者は苦渋と汚辱にまみれる!負ければすべてを失うのだ。それが戦争でなくて、なんだと言うのだッ!」


「これは決闘デュエルだ」と――アスマは決闘礼装を構える。


「敗者が全てを失うことなどない。勝者と敗者を分かつものは、天命と知恵と意志の相互作用で決まる。勝敗の差はそれだけだ。たとえアンティを失ったとしても、敗者が尊厳までをも奪われることは無い!」


「そんなものは綺麗ごとだ。この「学園」に他国の貴族の息女たちが留学している理由――それは『スピリット・キャスターズ』の戦術理論を自家薬籠中の物とするため。その程度の理屈は子供でもわかるはずだッ!」


「…………」


「アルトハイネスが最強を保てなくなる日がきっと来るぞ。決闘デュエルのアンティは、いずれ拡大していく。領土を賭けた決闘デュエル。資源を賭けた決闘デュエル。その果てにあるのは命を賭けた決闘デュエル――命の奪い合いだ」


「……ミルストン先輩。あなたは一つ、勘違いをしている。あなたにとって決闘デュエルの勝敗を決めるものとはなんですか?」


「――兵法書を引くまでもない。力だ。戦争とは力の行使である――決闘デュエルとて同じこと。より強い力をもって、有形・無形を問わず敵の戦う力を打倒する。そこにしか勝利の方程式は存在しないッ!」


「力――それを手に入れるために、あなたは己の流儀スタイルを規定している。ですがミルストン先輩――決闘デュエルにおいては、力を得るために流儀スタイルがあるのではありません。流儀スタイルこそが戦う力なのです」


その言葉を受けて――ミルストンは虚を突かれた。


流儀スタイルこそが、戦う力……?」


「より高潔な流儀スタイルが。より洗練された美徳を有する者が――最終的には決闘デュエルに勝利する。敗者をはずかしめる者が――強者となることはありえないッ!」


アスマは長剣を構える。

闘志に呼応したアラベスクドラゴンが吠える。


モニターの向こう側に押し込められた戦場に――アスマとミルストンが降り立っていく。

空性樹海シュバルツバルト――灰色の山々が連なるオーベルジルンの大地。

指揮官が座する後方の指令室から――舞台は戦いの最前線フロントラインへ。


戦争は――決闘へと姿を変える。


[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]――。

フィールドを支配しているのは、アスマの意志だった。


「僕はこれから、僕の流儀スタイルをあなたにぶつけます。必勝を誓い、やれるだけのことは全てをやる――それでも、勝てるかはわかりません。負けるかもしれません。先輩の流儀スタイルは、僕を凌駕しているのかもしれない。それでも――これが僕なんだ。アスマ・ディ・レオンヒートなんだ。僕はあなたに――僕という人間を知ってほしい!」


「……それはこちらも望むところだ。来い、アスマ!見せてみろ、お前の流儀スタイルを」


自律飛行型決闘礼装「アグネスヘクトール」が形状を変形させた。

象ったのは――剣だ。

アスマの握る「ドラコニア」と相対するように、ミルストンは飛来した剣を掴む。


剣と剣。

対峙する決闘者デュエリストたち。


やがてアスマが動く。

手札から三枚のカードをコストとして墓地に送り――必殺のスペルを発動する!


「発動せよ――。

 《コスモグラフィア・アリストクラティカ》!」


「ドラコニア」が虚空を斬ると――空間と距離を無視した次元の狭間が出現する。


ゲーム外から自分の所有するカードを手札に加える――。

《コスモグラフィア・アリストクラティカ》の持つ理外の能力によって、異なる空間に接続された虚空門のゲート。


アスマは緊張のあまりにツバを呑んだ。

――やるしかない。


意を決する。決して――定められた運命へと、手を伸ばす!


「これが――僕の運命だ!」



☆☆☆



観客席にて。

試合の行方を見守っていたユーアちゃんが、会場を指差した。


「アスマ王子が《コスモグラフィア・アリストクラティカ》を発動しました!」


「いよいよね……まったく、待たせてくれるじゃない!」


私はデッキケースから《バーニング・ヴォルケーノ》を取り出す。

そして――目の前に虚空の門が開いた!


観客席に突如として出現した異形のゲートに、周囲は騒然としている。

扉が開き――細身ながら筋張った腕が伸びてきた。


アスマの手だ。


「へー、こんな感じに出てくるのね。ほい、さっさと持っていきなさい」


私はスペルカードを渡そうと手を伸ばすが――その腕が掴まれる。


「……え?」


そのまま引っ張られるようにして、私は次元の狭間に飲み込まれていく……!


