爆撃! 爆撃! 爆撃!(破)

「ミルストン先輩……あなたの狙いは、デッキ破壊!」


「デッキからカードをドローできなくなったプレイヤーは決闘デュエルに敗北する――『スピリット・キャスターズ』の基本ルールの一つ。第二王子殿なら、よくご存じのはずだろう?なにせ、君はこの方法によって侯爵令嬢殿との戦い――「メサイア会戦」において、敗戦の憂き目に遭ったのだから」


ミルストンは眼鏡の向こうにある冷酷な眼差しによって、戦場を支配した。


「ターンエンドだ。君の「本国」は、いつまで戦務ロジスティクスを継続できるかな?」



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【アスマ王国キングダム 崩壊まであと29枚!】

メインサークル:

《スリーヘッド・スカルワイバーン》

BP2600

サイドサークル・デクシア:

《血洗い場のドレイク》

BP2100


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

メインサークル:

《不落英魂モータルゴッズ》

BP1500

サイドサークル・デクシア:

磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー王国の白き魔女ブラン・ド・ソルシエール」専用機》

with《無反響兵装ブラインド・ウォッチャー》

BP2600



「(僕のデッキの残り枚数は……あと29枚かっ!)」


『スピリット・キャスターズ』の初期デッキ枚数は45枚。

ゲーム開始時の初期手札は5枚である。

第一ターンのドローと、《無反響兵装ブラインド・ウォッチャー》による10枚のデッキ破壊によって、残りのデッキ枚数は29枚となっている。


さらに――。


「僕のターン、ドロー!」


「――これで残りは28枚だ」


「おのれぇっ……!」


――こんなやり方で。

ウルカの戦術をコピーした決闘デュエルで、この僕を追いつめようというのか。


アスマの全身から殺気がほとばしる。

視線だけで人を殺せそうなほどの激しい怒りを受けても、ミルストンは涼しい顔を崩さなかった。


「第二王子殿のデッキの最大の弱点。それは君自身の運命力――フォーチュン・ドローに頼りきった構成であることだ」


「……何だと?」


「通常の決闘者デュエリストであれば、戦況に合わせて切り札にアクセスするためのサーチカードは必須となる。私がフィールドスペル《エンダー・ザ・ゲーム》を引き込むために用いた《死にゆく者の代弁者》のように」


ウルカ・メサイアの《千ちゅう譜目録》や――

イサマル・キザンの《図書館の魔女、メフィスト》のように。


『スピリット・キャスターズ』ではサーチカードは大きな役割を果たしている。


「――だが」と、ミルストンはアスマの欠点を指摘した。


「第二王子殿のデッキにはサーチカードが存在しない。当然の話だ。そんなものを使わなくても、汲めども尽きぬ無尽蔵の運命力を有する君ならば――『学園最強』の「覇竜公」たる君ならば、フォーチュン・ドローを何度でも発動して、好きなカードを手札に引き込めるのだからな。フォーチュン・ドローが機能しなくなれば、そのサイクルも途切れる……。

 兵站へいたんが伸びきったところを叩くのはいくさの常道だよ」


「貴様……!」


アスマがフォーチュン・ドローを使えなくなった理由。

それは対戦前にミルストンに耳打ちされた「ある言葉」に起因している。


「古代イスカの軍事思想家は言った。”主は怒りを以て師を興こすべからず”と――冷静になりたまえ、第二王子殿」


見え透いた挑発だ……ペースに飲まれるな。

舌戦ではミルストンに勝てない。勝つ必要も無い。


勝利を求めるのは――その気持ちは、決闘デュエルにぶつける!


「墓地の《尸解しかいの竜、セイコウ》の効果を発動!ターンの開始時にこのスピリットが墓地にある場合、復活させることができる――竜魂尸解!」


不死の竜がサイドサークルに蘇る。

墓地利用戦術――『スピリット・キャスターズ』において、墓地は第二の手札となる!


