君はゼロ戦怪竜を見たくないかい?

「んー、美味しいです!」


ほっぺたに手を当てたユーアちゃんは、プリンを口に運ぶ。


彼女の様子を微笑みながら眺めるのは、見た目だけならどこに出しても恥ずかしくない麗しい貴公子だった。


短い金髪を前髪からサイドまで同じ長さに切り揃えた、丸いシルエットのシンプルなマッシュヘアー。

元『学園最強』、アルトハイネス王国第二王子――アスマ・ディ・レオンヒート。


アスマは真紅の瞳を柔和に細めた。


「……こうして見ると、やはり兄妹だね。そのプリンは、実はジェラルドの大好物なんだよ。王家のシェフにイスカ出身の男がいてね――少々変わった味付けだけど、口に合ったようで何より」


「私は……別に、お兄様ほどのプリン中毒じゃありませんよ?」


「ははは。そういうことにしておこうか」


なごやかに談笑する美男美女。うーん、絵になるわね。


――流石は、『デュエル・マニアクス』における攻略対象と主人公といったところかしら!



瀟洒な飾り付けがされた空間。

「学園」に存在するラウンジの一つ。



ここは『反円卓の騎士リバース・ラウンズ』――「学園」の上位十名に位置するランカーにしか使えない、特別なラウンジらしい。

(私自身も『ラウンズ』なのに、そんなシステムがあるのを知らなかったわ!)


「(『ラウンズ』のラウンジ……なんてね。うふふ)」


ともあれ、私もプリンに手をつけることにする。


アスマが言うところの、……。


スプーンがすくう半分は白、半分は黒。

西洋菓子であるプリンと、和菓子であるはずの餡子。

一見して水と油のように思える二種が混ざった禁断の菓子――餡プリンだ。


さて、そのお味は。


「これは……舌の上で完成するユニゾンだわっ!」


甘いものと甘いものの組み合わせなんて、アンマッチなんじゃないかと思ったけれど、とんでもない。


プリンが生み出すこってりとした油分っ!

餡子が生み出す渋みを含んだ旨味っ!


肝心の甘みは当然ながら緻密に計算され、白と黒、両方を口に運んだ場合にちょうどよくなるように調整されている。


なめらかに舌でとろけるホワイト・トリック、しっかりとした食感と後味を舌に残すブラック・ジョーカー……これこそが精製されたスイーツの極み、味覚を通して幸福感だけがダイレクトに吸収アブソープションされていく!


「お、美味しいわ~」


ユーアちゃんと目が合い、二人で笑い合う。

出された紅茶を一口。


アスマは「はぁ……」とため息をついた。


「……ウルカ。なんで君がここにいるのかなぁ?僕がラウンジに招待したのはユーアさんなんだが」


「あんたが決闘礼装のメッセージを既読スルーしてるからでしょ」


こうでもしないと、実際に会って話す機会を作れなかったし。

どうしてもアスマに話しておかないといけないことがあるのだ。


ユーアちゃんはアスマに頭を下げた。


「ごめんなさい、アスマ王子。やっぱりご迷惑ですか?」


「ユーアさんが謝ることじゃないよ。君をお茶に誘ったのは僕だ。ずいぶん前に約束だけはしていたけど……ここのところは実家でゴタゴタがあってね。「学園」に顔を出すこともできなかった。今日はその埋め合わせだ」


アスマは表情を薄ら笑いに変えて、私に向き直る。


「謝罪するべきは……そのような場に尺取り虫みたいに連絡無しでノコノコとやってきた、空気も読めない昆虫女の方だろう?」


「あんたねぇ……!」


何よ、負けて少しはしおらしくなると思ったら……態度は前のままじゃない。


――イサマルくんとの決闘デュエルでは、アスマの光を感じた気がしたのだけれど。気のせいだったのかしら?