「え、え、えぇぇぇ!?な、何が起きてるのーっ!?」


「ウルカ様!?」「お嬢様!」と――。

ユーアちゃんとメルクリエの声が遠くなっていくのを感じる。


落ちていく。どこまでも落ちていく。

周囲に広がるのは黒一色の「無」の空間。


「え、私……もしかして、このまま死ぬの?」


そんなぁ。せっかく頑張ってウルカの破滅を回避してきたのに!

思わず死を覚悟したところで、浮遊感は消失する。


私の五体は、しっかりとした腕に抱き留められていた。


「……アスマ?」


素敵な運命エキサイティングだよ。ウルカ」


ちょ、ちょ、ちょっとこれって……。

冷静に自分の状態を確認する。


これって……「お姫様抱っこ」ってやつなんじゃないの!?


周囲を見渡すと――ここは試合場の中心だった。

《エンダー・ザ・ゲーム》の領域効果によって展開された灰色の戦場。


周囲を取り囲むのは円形闘技場、満員となっている観客たち!

その好奇の目が注がれていることに気づく。


「見せつけてくれるぜ……」「ああ」「やっぱり侯爵令嬢は……第二王子とデキていたんだああああああぁぁ!」「そりゃそうでしょ、婚約者よ?」「彼らをデュエルで祝福せよ!」「さすが王子、何でも無理が通る」「薄い記事が厚くなりまース!でも、デュエル中のイチャイチャはルールで禁止でスよネ?」「教えてやる。確認してみたが、どうやらルール上は問題ないようだ」「アスマ王子のファンになりまーす!(伏せた手のひらを表にしてターンエンド)」


会場の反応は十人十色――しかし、その全てがろくでもないッ!


私が「ぐぬぬ……」としていると「大丈夫かい?」とアスマが覗き込んできた。

……って。


「(近い、近いわよーっ!顔がっ!くやしいけど顔が、良い……!)」


いやいや。相手はアスマよ?

顔を合わせれば、憎まれ口を叩く幼馴染――。


それに私はウルカじゃないのに……みんなに見られてると思うと、つい意識してしまって……意志に反して、頬に熱が集まるのを感じる。


――こんな顔は、絶対に見せられない!

私はアスマの顔に手をかけて、思いっきり遠ざける。


「は、放せーっ!くぉらーっ!」


「暴れないでくれ、危ないぞ!?」


アスマの体幹がバランスを崩し、私は「ぐへぇ」と声をあげて地面に落っこちた。


痛たたたた。


「危ないって言っただろう。ほら」


アスマが手を差し伸べる。その手を握ると、さっきの感触を思い出しそうで……私は制服のスカートをはたきながら、自力で立ち上がった。


私はジト目でアスマをにらむ。


「……で。欲しいのは《バーニング・ヴォルケーノ》でしょ?なんで、私ごと試合場に持ってきたのよ」


「それは……運命を選び取る、と考えたら自然に身体が動いていて……」


「はぁ!?」


「……じゃなくて!えっと、そうだな」と、アスマは頬をかいた。


「必要なのは《バーニング・ヴォルケーノ》


「《バーニング・ヴォルケーノ》じゃない、ですって?」


アスマは必要となったカードの名を告げた。


私は、それを聞いて驚き――そして、納得した。

なるほど、そういうことね。


私はカードを渡す。

これは元々はアスマのカードだ。


私はちょっとのあいだ預かっていただけ。

それに、約束したんだもの。



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「アスマは強い決闘者デュエリストだから、きっと使ってくれるわよね」


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「いつか、このカードを使ってくれる……って。約束、覚えていたのね」