展開は続く。


「さらに僕はスペルカード《時の亡骸》を発動する!このカードを発動したターン、召喚の対象を手札からではなく墓地からに変更することができる!」


アスマは、前のターンに墓地に送られた10枚のカードの中に「あのカード」があるのを見逃していなかった。


「ほう。墓地からの召喚――となれば、狙いはヤツか」


ミルストンも想定内のようだ。


墓地から幾何学模様アラベスク状に編まれた呪文の光が出現し、メインサークルのワイバーンを贄とすべく取り囲んでいった。

やがて、叡智の結晶たる巨龍がその全貌を明らかとしていく。


「僕は《スリーヘッド・スカルワイバーン》をコストに、墓地からシフトアップ召喚!

 観念迷宮の檻より出でし『竜の棲まう国ドラコニア』の王よ、その威光をあらわせ!

 夢幻の主――《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》!」


アルトハイネス王家に継承されてきた伝承のドラゴン。

世界有数の『札遺相伝』。


翠玉の幾何学模様アラベスクの鱗で覆われた、神の龍。


『トライ・スピリット』。


領域に展開された巨大な球状モニターに「ARABESQUE」の光点が追加される。

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》が戦場に降り立った!



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【アスマ王国キングダム 崩壊まであと28枚!】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《血洗い場のドレイク》

BP2100

サイドサークル・アリステロス:

《尸解の竜、セイコウ》

BP1900


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

メインサークル:

《不落英魂モータルゴッズ》

BP1500

サイドサークル・デクシア:

磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー王国の白き魔女ブラン・ド・ソルシエール」専用機》

with《無反響兵装ブラインド・ウォッチャー》

BP2600



球状モニターの向こう側――戦場の最前線では、灰色の山脈地帯を偵察飛行するサラマンダーを威嚇するように、大空に翼を広げたアラベスクドラゴンが咆哮をあげた。

翼の羽ばたきもなく、自身の肉体から生じる力場によって空中にとどまるアラベスクドラゴンの威容は、さながら魔道具で建造された飛行要塞の如く。

その脇を小翼竜ドレイクと東洋の竜が飛び回った。


白色のサラマンダーは臨戦態勢を取り――その眼下には、生ける要塞であるモータルゴッズが鎮座している。


アスマが意趣返しとばかりに笑った。


「感謝するよ、先輩――あなたのデッキ破壊のおかげで墓地からアラベスクドラゴンを召喚することができた。これは利敵行為、ってやつなんじゃないかな?」


「攻城戦は一般的に防衛側が有利とされている――攻め手は、より多くの戦力を割くことを強いられている。攻撃が一時的な不利に通じることなど百も承知。しかし、心したまえ第二王子殿。戦力転換点カルミネイティング・ポイントはまだ超えていない――君は依然として攻めに転じてなどいないということを」


「減らず口を!」


「口だけではないさ。インタラプトスペル《戦術予報-ミラーズ・レポート-》を発動!このカードはデッキの上から10枚を確認し、その中から「戦術」スペルカードを2枚まで手札に加えることができる!」


「サーチカード……!いや、手札を補充するドローカードか」


「戦局が変化したことにより、プランを修正する」


ミルストンは確認した10枚のカードの中から2枚を選択すると、残りのカードはデッキの一番下に戻した。


敵は新たな戦術を組みなおした。

それでも――《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》はあらゆるカード効果を受けない無敵のスピリット。小細工は通用しない。策があるというのなら、圧倒的な力で踏み越えていくだけだ。


「バトルだ!メインサークルのアラベスクドラゴンで、同じくあなたのメインサークルの《不落英魂モータルゴッズ》を攻撃する――」


アラベスクドラゴンはセイコウを生贄として、その叡智を吸収し――セイコウはふたたび墓地に戻った。

叡智の巨龍は、その強力なスペックの代償として攻撃宣言のたびにスピリットをコストにしなければならない。


「(本当なら、先にサイドサークルのドレイクとセイコウから攻撃したかったところだが――この領域ではサイドサークルのスピリットはメインサークルのスピリットを戦闘では破壊できない。それでは戦闘勝利によるダメージを与えることができなくなる)」


球状モニターの光点が移動する。

「ARABESQUE」の光点が「MORTAL GODS」に接近する。


魔力探知器レーダーに乱れはない。


メインサークル同士での戦闘。

この空域で唯一、スピリットとスピリットが交戦を許された決闘の舞台だ!