ユーアちゃんは「あれ?」と声をあげた。


「でも、アスマ王子には事前にウルカ様が来ることは伝えてましたし……。それに、ちゃんとウルカ様の分のプリンも用意してたみたいですよね?」


「それはっ……!違う、それはウルカの分なんかじゃない。

 ……そうさ、それはジェラルドに渡す土産の分だ!」


えっ。


「これってジェラルドの分だったの!?私、もう半分食べちゃったわよ!」


「ふん。それなら半分だけでも持って帰ればいいんじゃないか?」


「……それもそうね。手提げをもらえるかしら?」


「嫌みだよっ!なんで君の食べかけをジェラルドが食べなきゃいけないんだよ!そんなこと、この僕が許すと思うか!?」


「はぁ!?なんであんたの許可がいるっていうのよ!」


ぎゃーぎゃー。

ぎゃーぎゃーぎゃー。


売り言葉に買い言葉で言い争いをしてると「コホン」とユーアちゃんが咳払いをする。


「……お二人とも。イチャつきはその辺にしておいてほしいです」


「「どこがっ!?」」


「ウルカ様は、アスマ王子に大事な話があって来たんですよね」


――そうだった。


「アスマ。あんたに言っておかないことがあるのよ」


「……ほう」


アスマは真剣な顔になった。

私も意を決して、話すことにする。


――私の、本当の正体について。


「私は……あんたの知っているウルカ・メサイアじゃないの」


「なんだ、そんなことか」


「……え?」


予想外の返答に、私は面食らった。

アスマは続ける。


「今の君たちの様子を見れば、そのくらいのことはわかるさ。あれだけ嫌がらせをしていたユーアさんとも打ち解けて――決闘デュエルへの打ち込み方も目に見えて変わった。たしかに別人と言えるだろうね」


いやいや、そういう意味じゃなくて!


「違うの、本当に別人なの!私はウルカ・メサイアじゃなくて、こことは別の世界から来た人間なのよ。本当は侯爵令嬢なんかじゃない、ただの普通の会社員で……中身だけがウルカの中に入り込んでいるのっ!」


「何を言っているんだ、君は……。僕をからかっているのか?」


ダメだ。信じてもらえない。

こうなったら『デュエル・マニアクス』のことも話してしまおうかしら?


でも――。


私はユーアちゃんを横目で見る。

彼女は黙って成り行きを見守っているようだ。


――この世界が『デュエル・マニアクス』という乙女ゲームの中の世界だということは、まだユーアちゃんにも話していない事実。


もし言ってしまったら、この世界の住人にはショックが大きいだろうし……そもそもチュートリアルしか遊んでいない私にとっては、話せることはそう大してなかったりもする。


でも……このままウルカのことを大事に思っているはずのアスマに、ウルカ本人だと思われたまま接するのは引っかかりがあるしぃ……。


アスマは試すような目つきをした。


「君はウルカではない、別の人間だと。それなら質問をしてもいいかな」


「いいわよ、どんと来なさい!」


こうなったら、私がウルカじゃないってことを証明してやるわ……!


アスマは問う。



「好きな膜翅目は?」


「エメラルドゴ○ブ○バチ!」


「好きな双翅目は?」


「ケンランアリスアブ!」


「好きな鱗翅目は?」


「キマダラルリツバメ!」



アスマは肩をすくめた。


「やっぱりウルカじゃないか」


「違う、違うのよぉ!」


そもそもこの世界に来る前の「わたし」も虫が大好きで、たまたま虫が好き、という一点ではウルカとも趣味が一致しただけなのよっ……!


