第五章[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]

『黒き森』の魔女

≪畜生っ、畜生っ……!誘導弾が通用しない、隊長ぉぉぉ!≫


また一機――編隊の魔空機からの応答が途絶えた。


”『黒き森』には魔女が住む”


わかっていたことだ。


それでも――アルトハイネスがこの地で何をしようとしているのか、その情報を持ち帰ることが俺たちに課せられたミッションだった。



――アルトハイネス王国領・オーベルジルン鉱山。



定期的に発生する『ダンジョン』によって魔力場が大きく乱される魔の空域。

ここでは魔力探知器レーダー魔力波探査ソナーも使い物にならない。


『黒き森』――空性樹海シュバルツバルト。


一寸先も見えない魔力暗室――暗黒森林地帯ダーク・ゾーン――その性質ゆえに付けられた異名だ。


地図にない場所……存在を隠すことが不可能なほどに広大なこの地域は、軍に雇用された一部の者を除き、原住民である少数部族も出入りができない厳重な警備が敷かれており、かつ、アルトハイネス王国軍はその存在を公には認めていない。


この地が軍による秘密兵器設計局となっており、なんらかの新兵器が開発されているということは、いわば公然の秘密だった。


――そうだ。そのための”魔女狩り”部隊だ。


ハーモニー=グレイシア皇国の誇る”魔女狩り”部隊――ミカエリス隊は『黒き森』偵察のために組織された精鋭部隊である。


隊員は全員がイスカの始原魔術の訓練を受け、魔道具に頼らずとも隊員同士の念話による連携を可能とし、さらには視聴覚の強化による高度な有視界戦闘にも対応していた。


――だが。


≪撤退の許可を……っ!こちらの火力では通らん、殺しきれんっ!≫


≪……敵機ドラグナーは被弾を恐れていない、正面から来るぞぉ!≫


≪ダメだ、ダメだ、うわぁぁぁぁぁ!!!≫


編隊機は次々と念話断絶ロストしていく。

――『黒き森』の魔女。これはもはや、おとぎ話などではない!


≪コールサイン:セイバーからハイランダーへ。聞こえるか≫


脳裏に隊長機セイバーからの念話が接続される。


≪コールサイン:ハイランダー。どうぞ≫


≪ドラグナーの装備を確認。拠点防衛クラスの魔術結界を展開している。誘導弾では破壊不能。携行型ではありえない出力だが、事実だ。この情報をもって基地へ帰投せよ≫


≪撤退命令ですか?本部の許可は出ていませんが≫


≪交信は不可能。現状は私の判断が全てだ。貴様の逃げ足には期待している。たとえ攻撃が通らなくても、やれるだけのことはやるつもりだ。頼んだぞ、へっぴり腰インチワーム


もはやミカエリス隊に残された戦力は、俺と隊長だけだ。

――全滅である。


≪……ハイランダー、了解しました≫


魔空機を反転させ、空域からの撤退に移る。

眼下にはどこまでも灰色が続く、荒涼とした山稜が広がっていた。


――魔力探知器レーダーが使えないからには、索敵は五感に頼ることになる。


俺は隊の中では一番の落ちこぼれだった。

『六門魔導』の始原魔術の精度では、とても仲間に及ぶところではない。


だが、俺には他の仲間には無い武器が一つだけあった。


魔空機の狭いコクピットの中で、独り『六門魔導』の呪言を唱える。

身体強化魔法による視聴覚の強化――それに加えて、一枚のカードを取り出した。


「――スペルカード《ロバの耳》を発動!」


カードの効果を受けた俺の耳は、ピンと立ち上がったロバの耳へと転じる。

見た目は不格好だが……この耳は真実を聞き分ける力を有する魔法の耳だ。


『スピリット・キャスターズ』の精霊魔法。


このために魔空機の術式に小型の決闘礼装を組み込んである。


そして――ロバの耳が敵機襲来の飛行音を聞き分けた。


「……来たかっ!」


操縦幹を操作して機体を宙返りさせる。

直後、魔空機がいた虚空を灼熱の火球が貫いた。


「ドラグナー……!よくも隊長をっ……!」


ドラグナーと呼称された敵機――対魔防御が施されたコクピットを外付けされたスピリットが姿を現す。


磁気の火蜥蜴マグネティクス・サラマンダー》――!