かつてこの地にあった軍の秘密基地――オーベルジルン設計局がそうであったように、山々の中に隠れ潜むように生ける要塞たるモータルゴッズが待ち構えていた。


BPはわずか1500。アラベスクドラゴンの敵ではない!


天翔ける巨龍が、その口から魔力の奔流を放った。


「熾烈なるビブリオクラズム・バースト!」


モータルゴッズ、撃破……。しかし!


プレイヤーであるミルストンは、その余波を受けても傷一つなかった。

アスマは驚愕する。


「シールドが破壊されていない……だと!?モータルゴッズには【鉄壁】効果があったのか!」


【鉄壁】とは――プレイヤーを守護するスピリットの特殊効果だ。


【鉄壁】を持つスピリットが戦闘で敗北した場合にはダメージは発生しない。

【鉄壁】を持つスピリットがいるかぎり、そのプレイヤーは戦闘でダメージを受けない。


カード効果を受けないアラベスクドラゴンであっても、相手の【鉄壁】の影響までは無視できない――この戦い方に、アスマは思い当たった。


「てめぇはウルカの決闘デュエルを研究していた……その【鉄壁】で耐える戦術も、ウルカの《ミミクリー・ドラゴンフライ》を元にしているってことかよ!」


「侯爵令嬢殿の戦術タクティクスは非常に刺激的だった。何度も棋譜を読み返したよ。それだけの価値がある……教本とは、多くを読むよりも一冊を深く掘り下げた方が役に立つものだ」


「……だとしても!」


これでミルストンのメインサークルは空白ブランク

《エンダー・ザ・ゲーム》の領域効果によって、サイドサークルのスピリットの攻撃はスピリットを破壊できない――だが、プレイヤーへダメージを与えることはできる!


「《血洗い場のドレイク》でメインサークルを攻撃!」


対人攻撃ペネトレーション――これが通れば、まずはシールドを破壊できる。


「――なんて、簡単にいくとは思っていまいね?」とミルストンが動く。


介入インタラプト!《決闘戦術教義ドクトリン・リンクス空を這うものスカイ・クローラー」》を発動!」


「《決闘戦術教義ドクトリン・リンクス》……!?」


スペルの効果を受けて、球状モニターからサラマンダーの光点が消失する。

次の瞬間――スピリットは空間転移して、敵の本部に攻撃をかけようとしたドレイクの眼前に出現した。


アスマは理解した――。


「そうか、これは戦闘中に配置交換を可能とするスペル……!」



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【アスマ王国キングダム 崩壊まであと28枚!】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《血洗い場のドレイク》

BP2100


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

メインサークル:

磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー王国の白き魔女ブラン・ド・ソルシエール」専用機》

with《無反響兵装ブラインド・ウォッチャー》

BP2600



空を這うものスカイ・クローラー」の呪文効果を受けて、サイドサークルの《磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー》がミルストンのメインサークルに転移した。


アスマのスピリットのBPではサラマンダーを倒すことはできない。


「時間稼ぎってわけかよ」


「なぁに、第二王子殿が降伏するまでにそう時間はかからないさ。君が《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》を召喚してくれたのだからね」


「てめぇ……まさか!」


アスマの予想は的中する。ミルストンは新たな呪文を唱えた。


介入インタラプト!《決闘戦術教義ドクトリン・リンクス終わりなき円舞エンドレス・ワルツ」》――このカードにより、互いの手札を次のターン開始時まで除外する!」


「またしても《決闘戦術教義ドクトリン・リンクス》――!」


ミルストンが《戦術予報-ミラーズ・レポート-》によって手札に加えた2枚の「戦術」スペル――それはどちらも、この戦況に合わせた的確なカードだった。


ミルストンは眼鏡を直しながら、その眼光でアラベスクドラゴンを射抜いた。


「――さぁ。これでターンエンドだろう?ドラゴンの効果を発動したまえ」


「くそがッ!」


《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》には、ターン終了時に手札が5枚になるようにプレイヤーにカードをドローさせる特殊効果がある。

