フォーチュン・ドロー発動せず

アスマが「学園」に帰還してから、数日が経ってのこと。


「あ、見つけたわ!」


二年生の教室の前で、廊下を歩いていたアスマをつかまえた。


「アスマ!」


「……ウルカか。どうしたんだい、血相を変えて」


「どうしたじゃないでしょ。聞いたわよ。明日、『ラウンズ』のメンバーとアンティ決闘デュエルをするって……それに、よりにもよってアラベスクドラゴンをアンティに賭けたんですって?」


《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》――。


『スピリットキャスターズ』最強とされる「トライ・スピリット」の一角にして、あらゆるカードの効果を受けない無敵のスピリット。

アスマのエースであり――アルトハイネス王家の秘宝とされるドラゴンだ。


アスマは怒られた子供のように目線を逸らす。


「……それが、どうしたっていうんだ。君には関係ないだろ」


「あんたは長いこと休学してたから……そのあいだにランキングが下がったのはわかるわよ。それを取り戻したい気持ちもわかる。でも、いくら『ラウンズ』と戦うからってアラベスクドラゴンをアンティにする必要なんて無いじゃない。アスマのデッキには、他にもレアカードがいっぱいあるのに……」


「対戦相手――ミルストン先輩の希望なんだ。それに、向こうが出してきたアンティは僕にとっては特別なカードだ。あれを手に入れられるのなら、手段は選ばない」


「特別な、カード……?」


私は決闘礼装を操作して、明日の公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエルの番付を確認した。



--------------------------------------------------------

公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエル

・対戦カード


「覇竜公」アスマ・ディ・レオンヒート

『ラウンズ』序列第八位

アンティ:《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》


 VS


「英雄殺し」ミルストン・ジグラート

『ラウンズ』序列第五位

アンティ:《磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー

--------------------------------------------------------



私はモニターを眺めながらアスマに確認する。


「《磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー》。これが、どうしてもあんたが欲しいカードなの?」


「……君には話しておこうか」


アスマは廊下をきょろきょろと見回すと、私の腕をつかむ。


「ちょ、ちょっと!?」


「こっちだ。あまり人目につきたくない」


そのまま引っ張られるがままに、私は人の気配がない魔科準備室に連れ込まれた。

廊下を見回して生徒や教員がいないのを確認すると、アスマは準備室の扉を閉めて向き直る。


「(もしかして……!私、前の世界でもこんな経験ないのに……!)」


心臓の鼓動が高鳴った。


カーテンの隙間から自然光が差し込むだけの薄暗い部屋の中で、壁を背にした私の元にアスマが迫る。


気づけば、王子様らしく大人びて整った彫りの深い顔立ちが目の前にあった。


――ダ、ダメよ、こんなの……!


カラカラになった喉につばを飲む込むと、私は目をつむって声を絞り出した。


「この前も言ったでしょ。私はアスマの知ってるウルカじゃないの。だから、こういうことは……ウルカ本人と……!」


「これを見てくれ」


アスマは無言で剣型の決闘礼装を操作して、一枚の写真を呼び出した。

空中に投影された写真――そこに映っていたのは、ウルカがよく知る人物だった。


「この人……」


雪のように白い肌に、不釣り合いな武骨な印象の軍服。

アスマとよく似た色合いの金髪は、戦時下ということもあるのか、短く切り揃えられている。

ウルカの記憶の中では温和な笑みを浮かべていた淑女は、写真の中ではいかめしい真顔を作ってカメラを正面から見据えていた。


これって……。


「アスマのお母さん、よね?」


「そうだ。君ともよく会っていたよね」


「私は……母親がいなかったから。アスマのお母さんはいつも優しくしてくれて……子供の頃は、本当のお母さんみたいに思っていたわ」


これはウルカの記憶の中では真実の話だ。


いつも笑顔でウルカに接して、王宮の離れを訪ねるとカードで遊んでくれた人。


――記憶の中にある彼女は、いつも白い病人服を着てベッドに横になっていた。

おそらく、なにか重い病気に罹っていたのだと思う。


精霊魔法を用いても治癒できず、進行を和らげることしか出来なかったらしい。


アスマの母親――セレスタ・エス・レオンヒート。

アルトハイネス国王の妃で、今は亡き人だ。


「……セレスタさんって、王国軍の軍人だったの?」


「君が生まれる前の話だからね、知らなくても無理はない。僕にとっても、まだ物心がつく前のことだ。母上は当時の空軍において無双を誇り、撃墜王と讃えられたアルトハイネスのトップガンだったらしい。