「約束は果たす。レオンヒート家の王子たる者、それは当然の流儀スタイルだ。たとえ相手が誰であろうと、ね」


「……何それ。どういうこと?」


「別に。君が特別だから約束を果たすとか、そういうわけじゃないってことさ。……こういう口約束でも、破ることは運命力の低下につながるんだよ」


「ふぅん。なんか、大変なのね」


流儀スタイル――。


ウルカはもちろん、この世界の出身ではない私にもピンとこない概念だけど。


「とにかく――負けたら承知しないわよ!」


「勝つさ。それもまた、王子ならば当然のこと!」


私は立会人となっているマロー先生の傍らに立ち、決闘デュエルを見守ることにした。

先生の横にいって会釈すると、彼も微笑み、懐から紋章が刻まれた時計を取り出した。


「先生、その時計は?」


「『ゼノンの運命針』です。私の家系に代々伝わるコンストラクトカードを実体化したものでして。運命の揺らぎ――「運命震」を検知できるのです」


「運命震」。聞いたことのない言葉だ。


「運命の揺らぎ……それって、決闘デュエルの勝敗がわかったりするんですか?」


「わかりませんとも」と、マロー先生は笑みを崩さないで言った。


決闘デュエルの行方は”天命と知恵と意志の相互作用で決まる”と――先ほどアスマくんが言っていました。中々に的を射ています。運命だけでも、知恵だけでも、意志だけでも勝利には届かない。それと、もう一つ」


マロー先生は試合場に目を向けた。


「祈りです。ウルカさん、彼が大切な友人なのでしたら――どうか、祈ってあげてください。アスマくんの勝利を」


「応援なら、します。……先生は、どうするのかしら」


マロー先生の家系――ゼノンサード家。

アルトハイネス王家に仕える高名な宮廷魔術師の家系である。


そのことを考えたら、アスマに肩入れしそうなものだけれど――。

先生は目を閉じて言った。


「私は立会人として公平の立場ですので。故に、両者に祈りを。そのどちらにも――ゼノンの導きがあらんことを、祈っています」


カードは、すでに私の手を離れている。

できることは応援だけだ。アスマの勝利を祈る――だって。


「勝つ、ってさっき言ってたんだし。それだって約束だものね?」



☆☆☆



「……ウチは、ミルストンくんのことを誤解してたのかもしれんわ」


聖決闘会室でイサマルは呟いた。


ドネイト、エル、ウィンド――彼らはイサマルの言葉に耳を傾ける。


「しのぶ嬢。……誤解、とは?」


「ゲームでのミルストンくんは、アスマくんルートの単なる敵役やった。オーベルジルン会戦での『ゼノサイド』のことかて――実行した下手人はアスマくんのおかんで、命令したんはおとん――王家やろ?陰謀の中心となった第五世代型決闘礼装のベースとなったのがアスマくんやからって、そんなんは逆恨みや。アスマくんに噛みつくんは筋違いやろって……そう思っとった」


だけど、本来の『デュエル・マニアクス』には存在しない出来事が決闘デュエルを加速して――互いの本気の果てを引き出し――ついには、ミルストンは本音を吐き出した。


イサマルは――玉緒しのぶは、モニターを真剣な目でみつめる。


「アスマくんがどういう人間なのかを知りたかった。それが、ミルストンくんの全てだったんだよね。自分と同じく『ゼノサイド』の十字架を生まれながらに背負い、その上で王家最強のカードを託された王子。彼が何を考えて……これから、どういう世界を作るつもりなのかを知りたかったんだ」


扇子を閉じて、イサマルは幼子のように小さな手を握りしめた。


「……ウチは、ミルストンくんに勝ってほしい。もう、知らない仲じゃないし」


その様子をみて、ドネイトたちは互いに目配せをして頷きあう。

ドネイトは前髪を分けて、透き通る瞳をモニターの先のミルストンに向けた。


「会長。ミルストン氏を、副会長に迎えてはいかがでしょうか」


「……え?」


「彼の有するロストレガシーの知識は有用です。ザイオン社が会長にも明かしていない『真実』に到達するためのサポーターとして、立派に機能するはずです。それに、これは推理ならぬ推測、あるいは願望になるかもしれませんが……彼は信頼に足る人物かと。想定よりも――単純で、感情的で、熱い人物とみました」


「ボクたちも”さんせい”だよっ!ミルミル、”ねっけつ”だよねっ!」


ウィンドが姉に耳打ちすると、「うんうん!」とエルは頷く。


「ウィウィも”さんせい”だって!でもでも、決闘デュエルはちょっと苦手。デッキ破壊、こわいこわい!」


「まぁ、思いっきり悪役の戦術やからね」


イサマルは「へへへ」と笑う。


「……それもまぁ、この決闘デュエルが終わってからの話や。気張れや、ミルストンくん!」



☆☆☆



私の眼前で――ついに、アスマとミルストン先輩が激突した!