――いや、ちょっと待って。


「……おかしいわ」と呟くと、ユーアちゃんが訝しんだ。


「どうしたんですか?」


「さっき挙げた三匹……よく考えたら、あんまり私の趣味じゃない気がするのよね」


私はそれぞれの特徴を簡単に説明した。


エメラルド○キ○リバチは――その名前どおりに翡翠色エメラルドの金属光沢を放つ綺麗なハチだ。


ケンランアリスアブもそう。

別名をオウゴンアリノスアブと呼ばれる、黄金に輝く美しいアブである。


キマダラルリツバメ――これはクリーム色の体色に黒のまだら模様に染まる翼が特徴である、見目麗しいチョウの一種。


ユーアちゃんは両手の指を絡めたポーズで考え込んだ。


「なんだか、その三匹って……聞いている感じだと、どれも綺麗な虫なんですね」


「そう、貴金属や宝石のように美しい昆虫。ウルカの【ブリリアント・インセクト】デッキに似ていない?」


「本当だ、たしかにそうです!」


「共通点はそれだけじゃないのよ。たとえばエメラルドゴ○ブ○バチは寄生蜂の一種で、ある種の昆虫に毒を打ち込み、卵を産みつける生態で知られているわ」


「ある種の昆虫……もしかして……名前からすると、それってg」


「ストップ!そこまでよ、ユーアちゃん!」


アスマは「一応、食事中なんだけどな……」とボヤきながら紅茶を口にした。


私は残りの二匹についても解説する。


「残りのケンランアリスアブとキマダラルリツバメは、どちらも好蟻性昆虫――幼虫のあいだはアリの巣で過ごして、共生しながらアリを餌にして成長するのよ。

 それはつまり……」


共生――キマダラルリツバメのようなシジミチョウの一部は、甘露と呼ばれる甘い液体をアリに振る舞うことで巣の中での生存を許される代わりに、アリから攻撃されずに食糧にするという生態を持つ。


共生と言えば聞こえはいいが、それは言い方を変えれば……。


ユーアちゃんが「あっ」と声をあげた。


、ということですか?」


「そうよ、さっき挙げた三匹の昆虫はすべて――!」


本来の「わたし」の趣味としてはあまりにも偏りが過ぎる。

これって……!そういうことよね……!?


「私の頭の中が……ウルカに侵食されてるううう!!!」


いや、肉体のベースはウルカだから……むしろ、私に寄生されたウルカが主導権を取り戻そうとしているの?


わからなくなってきた。

今の「わたし」は新川真由なのか――それともウルカ・メサイアなのか。


アスマは「ふん」と鼻を鳴らす。


「いまさら何を言っているんだか。君は昔からそうだったじゃないか。よくわからない気色の悪い虫の話を、頼みもしないのにべらべらと話して……あぁ、でも」


アスマは初めて、少しだけほっとしたような口ぶりで言った。


「……考えてみたら。君とこんな話をするのは、久しぶりな気がするね」


――それは。

本当は「わたし」じゃないのだけれど。


「そうね」と、自然と言葉が口をついて出てしまった。



☆☆☆



「感謝するよ、会長殿。このカードがあれば、間違いなく彼は私とのアンティ決闘デュエルを受けるだろう――たとえ、あの『トライ・スピリット』の一柱を賭けることになろうとも……な」