アルトハイネス空軍では士官クラスの軍属魔術師だけが騎乗を許される飛行精霊である。


全身から磁力を放出する特異な生態により、金属製のコクピットや魔導兵器をアタッチメントのように自在に外付けすることができる特性を持つことから、扱いやすく信頼性の高い生物兵器として知られている。


それに加えて――そのサラマンダーの色は尋常ではなかった。


釉薬うわぐすりを厚く塗られた磁器のようにきらきらとした白色をしている。

おそらくは専用機――敵は、撃墜王エース


……速度は向こうが上。


「どうせ逃げられないのなら……やってやるよ、弔い合戦だっ!」


もう隊長はいない。

仲間たちもすでにない。


それでも、ミカエリス隊は健在だ。この俺がいるのだから。


「皇国の”魔女狩り”部隊を舐めるなよ、売女ばいたがッ!」


魔空機を操り、白色のサラマンダーに肉薄する。


ロバの耳によって強化された聴覚――それにより、火球を吐く直前のわずかな呼吸音を聴き分けて回避していく!


ありったけの誘導弾を起動して敵機に放つ!

爆炎に包まれるドラグナー……否、周囲に展開される結界が奴を守っている!


「無傷……だと!?」


隊長の報告は正しかった。

こんな強度の魔術結界は通常ではありえない。


結界魔法を中和する簡易結界の術式が施された誘導弾――その直撃を受けても、尚、壮健を誇るサラマンダー!


「クソったれ……」


もはや何をしても無駄……そう悟る。

出来るのは悪あがきだけ。


――それでも、隊長に下された最後の命令――生存をあきらめないっ!


でたらめな軌道を描きながらも空を翔ける魔空機。

放たれる火球の音。寒気に貫かれ、全身が総毛だつ。


「回避は、不可能……!」


死を覚悟して目をつむる。だが……。


いつまでたっても、俺の身体を爆炎が焼くことはなかった。


やがて、俺の目に飛び込んできたのは――信じられない光景だった。


「……ウソ、だろ」


魔空機は火球から守られていたのだ。


――強力な魔術結界によって。


ドラグナーにとっても事態は想定外だったらしい。

その一瞬の隙を突いて、俺は撤退に成功する――。


この戦闘は、皇国にとっては途方もない戦果となった。


このときの俺には知る由もないが――魔空機のコクピットに埋め込まれた決闘礼装のモニターには、こう表示されていたのだ――。


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決闘デュエルが承認されました≫

≪ファースト・スピリットを召喚してください≫

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☆☆☆



「――以上で、本日の授業を終わりとします。次回は第五世代型決闘礼装がいかに世界における『闘争』の在り方を変えたのか……を、教えましょう。教科書の第三章です。皆さん、よく予習しておくように」


……はっ!


目が覚めると、すでに歴史の授業を終えてマロー先生が教壇を去るところだった。


去り際の先生と目が合う。うう……口は微笑んでるけど目は笑ってない!


「たぶん、次の授業ではウルカ様が当てられますね」


隣に座ったユーアちゃんがイタズラっぽく笑う。

私はため息をついた。


「だ、だって……先生のあの喋り方、どうしても眠くなるのだもの」


「ウルカ様って、元の世界では大人だったんですよね……?」


「それを言われると弱いわ……」


まぁ、お世辞にも立派とはいいがたい大人だったから。


それにいざ大人になってみると……25歳なんて中身は子供と大差ないもので……『新世紀エヴァンゲリオン』のミサトさんとか、あれで20代っていうんだからすごいもの……『機動戦士ガンダム』のブライト艦長なんて一年戦争では19歳……で、でもあれはアニメだし!


――なんて言い訳を頭の中でしていると。


ユーアちゃんは「あっ」と口を開けた。


「そっか。ウルカ様、今日が楽しみで眠れなかったんですね!」


「別に……そ、そんなことないわよぅ」


「隠してもムダですよ。さぁ、行きましょう」


ユーアちゃんはニッコリと笑って歩き出した。

まったく。絶対、誤解してるわね……。


「……楽しみなんて。そんなんじゃないったら」



そう――今日は、アスマが「学園」に帰ってくる日なのだ。

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