「行きますよ……先輩!」


「かかって来い……アスマァーッ!」


互いに剣を握る両者は、魔力で構成されたエネルギー刃をぶつける。


これは前哨戦。

互いの闘志を確かめるための座興に過ぎない。


真の決闘デュエルはここから始まる――!


アスマは《コスモグラフィア・アリストクラティカ》で手札に加えたカードを――私が渡したカードを表向きにして、対戦相手に見せつける。

そのカードの表面は白銀色に輝いていた。


ミルストン先輩の声が驚愕に揺れる。


「銀色……なんだ、そのカードは!?手札に加えたのは黄金に輝くフィールドスペル――《バーニング・ヴォルケーノ》では無かったというのかッ!」


「僕は手札に加えたスピリットの特殊効果を発動する!」


手裏剣のようにアスマはカードを投げる。

カードは地面の召喚陣に突き刺さり、そこにスピリットが出現した。


そう、これは私とアスマの決闘デュエルで決まり手となったカード!


「出でよ、《魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》!」


「《魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》……だとぉ!?」


白銀色の装甲をまとった甲殻類にも似たスピリットが出現する!

その様相は、さながら戦場に駆けつけた具足武者の如く!


私はその様子を腕を組みながら見守っていた。


「驚いたわよ。まさか……この土壇場で使ってくれるなんて、ね!」



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【デッキ0枚】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《汚染英魂キングスミート》

BP500

サイドサークル・アリステロス:

魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》

BP500


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《爆水潜艦ゼノサイド・デストロイヤー》

BP4500



寄生虫スピリット《魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》!

このスピリットは手札に加わったときに場に強制的に配置される効果を持つ。


アスマは長剣をかざして、ミルストン先輩に向けてパラサイトを示した。


「パラサイトの強制配置効果は召喚ではない――よって《汚染英魂キングスミート》の召喚ロック効果の適用外となる!」


「……加えて言うのならば、パラサイトのエレメントは地。火のエレメントのスピリットの配置を封じる「楽園放逐」の適用外ともなる――そういうことだなっ!」


「バトルです。行くぞ、《魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》!」


バトル・シークエンスに移行――。

しかし、ここでミルストン先輩は眼鏡を整えて冷静さを取り戻す。


「”兵は詭道きどうなり”ということか。《バーニング・ヴォルケーノ》ではなく、そのようなスピリットを選ぶとは……たしかに騙されたよ。だが、こんな言葉もある。”戦争というチェスの盤上には詭計や狡猾という駒は存在しない”となッ!」


「何が言いたいのか、聞かせてもらおう!ミルストン・ジグラート!」


「パラサイトという生け贄を手に入れて、アラベスクドラゴンは停戦協定という枷から解放された――それは認めよう。しかし、忘れているのでないかね?我がゼノサイド・デストロイヤーのBPは4500!いくら完全耐性を持つ『トライ・スピリット』の一柱なれど、BP4000では我が陣形の打倒は不可能と見たッ!」


「それは――どうかな?」


アスマは攻撃開始の号令を下す。


「《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》でメインサークルを攻撃。同胞から叡智を吸い上げて、その大翼をひるがえし――飛翔せよ!アラベスクドラゴン!」


魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》をコストにして、ついにアラベスクドラゴンの攻撃が開始された!


(ちなみにパラサイトのドロー効果のトリガーは「破壊された時」……だから、コストとして墓地に送られたときは発動しないわよ!)


巨大な翼で羽ばたきながら、生ける彫像の如き幾何学模様アラベスクが宙を浮かび上がっていく。

地面には突風が巻き起こり、私はマロー先生と一緒に必死に地面に仁王立ちした。


「いっけー、アラベスクドラゴーン!」と、私は応援する。

風の轟音に負けないように、喉が枯れそうなくらいに声を張り上げた。


アスマは巨龍の背に飛び乗る。

すると――それに応えるようにミルストン先輩が浮き上がった。


半エーテル化していたゼノサイド・デストロイヤーが実体化し、その蛇のように長い身体にからめとられるようにしてミルストン先輩もスピリットに騎乗した。


メインサークルとメインサークルのバトルのみを許可する決戦機動空域。

中世の馬上試合の如き道具立てだ。


やがて、魔の雲は晴れて――空域に二つの影が出現する。


決闘の場にエントリーしたのは竜頭のアスマと蛇尾のミルストン。

だが、蛇が竜に劣ると誰が決めたのだろう。


《爆水潜艦ゼノサイド・デストロイヤー》のBPは4500。

この世のどんな竜が、この恐るべき生物兵器に抗うことができるというのか!