終わりなき円舞エンドレス・ワルツ」によって互いの手札を一時的にゼロにしたのは……この効果によって、アスマに5枚のカードをドローさせるため。


それはすなわち――。



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【アスマ王国キングダム 崩壊まであと23枚!】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《血洗い場のドレイク》

BP2100



「これで残りのデッキ枚数は23枚……!」


「――おやおや、「本国」が火急の危機だというのに。アラベスクドラゴンは5枚ものカードを血税として市民から搾り取るとはな。くっくっく」


「僕のアラベスクドラゴンを最初から利用するつもりで」


「そういうことだ。戦時下にあって、軍備のために重税を課す暴政――市民の心は失われているようだね。君の王国の崩壊は近い……私のターン、ドロー!」


ミルストンのターンが始まり――「終わりなき円舞エンドレス・ワルツ」の新たな効果が発動する!


「このターンの開始時に「終わりなき円舞エンドレス・ワルツ」によって除外されたカードを手札に加える……だが、この効果で手札に加えるカードがない場合。相手の手札と同じ枚数だけカードをドローできる!」


「なんだと!?」


ミルストンは前のターンで手札をすべて使いきっていた――手札に加えるカードは存在しない。


「よって、第二王子殿の手札と同じ枚数――5枚になるまで私はドローできる。さぁ、君は除外された4枚のカードを手札に加えたまえ」


「ちっ」


アスマは舌打ちして、4枚のカードを手札に加えた。

これで手札は9枚。


ミルストンは手札から《不落英魂モータルゴッズ》をサイドサークルに召喚し、メインサークルの《磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー》と配置交換した。


この布陣は――。



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【アスマ王国キングダム 崩壊まであと23枚!】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《血洗い場のドレイク》

BP2100


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

メインサークル:

《不落英魂モータルゴッズ》

BP1500

サイドサークル・デクシア:

磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー王国の白き魔女ブラン・ド・ソルシエール」専用機》

with《無反響兵装ブラインド・ウォッチャー》

BP2600



「……前のターンと同じ。【鉄壁】でメインサークルを守りながら、サイドサークルからのデッキ破壊で一方的な攻撃を加えるための布陣!」


「”戦争が武器と装備を規定し、また武器と装備が闘争を変化させる”。私が敷いた《エンダー・ザ・ゲーム》というルールが支配するこの戦場では――この布陣こそが最優にして最強というわけだ。ここに速さを加える。ギアを上げていくぞっ!」


ミルストンが新たな《決闘戦術教義ドクトリン・リンクス》を発動した。


「《決闘戦術教義ドクトリン・リンクス「空軍力による支配」》!このターン、コンストラクトの効果によってカードが墓地に置かれるとき、その枚数は二倍となる!」


「サラマンダーの火力を二倍にするスペルカード……!」


メインシークエンスは終了し、バトルへと移行する。

空性樹海シュバルツバルトの魔力暗室――交戦不可能な魔の森林に身を隠し、サラマンダーは無差別爆撃を敢行した!


ミルストンは吠える。


「爆撃!爆撃!爆撃!全てを燃やし尽くせ――デュプリケート・エアレイド!」


「空軍力による支配」の加護を受けた《磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー》は、長距離爆撃――戦場と銃後の境界を失くす新戦術――によって、アスマの「本国」を火の海へと変えた。


デッキのカードは――20枚墓地に送られる!



