第四回「プレミアムカードの殿堂」

《ファブリック・ポエトリー》

ここは、本編とは異なる時空。


四季折々の景色。美しき和の原風景。山紫水明の桃源郷。

四角四面の透き通った結界によって区切られた、空想の箱庭にて――。


桜柄の着物をまとった桃色童子は、優雅に扇子をあおぎながら言う。


「さぁ……始めていくでぇ。今回の『デュエリストしかいない乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったのだけれど「カードゲームではよくあること」よね!?』は番外編。

 第四回、『プレミアムカードの殿堂』の開催やぁ!」


「って、それ私のセリフー!」


いつものタイトルコールを乗っ取ったイサマル。

「へへへ」と悪びれない少年の丸いおでこに、ウルカはデコピンを決めた。


「あ痛っ」


「まったく。――さて、今回は第四章で描かれた私とイサマルくんの決闘デュエルから、最も目立った絢爛華麗プレミアムなカードを紹介するわよ。とはいっても……今回は読者の人たちにも予想がついてるんじゃないかしら」


「カードゲームの長い歴史の中でも、あのカードは前代未聞やからねっ!」


「……魔法の知識を自在に引き出す黒衣の魔女。死者の言葉を真実として、生者の言葉を否定する二元論の伝道師。さらには男の子の夢、神速で駆ける昆虫型変身ヒーローまで。様々なカードが飛び交った今回の決闘デュエルの中で、殿堂入りの栄冠に輝いたカードは――これよ!」


ウルカは手にしたカードを指先でひっくり返す。

今回、殿堂入りとして紹介されるカードの名は――


「スペルカード、《ファブリック・ポエトリー》!」



《ファブリック・ポエトリー》

種別:スペル(フィールド)

効果:

 領域効果[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪』]を付与する。



「さっそくイサマルくんに聞きたいんだけど。あれって本当なの?」


「本当って?何のことや」


「このカードが展開した領域――作中に出てきた『歌織物』のことよ。『百人一首』の百枚の取り札を、上下左右がすべて隣り合ったカードと共通のワードを含むように10かける10の正方形に並べられる……っていう。とてもじゃないけど、本当にそんなこと出来るとは思えないわ」


「本当かどうか、っていうのは難しい質問やね。『真実はいつも一つ』――なんていうのは『名探偵コナン』の世界だけや。たとえば、同じミステリでも田村由美の『ミステリと言う勿れ』では、第一話で主人公の久能整くんがこう言うてる――曰く、『真実は人の数だけある』――ってな」


イサマルは決闘礼装ならぬを操作して、いくつかのデータを呼び出した。


「よし。まずは基本的なお勉強からやね、ウルカちゃん」



――そんなセンセーショナルな説が世に知らしめられたのは、『百人一首』研究家・織田正吉による著書『絢爛たる暗号―百人一首の謎を解く』に端を発する。


織田は『百人一首』として選ばれた歌を見て、あまりにも似たような意味の語句が重なっていることに注目した。


『用捨は心に在り』――撰者である藤原定家ふじわらのていかには何らかの意図があったのではないか、という指摘は以前からされていたが――織田はその考えを更に推し進めることで『言葉のつながりを元に百の歌を結んでいくことで、一つの集合体を構成できるのではないか』と考えたのだ。


『百人一首』は名歌を選ぶことで生まれた歌集ではなく、それ自体が暗号となっている――という仮説である。


暗号に織り込まれていたのは後鳥羽院・順徳院に対する鎮魂の意、加えて思いを寄せていたとも言われる式子内親王に対する恋慕の情も込められていた――。

これが織田の考える『絢爛たる暗号』の全貌だった。



くだんの本における具体的な暗号解読については、複雑やから割愛するけど……最終的には18かける18のマスに対して、言葉のつながりを元に全ての和歌を配置することに成功しとる。まさに革命的な発想やろ?」


ウルカは首をかしげる。


「……18かける18?でも『百人一首』は全部で100枚よね。それじゃいくつも空白になるマスが出ることになるわ」


「そこに疑問を挟んだのが林直道――そう、『歌織物』説の生みの親やね。林は先行する織田の暗号説に対して、それが暗号ならば解答となる形はもっと美しいはずだ――と異を唱えたわけや」



「言葉のつながり」を元に『絢爛たる暗号』にたどり着いた織田のボトムアップ方式のアプロ―チに対し――『歌織物』説を唱えた林のアプローチは、織田とは対照的となるトップダウン方式のアプローチであった。