アスマは巨龍に命令を下す。


「《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》で攻撃――!

 熾烈なるビブリオクラズム・バーストォーっ!」


対するミルストン先輩も反撃をおこなう。

ゼノサイド・デストロイヤーの青いバイザー状の眼が発光した。

スピリットの口内に格納された対・白兵戦闘用のレーザー装備が起動する!


「血迷ったか、アスマ……!

 《爆水潜艦ゼノサイド・デストロイヤー》で迎撃!

 アルターネイション・トリーズナァーッ!」


巨龍の火炎息ブレスと物質を抹消するレーザー光線――!

二つの攻撃がぶつかる瞬間に、アスマは決闘礼装にカードをセットする。


介入インタラプト!スペルカード《失われた肉体の源泉》を発動!このターンに墓地に送られたスピリットのBP分だけ、相手フィールド上のスピリットのBPをダウンさせる!」


そうか、このためにはアスマは――!

私はやっと理解した。アスマが見つけた勝ち筋を。


ゼノサイド・デストロイヤーはカード効果の対象にはならない。

だけど相手フィールド全体に影響を及ぼす《失われた肉体の源泉》の効果は対象を取らない――つまり、その効果から逃れるすべはないということ!


このターンに墓地に送られたスピリット――パラサイトのBPは500。

よって、ゼノサイド・デストロイヤーのBPは500ダウンして……4000となる!



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【デッキ0枚】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《汚染英魂キングスミート》

BP500


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《爆水潜艦ゼノサイド・デストロイヤー》

BP4500(-500DOWN!)

=4000



互いのBPは、互角!

激突する二つの力と力。空中で激突する炎と光線は爆発的なエネルギーの塊となり――ついには破裂した。


「くうううううっっっ!」

「うおおおおおっっっ!」


アスマとミルストン先輩――二人は高高度から地面へと落下する。

支えは無い――だが、地面に激突する瞬間に彼らを波動障壁バリアーが守り、受け身を取る。


やがて立ち上がる――荒野に立つ影が二つ。


ここまでの激戦を繰り広げていても覇気は充分。

決闘者デュエリストの気力は、まったく衰えを見せていなかった!


ミルストン先輩は、轟くような声を響かせた。


「……アスマ。お前は私が手札に「逆襲の彗星ステラ」を抱えていたことを読んでいたのか?」


「逆襲の彗星ステラ」――?


私は手元の決闘礼装でカード検索機能を使用した。

以前に公式戦で使用歴があるカードならデータベースにヒットする。


「(……あったわ!)」



決闘戦術教義ドクトリン・リンクス「逆襲の彗星ステラ」》

種別:スペル(インタラプト)

効果:

 相手フィールド上に本来のBPよりも高いBPを持つスピリットが存在するときにのみ発動可能。

 自分フィールド上のスピリットすべてに、相手フィールド上のスピリットの本来のBPと現在のBPの差の二倍のBPアップ効果を与える。



「(これって……もしもアスマが《バーニング・ヴォルケーノ》を発動していたら、その時点で敗北していた……ってこと!?)」


ミルストン先輩の戦術は、私の予想の上を行っていた。

アスマは――さらにその上を読み切っていた!


「……なによ。やるじゃない、『学園最強』さん」


アスマに聞こえないように私は呟く。


ミルストン先輩は「くっくっく」と力なく笑った。

そのまま髪を手櫛で整えて、アスマと相対する。


「――詰みだな。アスマ、お前にはまだ一手が残されている」


「はい。先輩が僕の場に生成した《汚染英魂キングスミート》です」



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【デッキ0枚】

メインサークル:

なし

サイドサークル・デクシア:

《汚染英魂キングスミート》

BP500


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

【シールド破壊状態】

メインサークル:

なし



「《汚染英魂キングスミート》……!」


私はこのときになって初めて気づいた。


[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]――《エンダー・ザ・ゲーム》によって付与された領域効果の前では、サイドサークルのスピリットは魔力暗室によってスピリットを戦闘で破壊できず、戦闘勝利によってダメージを与えることはできない。