 「王国の白き魔女ブラン・ド・ソルシエール」。当時の母はそう呼ばれていた」


「じゃあ、もしかしてあの病気も……」


アスマは頷いた。


病気というより――あれは、戦争で負った傷痍だったのか。


「ちょうど、この前の歴史の授業でマロー先生が話してたわ。私たちが生まれる前の戦争の話。王国軍は戦争を終わらせるために、第五世代型決闘礼装をオーベルジルンで開発していたって」


「まだ夏休み前の一学期だというのに、一年生に「黒き森」のオーベルジルン会戦まで教えるのか。去年から指導要領が変わったのかな」


オーベルジルン――この名を口にすると、その場に重苦しい空気が流れた。

いくら意識しまいとしても、この国に住む者なら誰もがそうなってしまう。


先日の授業で、私が能天気にうとうと出来たのも――半分は私がウルカではなく、この世界の人間ではないためだろう。

あるいは……まだ授業が「その時」にまで進んでいないから、だろうか。


アスマはその空気を感じ取ってか、さらに言葉を続けた。


「――母上は、オーベルジルンにいた」


「それって……!?」


私は息を呑む。

アスマは口元だけで笑みを作った。


「命があっただけでも運が良かったんだ。そうだろう?」


天蓋付きのベッドで微笑むセレスタさんの記憶が、脳裏にフラッシュバックした。

カードを手にしたその腕は、死神に魅入られたように肉を衰えさせ、骨に皮がへばりつくようにしていたのを覚えている。


ここで強引に話を戻すことにした。


「――軍人だった頃のセレスタさんの写真、後ろにサラマンダー型のスピリットが映っているみたいだけれど……もしかして、これがミルストンっていう人が賭けてきたアンティのカードなの?」


「《磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー王国の白き魔女ブラン・ド・ソルシエール」専用機》。

 空軍の量産型に対して、母上が専用機として独自のチューンナップを施しカラーリングを変更した機体だ。その飛行速度は通常の三倍だったそうだ」


「三倍って……!すごかったのね、セレスタさんって!」


アスマは照れ隠しのように頬をかいた。


「実際には、外付けのスラスターや内蔵ジェネレーターの出力を30%程度向上させただけで――「三倍のスピード」というのは、戦時下に流されたプロパガンダを情報源ソースにした戦後の伝記作家が脚色したものらしいけどね」


アスマの動機はわかった。


相手が賭けてきたカードは、大切なセレスタさんの形見の品――そのためには、アラベスクドラゴンを賭けてでも戦いたいというのはわかる。


なら、やっぱり「」は必要なはずだ。

私は用意していたカードをアスマに見せる。


「受け取って。これは元々、あんたのカードでしょ」


「それは……《バーニング・ヴォルケーノ》か?」


一か月ほど前のアンティ決闘デュエル

アスマに勝利することで、このカードを手に入れた――いや、預かった。


このカードはアルトハイネス家の相伝であり、アスマのドラゴンデッキのキーカードでもある。


《バーニング・ヴォルケーノ》を狙うイサマルくんからも、なんとか守りきった。

アスマに無傷のままで渡すために。


「わざわざセレスタさんの形見まで出してくるんだもの。ミルストン先輩はきっと、本気でアラベスクドラゴンを狙ってくるはずだわ。アスマもこのカードをデッキに戻して、万全を期して挑むべきよ」


「悪いが、それは受け取れない」


「どうして?噂で聞いたわよ、今のあんたは「叡智なる地下大図書館」のアクセス権も無いって……。だったら、《バーニング・ヴォルケーノ》まで抜いた状態で戦うのは、あまりにも危険すぎるわ!」