「100枚のカードの配置が最も美しくなる最終形は正方形なのだから、最終的には10かける10で置くことができるはず」という結論から逆算していったのだ。


織田の『絢爛たる暗号』では語句ごとの意味を重視して配置していたが、林の『歌織物』説ではルールを単純化して、同じ語句、同じ音の同音異義語、それでも重ならない場合は同じ意味を持つ同意語、という風に解釈を拡げて配置していった。


最終的に生まれたのが正方形に配置された『歌織物』である。



ウルカは「うーん」と腕を組んだ。なんだか、釈然としない。


「……それって、ちょっと強引じゃない?林直道さんは、最初から十かける十という配置に収まるはず――という予断をもってパズルを組み立てていったってことよね」


「強引なのは本人も認めるところやで。他にも無茶をしとる。たとえば『月』『風』『山』といった語句がそれぞれ10句ほど見つかったことで、正方形を区切るタテ・ヨコ棒に使ったり……『百人一首』を七十三の『情景の句』と二十七の『情念の句』に独自の解釈の元で振り分けて、盤面上での配置を固めておいたりしてな」



暗号説のパイオニアである織田は、後に自身の著書『百人一首の謎』において、林の『歌織物』説を痛烈に批判している。


曰く――言葉のつながりから自然に組み上げたとする自身の暗号解読に対し、林の『歌織物』説はこじつけと拡大解釈の元に作られたパズルに過ぎないと。


事実、林の『歌織物』説は初出である『百人一首の秘密-驚異の歌織物』の際に作られたものと、後に発刊された『百人一首の世界』における『改良版』では全体図の形を異なるものとしている。

これは林の『歌織物』が唯一無二の形ではなく、パズルの法則の解釈によって、ある程度は自由に組み替えることができてしまうことの証明となっている。



「『歌織物』説にはいくつかの問題がある。とはいえ――ウチが《ファブリック・ポエトリー》の基礎理論に林直道の説を採用した理由は、単純にして明快や」


「理由って?」


。アスマくん流に言えば「ワクワクエキサイティング」やね。隙間なく配置された正方形、さらにそこに広がった光景は、まさに後鳥羽院の愛した美しき水無瀬の里だった――ミステリーの解答としては満点やろ?それに――」


イサマルはインターネットにアクセスし、大量の本をホログラムで展開した。


「謎の歌集『百人一首』に関するミステリーは、もう織田や林の手を離れて、一種のジャンルとなっとる。たとえば――」


イサマルは一つの本を呼び出した。


「この本なんか、すごいで。百の歌のうち六十四句は、中国の占術本『易経』における六十四卦に対応する――と提唱しとる」


「じゃあ、残りの三十六句はどうなるの?」


「同じく中国の兵法書『兵法三十六計』の三十六計に対応してるらしい」


「……はぁ!?」


――いやいやいや。


「『易経』と『兵法三十六計』って何の関係もないでしょ!?」


「そうでもあらへんよ?『兵法三十六計』には、しばしば権威付けのために『易経』からの引用が登場する。この辺はミルストンくん好みの話題になるかもなぁ」


イサマルのトークは止まらない。


「他にも『百人一首』と同じく定家の撰となる歌集『百人秀歌』――これも内容が『百人一首』と被っとる、意図不明の歌集や――と絡めて、これら二種の歌集を用いることで仏教における二種の曼陀羅、すなわち『胎蔵曼荼羅』と『金剛界曼荼羅』に対応する、と唱える本もある。『歌織物』ならぬ『歌曼陀羅』やね。曼陀羅とは宇宙の縮図――凝縮された極小サイズの世界そのものや。それを歌にからめて……って」


くすくす、と笑うウルカに気づいてイサマルは口どもった。


「な、なんやねん」


「うふふ。ごめんなさい。イサマルくんって、本当に『百人一首』が好きなんだなぁって思って」


「……悪い?」


「悪いわけないじゃない。私だって、ジャンルは違えど似たようなもんだし」


――昆虫趣味もそうだし、カードゲームアニメだってそうだ。


「そう、だよね……へへへ」とイサマルは笑顔を見せる。


「――じゃ、じゃあ。そろそろ次回予告やね。次の物語は『[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]』。ミルストンくんとアスマくん、激突する二人の決闘者デュエリストの熱きプライド。次々と繰り出される戦術の応酬、果たして勝つのはどっちか!?ウチは断然、ミルストンくんを応援しとるでっ!」


「じゃあ、私は……アスマってことで。一応、ね」


ウルカは微笑み、ホログラムで浮かび上がった無数の『百人一首』本を眺める。


「謎の歌集『百人一首』。もし、そこに暗号が隠されているとしたら――その奥にある真実を突き止めるのは、これを読んでいる「あなた」かもしれないわね。ともあれ……好きなもののことになると夢中になっちゃうのって。誰にでもよくあること、よね」



(本編に続く!)

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