だが相手のメインサークルが空白ブランクの場合は対人攻撃ペネトレーションが可能。

アスマが《汚染英魂キングスミート》で対人攻撃ペネトレーションをすれば、ライフ・コアを砕いて勝利できる……。


ここまで読んでいたなんて。

『学園最強』の「覇竜公」と、兵法の達人たる「英雄殺し」。


二人の決闘デュエルは、もはや私が及ぶところにはないようだった。


――これが、アスマの本当の実力なのね。


アスマはミルストン先輩に向けていた剣を下ろした。


「――「逆襲の彗星ステラ」。以前に一度だけ、先輩が公式戦で使用していたのを見ていました。今日、用いていた他のカードのように――初めて僕に見せる戦術だったとしたら。負けていたのは僕だったかもしれません」


「……君が、私の決闘デュエルを見ていたというのか?地力では遥かに劣る、私のような者の戦績を……わざわざ確認していたのか」


アスマは、それが当然であるとばかりに言った。


「レオンヒート家の男です。必勝を誓った――故に、敗北は許されません。もう、二度と」


ミルストン先輩は、決闘礼装にセットされたデッキに手を置く。


その表情は、これまでにないほど穏やかで――戦場には似つかわしくない、まるで春先に吹く風のような爽やかな笑顔。


彼は告げる。


「……投了サレンダーだ。君の勝ちだよ、アスマ」



王立決闘術学院アカデミー公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエル

立会人:マロー・ゼノンサード

勝者:アスマ・ディ・レオンヒート

敗者:ミルストン・ジグラート

アンティ獲得:《磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー王国の白き魔女ブラン・ド・ソルシエール」専用機》



☆☆☆



「……ウルカちゃん。決闘デュエルは、楽しい?」


天蓋のついた豪奢な飾り付けのベッドで、半身を起こして一人の女性が座している。


王宮の離れ。

そのとき私はアスマを訪ねて来ていたんだけど――ちょうど入れ違いとなってしまっていた。


それでも構わなかった。

大好きなセレスタさんがいて、カードに付き合ってくれたのだから。


セレスタさんは、とても優しいから好き。


決闘デュエルも上手だし、他の人たちみたいに私のインセクト・デッキを見た目だけで馬鹿にしたりしないし。


アスマと良く似た金髪を、一房にまとめて横に流した姿を見て――もしも、私にもお母さんがいたなら――セレスタさんみたいな人がお母さんだったらいいな、と。


会うたびに思う。

そんなことを言ったら、アスマもセレスタさんも困るだろうから……言わないけど。

子供じゃないんだから、それぐらいのことはわかってる。


――決闘デュエルは、楽しい?


その問いかけに、私は迷わず答えた。


「とっても楽しいわ!セレスタさんも、好きなんでしょ?」


「私も楽しい」――そう返ってくるのが当然だと、思っていた。

セレスタさんは窓の外に顔を向ける。そのまま、返事に迷っているようだった。


――もしかして、困らせてしまったのかしら?


なにかまずいことを言ったのだろうか、と慌ていたところに。

セレスタさんは、微かにふるえるような声で応えた。


「……わからなく、なってしまったの」


「セレスタさん……?」


「おばさんの時代は、決闘デュエルがおかしなことになってしまったの。ウルカちゃんや、アスマみたいな子が……幸せに生きる時代をつくるためだと。正しいことをするんだと、そう言われてきた……それに、私は自分の意志でカードを握ってきた。でも、本当は間違ってたのかもしれない。取り返しなんてつかないことをしたわ」


セレスタさんは私を抱きしめた。

鼻をくすぐる消毒液の匂い――病院の匂いは、本当はきらいなはずだったんだけど。


それがセレスタさんのものなら、不思議と不快な気持ちは起きなかった。


「ウルカちゃん……アスマのそばにいてね。あの子、あなたのことが大好きなのよ」


「そうなの?いつも、私たちケンカばかりしてるわ」


「それでもよ。アスマはきらい?」


「わからない。生意気で、すぐに嘘をつくし。子供なんだもの」


「そう。じゃあ、はやく大人になるように言っておくわね」


いつものように日常は過ぎていく。


いつまでもあると思っていたものが、いつまでも一緒にいると思っていた者が、実は決してそうではないと気づくまでの――子供ではいられなくなり、少しばかりだけ大人になるまでの――わずかな時間に起きた出来事だった。


――これは、追憶。


ウルカ・メサイアも――「わたし」も。

今は記憶の底に眠らせており、未だ覚めることはない――遠い日にあったはずの出来事。



Episode.5『[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]』End


Next Episode.6…『《衒楽四重奏ストリング・プレイ》と《箱中の失楽パンドラ・ボックス》』

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