アスマは切り出す。


「僕はまだ……君との決着を着けてないじゃないか」


――わかってるわよ、そんなこと。


前回の決闘デュエルのとき、別れ際に彼はこう言っていた。



「――そのカードを預けるのは今だけだ。必ず、僕の手で取り返してやる」



――だとしたら、ここで渡されてしまうのは違う、というのはわかる。

わかるけれど……。


「いや、そんな場合じゃないでしょ。アラベスクドラゴンが賭けられてるのよ。負けたら意味ないじゃない。ほら、さっさと受け取りなさい、意地張ってないで」


「意地じゃない、これは流儀スタイルだ!」


流儀スタイルぅ?」


「君だって決闘者デュエリストなら知っているだろう。各々の流儀スタイル――品格を保ちながら行動することが、スピリットの信頼を勝ち取り、カードに愛され、ひいては運命力を高めることに繋がると。決闘に臨む騎士の心得を踏襲し、卑劣な真似をせず、正々堂々を重んじて、伝統を守って生きること――だからこれだけ文明が発展した現代であっても、アルトハイネスは建築様式から衣服といった各種の文化を、中世の黄金時代から引用して生活しているのだから。

 ……あぁ、そうか?」


決闘礼装を仕舞うと、アスマは意地の悪い笑みを浮かべた。


「ユーアさんに嫌がらせをしたり、彼女が苦手な寄生虫カードをデッキに仕込むような流儀スタイルのカケラもないような君の耳には、無益な説法だったかな?だから君は未だに運命力にも恵まれず、フォーチュン・ドローだって出来ないんだよ」


「はぁ!?なんですってぇ……!」


そうやって過去のキズをほじくり返すなら、こっちにも考えがあるわよ。


――そう、我々は忘れていた――この女が悪役令嬢であることを――。


捲土重来だ。

アスマに負けないくらいに意地の悪い声を私も出すことにする。


「じゃあ……ユーアちゃんのデッキに寄生虫カードを仕込んだ上に、それを私のせいにして濡れ衣を着せたどっかの誰かのあんたの所業は、流儀スタイルに乗っ取った正統なものだったのかしらぁー!?」


「うっ、それは」


「しかもユーアちゃん本人に見破られて、怒られて、それに逆ギレして剣まで抜いちゃうなんて、立派な決闘者デュエリストでございますねえええぇぇぇえええ!?」


「あれは、もう謝ったんだし……」


「寄生虫カード――せっかく子供の頃に、あんたにあげたのに。あんなことするために渡したカードじゃなかったのにねー。いつか使ってくれる、って約束してくれたのになー。あのときのかわいいアスマボーイはどこに行っちゃったのかしらねー」


「……返す」


アスマはデッキケースから一枚のカードを取り出すと、私に押し付ける。

そのまま、黙って準備室から出て行ってしまった。


「ちょ、ちょっと。まだ話は終わってないわよーっ!」


だが、彼が戻ってくることはなかった。


アスマに手渡された、白金色のイラストが描かれたカードに目を落とす。


「《魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》、かぁ」


――まさか、普段から持ち歩いてるなんてね。


「まったく、返さなきゃいけないカードが増えちゃったじゃないのよ」



☆☆☆



試合当日。


円形闘技場の廊下を歩き、試合場に向かうアスマは一人の人影に気づいた。


「学園」の三年生であり、今日の決闘デュエルの対戦相手。


「……ミルストン先輩」


「やぁ、第二王子殿。こうして手合わせするのは初めてだな。こちらとしては『学園最強』の胸を借りるつもりで挑ませてもらうよ。良い決闘デュエルにしよう」


眼鏡の青年――ミルストンは、朗らかな顔で握手を求めた。

その手を握って応じながら、アスマは鼻を鳴らす。


「よく言いますよ。『ラウンズ』きっての「英雄殺し」――古代文明の遺産・ロストレガシーから学んだ古今東西の兵法に通じ、決闘デュエルのたびにデッキを変えるいくさの達人。あなたのような戦術家にとっては、僕のような名の知れた決闘者デュエリストは与しやすい相手になるのでしょうね」


「否定はしないとも。君のデッキは非常にわかりやすい。アルトハイネス王家が世界中から簒奪したレアカードの集合――まるで歩く国立博物館だ。スピリットもスペルもコンストラクトも、その全てが一級品。ゆえに、私のようにせこせことデッキを組み替える必要もない。王とは、ただ道を往くだけで勝利に通ずる者――「王道」とは正にこのことだ」