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【アスマ王国キングダム 崩壊まであと3枚!】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《血洗い場のドレイク》

BP2100


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

メインサークル:

《不落英魂モータルゴッズ》

BP1500

サイドサークル・デクシア:

磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー王国の白き魔女ブラン・ド・ソルシエール」専用機》

with《無反響兵装ブラインド・ウォッチャー》

BP2600



☆☆☆



「デッキはあと3枚だけ。ウルカ様、このままじゃアスマ王子が負けちゃいます!」


ユーアちゃんが泣きそうな声をあげた。

観客席も騒然としている――不敗の「覇竜公」がここまで追いつめられるとは、誰も思っていなかったようだ。


「おいおい、ミルストン先輩イケるんじゃねえか」「なんか、幻滅~」「アスマ王子のファンやめまーす」「アスマも大したことねえな。所詮は寄生虫女に負ける程度か……」そんな声が聞こえてきたので、私は思いっきりそっちを睨みつけた。

目が合うと「ひえっ」と情けない声が返ってくる。


ふふん、こういうときは吊り目の悪人面も役に立つものね。


私はユーアちゃんを安心させようと向き直った。


「大丈夫よ。アスマがこんなところで終わるわけないじゃない。デッキだって、あと3枚もあるのよ?」


「3枚も……って」


「――ユーアちゃんには、アスマを倒すときに相談に乗ってもらったわね。覚えてるかしら?どうしてアスマにデッキ破壊戦術が有効なのか……」


「それは……アスマ王子のエースであるアラベスクドラゴンが、カード効果に対する完全な耐性と高打点に加えて、プレイヤーを守る【鉄壁】を持っているからです」


その通り。アラベスクドラゴンは、打点を上回って倒すことも、スペルやコンストラクトによるからめ手で倒すことも難しい。


だからこそ、デッキ破壊というアスマの想定外の戦術で不意を打った――でも。


「あれは初見殺しなのよ。アスマが馬鹿にしきっていた私みたいな決闘者デュエリストが、そんな手を取るはずが無いという油断と慢心を突いたの」


「油断と、慢心……」


「左様でございます」とメルクリエが首肯した。


「”愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ”――ミルストン様は、そのように演説を打っておられましたが。経験というのならば、アスマ王子こそが当事者であり、いわばデッキ破壊戦術の恐ろしさを、その身で味わった者なのでございます」


私はメルクリエの言葉を引き継ぐ。


「それにアスマは愚者なんかじゃないわ。こと、決闘デュエルに限ってはね!」



☆☆☆



「僕のターン、ドロー」


アスマは長剣型の決闘礼装からカードという剣を引き抜く――。

これで、デッキは残り2枚。


ターンの開始時――前のターン同様に墓地からセイコウが蘇る。



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【アスマ王国キングダム 崩壊まであと2枚!】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《血洗い場のドレイク》

BP2100

サイドサークル・アリステロス:

《尸解の竜、セイコウ》

BP1900


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

メインサークル:

《不落英魂モータルゴッズ》

BP1500

サイドサークル・デクシア:

磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー王国の白き魔女ブラン・ド・ソルシエール」専用機》

with《無反響兵装ブラインド・ウォッチャー》

BP2600



ミルストンは勝ち誇ったように告げた。


「そろそろ、アラベスクドラゴンを退場させることを考慮した方がいいのではないかね?このターンの手札消費次第では、ターン終了時に発動するドロー効果――ドラコニア・ウィズダムによって君は敗北となる。そんなあっけない幕切れは、私としても本意ではないのでね」


「はっ。アラベスクドラゴンを退場させるだと?そんな戦術はありえない。このドラゴンこそが、先祖から引継ぎ、かつては父上から授けられた信頼の証。叡智の龍と共に戦う――それが僕の流儀スタイルだっ!」


「だが、その信頼は侯爵令嬢殿に敗北したことで失われた。今ではそのカードを取り戻すべく、陛下から何度も刺客を差し向けられてるそうじゃないか?」


「……信頼は取り戻す。まずは、てめぇをぶち倒してなァ!」


アスマは手札を3枚墓地に送ることで、スペルカードを発動する。


手札3枚……。

そのコストを見て、ミルストンは警戒心を取り戻した。


「まさか――《コスモグラフィア・アリストクラティカ》か!?」


「ちげぇよ、間抜けぇ!どんなデータを拾ってきたのかは知らねぇが……そんなもんは、ウルカに負ける前の僕のデータだ。何度解析しようが無意味なんだよ!発動せよ、スペルカード……《追憶の遠近法》!」