薄暗い洞窟じみた場所に、一人の男が立っている。

「学園」地下に建造された修練場の一室。


『ラウンズ』特権をもってこの場所を貸し切りにしていたのは――「英雄殺し」の異名を持つ『ラウンズ』の一角。

白と翠で彩られた男子用の制服の肩には、その肩書きを象徴する炎で縁どられた青色のマントがかかっていた。


質実剛健を絵に描いたような精悍な雰囲気を漂わせる、眼鏡をかけた青年。

彼の名は――ミルストン・ジグラート。


イサマルはけっけっけっ、小動物じみた笑い声をあげた。


「そのカードはアスマくんのアキレス腱や。頼んだで、ミルストンくん」


「アキレス腱――エウクレイアの神話に伝わる英雄アキレスの故事を引くとは。相も変わらず、ロストレガシーの知識に長じているようで」


眼鏡超しにミルストンの視線が鋭くなる。

イサマルはあわてて扇子で口元を隠した。


「あっ、ちゃ、ちゃうわ。弁慶の泣き所、ってやつやな。へへへ」


ミルストンはイサマルから受け取ったカードを掲げた。


磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー》――。

15年前の『五龍戦争』ではアルトハイネス空軍の主力として戦場に投入され、敵対した連合国軍の魔空機を次々と撃墜していったことで知られる傑作機だ。


ただし、通常のサラマンダーとは異なり、そのカードのサラマンダーの体色はけばけばしい赤色ではなく――つややかな白色に輝いていた。


王国の白き魔女ブラン・ド・ソルシエール」として誉れ高い、大戦の英雄――今は亡きアルトハイネス王国第二王女の専用機。


アスマの母親が、この世に遺した形見のカードである。


くっくっ、とミルストンは底冷えするような声で笑みを漏らした。


「――私は、この時をずっと待っていた。第二王子殿との決着を着ける運命の日――私と彼の人生が、いかに血塗られた呪いに満ちたものだったのか――そのことを決闘デュエルの場で思い知らせることができる、この時をな」


イサマル――玉緒しのぶは、密かに思いを馳せる。


『デュエル・マニアクス』におけるアスマルート――その最大の山場の一つ。


第五世代型決闘礼装の実用化と普及により、先進国の人々の多くが肉体的な暴力に晒される恐怖から解放され、この世界から『戦争』という人類史始まって以来の宿痾しゅくあが、ついには根絶されつつある――悲願なる平和の時代。


アスマは、敬愛する両親と、自身の存在がこの平和に貢献したものだと信じている。


それはある面では真実である。だが、真実は人の数だけ存在するのだ。


ミルストン・ジグラートの決闘デュエルは、アスマに残酷な真実を教えることになるだろう――そう、すべては本来の『デュエル・マニアクス』のシナリオ通りに。


……だが。シナリオは、すでに予想もつかない方向に進み始めていた。


「な、なんや……このスピリットは……!?」


こんなカードは、本来の『デュエル・マニアクス』には存在しない!


修練場に実体化した《磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー》――そのスピリットの全身には、見たこともない兵装が次々と装着され、姿かたちを変えていく……!


ミルストンは大仰に両手を広げて、自身のエース・スピリットを披露した。


「場を用意してくれた礼だ。会長殿には、これをご覧いただこう。これこそが――我らがジグラート商会の開発した最強最悪の殺戮兵器だ。次の戦争ではこの機体が新たな空軍の主力となるだろう。本来は機密事項の予定だったが――侯爵令嬢殿のおかげで、予定が変わることになったよ」


「まさか……!ありえへんやろ、こんなカード……!」


イサマルは戦慄する。

自分とウルカの決闘デュエルがこの状況を作ってしまった。


またしてもウルカ――真由が事態の中心にある。


蝶の羽ばたき――バタフライ・エフェクトによるシナリオの歪みは、もはや制御不能になりつつあった!


巨大な影が君臨する。

ミルストンの号令の元、ついにスピリットならぬ兵器が完成した。


「ムーメルティアのザイオン社も、例の技術にはご執心でね。第二王子殿との決闘デュエルは、格好の軍事デモンストレーションとなるだろうよ」


ザイオン――その名を出された瞬間に、イサマルの目の色が変わる。

ミルストンの眼光は、その動揺を見逃さなかった。


――腹の探り合いでは、この男には勝てない。


果たして、利用しているのはどちらなのか……イサマルの頬を冷や汗が流れた。


「ミルストンくん……こんなもんまで用意して。アスマくんとの決着は決闘デュエルで着けるんやろ?キミは、戦争でもおっぱじめるつもりなんか……!」


「古代ムーメルティアの軍事理論家は、こんな言葉を残している」とミルストンは本を引いた。



「戦争には独自の方法論はあるが、そこに独自の論理というものはありえない――戦争とは政治の一形態に過ぎず、また、あらゆる闘争は政治目的を実現させるための手段に過ぎないのならば、それはすなわち決闘デュエルにも適用できる――決闘デュエルと戦争を分かつものなど、どこにも無いのだよ。会長殿」

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