「褒められている……という解釈でいいのかな?僕には、どうにも単細胞と馬鹿にされているような気がするのですが」


アスマは握手に力をこめた。

ミルストンはわざとらしく声をあげて笑う。


「古代ムーメルティアの軍事理論家は言った。”攻撃を一方向にのみ続けることは、一般的には、戦力を転戦させるよりも有利となる”と――効率だよ、第二王子殿。王道の決闘デュエルは覇道を往く者にしか許されない。誇りたまえ。無論、王道ならざる私は――私のやり方で、決闘デュエルをすることにしよう」


ミルストンは握手をしたまま近づくと――アスマの耳元に囁いた。


「、、、、、を、、、したのは、君の、、、、だ」


言葉が耳に入り――意味を噛み締め――理解に至る瞬間。


……アスマの思考が停止した。


ミルストンは握手を解くと、そのまま会場へと足を進める。


「良き決闘デュエルをしよう、第二王子殿。いや――良き、戦争を」


”戦争とは拡大された決闘に他ならない”


古代の至言を引きながら――ただし、その言葉はアスマの耳には入っていなかった。



☆☆☆



「結局、アスマに《バーニング・ヴォルケーノ》は返せなかったわ……」


「心配です。アスマ王子、勝てるといいですね」


私はユーアちゃんと共に円形闘技場を訪れていた。

シオンちゃんも一緒に観戦したかったのだけれど、メルクリエから急な仕事を頼まれたとのことで……なんて考えていると、観客席で珍しい顔を見かけた。


「あら?メルクリエ、どうしたの」


「おやおや、これはお嬢様。それにユーア様も」


「メルクリエさん、お久しぶりです」


そこにいたのは片眼鏡モノクルの青年。

本家から見捨てられたウルカの親代わりをしている執事、メルクリエだ。


「学園」の臨時講師をしてるぐらいだから決闘デュエルには興味があるんだろうけど――でも、こうやって円形闘技場にまで観戦に来ているところを見るのは初めてだった。


せっかくなので、ユーアちゃんと私は彼の隣に座って観戦することにした。


「シオンちゃんがあなたに仕事を頼まれたって言ってたのだけれど……もしかして、この試合を観るために?」


「お恥ずかしながら。シオンさんには寮の清掃を代わっていただきました」


「そう……珍しいわね。そんなにアスマの試合が観たいだなんて」


メルクリエはレンズの奥にある瞳を愉快そうに見開いた。


「私めも決闘者デュエリストの端くれ。『学園最強』の復帰戦ともなれば気にもなります。それにアスマ王子は、お嬢様の将来の旦那様ですからな」


「くっ」


反論したいけれど、事実だから反論できない。


あからさまにからかいに来ているメルクリエに対し、ユーアちゃんに助け船を求めるも――彼女は目を閉じ歯を食いしばって何かに耐えているようだった……。


だ、大丈夫かしら?

すごい勢いで寝過ごしたのを後悔してるような顔をしてるけど。


「さァー!いよいよ、決闘デュエルの始まりでース!」


実況席から、お馴染みのジョセフィーヌちゃんの声が響いた。

隣に鎮座するのは長身のジェラルド。今回も解説を頼まれたらしい。


実況・解説の凸凹コンビも、気づけば定番となっている。


これで舞台は整った。


試合場に二人の男が並び立ち、その中央には立会人であるマロー先生が現れた。


立会人が開幕を告げる。


「それでは、これよりアンティ決闘デュエルを開幕いたします。精霊は汝の元に、牙なき身の爪牙となり、いざ我らの前へ。決闘者デュエリストは互いのプライドを、己のカードに宿すように。相違ありませんね?」


アスマとミルストン先輩――決闘者デュエリストは声を揃えた。


「「決闘デュエル!」」


試合はつつがなく進行している――だけど。


――変だ。


なにかがおかしい。

違和感の正体を探る――その根源にいるのは、アスマだ。


表面上はうまくとりつくろっているが、覇気を感じられない。

アラベスクドラゴンが賭けられたアンティ決闘デュエルの本番だというのに。


「……あんたに、何があったの?」


その違和感の正体は――先攻を取ったアスマのドローで明確になった。


隣のユーアちゃんと顔を見合わせる。

彼女も気づいたようだった。


「ウルカ様。アスマ王子、ひょっとして……!」


運命に愛された男。

フォーチュン・ドローの支配者であるはずのアスマ。


彼のドローには――まばゆいばかりの黄金の光は宿



「まさか、あいつ。フォーチュン・ドローが使えなくなったっていうの!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る