この瞬間――アスマの墓地に眠る34枚のカード全てが「叡智なる地下大図書館」の回游本棚の如く墓地から噴出していき、空中に飛散して固定された。


ミルストンはデータには無いカードに目を見開いた。


「《追憶の遠近法》……!?なんだ、そのカードは!」


「察しがわりぃなぁ。これはスペルだよ」


「な、なんだとぉ……」


「てめぇが馬鹿みてえにデッキのカードをさんざん墓地に送ってくれたおかげで、欲しいカードにアクセスできるようになった。感謝するよ、先輩殿……ひゃはははっ!」


「くっ……!」


アスマが空中に浮かんだカードの一枚を選択する。

選ばれたカードは手札に加わり、残りのカードは墓地へと戻った。


「回収したカードはてめぇの戦術を崩壊させる一手だ。アルトハイネス王家直伝の秘宝カード、その腐った眼鏡のレンズにとくと焼き付けるがいい。

 ――行くぜ、《ドラコニア玉手箱エクラン》を発動ォ!」


「《ドラコニア玉手箱エクラン》ンンン!?」


フィールドに出現したのは、きらびやかな宝石で彩られた宝箱だった。

箱が開く――すると、墓地と山札――二つの領域が交換される。



2枚の山札と34枚の墓地――。

これが入れ替わり。

34枚の山札と2枚の墓地に――。


ミルストンはようやく気づいた。


「デッキと墓地を入れ替えるスペルカード――!デッキ破壊戦術に対抗するために用意された、デッキ回復カードだと!?」


「この僕が、何度も同じ戦術で負けるわけねぇだろうが!ひゃははは!

 王国、復活ッ!」



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【王政復古!アスマ王国キングダム 残り34枚!】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《血洗い場のドレイク》

BP2100

サイドサークル・アリステロス:

《尸解の竜、セイコウ》

BP1900



戦力転換点カルミネイティング・ポイントを超えた――!

攻守は逆転し、アスマの反撃が始まる!


「《尸解の竜、セイコウ》をコストにシフトアップ召喚、《蓬莱の竜、ハクザンロウ》!続けて《死の舞塔-タワー・オブ・インフェルノ-》の効果によって追加召喚!《血洗い場のドレイク》をコストに《マジカル・リアリズム・ドラコネット》をシフトアップ召喚する!」


スペルカードを織り交ぜた連続召喚により、アスマは陣形を整えた。



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【王政復古!アスマ王国キングダム 残り34枚!】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《マジカル・リアリズム・ドラコネット》

BP2600

サイドサークル・アリステロス:

《蓬莱の竜、ハクザンロウ》

BP2400


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

メインサークル:

《不落英魂モータルゴッズ》

BP1500

サイドサークル・デクシア:

磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー王国の白き魔女ブラン・ド・ソルシエール」専用機》

with《無反響兵装ブラインド・ウォッチャー》

BP2600



アスマは止まらない。


「まだだっ!スペルカード《アンナチュラル・コンプレックス》――このカードの発動後、フィールドのスピリットの効果をターン終了時まで無効にする!」


「スピリットの効果が、無効!第二王子殿、君の狙いは……」


「もちろん……てめぇのうざってぇ【鉄壁】持ちのザコの効果を無効にすることさ。もっとも、僕のアラベスクドラゴンはカードの効果を受けなぁい――《アンナチュラル・コンプレックス》の影響も受けないってことになるがなァ!」


もはや、戦局を支配していたのはアスマだった。


「バトルだ……!行けっ、《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》!」


アスマは攻撃コストとしてドラコネットを墓地に送る――。

だが、魔術的現実主義を象徴する竜は幻のように霧散したかと思うと、ふたたびフィールドに舞い戻った。


これも予想外。ミルストンは「どういうことだ……」と眉をしかめた。


「まさか……今のは《アンナチュラル・コンプレックス》の適用外となる、墓地発動効果なのか?」


「ひゃははは。《マジカル・リアリズム・ドラコネット》はコストとして墓地に送られた場合に、一度だけフィールドに戻すことができる。これは墓地で発動する効果だ――そのため、フィールドのスピリットの効果を無効にする《アンナチュラル・コンプレックス》の影響を受けないってわけだよ!」


全ての動きが計算されている。

たとえフォーチュン・ドローが使えなくても――相手が希代の戦術家であっても――その歩みが止まることは無い。


これが「覇竜公」。これが『学園最強』。

元王位継承権第二位――アスマ・ディ・レオンヒート。


やがて、交戦可能空域にアラベスクドラゴンが飛来した。

眼下の要塞型スピリットに標準を合わせ、魔力を充填し――放つ。


「熾烈なる――ビブリオクラズム・バーストォ!」


爆撃ならぬ爆流の魔力波――メインサークルのモータルゴッズを粉砕!


「ぐ……うおおおおっ!」


【鉄壁】の効果を無効にされたことにより、破壊の余波を受けてミルストンのシールドが砕け散る。


アスマにはまだ攻撃可能なスピリットが二体残っている。

決着は目前。

会場の誰もがアスマの勝利を確信した、そのとき――。


ミルストンは密かに嗤う。


「シールドが破壊されたとき」を発動条件とするスペルカード――。

決闘礼装「アグネスヘクトール」にカードをセットする。


アスマがその動作に気づいた瞬間――。






☆☆☆



「ウソでしょ……」


私は言葉を失った。

会場もまた、静寂に満ちていた。


何が起きたのかわからなかったから……


あの白い炎を見た瞬間に、何が起きたのかを全員が理解した。


歴史の教科書で。あるいは映像番組で。

この国の住民なら、何度も何度も繰り返し見たことがある光景。


予想外だったのは――それが、目の前で起きたということ。

そして決闘デュエルのカードとして「それ」が用いられたということだった。


「『』……!」と怨嗟に満ちた声が響く。


最初、それが誰の声かわからなかった。

あまりにも違っていたから。幼い頃から、兄のように――父親のように接してくれたその人の声色とはあまりにも違っていたのだ。


「メルクリエ……?」


私は幽鬼のような目で試合場をにらむメルクリエに、恐る恐る声をかけた。

彼の様子の変わりようにユーアちゃんも驚いているようだった。


私が肩に手を置くと、メルクリエは我を取り戻した。


「……失礼いたしました」と、彼は普段のように戻って一礼する。


そのとき、会場から悲鳴が上がった。

悲鳴の先にあったのは試合場――領域の中央に位置する巨大な球体状のモニターの向こう側に投影された最前線では、アラベスクドラゴン以外のすべてが炎によって消し飛ばされていた。


代わりに大地からしみ出してくるのは、毒の沼のようなおぞましい色合いの汚濁に満ちた肉塊――。

暗澹たる戦場を見て、メルクリエが呟く。


「キングスミート……。王に捧げられた肉」


「たしか、『ゼノサイド』によって魔力汚染を受けたスピリットが変質した姿……よね?」


「左様でございます。連合国軍が投下したとされている、あの兵器によって……オーベルジルンの地は深く傷つきました。向こう50年間は、魔力の汚染が止まることはありません。スピリットはおろか、人さえも帰る場所ではなくなってしまった」


ここで私は初めて思い出した。

たしか、メルクリエはウルカのお母さんに拾われた孤児だったと……。


「メルクリエ。もしかして、あなた――オーベルジルン会戦で孤児になったの?」


「お嬢様には……話していませんでしたな」


苦しげに言葉を吐き出すメルクリエ。

私たちの前には、キングスミートが湧き出る悪夢の戦場が広がっていたのだった――。



先攻:アスマ・ディ・レオンヒート

【デッキ残り34枚】

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《汚染英魂キングスミート》

BP500

サイドサークル・アリステロス:

《汚染英魂キングスミート》

BP500


領域効果:[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]


後攻:ミルストン・ジグラート

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《汚染英魂キングスミート》

BP500

サイドサークル・デクシア:

《汚染英魂キングスミート》

BP500

サイドサークル・アリステロス:

《汚染英魂キングスミート》

BP500

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